小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ゲームセンター回顧録 セガロケーション撤退に思う その2

セガが店舗を手放すことを確認した際、ロケーションビジネスの現状を確認するため、セガサミーホールディングスのIR情報をチェックしました。

 

ホームページ上では、丁度私が退職した2005年以降のデータを確認出来ました。

しかし古い年度において期末のグループ決算説明資料がアップされていないこと、また15年の間に子会社組織の改編が行われた結果、有価証券報告書内のアミューズメント施設事業売上のセグメントに変更があり、統一した資料から数字を拾い上げることが出来なかったため、2010年度を境に以下の2つの資料からデータを抽出しました。

・2005~2009年:セガサミーホールディングス(株)決算短信の「セグメント情報」

・2010年以降:セガサミーホールディングス(株)決算説明資料の「連結損益計算書

 

以下、アミューズメント施設事業における売上高、当期純利益、店舗数をグラフ化しています。売上高及び当期純利益の単位は百万円となります。

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(データは、2005~2009年までは決算短信、2010年以降は決算説明資料より抽出)

私が退職したのは2005年ですが、そこから2006年に掛けてはアミューズメント施設事業が好調な時期で、当時人気が絶頂だったムシキングや、女の子向けカードゲームの「おしゃれ魔女 ラブ&ベリー」もヒットしており、その恩恵を受けていた時期です。

 

しかしその人気が一巡した2007年に純利益が大きく落ち込み、2007年は何とか持ちこたえたものの2008、2009年と2年連続して施設事業セグメントとして大きな赤字を計上することとなります。2回目の希望退職者募集があったのが2009年のこと。あと4年頑張っていれば…(しつこい)

 

1999年のリストラの際は、ドリームキャストの躓きというコンシューマ部門における要因が大きかったと思いますが、2009年の際にはアミューズメント施設事業及びコンシューマ事業における営業損失が理由と明確に記載されており、特に既存店の売上落ち込みが大きかったようです。

この頃は私もセガを離れ、MJをプレイする程度しかゲームセンターへ行く機会が無かったのですが、ムシキングの後継「恐竜キング」もパッとせず、他の業務用タイトルも含めて自社ヒット製品が乏しかった時期に加え、コナミの大型メダルゲームが幅を利かせており商品構成でもハンデが大きかった時期ではないかと思います。

これを機に従来型の既存店整理が一層進行し、3年掛けて店舗を半減させた結果、2011年にようやく止血し再度利益を出せる状況に至ったことがグラフから見て取れます。2009年にセガからタイトーへ合計12店の運営移管がされましたが、これも恐らくは店舗整理の一環として実施されたのでしょう。

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(2020年6月6日撮影。2021年3月末で閉店が決まった、セガより譲渡された店舗のうちの一つタイトーステーション豊橋
 

ただ、2011年以降は若干の浮沈はあるものの、概ね200店の規模と400億程度の売上で推移しており、赤字計上した年度はあるものの傷口は小さく比較的安定して経営を推移させてきたことが窺えます。

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セガサミーホールディングス(株) 2020年3月期決算プレゼンテーションより抜粋)

 

エンタテイメントコンテンツ事業はセガサミーグループにおけるセガ社の担当領域であり、2020年3月の通期業績予想では総売上2460億に対してアミューズメント施設事業で430億、18%弱の割合となっています。

2005年度では35%程度を占めていたため、セガサミーグループ内におけるアミューズメント施設事業のウエイトが小さくなっていたのは紛れもない事実でしょう。

そして2020年度においてはコロナ禍による大幅な売上の低下が避けられない状況となり、またコロナ禍が明けた後にも以前と同様の売上見通しを立てられず将来性が薄いという経営判断が今回の事業譲渡へと繋がった、というのが大筋の見解ではないかと思います。

 

しかしそれでも売上400億です。

また、数字の部分だけでなくセガアミューズメント施設事業を失うことそのもの影響、そして譲渡されたGENDA側においてもセガが直接運営している時と比べると、いくらセガの名前を残しているとはいえ今後様々なマイナス部分が出てくるのでは、と個人的に危惧しています。その内容は次回で説明したく思います。

 

その3へ続きます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1984年11月号

スーパーソフトマガジン(ベーシックマガジン別冊付録)1984年11月号(第3巻第11号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は110。コーナー開始以来増加が続いていた店舗数が初めて減少しました。

スコア欄を確認すると判りますが、チャレンジハイスコアの紙面は装丁に変更が無ければこの頃は7ページと尺が決まっていたようで、その枠内に収めることが可能な店舗数が最大とならざるを得なかったことが窺えます。雑誌媒体の宿命ですね。

 

新規掲載店は4店あります。

 

ナムコ

カミーノ古町プレイハウス(新潟県

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・その他

ゲームコーナーロン(北海道)

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バンダナ元町店(福井県

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ビデオインJOY(兵庫県

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(画像はいずれもスーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年11月号より)

新潟市のカミーノ古町プレイハウスは、中心商業地の複合商業ビル内の店舗だったようです。名称からはナムコ系と判別出来ないのですが、店内でNG(ナムコミニコミ誌)が配布されていたという情報を根拠にナムコ系店舗へ分類しました。

