小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1986年5,7月号

既に1986年9月号である第3号からハイスコア集計店のマッピングを開始しているゲーメスト誌ですが、第3号とあるように創刊号である第1号は1986年5月号として上梓されています。

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ゲーメスト 1986年5月号(創刊号)表紙)

 

店舗別にハイスコアを掲載し、その中からタイトル毎にスコアランキングを行った「めざせ ハイスコア!!」コーナーが誌面に掲載されたのは、第3号である1986年9月号からと認識していたのですが、店舗別ハイスコア掲載コーナーは創刊号から掲載があったことをつい最近知るに至りました。

 

下記がゲーメスト創刊号のハイスコア掲載欄「目指せゲーメスト」となります。

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ゲーメスト 1986年5月号より)

バックに簡略化された日本地図が入っている装丁は見覚えがありますが、先日紹介したアミューズメントライフ誌の「今月のハイスコア」欄からインスパイアされているようです。そのため後々継続する「めざせ ハイスコア!!」コーナーの装丁と比較すると、アミューズメントライフ誌の印象に近いものとなっています。

 

そして誌面は最初から4ページが確保されていました。掲載店総数は21店ですが、創刊号のため事前に掲載店舗募集の告知等があった訳ではなく、どのような経緯で掲載店が集められたのかは気になる点ではあります。

 

また21店のラインアップは、既に114店の掲載店を集めていたベーシックマガジンや、1986年9月号から正式にコーナー化する「めざせ ハイスコア!」の掲載店とかなり傾向が異なるのが特徴です。

まず、21店中11店がこの5月号のみの掲載に留まりました。うちベーマガへの掲載履歴があるのが以前紹介した東久留米キャロット及び足立区のサンシャインゲームセンターの2店のみで、他の9店はこの号のみでしかお目に掛かれない店舗となっています。

そして9月号へ掲載が引き継がれた10店も9月号のみ単発で掲載が終了した店舗が2店、1年以内で姿を消した店舗が更に3店あるため、まとまって掲載が継続したのは僅か5店という状況。

 

5月号から9月号までスコアの掲載に4か月も間隔が空いてしまったため、その間にトーンダウンしてしまったのかと思いましたが、次号である1986年7月号内に答えらしき記載を見つけました。

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ゲーメスト 1986年7月号より)

この号は店舗別のスコア欄は掲載されず、今後のハイスコア募集要項、ハイスコア掲載のルール、掲載基準スコアが記載されているのですが、コーナー2頁目下段「ゲーメストのハイスコア登録は、Wチャンス」の欄に以下の記述があります。

 

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ゲーメスト 1986年7月号より)

上記記述を見ると「一時は個人別のみという意見に落ち着いた」とあり、当初は店舗欄を排除して個人申請のみでハイスコア集計を行うスタイルで決まったようです。

その影響で、まだ集計が開始される前の7月号の時点でハイスコア個人申請用のはがきフォームが誌面に付属しています。

 

一方、創刊号発行後スコア掲載希望の店舗から掲載への問い合わせが多数あったようですが、上記方針により一度掲載を断ったように見受けられます。

しかし結局は店舗申請と個人申請の両立を選択、改めて掲載店を募集することになるものの、一度は掲載がされないと知った各店から再度掲載の依頼は来なかったと考えれば、半数以上の店舗が9月以降掲載されなかったことに対して辻褄が合うように思えます。


既に実績を重ねていたベーシックマガジンへの対抗意識もあったのでしょうが、当初スコア集計についてはかなり迷走した様子が窺えます。

しかし当初の迷走を徐々に跳ね除け、80年台後半の横スクロールシューティング御三家のヒットに合わせて攻略系記事を掲載することで実績を重ね、遂にはアーケードゲーム専門誌としてのステータスを築いたのはご存知の通りです。アミューズメントライフの二の舞は踏まなかったということでしょうか。

 

そして、ゲーメスト創刊号においてもハイスコア店舗欄が存在したことから、このブログの主旨であるマップについても作成してみました。

こちらは以後の「めざせ ハイスコア!!」コーナーへと継続するため、メーカー系列店について色分けしてあります。

 

