小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年2月号

マイコンベーシックマガジン1986年2月号(第5巻第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は101店とほぼ横這い。新規掲載は2件あります。

 

・その他

ゲームセンタープラザ114(北海道)

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ゲームセンタータイリョウ(宮城県

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年2月号より)

 

些細なことではありますが、今月から店舗欄の装丁が少々変更になり、すっきりとした印象になっています。

 

今回から掲載の宮城県角田市のゲームセンタータイリョウ、追ってゲーメストへも掲載がされる店舗です。

店舗名からは「大漁」が想像されますが場所は全く海には面していません。店名で検索を掛けても角田市の店舗のことは全くヒットせず、プライズゲームに関する情報ばかりがヒットすることに時代を感じます。

 

以下店舗欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年2月号より)

 

前回のエントリーで「1985年は中弛みの時期だったのでは?」と記しましたが、全体的に掲載店が減少傾向だったことも踏まえ、初めてスコア欄の末尾に「チャレンジ・ハイスコア掲載ご希望の各店へ」としてインフォメーションが掲載されました。掲載店に送付される記入用紙の写しを元に記入方法や基本的なルールを説明しており、まだハイスコアを全国誌で集計することに対して理解が進んでいなかったことが窺えます。

 

気になるのが要領最後の注釈部分。

「1年以上、レギュラーでの掲載を希望されるお店は・・・」の表記があります。

店舗欄を設ける際には掲載期間は決まっておらず、閉店等による店舗からの申し入れや集計用紙が編集部へ届かなくなることによる自然消滅で掲載がされなくなるという認識だったのですが、今回の掲載店募集は「掲載を希望するお店は、誌面の記入用紙を参考に記入して編集部に送付すれば単発で誌面に掲載される」というものだったようです。

 

実際に次月から新規掲載店が大幅に増加するのですが、一部を除いてどの店舗もそれなりに掲載が継続しているため、次月以降に新規で掲載された店舗は殆どがレギュラー掲載を希望していたものと思われます。

 

トピック店舗へ移ります。

東京都下のナムコ直営店は、山手線沿線よりもむしろ郊外路線沿線への出店が目立ちました。その中でベーシックマガジン初回集計より名を連ねた「プレイシティキャロット西荻店」を取り上げます。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年6月5日撮影

 

記念すべきベーシックマガジン初回掲載26店中の1店で、東京都の郊外店としてはこちらと世田谷区の経堂店が含まれていました。その後同様の郊外店が複数掲載され、ベーマガ初期の集計欄においては非常に目立つ存在となります。

 

その西荻店ですが、誌面掲載の住所をgoogle mapでサーチすると写真のセブンイレブン隣の「山屋ビル」がヒットします。

このビルの一階部分が居酒屋になっており、いかにも以前そこにキャロットがあったという風情なのですが、当時の住宅地図を確認した所セブンイレブンの場所で間違いないようです。(セブンイレブンも住所は同一となっています。)恐らくセブンになった際に建屋ごと取り壊されているのではないでしょうか。

 

山手線から外れた郊外とはいえ、一日乗車人数約45,000人(2019年)とかなりの数を誇る西荻窪駅前に存在した西荻店は、当時のナムコ都市部ロケーションでもかなり重要視されていた店舗だったようです。以下引用させて頂きます。

郊外店は、雑居ビルのワンフロアでテナントとして営業されていた店舗が多かった中で、店舗単独の建屋であったことが写真から判断できます。

 

スコア集計については1984年1月の初回掲載から、1993年11月号を最後に姿を消しています。実質ほぼ10年に渡り掲載が継続し、80年台に掲載が開始された店舗だけで最盛期は10店以上を数えた東京都内のナムコ系店舗において、プレイシティキャロット巣鴨店を除いて最後まで誌面に残っていた店舗でもあります。

しかしスコア的に盛り上がっていたのは90年台初頭辺りまでで、対戦格闘ブームの到来と引き換えにスコア欄は徐々に寂しくなっていったことが誌面から伺えます。その後店舗はナムコからタイトーの運営に変わり「タイトーイン西荻」となりましたが、閉店時期は確認出来ませんでした。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年1月号

マイコンベーシックマガジン1986年1月号(第5巻第1号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は102と少々回復しました。新規掲載が4件あり総数増に寄与しています。

  

タイトー

タイトピア木屋町愛媛県

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・その他

ゲームプラザ月光仮面(北海道)

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ゲームインカナザワ(石川県)

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ゲームセンター大野プレイランド(福井県

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年1月号より)

 