ゲームスペースミライヤもそうですが、この時期のナムコは商業施設内店舗に「キャロット」の名称を極力付さないルールがあったように思います。

 

また、新規掲載店についてはこれまでが関東、関西の大都市圏に集中していることを是正するため、地方店舗の掲載が増加してきます。

 

以下スコア欄をアップします。

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(画像はいずれもスーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年11月号より)

 

通信欄である「GAME OVERコーナー」は、この名称にて掲載されたのは今回で最後となっています。全国各地の店舗からミニコミ誌やお便りが編集部に多数届けられていたことに時代を感じます。

 

そして今月のトピック店舗はいきなり北海道へ。

今号から掲載が開始された札幌市の「ゲームコーナーロン」を取り上げます。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年11月号より)

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2020年9月21日撮影

 

ハイスコア集計店の跡地を巡っていると、「本当にこの場所で間違いない?」と思う場所に出くわすことが結構ありますが、こちらもなかなかにその条件を満たしています。

住所は新琴似ですが、JR札沼線新琴似駅から徒歩で向かうと20分位は掛かると思います。地下鉄麻布駅からバスで行くのが最も確実ですが、目の前にあるバス停に直接辿り着ける路線は1時間に2本程度しかありません。

碁盤目状に整備された旧屯田兵村が由来の住宅地の真ん中にあり、住所の場所は今や完全に普通の住宅で、ここに以前ゲームセンターが存在していたとはとても思えない閑静な場所となっています。

 

ベーシックマガジンには今号(1984年11月号)から掲載が開始されました。追ってゲーメストにも集計2回目の1986年11月号から登場しダブル掲載店舗となります。

ゲーメストの店舗紹介ページ(シールハイク)に、当時の写真が掲載された記事が残っていました。

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ゲーメスト 1988年5月号より)

場所や客層は完全に駄菓子屋チックだったようですが、ダライアスも含めて大型筐体も設置されていたようで、駄菓子屋ゲーセンと呼ぶには失礼な製品ラインアップや店内の様子が写真から伺えます。

 

ちょうど今年3月まで小樽文学館で開催されている「札幌・小樽ゲーセン物語展」と連動した「札幌・小樽ゲーセン情報リスト」にリストアップされているので転載します。

seesaawiki.jp

掲載は1989年10月号まで約5年継続しました。チャレンジハイスコアのチャレハイ通信欄に以下のメッセージが残っており、純粋に閉店による掲載終了だったようです。

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マイコンベーシックマガジン 1989年10月号より)
ゲーメストのスコア集計も同じく1989年10月号にて終了していることを確認しています。

ゲームセンター回顧録 セガロケーション撤退に思う その1

セガが「ロケーションビジネスから撤退する」というニュースを耳にしたのは、丁度セガ勤務時代の回顧録を書いている最中でした。

突然の発表に驚愕した私は直ぐにでもブログにこの話題を取り上げようとも考えましたが、勤務時代の回顧録途中に挟むのも中途半端なため、終了したこのタイミングで取り上げることと相成りました。

www.nikkei.com

報道直後にセガサミー公式からもプレスリリースが発表され、事実であることが判明します。

www.segasammy.co.jp

https://www.segasammy.co.jp/japanese/pdf/release/20201104_j_subsidiary_final.pdf

 (セガIRリポート、2020年11月4日号)

 

そして株式譲渡先の「GENDA」を含んだ正式な社名変更のインフォメーションが掲載され、2020年末をもって名実ともにセガとしてのロケーション運営は終焉を迎えることとなりました。

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(GENDA SEGA Entertainment ロゴ、同社ホームページより転載)
www.sega-entertainment.jp

(GENDA SEGA Entertainment  インフォメーション 12月30日号にて掲載)

 

セガサミーホールディングスが元々の運営子会社であるセガエンタテイメントの全株式を売却した訳ではなく、また社名変更に当たってセガの名称は残しているものの、セガが所有を続ける15%程度の株式ではもはや経営を大きく動かす力は持ち得ないでしょうから、業務用ゲームビジネスは今後も継続するというセガの「のれん」としての株式保持とみてほぼ間違いないでしょう。

 

自分にとって衝撃的だったのは、元勤務先企業が消滅したという事実ももちろんなのですが、セガが「祖業であるゲームセンター事業から手を引く」ことはあり得ないと思っていたからに他なりません。
60th.sega.com

セガの歴史を紐解いて見るとわかりますが、もともとセガはジュークボックスの輸入販売からスタートしており、「メーカー」よりも「ディストリビューター(販売代理店)」の事業が先行しています。

そのビジネスモデルは「ジュークボックスを飲食店や娯楽施設に設置し、機器のメンテナンスやレコードの入れ替えまでを行う。売上はオーナーと契約歩率で分配する」という内容が想像されます。現在の業務用ゲーム機や自販機で一般的な機器レンタル設置のモデルと恐らく大差はありません。