アミューズメントライフの「今月のハイスコア」コーナー同様に、店舗住所が非記載だったり不充分だったりする店舗が複数ありますが、可能な範囲で位置を入力しました。今後詳細調査で位置は変動する可能性があります。21店しかないのに住所が不完全な店舗が多く場所の特定に非常に難儀しました。創刊号から誤植の傾向が多数あったんですね…その後の運命を暗示しているような気がします。

 

注1)「大月駅前第二ゲームセンター」は住所不記載、また「ゲームセンターアメリカ」は住所が不完全のため、仮で場所を指定してあります。

注2)「ニチイ浜松店」及び「ダイエー福山店」は住所不記載もしくは不完全ですが、元々のショッピングセンター住所に位置をプロットしました。

注3)「ゲームファム アウトバン」も住所不完全ですが、店舗が現役のためその位置にて指定しました。店舗名称も恐らく誤植と思われますが誌面表記そのままとしています。

注4)「マイコンランド」の住所は「備前市西上片」となっていますが、「西片上」の誤植と思われるので「西片上」にてプロットしました。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト 雑誌「アミューズメントライフ」という幻 その2

今回は、アミューズメントライフ誌上に掲載された「今月のハイスコア」コーナーを列挙し、その軌跡を見ていきます。

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 (アミューズメントライフ 1983年4月号より)

前回も掲載しましたが、「今月のハイスコア」コーナーは創刊当初は存在せず、第4号からの開始となっています。この時に掲載された店舗は7店。

店舗単位でサービスとしてハイスコアを掲示している店舗は当時既に存在しており、そのような店舗から掲載許可を得た、といったところでしょうか。

この時点で既にゲームブティック高田馬場やプレイシティキャロット烏山店の文字があり、ナムコ系店舗の対応はベーマガ以前から行われていたことがわかります。

 

また、「全国のハイスコアラー大募集」とありますが、店舗からではなく個人からスコアを募集するスタイルだったようです。

 

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アミューズメントライフ 1983年5月号より)

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アミューズメントライフ 1983年6月号より)

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アミューズメントライフ 1983年7月号より)

5月号ではまだ告知効果は薄く、4月号とそれ程構成も変わっていませんが、6月号になって掲載店舗が増加、また個人から送付されたスコアや写真の掲載も始まりました。特に掲載されたスコアに対してランキング等を行うことはせず、送られてきたスコアをそのまま載せるというスタイルでした。

 

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アミューズメントライフ 1983年8,9月号より)

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アミューズメントライフ 1983年10月号より)
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アミューズメントライフ 1983年11月号より)
1983年8,9月号から変化したのは、募集欄にこれまでの個人からに加えて店舗からの応募を加えたこと、また「ゼビウス1,000万点達成者」も併せて募集されるようになりました。当時のゼビウスの人気度が窺えます。またゼビウス1,000万点という特定のゲーム結果を初めて誌面上で取り扱うこととなります。

10月号から実際にゼビウス1,000万点達成者のネームが掲載されますが、第一弾掲載者は合計13名。ハイスコアコーナーに欄が無く別ページに掲載されていたのですが、11月からはハイスコアコーナー内にネームが記載されるようになりました。

 

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アミューズメントライフ 1983年12月号より)
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アミューズメントライフ 1984年1月号より)

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アミューズメントライフ 1984年2月号より)
この頃になるとコーナーの装丁も安定し、また掲載店が徐々に増加したことで店舗欄も整然と配置されるようになりました。しかし店舗欄の大きさや掲載タイトル数は各店でバラバラ。各店から送付されてくるスコアをそのまま掲載していたと思われますが、それでも所定の2ページに店舗欄が全て収まってしまったということでしょうか。

 

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アミューズメントライフ 1984年3月号より)

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アミューズメントライフ 1984年4月号より)

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アミューズメントライフ 1984年5月号より)

ゼビウス1,000万点達成者募集は1984年5月号まで掲載されていました。流石に1984年に入ると発売から1年経過してることもあり、1984年2月号の達成者第5弾以降は募集はされども殆ど誌面には掲載されなくなっていました。

 