1986年は追ってゲーメストが創刊され、そちらでもハイスコア集計が開始されますが、ポツポツとゲーメスト誌上でも見かける店舗名が顔を出すようになります。

今回新規4店のうち、小樽市のゲームプラザ月光仮面を除く3店はゲーメストにおいても掲載履歴がある店舗です。

 

以下スコア欄となります。

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 (画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年1月号より)

 

先月のエントリーでも触れましたが、1984年度中に掲載が開始された店舗で、85年末までに掲載を終了した店舗はナムコ系ロケーションでは履歴がある60店中6店(ハローススキノ、一番街、ミライヤ、すみのえ、流川、ゲームスペースサンデー)に留まっている一方、ナムコ系以外においては61店中24店が既に掲載が中止されています。

加えて今月の掲載を最後に姿を消した店舗も3店存在しています。(ゲームインJ&B、プレイランド赤い風船、パサディナ)

 

誌面常設コーナーとなってある程度時間も経過した1985年は最初に訪れた「中弛み」の時期だったのではないかと思われるのですが、

・ハイスコアとして認定される基準がまだ曖昧で、トップとして掲載されるスコアに価値を認めにくかった。

・まだ旧態依然としたゲームセンターが多く、スコアの管理が店舗によっては不充分だった。

上記のような要因が考えられそうです。

 

そして今月のトピック店舗。

ハイスコア創世記はこの店舗の存在を抜きにして語ることは出来ません。

「ゲームブティック高田馬場」を取り上げます。

 

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年5月29日撮影

 

現在でもアーケードビデオゲーム界隈では「ゲーセンミカド」の存在で知られる高田馬場ですが、1980年台のビデオゲームハイスコア創世記においてもこのお店がゲーマーに非常に高い知名度を誇っていました。

 

この店舗の知名度を高めた要因と言えば、ナムコの大ヒットタイトル「ゼビウス」とゼビウスを攻略したプレイヤー、そしてその攻略から生まれた同人誌「ゼビウス1,000万点への解法」の存在であったことは疑いないと思います。

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2021年3月27日撮影

 

先日の「札幌・小樽ゲーセン物語展」に展示されていた「ゼビウス1,000万点への解法」の実物です。この後ゼビウスにて1,000万点を達成することが一つのステイタスとなり、また以後のハイスコア集計において1,000万点というスコアが到達点として広く認知されることとなります。

 

ゲームブティック高田馬場が最も盛り上がっていた時代の話は、下記ゲーム文化保存研究所内の記事「ゲームセンター聖地巡礼 1980~1990年台 高田馬場」に詳しく記載されています。

igcc.jp

上記記事は2018年にアップされていますが、跡地である日高屋は2021年時点で既に写真の居酒屋へと変わっています。

 

そして1987年8月号のゲーメストにて東京のゲームセンター特集(シールハイク)が組まれていますが、写真付きで紹介されているため当時の店内の様子を垣間見ることが出来ます。

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ゲーメスト 1987年8月号より)

この頃には既に東京における聖地的存在はプレイシティキャロット巣鴨店へ移っており、記事中からもその栄光が過去のものになりつつあることを窺い知ることが出来ます。

当時や現在の写真を見て頂ければわかるように正直店内は狭く、特に80年台後半以降に増加した体感ゲーム筐体を導入する充分なスペースを確保出来なかったのではないでしょうか。これは高田馬場に限った話ではなく、都心部に多く存在した小規模なキャロット系店舗全般に言えることなのですが。

 

そして1990年9月号の掲載から伝統ある「ゲームブティック」の冠を改め「プレイシティキャロット高田馬場」に店名変更、1992年8月までスコア欄は継続していました。ゲーメストへの掲載履歴は無し。店舗は1996年に閉店しているとの情報です。

 

「ゲームブティック高田馬場」で検索すると上記ゲーム文化保存研究所の記事を始めとしてかなりの数がヒットする反面、「プレイシティキャロット高田馬場」を単独で扱っているページは殆ど存在しませんでした。いかに「ゲームブティック」としての存在が大きかったのかを物語っているように思います。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年12月号

マイコンベーシックマガジン1985年12月号(第4巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店数は98と100を割り込んでしまいました。前月休載表記だった店舗の欄が設けられていないことが最大の要因ですが、掲載98店中ナムコ系が59店とほぼ2/3近くを占めているのに対し、一般オペレーター系の店舗は35しかなく、特に最も初期に掲載が開始された店舗はかなりの割合で1年程度で姿を消しています。

 