やがてジュークボックスの需要減少に伴い、ビジネスモデルや取引先も類似しているアーケードゲームのレンタルへと業務内容をシフトさせていったと考えれば、ジュークボックスのレンタル設置が祖業であり、その直接の血を引く業務用ゲーム機の機器設置事業が祖業に最も近いと言っても過言ではないと思います。

 

勿論「祖業」というだけでは、それこそジュークボックスが業務用ゲーム機に代わったようにその事業を維持し続ける理由にはなりません。

コロナ禍によって、ゲームセンタービジネスの業績悪化及びビジネスの先行き不透明さが浮き彫りになってしまったという事情があるとはいえ、業務用ゲームのビジネスを抱えていたからこそ浮沈の激しいゲーム業界においてこれまでセガが生き残れてこれたと思うため、多少の業績変動はあっても事業そのものから手を引くことはないと考えていました。

 

その2へ続きます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1984年10月号

スーパーソフトマガジン(ベーシックマガジン別冊付録)1984年10月号(第3巻第10号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店数は112店となりました。9月号の108店から微増し増加傾向は継続したものの、以後の掲載店総数はおおよそ100~110前後で推移するため、この辺りで掲載店数はほぼ上限に達したようです。

 

新規掲載店は以下となります。

 

ナムコ

プレイシティキャロット巣鴨店(東京都)

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・その他

Y・Pエンゼル(岐阜県

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ビデオインマツヤ丸太町店(京都府

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(画像はいずれもスーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年10月号より)

80年台後半以降、全国のハイスコア集計店におけるいわば「頂点」として君臨したプレイシティキャロット巣鴨店がこの号で初めて誌面に登場しました。

巣鴨と聞くと一般の方は、地蔵通り商店街に代表される「おばあちゃんの原宿」をイメージすると思いますが、この店舗の存在によって古のゲーマーにとっては「ハイスコアラーの聖地」として記憶されることになります。

  

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもスーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年10月号より)

 

掲載店舗の増加に比例して休載表記や店舗欄未掲載が垣間見えるようになります。

当号では埼玉県の「マックスゲームセンター」および「セントラルパークPART-2」の2店が休載の後、翌11月号以降は掲載がされなくなります。また広島県の「鯉城」は今号から3か月連続休載でフェードアウト。長崎県の「ゲームスペースサンデー」は11月号で掲載が復活しますが、12月号を最後に姿を消します。

やはり休載が多い店舗は管理が行き届いていないためなのか、早々に掲載店から姿を消す傾向が強いようです。

 

トピック店舗ですが、チャレンジハイスコア初回掲載26店から、大田区蒲田の「ゲームスペースミライヤ」をピックアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年1月17日撮影

 

蒲田と言えば、当時のナムコ本社は蒲田から東急目蒲線(現在の東急多摩川線)で隣の駅、矢口渡が最寄りでいわば「お膝元」の場所です。

東急のホームがある蒲田駅西口を出ると、北側に1枚目写真のドン・キホーテ蒲田駅前店が営業していますが、かつてこの建物は丸井蒲田店でした。その丸井の地下1階にナムコがオープンさせたゲームセンターがこの「ゲームスペースミライヤ」です。

 

当時のナムコは、商業施設内店舗の「ナムコランド」と、都市型単独店舗の「キャロット」の2つのブランド名でゲームセンター展開を行っていましたが、それに次ぐロケーション形態の試金石としてミライヤを位置付けていたようです。近未来型の内装を施して従来店舗と差別化を図っていました。

当時の入口や店内の様子が紹介されています。逆L字型の入口看板にわずかに当時の面影を残しています。また地下への階段にはエスカレーターが設置されていたことが確認できますが現在は撤去されており、階段部の天井が不自然に半分だけ高さが異なっているのはエスカレーターの名残のようです。

 

階段を降りると現在は正面に居酒屋のテング酒場、右側にサイゼリヤが入居していますが、テング酒場の場所がミライヤであったことが確認出来ます。

実験店舗だけあって店舗オリジナルのパンフレットも用意されていたようです。

 

オープン当時はナムコゲームの黄金期であったことも手伝いかなり話題となっていました。私もそうですが、実際にミライヤへ行ったことはなくとも店舗名だけは知っていたというゲーマーも多かったのではないでしょうか。

 

しかしナムコはこのミライヤのパッケージを全国展開することはしませんでした。

元々試験店舗という割り切りだったのでしょうか、オープンから3年程度の1985年7月には店舗をクローズしていたようで、ベーシックマガジンへのハイスコア掲載もそこでストップしています。場所も良かったので通常のキャロットへ転換して営業を続けるという方法もあったと思いますが、敢えてそうしなかったのは何か理由があってのことだったのでしょう。

私のアーケードゲーム履歴書 サイバトラー 特別編

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ハムスターがリリースをしているPS4、Switch向け「アーケードアーカイブス」シリーズに「サイバトラー」が2月18日に配信開始されました。

www.hamster.co.jp

www.hamster.co.jp

僭越ながら今回のサイバトラーではテストプレイヤーとしてお声掛け頂いたため、協力させて頂きました。

1993年リリースのタイトルなので四半世紀以上まともにプレイをしていなかったこともあり、リハビリを行うもテストプレイまでに何とか1コインクリア出来る程度にまで持っていくのが精一杯...スコア狙いをしていた全盛期には程遠いプレイでしたが、移植度として特に問題ないレベルであることは確認出来たと思います。