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アミューズメントライフ 1984年6月号より)

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アミューズメントライフ 1984年7月号より)

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アミューズメントライフ 1984年8月号より)

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アミューズメントライフ 1984年9月号より)

そして1984年6月~9月号。この装丁がコーナーの最終系となります。
掲載店の増加に伴いページ数はこれまでの2ページから3ページへ拡大。背景の日本地図も記載されなくなってコーナーの印象も大きく変わり、以後ベーマガゲーメストで見られるハイスコアコーナーに近いものとなっています。

また店舗の住所がようやく記載されるようになりました。ハイスコアコーナーに掲載するのは店舗の宣伝広告の意味合いもあると思いますが、住所がわからなくてはその効果も期待できません。

1984年9月号の欄末尾にはまだ「ハイスコアラー大募集」の記載が入っています。また誌面全体を見ても特に気配は確認出来ないのですが、この号を最後にAMライフ誌は発行が中止されます。1983年の創刊から1年9か月、当時のゲーム系雑誌の希少性とその刊行期間の短さが相まって「伝説のゲーム雑誌」として一部のオールドゲーマーの記憶にのみ留められる存在となってしましました。

雑誌の発行停止に伴い「今月のハイスコア」も終了するのですが、結局最後まで送付されてきたスコアをただ掲載するのみに留まり、そのスコアを集計してランキングにするまでには至りませんでした。「ランキングを行う」という発想そのものに至らなかったのかもしれませんが、掲載店舗も少なく、ランキングまで行うとなると誌面を割いたり対応する人員も増やす必要があるため、「行いたくても出来なかった」という可能性も考えられます。掲載末期はページ数も増加しているようにコーナーを拡大する意思があったと思われるため、誌面が継続していれは違う世界が出現していたのかもしれません。

 

結局は1984年からベーシックマガジンにて開始された「チャレンジハイスコア」コーナーが全国規模の広域的なハイスコア集計を実現するため、AMライフ誌のハイスコアコーナーは存在としては認知が低いのですが、初めて誌面に定期的にスコアが掲載されたという事実はハイスコアの歴史を語る上では外せないのではないでしょうか。

そしてこの「AMライフ」誌の存在が、刊行停止から約1年半の時を経て創刊される「ゲーメスト」誌へ繋がっていくことになるのではないかと思います。 

 

最後に、このブログの主旨である「ハイスコア集計店マッピング」として、アミューメントライフ誌上のマップを掲載します。

住所が不明では位置の確定が出来ないため、店舗欄に住所が記載された1984年6月~9月分についてまとめてプロットしました。

店舗数が少ないためメーカー系等の分類は行っていません。

また正確な所在地が確定できない店舗もありますが、判明次第順次修正を行っていきます。

 

注1)1984年5月号以前は、店舗欄に住所が記載されていないため含めていません。

注2)「ゲームインジャック&ベティ」は、山形店及び米沢店の住所が記載されているため双方をプロットしました。

注3)「ゲームパサディナ池田店」は独立した店舗欄がありましたが、住所は「大阪府池田市天神」までしか記載がないためプロット不可で除外しました。

注4)1984年7月号の「ビッグキャロット京都」は住所不記載ですが、ベーマガ及びゲーメストから住所が確認出来るためそちらの住所でプロットしました。

注5)1986年6月号の「JOY LAND」も住所不記載ですが、愛媛県であること及び次号から「ジョイランド松山」にて掲載されるため同一店と判断しました。

注6)1984年8月号の「ビデオインマツダ」は「ビデオインマツヤ」の誤りと思われますが、この1回のみの掲載につき敢えて誌面のままの表記としました。

 

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト 雑誌「アミューズメントライフ」という幻 その1

「ハイスコア集計店マッピングプロジェクト」として、1984年1月のマイコンベーシックマガジン別冊からスタートし、ゲーメストアルカディアと継続されアルカディアの個別店舗欄が廃止されるまでの期間に存在した、ハイスコア集計を雑誌に掲載した履歴のあるゲームセンターの所在地をまとめていますが、雑誌上でハイスコアの掲載が行われたのはベーシックマガジン別冊が最初ではありません。