ベーマガスコア掲載開始時点から深く関係し、運営ノウハウ等も店舗間で水平展開されていたナムコロケはスコア掲載に関する管理もしっかりしていたと思いますが、インベーダーブームからそのまま続いていたようなゲームセンターが多かった時代、店舗ローカルでハイスコアを掲示するだけでなく雑誌に店舗名が載っているとなると、ノウハウを持っていない一般店舗では管理を継続することがまだ難しかったのかもしれません。

 

新規掲載店は1店あります。

 

・その他

ゲームコーナーアップル流通店(静岡県

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マイコンベーシックマガジン 1985年12月号より)

 

現在でも静岡県下にて「アップル」のブランドでゲームセンターの営業が続いていますが、系列店がスコア集計店としてノミネートされていた時期がありました。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年12月号より)

 

休載表記は2店まで減少。そこまで休載が連続していた訳ではない豊橋市の「レジャーの広場U.F.O」ですが、先月今月と休載が続き今月でフェードアウトしてしまいました。

 

 トピック店舗へ移ります。

引き続き北海道の初期ナムコ系店舗より、鉄の街室蘭から「室蘭キャロットハウス」を取り上げます。

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マイコンベーシックマガジン 1985年5月号より)

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2020年9月22日撮影

 

室蘭市の中心部は絵鞆半島部分のJR室蘭駅付近なのですが空洞化が激しく、むしろJR東室蘭駅が最寄りで室蘭の象徴でもある日本製鉄室蘭製鉄所にも近い中島町に大型商業施設や飲食店が固まっているエリアがあります。キャロットはこの中島町エリアに出店されていました。

 

メインストリートである中島中央通に面している写真の建屋の位置が該当します。現在は建て替えられた後のようで個人宅を兼ねた居酒屋となっていました。キャロット時代の建屋はガラス張りのいかにもゲームセンター然とした店舗だったとの情報を頂いています。

中島中央通は片側2車線と広く両側に歩道も整備された整然としたエリアで、店舗の裏手は大型のスーパー、またドン・キホーテも徒歩圏内にありますが、地図を見て頂ければお分かりいただけるように小規模の飲食店も密集しているエリアで、夜はまた違った一面があるのかもしれません。

 

ベーマガへのスコア掲載は1985年5月からスタート、北海道内に多数存在したナムコ系店舗が次々と集計店から脱落していく中、大きな休載期間も無く確認出来た範囲では1998年2月まで掲載を継続。北海道最後のナムコ系集計店としてその地位を守り続けました。少し離れてはいますが市内には室蘭工業大学もあり、学生の需要も多かったようなので立地が適切であったことが窺えます。閉店時期は不明です。

 

また本文とは関係ありませんが、東室蘭駅から中島町方面へ向かう通り沿いに写真の看板を発見しましたので記録としてアップします。

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2020年9月22日撮影

スナックの固まった「中央街」のサイン内に「サンゲーム」の文字があります。

昼間だったためかシャッターが降りており、サインの破損具合からこの「中央街通り」がまだ営業がされているのかも定かではありませんが、スナック街の中にゲームセンターが混じって営業されていたことがあったようです。最も我々が想像しているようなゲームセンターではなかった可能性が高いと思われますが…

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年11月号

マイコンベーシックマガジン1985年11月号(第4巻第11号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店巣数は109となり減少傾向が止まったように見えますが、先月は0だった休載表記が今月は13店も存在しており、スコアが掲載されている店舗は実質96店と寧ろ前月を下回っています。新規掲載店はありません。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年11月号より)

 

偶々今回のみ休載の店舗もありますが、休載全13店中9店が今回あるいは次回の掲載を最後に姿を消しています。これだけ多数の休載があるのは今号が最後で、以降1986年1月を最後に店舗欄の休載表記が使用されなくなります。

 

また、今回休載を最後に姿を消した店舗の中に兵庫県の「ゲームセンターシグマ」があります。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年7月号より)

 

三木市志染町」という住所と「シグマ」という店舗名に覚えがあり確認した所、追ってゲーム基板を家庭で動作させるためのコントロールボックスを製造販売する「シグマ電子」と店舗の住所が一致しました。

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 (ゲーメスト 1990年1月号より)

ゲーメスト誌上によく広告を出していたので、見覚えのある方も多いのではないかと思います。ただ広告上には「ゲームセンターシグマ」の案内が掲載されていた覚えがないため、ハイスコア集計店を運営していた時期があったことは意外でした。店舗運営からは比較的早く撤退をしていたのかもしれません。

 

トピック店舗ですが、札幌圏から離れて函館に場所を移します。

「函館キャロットハウス」を取り上げることにします。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

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2020年9月22日撮影

 