 

また、ゲームそのもののチェックとは別に操作デバイスについて要望させてもらっています。

弊ブログのサイバトラーその1でも記載しましたが特にこのゲームは操作系が特殊で、ゲーム中に使用する可能性がある入力として、

①ショット(Aボタン)連射無し:1面の攻撃で使用(連射するとショットが拡がらず攻撃力が落ちる)

②ショット(Aボタン)連射付き:3面以降の攻撃で使用するが、方向が固定できないため連射無しソードボタンを同時に押す必要がある。

➂ソード(Bボタン):連射があれば便利だが、連射付きショットの向きを固定するために連射無しソードも併用しなければならない。

 

上記を全て満たすためには、Aボタン(ショット)、Bボタン(ソード)共に連射有り、無しの計4ボタンを用意しなければなりません。

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(株式会社HORI リアルアーケードプロHAYABUSA 取扱説明書より)

その4ボタンをコンパネ上に配置しようとすれば、上記アケコン(RAP)においては

□:ショット連射なし

△:ショット連射付き

×:ソード連射なし

〇:ソード連射付き

のような配置になると思いますが、方向固定連射とするためには△と×を同時に押す必要があるため煩雑なボタン操作を求められます。

(ボタン操作で親指を普通に使う方はそれ程苦にしないかもしれませんが)

 

自分がプレイする場合は

□:ショット連射なし

△:ソード連射なし

R1:ショット連射付き

と配置していますが、それでも方向固定では△+R1という操作を行う必要があり、かつソードは手連射しなければなりません。

 

その煩わしいボタン入力を改善し少しでも遊び易くするため、いわば方向固定連射ボタン(ショット連射+ソードホールド)を設けられないか要望した所、見事にその機能を実装して頂けました。

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(2021年2月18日 ニコニコ生放送「第293回アーケードアーカーバー サイバトラースペシャル」より)

なんと私PS4もSwitchも持ち合わせておらず、実ソフトでの確認が出来ないため、ニコ生のボタン設定画面から画像を抽出しました。(ででおさんはモザイク加工させて頂きましたw)

 

画面ではR2ボタンに「ソード+ショット」の設定が表示されています。

連射なしだと普通の同時押しになりますが、このボタンに連射を設定すると画面下部注意書きにも記載されている通り、「ショットにのみ連射が反映」されるため、連射を設定し押しっぱなしにすることで「ショット連射+ソードホールド」の機能を有することになります。

 

以下は私の推奨設定です。

□:ショット連射なし

△:ソード連射付き(30連射)

R1:ソード+ショット連射付き(30連射)

ショット、ソード共に連射速度は最速の30連設定で問題ありません。

このボタンを活用することで、特に3面以降の攻略がスムーズに進むことと思いますので、敵に押されて苦労された方は是非お試し頂きたいです。

  

また手前味噌ですが、これまでのブログ記事で多少の攻略的な記事も載せておりますので合わせてご覧いただけると、テストプレイヤー冥利に尽きます。

www.inu-inu-yeti.com

www.inu-inu-yeti.comwww.inu-inu-yeti.com

最後に、操作系の無茶な要望まで快く実装して頂いたハムスター様にこの場を借りて御礼申し上げます。誠にありがとうございました。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1984年9月号

スーパーソフトマガジン(ベーシックマガジン別冊付録)1984年9月号(第3巻第9号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店数は101から108と、前月に比べると鈍くなるものの引き続き増加傾向が続きます。

新規掲載店は以下となります。

 

タイトー

ドリームイン河原町京都府

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・その他

セントラルパークPART-1(埼玉県)

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セントラルパークPART-2(埼玉県)

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ゲームコーナーU.F.O(愛知県)

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プレイシティドンキーハウス(愛知県)

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ゲームコーナーエース(愛知県)

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プレイプラザハスラー(愛知県)

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ゲームセンターニュースター(三重県

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ゲームスポットイーストサイド(大阪府

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カントリーボーイ(広島県

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(画像はいずれもスーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

 

先月号の記事でも述べましたが、横浜市の「シーポート」は初回掲載の8月号が既に休載で、以降再び登場することはありませんでした。

また、京都市河原町タイトー系列店「ジョイプラザ21」も同様に8月号のみの掲載となりましたが、今号で代わりに同じくタイトー系の「ドリームイン河原町」が登場しており、実質代替の役目を果たしています。こちらも先月掲載の「ゲームマシン」資料でタイトー系店舗であることが確認されています。

 

また、愛知県から一気に4店、三重県に1店と中京地区からの追加掲載が目立っています。中京圏は元々メーカー系列店が非常に弱いエリアで、特にナムコの店舗が少なかったこともあり掲載店舗数が伸び悩んでいたのですが、フォローが入った形となりました。

しかし名古屋市内に限定すれば集計店は星ヶ丘キャロット以外は依然0店で、都市規模の割に集計店数には恵まれない地域だったと思います。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもスーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