 

80年台前半からゲームセンターへ通ったことがある年齢層の方であれはご存知の方もいらっしゃると思いますが、1983年1月に創刊された月刊誌「アミューズメントライフ(AM Life)」が、マイコンベーシックマガジン以前にハイスコアの掲載を誌面上で行っています。

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アミューズメントライフ 1983年1月号より)

 

まだゲーム系メディアが勃興する以前、業界紙ではなく商業誌として初めてアーケードゲームが取り上げられましたが、他にもゲームウォッチLSIゲームのようなハンディゲームや遊園地、映画といった広範な娯楽施設情報、あるいは業界情報や青少年育成問題にも触れており、前例がない中での手探りな紙面構成、あるいは当時の業界を取り巻く情勢を誌面から窺うことが出来ます。

 

ゲームの紹介や攻略といった情報がどの程度の需要があるのか不明であり、また当時の物価水準にしては誌面が550円と比較的高価(当時のベーシックマガジンが350円)なため学生が気軽に誌面を手に取れる価格ではないことから、業界誌的な情報も扱って購買層を確保しようとしていた意図が見え隠れします。

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(画像は全てアミューズメントライフ 1983年1月号より)

 

目次を眺めるとゲーム紹介や店舗レポート等、アーケードゲームに関係した記事をメインに据えている一方で、パソコン関係や果ては法律相談の記事まで掲載されており、「ゲームマシン」のような業界紙や、既に発売されていたPC関係雑誌を誌面構成の参考にしている印象です。

 

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(画像は全てアミューズメントライフ 1983年1月号より)

 

創刊号には1983年当時の新宿歌舞伎町のゲームセンターマップが掲載されていました。まだナムコのキャロットは新宿店、一番街店を含めて存在せず、エリア内で圧倒的な力を誇っているのはシグマ(現アドアーズ)系のゲームファンタジア。先日惜しまれながら閉店したカーニバルプラザの文字もあります。

 

そして当初はハイスコア掲載のコーナーは設けられていませんでした。

1983年4月10日発売の第4号にて初めて「今月のハイスコア」としてコーナー化され、まずは「告知版」として誌面に登場します。

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(画像は全てアミューズメントライフ 1983年4月号より)

次回は、アミューズメントライフ誌上におけるハイスコア掲載の推移を辿ってみます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年4月号

マイコンベーシックマガジン1986年4月号(第5巻第4号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店舗数は113。マックスの114に1店足りず欄末尾に空白がありますが、掲載予定店舗の抜けがあったのでしょうか。いずれにしろほぼ上限の掲載数となっています。

そして先月に引き続き掲載店募集の効果か、15店もの新規掲載があります。

 

ナムコ

西野ナムコランド(北海道)

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水戸サントピアナムコランド(茨城県

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上福岡ビッグキャロット(埼玉県)

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・その他

今市ゲームセンター(栃木県)

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ゲームセンタープレイシャトー(神奈川県)

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Pit Inn 湖北台店(千葉県)

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ゲームプラザニュー日の出(長野県)

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ダイエーレジャーランド藤ノ森店(京都府

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オートスナック・パーク(和歌山県

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PLAY SPOT KING(広島県

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高知プレイハウスウィン(高知県

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サクセス香椎店(福岡県)

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ゲームキャロット住吉(長崎県

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ゲームスポット大橋(長崎県

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旭サービス都城店6Fプレイランド(宮崎県)

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年4月号より)

キャロット系店舗が占めていたナムコ系集計店ですが、今号で初めて「ナムコランド」の冠を持つ店舗が登場します。

もともと商業施設内のゲームコーナーに強かったナムコは、ビデオゲームメインの都市型店舗「キャロット」よりも、百貨店やショッピングセンターインストアの「ナムコランド」の方に店舗展開のウエイトを置いていたと思われます。

しかし80年台にビデオゲームが隆盛し「ナムコランド」にも設置が増えた結果、キャロットとの境界が徐々に小さくなり、特にゲームセンターの少ない地方においてナムコランドがキャロットの代替機能を持つようになっていきます。