函館市の中心街というと、函館駅付近や五稜郭地区が思いつくのですが、函館駅からバスで30分程の郊外に「美原地区」という環状道路に沿った商業集積地区があり、そこに店舗を構えていました。現在のイトーヨーカドー函館店と道路を挟んで向かいの場所となります。

 

函館市の観光スポットとはかけ離れた場所にあるため、観光のついでに立ち寄るのは難しい場所だったのではないかと思われます。かくいう私も幾度となく函館は訪れていますが、この場所まで足を運んだのは今回が初めてでした。

 

ベーシックマガジンへのスコア掲載は1984年8月からスタート。札幌、小樽についで道内では3番目の集計店所在地となりました。しかし1986年10月号で一度掲載がストップ。その後暫く未掲載期間が続きましたが1993年12月号に「プレイシティキャロット函館店」と店名を変え実に7年の期間をおいてスコア欄復活。しかし掲載は長くは続かず半年後の1994年5月号を最後に再度掲載がされなくなりました。地域のゲーマーから非常に愛されていた店舗だったようですが、ことスコア掲載となると時期により温度差があったのかもしれません。

 

閉店時期は不明です。建屋はその後別の店舗を経て現在は写真のように空きテナントとなっていますが、キャロットが存在した時からあまり外観には大きな手が加えられていないのではないかと思われます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年10月号

マイコンベーシックマガジン1985年10月号(第4巻第10号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載数は丁度100店まで減少してしましました。今号は新規掲載店はありません。1985年7月号同様に休載店舗の店舗欄が一切設けられておらず、その分掲載数が少なくなっています。

 

 以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年10月号より)

 

休載が多い店舗が掲載されていないため、今月を最後に掲載を停止した店舗はありませんが、先月休載表記だった愛知県の「フラッシュイントヨタ」、そして特にこれまで休載は無かった福岡県の「ジョイパック西新」は先月9月号の掲載が確認している時点では最後となっています。

 

トピック店舗ですが、札幌市から場所を隣の小樽市へ移します。

プレイシティキャロット小樽店をピックアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より) 

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2021年3月27日撮影

 

JR小樽駅から海岸沿いの小樽運河の間の市街地を通っている商店街サンモールを抜け、そのまま続いている花園通りに進むと正面にJR函館本線のガードが見えますが、ガードを潜る手前の写真のマンション兼介護医療施設が店舗跡地です。

小樽駅からは徒歩15分程度の距離で、隣の南小樽駅とのほぼ中間の場所となります。

 

以前は「東宝スカラ座」という映画館で、1995年に閉館するまでは小樽最後の映画館だったとのこと。ナムコはテナントとして入居しており、映画館閉館後もプラボ小樽と名前を変え2007年までは営業が続いていたようです。写真の定礎の日付が見づらいですが平成21年(2009年)となっており、そこから現在の施設になっていると思われます。

 

1999年のナムコPR誌NOURSの「全国ナムコ店舗ガイド」にプラボ時代の店舗写真が掲載されていました。

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(NOURSバックナンバー No.30 1999年5月号「全国ナムコ店舗ガイド 北海道編」より)

1987年に初めて北海道へ旅行した際、キャロット時代の店舗を一度訪れているのですがまだ東宝スカラ座が営業していた時期のためか上記の写真のように1階全面がゲームセンターの入口とはなっていなかった覚えが薄っすらとあります。写真は映画館閉館後の姿ですが、キャロット時代とは住所が同一なだけで全く別の店舗になっていたと思われます。

 

スコア掲載ですが、1984年3月から確認出来た時点では1992年11月まで継続しました。店舗オープン時期は不明ですが、スコア集計開始の1984年から起算してプラボとして閉店するまで23年と長期に渡って営業していた店舗であったことが分かります。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年9月号

マイコンベーシックマガジン1985年9月号(第4巻第9号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載数は108店と微減。新規掲載店は以下1店あります。

 

ナムコ

プレイシティキャロット京橋店(大阪府

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マイコンベーシックマガジン 1985年9月号より)

ぽつぽつと新規掲載店が現れる関東のキャロットに対して、関西の新規掲載は1984年12月の「プレイシティキャロットなんば店」以来となっています。関東と比較すると店舗数も少なかったこともあり関西は「キャロット信仰」が関東ほどは大きくなかったのではないかと思います。

 

 以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年9月号より)

 

「チャレハイ・インフォメーション」に記載されているプレイシティキャロット道頓堀店の「ナムコミュージアム」ですが、愛知県のプレイシティキャロット豊橋店で1987年頃同じコーナーが展開されていました。

またゲームへのヘッドホン端子取り付けの案内も掲載。これも同じく愛知県の星ヶ丘キャロットハウスで確認しており、こういったサービスが水平展開されるのは当時のナムコ系ロケならではだった思います。