巻末の「ゲームマニアのためのTVゲーム評論誌『BGM』参上!」の欄が目立ちます。

「良質のTVゲームとは?」「マニア、メーカー等の高い評価をうけてきた」「真のゲームマニアでなければ読みこなせない」と大言壮語な文言が並んでいますが、いかなる内容だったのか気になる所です。

 

トピックですが、今回新規掲載された愛知県4店の中から、江南市の「ゲームコーナーエース」をピックアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

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2020年7月26日撮影

愛知県江南市は、名古屋から名鉄犬山線の特急で30分弱の名古屋のベッドタウンの一つです。

市の代表駅である江南駅から徒歩で10分程度の県道沿いに店舗がありました。誌面記載の住所では3軒の建屋が並んでいる真ん中の場所が該当します。

 

愛知県の著名なハイスコア集計店といえは、ベーシックマガジンに最初から掲載された星ヶ丘キャロットハウスと、80年台後半からはイエローハットが台頭してきますが、イエローハットが有名になる以前はこのゲームコーナーエースから高いレベルのスコアが輩出されていました。

それもそのはずで、追ってこちらのスコアラー層がイエローハットに活動の中心をシフトしていった経緯があるためです。

 

建屋は明らかに建て替えられており面影は全く残っていないのですが、当時の店舗外観を記録した写真をベーシックマガジン誌上に発見しました。

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マイコンベーシックマガジン1987年3月号、「見城こうじのゲームセンター放浪記」より)

実はこの店舗がハイスコア集計店という事実を知らない時に一度訪問したことがあるのですが、観音開きの入口ドアを開けると店内にはテーブル筐体中心に30台弱のマシンが設置されていた小さな店舗だった記憶があります。記事の写真を見て私の持っていた店舗の記憶がおおよそ間違っていなかったことが確認出来ました。

 

そして私が偶々訪問した時、店内に設置されていた任天堂VS筐体にこのタイトルが稼働していたことをはっきりと覚えています。

www.youtube.com

サン電子ファミコンソフト「マドゥーラの翼」アーケード版。

ここ以外でお目にかかったことはなく正式販売には至らなかったようです。偶然ロケテストに遭遇したのでしょうか。

 

そしてサン電子といえば、江南市は元本社所在地であり、ここから比較的近い場所に同社江南事業所が現存しています。

www.sun-denshi.co.jp

そのため実はゲームコーナーエースはサン電子の直営店で、「マドゥーラの翼」はその製品テストで設置されていたと個人的に結び付けているのですが、実際はどうだったのかご存知の方がいらっしゃれば情報をお待ちいたしております。

 

ベーシックマガジンハイスコア欄にはこの1984年9月号から掲載が開始され、1987年7月号まで3年弱継続しました。私が訪問したのは1987年頭のはずなので、その当時はまだ集計店だったことになります。

そして翌1987年8月号からは、ゲームコーナーエースと入れ替わりベーシックマガジンハイスコア欄にイエローハットが登場します。(ゲーメストは1987年7月号より)

その前後で閉店したのか、スコアラーが店舗から排除された等の事情があったのではないかと思われます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1984年8月号

スーパーソフトマガジン(ベーシックマガジン別冊付録)1984年8月号(第3巻第8号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店数は60から一気に101と40店以上増加、一気に店舗欄が華やかになります。

以下新規掲載店リストです。

 

ナムコ

函館キャロットハウス(北海道)

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プレイシティキャロット仙台店(宮城県

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宮城野原キャロットハウス(宮城県

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日立キャロットハウス(茨城県

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亀戸キャロットハウス(東京都)

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プレイシティキャロット烏山店(東京都)

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プレイシティキャロット早稲田店(東京都)

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大船キャロットハウス(神奈川県)

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善光寺キャロットハウス(山梨県

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プレイシティキャロット両替町店(静岡県

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プレイシティキャロット黒崎店(福岡県)

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プレイシティキャロット久留米店(福岡県)

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ゲームスペースサンデー(長崎県

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タイトー

ネットワークインタイトー岩手県

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ジョイプラザ上大岡(神奈川県)

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ジョイプラザ21(京都府

ジョイランド松山(愛媛県

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・その他

パサディナ(北海道)

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アドベンチャー(北海道)

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レーザーランド(青森県

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スペースキャンパスステーション(宮城県

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ゲームシティジル(群馬県

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ゲームプラザ荏原店(東京都)

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ファンファクトリー高田馬場(東京都)

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ファンファクトリー中野(東京都)

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ゲームセンターUFO(東京都)

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ゲームインフォルム(東京都)

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シーポート(神奈川県)

ニュービバアメリカン(新潟県

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フェニックス武生(福井県

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ダイエーレジャーランド高岡店(富山県

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ビデオインパズル(静岡県

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ビデオインスポーツタッチダウン三重県

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フラッシュイントヨタ(愛知県)

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スターロイヤル(大阪府

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センターロイヤル(大阪府

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ゲームセンターニュー光(大阪府

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アポロゲームセンター(大阪府

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ゲームプラザUFO(大阪府

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マイコンゲームI.B(兵庫県

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鯉城(広島県

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ジョイパック西新(福岡県)