ハイスコアの集計や雑誌掲載にまで至るインストア店舗はそこまで多くはなかったようですが、ショッピングセンター内のゲームコーナーが地域ゲーマーの拠点となっていた場所は、ナムコ系やダイエーレジャーランド系に特に多く存在していました。

現在、ショッピングセンター内のゲームコーナーはどこも家族連れに寄せた機種構成のため我々のような昔のゲーマーが店舗へ向かう動機はほぼ皆無なのですが、それでも僅かに期待をしてしまうのは「ゲーマーの拠点」だった頃の時代を知っているからなのかもしれません。

 

今回から掲載開始の店舗のうち、「プレイハウスイン高知店」は次号から「高知プレイハウスウィン」と記載されているため、後者を正式名称として扱います。

福岡市の「サクセス香椎店」は初回から高いスコアが続出。北九州市の黒崎キャロットが先月で掲載を終了してスコアラーがこちらへ流れて来たのでしょうか。黒崎と香椎ってかなり距離は離れていますが。

また、長崎市の「ゲームキャロット住吉」は名前だけ見るとナムコ系店舗にしか見えませんが、過去のナムコ店舗リストに記載されていないためナムコ系ではないという扱いにしています。

 

以下今月のスコア欄となります。
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 (画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年4月号より)

 

先月と今月が新規掲載店増加のピークで、両月合わせて27店もの店舗が新たに登録されています。コーナー設立から2年を経過しプレイヤーへの認知も広がり、この直後にゲーメストも創刊されることでハイスコア集計は黄金期へと突入します。

 

トピック店舗へ移ります。

先月の東久留米に続き、東京都の城西・多摩地区のナムコ系店舗より「花小金井キャロットハウス」をピックアップします。

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マイコンベーシックマガジン 1985年2月号より)

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2021年6月5日撮影

 

東久留米が西武池袋線沿線ならこちらは西武新宿線の沿線。東久留米は保谷清瀬という主要駅に挟まれていますがこちらも田無と小平に挟まれた立地。そして両駅間にはバスが運行されており30分程度あれば直接行き来することも可能で、店舗条件は非常に似通っていたように思います。実際プレイヤーも結構行き来されていた模様で、かつ建物のオーナーも一緒だったという話も伺っています。

 

駅前はだいぶ様変わりしており、駅前の大きな敷地を占めていた拓大第一高校は移転し跡地がショッピングセンターに、そしてキャロットがあったであろう場所も写真の商業施設兼マンションに変わっていました。そのため跡地としては一切の形跡はありません。当時の住宅地図を確認すると現在の三井住友銀行花小金井支店の向かいだったようです。

 

ベーマガへの掲載開始は1985年2月と東京都下のキャロットでは比較的後発で、新規で出店されたのであろうことが想定されます。途中からプレイシティキャロット花小金井店と名称が変わり、1993年1月号まで掲載の継続を確認しています。これまで紹介した西荻、東久留米と同様に掲載末期は対戦ブームの影響もあってか残念ながらスコア欄にはかつての活気は見られませんでした。閉店時期は不明です。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年3月号

マイコンベーシックマガジン1986年3月号(第5巻第3号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は誌面ページ数の上限である114店まで回復しました。

新規掲載店は12店を数え、2月号で告知した新規掲載希望店舗へのインフォメーションの効果が現れることになります。

 

ナムコ

プレイシティキャロット田町店(東京都)

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プレイシティキャロット甲府中央店(山梨県

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・その他

ゲームプラザNTK恵庭店(北海道)

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セントラルゲーム・ラッキー(千葉県)

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ゲームセンタートロン(東京都)

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サンシャインゲームセンター(東京都)

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ゲーム中央プラザ(東京都)

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プレイ・アイシー鶴巻店(神奈川県)

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モンテカルロ山科店(京都府

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ゲームセンターNASA大阪府

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ビデオインシャトー(大阪府

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TVプレイハウスミッキーハウス(岡山県

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年3月号より)

 

「プレイシティキャロット田町店」が掲載開始され、80年台後半にベーマガ誌上を振るわせた東京都内のキャロット系集計店は全て誌面に登場したのではないかと思います。裏を返せばここから先は縮小を辿っていくことになる訳ですが…