 

 

トピック店舗ですが、前回同様札幌市郊外のナムコ系店舗より「澄川キャロットハウス」をピックアップします。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より) 

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2021年3月28日撮影

前回紹介した川沿キャロットハウスと同一の1984年3月から店舗欄の掲載が開始されており、また両店間の距離も道なりで5kmも離れていないため、兄弟店舗のようなイメージを勝手に持っていました。

しかしこちらは札幌市営地下鉄南北線の南側終点である真駒内のニつ手前、澄川駅から程近く川沿や赤い風車と違ってドライブイン的な要素はありませんでした。しかしドライブインでよく見かけた麺類の自動販売機が店内に設置されていたとの情報を頂いており、やはり飲食環境は普通のゲームセンターに比べると充実していたようです。


www.youtube.com

カップヌードルの自販機がある店舗は結構見かけましたが、ドライブインでもないのにこれに近いタイプの麺類自販機があったゲームセンターはそれ程多くなかったのではないでしょうか。

 

また市内の他の直営店のビデオゲームプレイ料金がほぼ1プレイ100円だったのに対し、ここだけ1プレイ50円にて運営されていたようです。メーカー系店舗で完全50円は結構珍しいと思います。郊外店における地域性を重視したサービスだったのでしょう。

 

ベーシックマガジン誌面へのハイスコア掲載開始は川沿と一緒だったものの、終了は川沿よりも早く1987年4月号が最後の掲載となっています。

その後も店舗の営業は継続していましたが、1996年初めの豪雪で「雪の重みで建屋が物理的に」潰れてしまい閉店という不幸な幕切れを迎えることとなってしましました。

跡地は写真中央のコンクリート地肌が剥き出しになっているアパートの位置が該当します。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年8月号

マイコンベーシックマガジン1985年8月号(第4巻第8号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載数は112店まで戻ります。新規掲載も2店あります。

 

ナムコ

プレイシティキャロット笹塚店(東京都)

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プレイシティキャロット椎名町店(東京都)

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⦅画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年8月号より)

 

東京都下においては都心部にあまり店舗を構えず、少し外した学生街や衛星都市の駅周辺への出店が多かったキャロットですが、新宿の隣の笹塚、池袋の隣の椎名町と引き続きその傾向が続きます。

一方、先月を最後に3店のナムコ系店舗が掲載を終了しているのですが、

 

・ゲームスペースミライヤ(東京都)

・プレイシティキャロット一番街店(東京都)

・プレイシティキャロット流川店(広島県

 

実験店舗の意味合いが強かったミライヤは別として、新宿歌舞伎町に位置している一番町、広島繁華街の流川と、5月号で終了したすすきのを含めて中心繁華街店舗での掲載終了が目立ちます。

1985年2月に新風営法が施行され、24時以降の営業が出来なくなったことにより繁華街型店舗の旨味が無くなったことが原因として考えられますが、繁華街への出店は後発だったナムコが新風営法の施行を契機として元々弱かった繁華街型店舗からの撤退を早々に開始したという捉え方も出来ると思います。

 

 

また休載が多く、6.7月号では店舗欄も設けられなかった4店(「アドベンチャー(北海道)」「レーサーランド(青森県)」「フラッシュイントヨタ(愛知県)」「ゲームプラザUFO(大阪府)」)が再び休載表記ですが店舗欄が復活。店舗からのクレームがあったのでしょうか。

しかしながら、大阪のゲームプラザUFOが11月号に1回だけスコアが掲載された以外は、いずれも休載が続き1985年12月号の掲載が最後となっています。休載が連続している時点で集計を継続するつもりは端からなかったということでしょう。

 

以下店舗欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年8月号より)

 

「ひとくちメモ」の欄に「スコアの備考欄にクレジット数、設定等を記入したものをトップとして認定する」旨が記載されています。

現在は「工場出荷設定」のみが集計対象となることが周知されていますが、この時点ではそこまでのルールは明文化されていませんでした。設定さえ記入していれば1コインであればハイスコアとして認定するということだったのでしょうか。

 

トピック店舗へ移ります。

引き続き北海道の初期ナムコ系掲載店より、「川沿キャロットハウス」を取り上げます。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より) 

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2021年3月28日撮影

 

「プレイタウン赤い風車」が面している国道230号を定山渓方面へ南下するとイオン札幌藻岩店とコナミスポーツクラブがある交差点があります。国道を札幌市街地方面から見て左折し真駒内方面へ向かうと豊平川に掛かる五輪大橋がありますが、その袂に店舗があったようです。