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(画像はいずれもスーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン付録⦆1984年9月号より)

 

8月号のスコア欄については画像の状態が悪いため掲載しません。

国立国会図書館アーカイブでもこの号だけが欠落していました。

その代わり、新規掲載となった42店分の各店舗欄をアップします。

店舗欄は翌9月号から抽出しています。

 

ジョイプラザ21、及びシーポートの2店はこの1回のみの掲載で終了しているため、店舗欄を抽出することが出来ませんでした。

また、7月号が初掲載だった大阪府吹田市「ビッグワン」は今号で休載表記も無くフェードアウト。こちらが2軒目の掲載終了店となっています。

 

今回、ナムコジャレコに続いてタイトー系店舗が集計店に初登場します。

当時のタイトー系店舗は、「ジョイランド」「ジョイプラザ」のような「ジョイ」が含まれる店舗名が多かったため、明らかにタイトー系と分類可能な店舗以外は店舗名を判断基準としています。

京都の「ジョイプラザ21」及び翌月から登場する「ドリームイン河原町」の2店については、「ゲームマシン」誌に以下証拠があったためタイトー系への分類としました。

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(ゲームマシンアーカイブ、1985年8月1日号より)

福岡市の「ジョイパック西新」は名前からするとタイトー系ぽいですが、「ジョイパック」という名称を他で聞いたことがないため、その他分類としています。

 

セガ系の店舗がまだ出現していませんが、その他に分類されている中で恐らくいくつかはセガ系として分類するのが正しい店舗があると思います。しかし店舗名だけでは判断がつかないため、根拠が確認された時点で分類を行う予定です。

 

今回トピック店舗はお休みします。

ゲームセンター回顧録 セガの中の人の時代 セガワールド上田 その6

上田の話題からは逸れますが、在籍中には何かと縁があった軽井沢のセガについて少々触れておきます。

 

上田から約40㎞、車を1時間程度走らせると日本を代表する避暑地、軽井沢に到着します。

軽井沢駅に面した場所には軽井沢プリンスショッピングプラザの敷地が広がっていますが、かつてこの中にもセガのゲームセンターが存在していました。

 

プリンスホテルセガは元々関係が深かったようで、品川プリンスホテル内では現在でもセガロケーションの営業が続いています。また苗場プリンスホテルではスキーシーズンになると期間限定でセガがホテル内にゲーム機を設置していたこともあったようです。

 

軽井沢も苗場同様のリゾート型店舗ですが、期間限定ではなくショッピングプラザ内のプリンスボウル建屋1階で通年営業されていました。

そのため他店同様に社員が店舗に常駐、アルバイトスタッフを雇用し店舗運営を行っていたのですが、夏休みのようなハイシーズンは店内にお客様が溢れる一方、閑散期の平日に訪れる方はまばら。ハイシーズンに合わせたスタッフ数を常時確保は出来ないため、私が上田へ赴任する以前から長期休暇になると営業所から社員がヘルプで軽井沢に入ってフロア業務に当たっていたようです。

 

そして夏休み期間中のある日、私は早番勤務で店をオープンさせた後に事務所で作業を行っていると、予告も無くエリアマネージャーの訪問。

上田の店舗スタッフが充分であることを確認すると「今から軽井沢へ行くぞ」と連れ出され、そのまま夜までヘルプをさせられたのが私にとって最初の軽井沢でした。

 

その後繁忙期となると度々ヘルプに向かうことになるのですが、上田のスタッフ運営が安定してからは、一部スタッフもローテーションで駆り出されるようになりました。当然交通費支給で本人了承の上行ってもらいましたが、冷静に考えれば随分と無茶なお願いをしていたものです。 

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(軽井沢・プリンスショッピングプラザ、フロアガイドより)

そして現在の施設案内を見ると、元々セガがあった場所にはナムコが入っているんですね。今回その事実を初めて知るに至りました。

合わせてセガが撤退していたことも知り得た訳ですが、予想される理由はあまり伝えるべき内容ではないと思われるためここでは触れません。ご了承をお願い申し上げます。

 

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結局セガワールド上田での赴任期間は3年半程度に及びました。これまでの店舗と比較して長期に渡ったため回顧録はその6まで掛かってしまいましたが、アルバイトスタッフや人間関係に恵まれたこともあり、これまでの勤務の集大成としてセガという会社の組織人としてのスタンスを守りながら店長としての色を出すことが出来た店舗だったと思います。そして2005年の秋、合わせて8年間勤めたセガを退職し現場を去ることになります。

 

リストラの時も含めて「辞めようかな」と思ったことは一度や二度ではありません。それは会社勤めをしている方であれば誰でも有ることと思います。

それが退職にまで至ったのは、その5で取り上げた店舗改装直後のイオンショッピングセンターオープンに伴う売上の低迷に後押しされてしまったせいではないかと感じています。

 

改装前にも近隣に競合店「アピナ上田インター店」がオープンし、商品構成で不利になった時がありましたが、運営努力で対応可能なことも多かったのでモチベーションが下がるということはありませんでした。