また甲府市の「プレイシティキャロット甲府中央店」が登場。市内に3件のキャロットがひしめき合うことになります。ゲーメストでは3店合同集計となっていましたが、ベーマガでは店舗別に集計がされていました。

 

また、岡山県初のベーマガ集計店となった「TVプレイハウスミッキーハウス」。

初回掲載では「ミッキーマウス」となっていますが、次号から訂正されているため訂正後の名称を正規として扱います。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年3月号より)

 

先月に変更になった各店舗欄の装丁ですが、不評だったのか今月で再度変更となり、以後はこの装丁がコーナー終了まで継続することとなります。

 

また、誌面が限られる中で新規掲載が増えれば当然掲載終了店舗も増加します。

今月を最後に以下の店舗が姿を消しました。

 

・ビッグキャロット新橋(東京都)

・プレイシティキャロット黒崎店(福岡県)

・サンレジャー荒川沖店(茨城県

 

この頃からナムコ系ロケーションからも徐々に掲載終了店が発生するようになってきました。

北九州市の黒崎キャロットは掲載期間内は非常にレベルの高いスコアを輩出していましたが、店舗の建物改築により閉店になったとの情報を頂いています。

 

また、山形キャロットハウス(山形県)及びネットワークインタイトー岩手県)の両店も今月で一度誌面から姿を消しますが、追って再度掲載されるに至ります。

 

そして今月のトピック店舗。

ハイスコア黎明期の東京都内キャロット系店舗から引き続き、「東久留米キャロットハウス」をピックアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より) f:id:annaka-haruna:20210613015057p:plain

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2021年6月5日撮影

 

池袋駅から西武池袋線で約30分、埼玉県にも程近い東久留米市の中心、東久留米駅から徒歩5分程度、写真の第一ビル1階が跡地になります。線路に面しているため現役時代は電車から店舗の姿が拝めたのではないでしょうか。

 

西武線沿線においては、山手線連絡駅でもある新宿や高田馬場を除いて最初にベーシックマガジンハイスコア欄に掲載されました。その後は同じ西武池袋線椎名町や、西武新宿線花小金井にもキャロットが誕生し、新宿や高田馬場、そしてエリアが比較的近い西荻窪まで含めて東京都の城西~多摩地区全体がゲーマーの生息地として現在に至るまで続いていくきっかけになったと思います。

 

東京都内のキャロット系店舗は、巣鴨以外はゲーメストへの掲載履歴が無いのですが、ここ東久留米はゲーメスト創刊号に一度だけスコアが掲載されたことがあります。

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ゲーメスト 1986年5月号より)

スコア欄を横切る線は落書きや汚れではなく、概略位置を示した日本地図上に繋がっているためこの形で誌面に掲載されているものです。

しかしゲーメストへの掲載はこの時限りで、1986年9月号以降のゲーメスト「めざせハイスコア」欄には登場しませんでした。結局1984年3月からのベーマガへの掲載だけが継続、1991年10月号まで掲載の継続を確認しています。閉店時期は不明です。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年2月号

マイコンベーシックマガジン1986年2月号(第5巻第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は101店とほぼ横這い。新規掲載は2件あります。

 

・その他

ゲームセンタープラザ114(北海道)

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ゲームセンタータイリョウ(宮城県

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年2月号より)

 

些細なことではありますが、今月から店舗欄の装丁が少々変更になり、すっきりとした印象になっています。

 

今回から掲載の宮城県角田市のゲームセンタータイリョウ、追ってゲーメストへも掲載がされる店舗です。

店舗名からは「大漁」が想像されますが場所は全く海には面していません。店名で検索を掛けても角田市の店舗のことは全くヒットせず、プライズゲームに関する情報ばかりがヒットすることに時代を感じます。

 

以下店舗欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年2月号より)

 

前回のエントリーで「1985年は中弛みの時期だったのでは?」と記しましたが、全体的に掲載店が減少傾向だったことも踏まえ、初めてスコア欄の末尾に「チャレンジ・ハイスコア掲載ご希望の各店へ」としてインフォメーションが掲載されました。掲載店に送付される記入用紙の写しを元に記入方法や基本的なルールを説明しており、まだハイスコアを全国誌で集計することに対して理解が進んでいなかったことが窺えます。