 

当時の住宅地図を確認すると、3枚目写真の白いアパートが店舗の裏手にあたるため、現在のコナミスポーツクラブの駐車場の場所が該当するようです。目の前が五輪大橋のため住所だけでなく物理的にも川沿に立地していたことが分かります。

 

ここも赤い風車同様に店内で飲食が提供されていました。弁当のテイクアウトも可能だったとか。郊外の幹線道路沿道のため、赤い風車同様にドライブイン的な店舗だったようです。

1987年当時の店舗外観写真がベーマガ誌上に残っていました。

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マイコンベーシックマガジン1987年10月号、「見城こうじのゲームセンター放浪記3」より)

この写真を見ると「CARROT HOUSE」という名前の食堂兼弁当屋にしか見えません。赤い風車もそうですが、特に札幌市内のナムコ系店舗は店内で飲食が提供されていた場所が多く、他地域のナムコ店舗と比較すると異彩を放っていた面があります。

この年齢になると長時間ゲームを続けていることが難しくなるため、店内で食事や休憩が可能で長時間滞在しやすいドライブインタイプの店舗は寧ろ積極的に利用したいと思うのですが、飲食を扱うとどうしてもスタッフを厚く充てなければならず人件費が嵩むことが想定されます。

また特にゲームセンターは「坪単価」の概念が支配的で、飲食を併設して面積を食い店舗の坪単価が下がることは特に風営法が改正され24時間営業が出来なくなってからはあまり営業的に推奨されなかったのかもしれません。

 

ハイスコア集計は1984年3月~1987年11月まで継続しました。店舗の営業はその後も続いていたようですが、閉店時期については確認出来ていません。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年7月号

マイコンベーシックマガジン1985年7月号(第4巻第7号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は先月から更に減少して102。休載表記は0店で、先月に引き続き休載の多い店舗の欄を一切設けていないため総数が少なく推移しています。特に今号は何故か横浜市の集計店4店(プレイシティキャロット伊勢佐木町店、プレイランド赤い風船、パソピック、ビデオインイセザキ)がまとめて掲載されなかったことが総数減少に大きく寄与してしまいました。

 

一方、新規掲載店は2件存在しています。

 

・その他

アミューズメントファンシティローレンⅠ(和歌山県

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ビデオゲームレーダー店(大阪府

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1985年7月号より)

和歌山県の掲載店はゲーメストを含めても珍しい存在。また東大阪市の店舗は近鉄長瀬駅前、いわゆる「近大前」であり「あうとばあん」に代表されるゲームセンター密集地域だったのですが、殊にハイスコア掲載店となるとキャロットからの流れが続いていた関大前と比較してあまり恵まれなかった場所ではないかとと思います。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1985年7月号より)

今回、ナムコメトロクロス」の発売に伴いストーリー漫画が掲載されている関係でいつもと装丁が異なっています。

このストーリー漫画、何故か誌面を逆読みする形で進行しており、チャレンジハイスコア欄以前に更に5ページが続いていますが、ハイスコアとは無関係のため掲載は省略します。

 

トピック店舗ですが、前回のプレイシティキャロット琴似店と並ぶ札幌市の老舗「プレイタウン赤い風車」をピックアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年3月28日撮影

 

すすきのから札幌市交通局路面電車に乗って20分程度、札幌市域を見渡せる藻岩山のロープウェイ乗り場にも比較的近い「石山通」停留所から国道230号を南下して徒歩5分程度で店舗跡地に辿り着きます。

 

札幌市の郊外で周囲は住宅地となっており、あまり商店が林立している場所ではありません。片側2車線の比較的交通量の多い国道沿いで、写真にもある店舗裏手も含めて駐車場を多数確保していたこと、また当時のメーカー系店舗では非常に珍しく店内で飲食を提供していたということもあり、どちらかと言えばドライブインの性格が強い店舗だったようです。ピラフ系の食事が非常に充実していたとの情報を頂きました。

 

また、元電気グルーヴの「まりん」がここでバイトをしていた時期があったようです。

seesaawiki.jp

地元の古のゲーマーの方々にとっては結構有名な話のようですが、公式情報では一切出てこないので私もこの事実を今回初めて知るに至りました。

 

ベーマガではハイスコア集計のオリジナル26店に名を連ねましたが、「キャロット」の名称が含まれなかったのはこことゲームスペースミライヤ、そしてゲームブティック高田馬場の3店のみ。しかしスコア掲載期間はそれ程長くなく、1986年8月号を最後にスコア欄から姿を消しています。ゲーメストへは一度もスコア掲載はされなかったものの、札幌の店舗紹介記事内で取り上げられています。