しかしイオンの時には人の流れが完全に変わってしまったため、私やスタッフの努力だけでは正直如何ともし難い状況でした。それが増築・改装直後のタイミングでやって来たため、多額のコストを掛けたことに対するプレッシャーが大きくなり、連日効果が薄い対応策を迫られることに耐えきれなくなってしまったんでしょう。まるで雪崩の前に無力な登山者のように。

 

深刻に考えず軽く受け流すことが出来れば違った道もあったんじゃないかと思いますが、セガの店舗という制約がある中においてゲームセンター運営に対する自分のポリシーを維持出来るのは上田レベルが限界で、それ以上となると会社から求められる店舗と自分の実現したい店舗のギャップに苦しむことになりそうかなと今となっては思うので、丁度良い引き際だったのではないかと感じています。

 

だた、四日市勤務時代に実施され、2回目は無いと思っていたリストラ実施に伴う割増退職金支給が私の退職後に再び実施されたと聞いて、そこまで耐えていれば良かったと非常に後悔しています。(ゲスい話)

 

これにてセガ勤務時代の回顧録は終了となります。長々とお付き合い頂きましてありがとうございました。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1984年7月号

スーパーソフトマガジン(ベーシックマガジン別冊付録)1984年7月号(第3巻第7号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店数は前月の46から60へと増加。ここから9月号までの3か月で一気に掲載店舗数が増加します。

以下新規掲載店リストです。

 

ナムコ

プレイシティキャロット流川店(広島県

 

・その他

マックスゲームセンター(埼玉県)

ゲームインJ&B(東京都)

ゲームファンタジー(東京都)

GAME SPOT 21(東京都)

GAME SPOT 21国分寺店(東京都)

ゲームセンターセントラル鷹ノ台店(東京都)

プレイランド赤い風船(神奈川県)

パソピック(神奈川県)

ビデオインイセザキ(神奈川県)

ダイエーレジャーランド金沢店(石川県)

ビッグワン(大阪府

ゲームセンター・シグマ(兵庫県

ヤング・タウン(鹿児島県)

 

メーカー系列店以外から一気に13店の新規掲載が開始され、ほぼナムコ系オンリーだった店舗欄が徐々に変化してくるようになります。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年6月号より)

前号にて17店の追加が予告されていますが、今回追加店リストに含まれている店舗とそうでない店舗があります。翌月以降で掲載される店舗も含まれていますが、インフォがされたものの結局一度も掲載されないままだった店舗も存在します。

上記リスト内では、渋谷区代々木の「ウィステリア」が協力店として挙がっていますが誌面に店舗欄は一度も登場しません。また横浜市の「シーポート」は1984年8月号に店舗欄が現れるものの休載表記でスコアは掲載されず、以後は店舗欄さえ設けられていないため実質掲載されていないのと変わりはありません。

 

このような店舗のマップ上の扱いですが、予告はされたものの店舗欄が登場しなかった店舗は掲載無きものとしてプロットはしませんが、休載扱いとは言え一度でも店舗欄が設けられた場合はマップに位置を落とし込む方針で進めたいと思います。

 

以下スコア欄をアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年7月号より)

掲載店の増加に伴い、これまで1ページ当たり最大8店の掲載だった構成が最大18店の掲載となり、個々の店舗欄はかなり小さくなりました。別冊時代は誌面サイズがB5のため、ベーシックマガジン本体にスコア欄が吸収されA4サイズに変更されるまでの期間は最も店舗欄が小さい時期だったと言えそうです。

 

トピック店舗ですが、丁度今号からハイスコア欄に店舗欄が掲載開始され、また先日店舗ツイッターアカウントに以下のお知らせが発表され話題となった新宿の老舗「GAME SPOT 21」を取り上げます。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年7月号より)

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2021年1月10日撮影

 

アーケードゲームファンの間では、「バーチャファイターの聖地」として有名になった店舗ですが、以前はハイスコア集計店だった時期があります。私も正直「バーチャのお店」というイメージしか持ち合わせておらず、集計店だった時期があったことは意外でした。

掲載期間を確認した所、1984年7月から1986年8月までの約2年間。ゲーメストがハイスコア集計を開始した頃には既にベーシックマガジン集計店から姿を消しているため、印象が薄いのも無理はないという所でしょうか。

 

「バーチャのお店」という印象しか持っていなかった私は、通勤通学で新宿を通過していたにも関わらずこれまで一度も入店したことが無かった(失礼)のですが、閉店の報を聞き、元集計店であったことの記録を残す目的で今回初めて来訪することと相成りました。1月中旬に閉店予定とのことだったので少々無理して訪れたのですが、撮影時点ではまだ具体的な閉店日時は決定していないようで、閉店に関する掲示は見受けられませんでした。

(その後1月20日に閉店となったことが確認されました。長期間の営業お疲れ様でした。)

 

閉店を控え既に機器が相当に撤去され非常に寂しい店内と化していましたが、昭和後期〜平成初期のゲームセンターを彷彿させる趣は十分に残されていました。だた、「店内が煙草臭い」という理由でゲームセンターへの入店が敬遠される昨今、その「趣」だけでは店舗を維持するのは厳しかったのかもしれません。こうしてまた一つかつての名店が姿を消していくことになります。