 

気になるのが要領最後の注釈部分。

「1年以上、レギュラーでの掲載を希望されるお店は・・・」の表記があります。

店舗欄を設ける際には掲載期間は決まっておらず、閉店等による店舗からの申し入れや集計用紙が編集部へ届かなくなることによる自然消滅で掲載がされなくなるという認識だったのですが、今回の掲載店募集は「掲載を希望するお店は、誌面の記入用紙を参考に記入して編集部に送付すれば単発で誌面に掲載される」というものだったようです。

 

実際に次月から新規掲載店が大幅に増加するのですが、一部を除いてどの店舗もそれなりに掲載が継続しているため、次月以降に新規で掲載された店舗は殆どがレギュラー掲載を希望していたものと思われます。

 

トピック店舗へ移ります。

東京都下のナムコ直営店は、山手線沿線よりもむしろ郊外路線沿線への出店が目立ちました。その中でベーシックマガジン初回集計より名を連ねた「プレイシティキャロット西荻店」を取り上げます。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年6月5日撮影

 

記念すべきベーシックマガジン初回掲載26店中の1店で、東京都の郊外店としてはこちらと世田谷区の経堂店が含まれていました。その後同様の郊外店が複数掲載され、ベーマガ初期の集計欄においては非常に目立つ存在となります。

 

その西荻店ですが、誌面掲載の住所をgoogle mapでサーチすると写真のセブンイレブン隣の「山屋ビル」がヒットします。

このビルの一階部分が居酒屋になっており、いかにも以前そこにキャロットがあったという風情なのですが、当時の住宅地図を確認した所セブンイレブンの場所で間違いないようです。(セブンイレブンも住所は同一となっています。)恐らくセブンになった際に建屋ごと取り壊されているのではないでしょうか。

 

山手線から外れた郊外とはいえ、一日乗車人数約45,000人(2019年)とかなりの数を誇る西荻窪駅前に存在した西荻店は、当時のナムコ都市部ロケーションでもかなり重要視されていた店舗だったようです。以下引用させて頂きます。

郊外店は、雑居ビルのワンフロアでテナントとして営業されていた店舗が多かった中で、店舗単独の建屋であったことが写真から判断できます。

 

スコア集計については1984年1月の初回掲載から、1993年11月号を最後に姿を消しています。実質ほぼ10年に渡り掲載が継続し、80年台に掲載が開始された店舗だけで最盛期は10店以上を数えた東京都内のナムコ系店舗において、プレイシティキャロット巣鴨店を除いて最後まで誌面に残っていた店舗でもあります。

しかしスコア的に盛り上がっていたのは90年台初頭辺りまでで、対戦格闘ブームの到来と引き換えにスコア欄は徐々に寂しくなっていったことが誌面から伺えます。その後店舗はナムコからタイトーの運営に変わり「タイトーイン西荻」となりましたが、閉店時期は確認出来ませんでした。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年1月号

マイコンベーシックマガジン1986年1月号(第5巻第1号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は102と少々回復しました。新規掲載が4件あり総数増に寄与しています。

  

タイトー

タイトピア木屋町愛媛県

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・その他

ゲームプラザ月光仮面(北海道)

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ゲームインカナザワ(石川県)

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ゲームセンター大野プレイランド(福井県

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年1月号より)

 

1986年は追ってゲーメストが創刊され、そちらでもハイスコア集計が開始されますが、ポツポツとゲーメスト誌上でも見かける店舗名が顔を出すようになります。

今回新規4店のうち、小樽市のゲームプラザ月光仮面を除く3店はゲーメストにおいても掲載履歴がある店舗です。

 

以下スコア欄となります。

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 (画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年1月号より)

 

先月のエントリーでも触れましたが、1984年度中に掲載が開始された店舗で、85年末までに掲載を終了した店舗はナムコ系ロケーションでは履歴がある60店中6店(ハローススキノ、一番街、ミライヤ、すみのえ、流川、ゲームスペースサンデー)に留まっている一方、ナムコ系以外においては61店中24店が既に掲載が中止されています。