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 (ゲーメスト 1988年5月号より)

また、現役当時のカラー写真がナムコのNG誌にも掲載されていたようなので以下も追加で引用させて頂きます。

 

店舗は1990年台後半まで営業が続いていたようです。現在の写真と見比べると建屋は当時のままですが、風車の撤去も含めて内外装は全く面影を留めていません。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年6月号

マイコンベーシックマガジン1985年6月号(第4巻第6号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

今号は、初期の2ヵ月連続同一掲載店舗だった時期を除くと、初めて新規掲載店が0となります。また掲載店総数も105と一気に9店も減少しています。

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年6月号より)

掲載店数が少ない割に休載表記は「ダイエーレジャーランド高岡店」の1店しかありません。休載が多い店舗欄は設けず、空いた枠をまとめることで店舗紹介や通信欄に充てています。

 

通信欄にはデータイーストの「B-ウイング」についての例が述べられていますが、「難易度や残機の設定は工場出荷設定のみを集計の対象とする」「永久パターンを使用したスコアは認めない」等、追って一般化する集計ルールがまた確立していないため、対応が手探りであったことが窺えます。

 

集計ルールが確立していないことは申請する店舗側も同様で、設定や到達面数等を備考欄に記入していなかったことからスコアが上回っていてもトップの扱いをされなかったり、永久パターンを使用したスコアや、今見ると明らかに達成不可能なスコアが掲載され全国トップとなっている例が散見されます。

 

集計ルールについては、ゲーメストが創刊されハイスコア集計がベーマガと二本立てになる1986年以降から、双方の担当者の努力によって徐々に明文化されて行きますが、それ以前のハイスコアについてはオフィシャル的に最終スコアが明確にされていないタイトルが殆どなのではないかと思います。

 

トピック店舗に移ります。

今回は80年台後半の北海道ハイスコア集計店の代表ともいえる「プレイシティキャロット琴似店」を取り上げます。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年3月28日撮影

 

札幌市の郊外、JR函館本線札幌市営地下鉄東西線にそれぞれ琴似駅がありますが、両者は500m以上離れており、両駅を繋ぐ琴似・栄町通り沿いに商店街が形成されています。その沿道にあった商業ビル「琴似グリーンビル」の1階に店舗を構えていました。

 

スーパーソフトマガジンの初回掲載27店に名を連ね、1984年1月号から掲載が開始されます。追ってゲーメストへも初回集計から掲載されダブル掲載店となり、ナムコグッズ販売も直営店の中で真っ先に開始されたことも手伝って、北海道のハイスコア集計店で最もポピュラーな存在として全国のゲーマーにその名を知られることになります。

「琴似」という地名もこの店から知り得た方も結構いらっしゃるのではないでしょうか。

 

業界紙「ゲームマシン」においては、1986年8月1日号の「全国市街地ゲーム場」のコーナーで琴似界隈が取り上げられました。

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(ゲームマシンアーカイブ 1986年8月1日号より)

店内写真がありますが、テーブル筐体主体だった光景に時代を感じます。正面に多数のギャラリーが出来ていますが、何か新製品にでも群がっているのでしょうか。

 

またナムコが最初にキャロットを構えた琴似という場所の魅力に他社も気が付いたのか、セガが新規出店を行った直後のようで、追ってタイトーも出店し大手3社のロケが出揃う場所となる反面、それ以前には旧態依然のゲームコーナーがいくつか営業されていたことが確認出来ます。

 

そして約2年後のゲーメストで札幌の店舗紹介記事が組まれますが、その際にも琴似界隈が取り上げられています。

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ゲーメスト 1988年5月号より)

ウィルトークがオープンしている一方で、2店存在した個人店は紹介されていません。この頃が最も琴似界隈が充実していた時期だったのでしょうか。

 

そして更に時を経た1990年9月号の掲載を持ってゲーメストへのスコア掲載が終了。この時は掲載店入れ替えに伴い多数のナムコ系店舗がゲーメストの集計店から姿を消しており、何らかの意向が働いていたのかもしれません。

ベーシックマガジンへの掲載は引き続き1996年3月まで継続。1996年4月号のベーマガ「チャレハイ通信」欄に以下のメッセージが残されています。閉店までスコア集計が継続されていました。

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マイコンベーシックマガジン 1996年4月号より)

 

現在は写真のようにビルごと取り壊されマンションとなっています。両隣のお茶屋と飲食店の建物は昔と変わっていないようです。

 

 あと気になったのが、琴似キャロットの店舗看板ロゴ。

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(東京ゲーセンマップー経堂 http://www.st.rim.or.jp/~k-nishi/tgm/kyodo.html より)