ゲームセンター回顧録 セガの中の人の時代 セガワールド上田 その5

その1で、2004年に店舗の改装を実施しており現在は改装後の姿であることを前振りしていましたが、今回はその改装時の話が中心となります。

 

1990年台からセガが郊外型店舗として全国展開していた「セガワールド」という店舗は、「2階建ての店舗で1階がファミリー・一般層向けのプライズゲームや大型筐体・プリクラ等、2階が固定客層向けビデオゲーム及びメダルゲームという構成で、店舗面積が250坪前後」というタイプが多く、2階にも入口があったという特徴はあるものの上田店もそのパッケージに近いものでした。

ただ、ダービーオーナーズクラブから始まった大型カード系ゲームやサテライトタイプのオンライン対応タイトルの台頭、またメダルゲームの大型化が進行するに連れ、言わば「セガワールド第一世代」である250坪程度の店舗では面積の不足が顕在化してきます。

そこで2000年頃になると、第一世代型で採算があまり良くない店舗の閉店を進める一方、300坪以上の面積を有する店舗を新規開店させるスクラップ&ビルドに加え、既存店の改装が進められるのですが、店舗面積不足に対する手当として上田では改装と同時に増築の工事が実施されました。

 

正確なスケジュールは記憶が曖昧なのですが、確か2004年のゴールデンウイークまで旧店舗で営業し一度閉店、1か月程度の増築及び改装期間を経て6月中旬に再オープンだったと思います。

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2020年7月25日撮影(以下写真は全て同一日撮影)

改装内容については、当時店長だった自分も当然色々と意見しています。

セガワールド第一世代型の店舗は、それまでの「ゲームセンターは暗くて入りにくい」という印象を払拭するため、店舗全体に渡って明るい内装に統一していることが殆どでした。

しかしこの頃になるとゲームセンターに対するマイナスイメージが減ってきたことに加え、敢えてフロアの照明を減らしたり間接照明を多用することで非日常間を演出する内装を当時台頭していた「ウェアハウス」や「ザ・サードプラネット」といったロケーションが採用し効果を上げていたこともあり、1階フロアはこれまでのコンセプトを踏襲するものの、2階については増床も伴うことから大きく雰囲気を変更することを選択しました。

 

上の写真は2階への階段踊り場から撮影していますが、2階部分の壁面は改装前は壁ではなく手摺となっており、2階から吹き抜け部分を見通すことができかつ外光が2階にも入る構造となっていました。ここを壁面とすることで1階と2階を分断し、また国道バイパス側へアピールするために壁面に装飾をするプランを主張することで現在のスタイルに決定したと記憶しています。

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そして現在の店舗では、上記写真のレンガ装飾が施されている柱より向こうが増床された部分となります。主にビデオゲーム系が設置されていることは増床オープン当時から変わっていません。設置されている筐体は随分と変わってしまいましたが。

 

実はこの部分、改装オープン当初は営業が出来ず1週間程度封鎖されていました。増床のため営業に供するには所轄署の確認許可が必要なのですがスケジュールが間に合わなかったため、やむを得ず元々のエリアのみで営業を開始したためです。

 

そうして6月に迎えた改装オープン。

あらかじめ新聞折り込み広告を行ってアピールしたのですが、集客のため開店時に広告持参で先着プレゼントを実施していました。その時配られた商品がこちら。

www.a-fromage.co.jp

こちらのチーズ工房にて作られたスイーツ「マスカルポーネシュー」を1日100個用意したのですが、生ものだけに事前に準備出来ないため、プレゼントのある日は朝8時に隣町まで30分程度車を走らせて商品を取りに行くのが自分の仕事でした。

ちなみにマスカルポーネシューはチーズと生クリームの濃厚な味わいで、その割に後味が残らないとても美味しいスイーツ。機会があれば是非食して頂きたい逸品です。(突然のグルメレポート)

 

そうした甲斐もあって、オープン時は増床部分が営業出来なかったにも関わらず前年比120%程度の売上を出し、疲労感の中にも手応えがあったことを良く覚えています。

 

ところが、増床部分も無事オープンし夏休み商戦本番に突入した8月、それまで順調に推移していた売上が突如と前年並みの数字に戻ってしまいます。

原因は市内にイオンの大型ショッピングセンターがオープンしたことでした。

ja.wikipedia.org

元々この場所にはショッピングセンターが存在していたのですが、2003年に建て替えにより閉店。再オープンがセガの改装から1か月後に重なったものです。

当時の商圏最大のショッピングセンターとなり、また上田市中心部から比較的近いためアクセスがセガワールドの場所よりはるかに良かったこともあり、オープン直後は特に週末の集客が目に見えて低下しました。

私が赴任してから固定客層の開拓を進めたとは言え、売上に占める割合は週末のファミリーや一般層に依る所が大きかったことも影響を際立たせてしましました。そりゃ行動範囲内に地域最大のショッピングセンターがオープンすれば普通はそちらへ出向きますよね…

 

その6へ続きます。