キャロットのフォントと言えば上記の写真のタイプが思い浮かびますが、琴似キャロットの角ばった感じのこのフォントは他のキャロットで見かけたことがありません。琴似オリジナルだったのでしょうか。他店舗でも見たことがあるという方がいらっしゃいましたら是非とも情報をお待ちいたしております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年5月号

マイコンベーシックマガジン1985年5月号(第4巻第5号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

店舗数は114と先月に引き続き上限を維持。

新規掲載店が1店あります。

 

ナムコ

室蘭キャロットハウス(北海道)

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マイコンベーシックマガジン 1985年5月号より)

札幌市内に集計店を含めた多数の店舗展開をしていた当時のナムコですが、北海道内の地方都市にも既に掲載が始まっている小樽、函館に加えて室蘭が加わります。

また、ゲーメストに掲載された店舗を含めると苫小牧、釧路、旭川が追加され、道内に広範囲に店舗展開を行っていたことが窺えます。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1985年5月号より)

 

新規掲載が開始される一方で掲載中止の店舗も発生しています。

ナムコ系では室蘭キャロットの掲載が増えた北海道ですが、一方「プレイシティキャロットハローススキノ店」が今号が最後の掲載となりました。

また、今号で3号連続で休載表記だった東京都板橋区の「ゲームセンターUFO」、そして大阪駅前第3ビルの「センターロイヤル」は次号以降店舗欄から姿を消します。

twitter.com

掲載店から姿を消したセンターロイヤルですが、2021年4月現在も大阪駅前第3ビル地下1階で営業が続く「ロイヤルゲームセンター」として健在です。80~90年台のゲームセンターの光景を現在に残している貴重な店舗となっています。

 

また、兵庫県尼崎市の「マイコンゲームI.B」について、姉妹店として大阪府池田市の「ZONE(ゲームセンター・ゾーン)」でハイスコア登録が可能の旨が欄外に記されています。複数店舗の合同集計となった初めての例となります。

こちらは住所も記載されておりマップ上にプロットすることも可能なのですが、「店舗欄に記載された住所のみプロットの対象とする」ことを掲載ルールとしているため、マップ上には記載しないことにします。以後の合同集計店舗についても同一とします。

 

トピック店舗ですが、今回最終の掲載となった「プレイシティキャロットハローススキノ店」を取り上げることにします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より)

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2021年3月28日撮影

すすきのといえば札幌はおろか国内屈指の繁華街ですが、その真ん中にナムコのキャロットが存在した、といってもピンと来ないゲーマーの方も多いと思います。かくいう私もそうでした。

1983年12月号の別冊スーパーソフトマガジンにてハイスコア集計の開始が予告された際、当初掲載店27店のうちの1店としてノミネートされましたが、実際に掲載が開始されたのは1984年3月号から、そして今回の1985年5月号を最後に掲載店から姿を消すため掲載期間はわずか1年程度。それでは店舗の認識度が著しく低くなっていたことも頷けます。

 

すすきのと言っても、アーケード内に店舗が軒を連ねる狸小路側ではなく、周囲は居酒屋やスナックが中心。キャロットが入っていたビルも1階から5階までを居酒屋が占めており、飲みに来たサラリーマンの時間つぶしなどの需要を当て込んだ立地だったのかもしれませんが、当時の10代ゲーマーにとっては非常に近寄りずらい場所だったのではないかと想像できます。

 

業界紙「ゲームマシン」を検索すると、全国縦断ゲーム場ルポとして1982年のすすきのが取り上げられていました。

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(いずれもゲームマシンアーカイブ、1982年7月1日号より)

この時点ではキャロットと同じ住所の富士会館に「ゲームプラザ・ハロウィーン」が入居しており、キャロットになる以前からゲームセンターが存在したことが分かります。

 

そして時を経て1986年に再度すすきのが特集されるのですが…

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(いずれもゲームマシンアーカイブ、1986年7月15日号より)

1986年7月ではキャロットはおろか富士会館の位置にゲームセンターの表記が無く、この時点で既にキャロットは撤退済であったことが確認出来ます。

 

「ゲームプラザ・ハロウィーン」からいつの時点でキャロットへ変更になったのかは捕捉出来ていませんが、ゲームマシン誌の掲載間隔は約4年しかないためキャロットの存在期間は4年以下であったことだけははっきりしました。

短命だったこともあり、ベーマガのスコア欄以外では殆どその足跡を辿ることが出来ない店舗となっています。当時の写真等お持ちの方がいらっしゃいましたら是非とも情報提供を頂きたくお願い申し上げます。