加えて今月の掲載を最後に姿を消した店舗も3店存在しています。(ゲームインJ&B、プレイランド赤い風船、パサディナ)

 

誌面常設コーナーとなってある程度時間も経過した1985年は最初に訪れた「中弛み」の時期だったのではないかと思われるのですが、

・ハイスコアとして認定される基準がまだ曖昧で、トップとして掲載されるスコアに価値を認めにくかった。

・まだ旧態依然としたゲームセンターが多く、スコアの管理が店舗によっては不充分だった。

上記のような要因が考えられそうです。

 

そして今月のトピック店舗。

ハイスコア創世記はこの店舗の存在を抜きにして語ることは出来ません。

「ゲームブティック高田馬場」を取り上げます。

 

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年5月29日撮影

 

現在でもアーケードビデオゲーム界隈では「ゲーセンミカド」の存在で知られる高田馬場ですが、1980年台のビデオゲームハイスコア創世記においてもこのお店がゲーマーに非常に高い知名度を誇っていました。

 

この店舗の知名度を高めた要因と言えば、ナムコの大ヒットタイトル「ゼビウス」とゼビウスを攻略したプレイヤー、そしてその攻略から生まれた同人誌「ゼビウス1,000万点への解法」の存在であったことは疑いないと思います。

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2021年3月27日撮影

 

先日の「札幌・小樽ゲーセン物語展」に展示されていた「ゼビウス1,000万点への解法」の実物です。この後ゼビウスにて1,000万点を達成することが一つのステイタスとなり、また以後のハイスコア集計において1,000万点というスコアが到達点として広く認知されることとなります。

 

ゲームブティック高田馬場が最も盛り上がっていた時代の話は、下記ゲーム文化保存研究所内の記事「ゲームセンター聖地巡礼 1980~1990年台 高田馬場」に詳しく記載されています。

igcc.jp

上記記事は2018年にアップされていますが、跡地である日高屋は2021年時点で既に写真の居酒屋へと変わっています。

 

そして1987年8月号のゲーメストにて東京のゲームセンター特集(シールハイク)が組まれていますが、写真付きで紹介されているため当時の店内の様子を垣間見ることが出来ます。

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ゲーメスト 1987年8月号より)

この頃には既に東京における聖地的存在はプレイシティキャロット巣鴨店へ移っており、記事中からもその栄光が過去のものになりつつあることを窺い知ることが出来ます。

当時や現在の写真を見て頂ければわかるように正直店内は狭く、特に80年台後半以降に増加した体感ゲーム筐体を導入する充分なスペースを確保出来なかったのではないでしょうか。これは高田馬場に限った話ではなく、都心部に多く存在した小規模なキャロット系店舗全般に言えることなのですが。

 

そして1990年9月号の掲載から伝統ある「ゲームブティック」の冠を改め「プレイシティキャロット高田馬場」に店名変更、1992年8月までスコア欄は継続していました。ゲーメストへの掲載履歴は無し。店舗は1996年に閉店しているとの情報です。

 

「ゲームブティック高田馬場」で検索すると上記ゲーム文化保存研究所の記事を始めとしてかなりの数がヒットする反面、「プレイシティキャロット高田馬場」を単独で扱っているページは殆ど存在しませんでした。いかに「ゲームブティック」としての存在が大きかったのかを物語っているように思います。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年12月号

マイコンベーシックマガジン1985年12月号(第4巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店数は98と100を割り込んでしまいました。前月休載表記だった店舗の欄が設けられていないことが最大の要因ですが、掲載98店中ナムコ系が59店とほぼ2/3近くを占めているのに対し、一般オペレーター系の店舗は35しかなく、特に最も初期に掲載が開始された店舗はかなりの割合で1年程度で姿を消しています。

 

ベーマガスコア掲載開始時点から深く関係し、運営ノウハウ等も店舗間で水平展開されていたナムコロケはスコア掲載に関する管理もしっかりしていたと思いますが、インベーダーブームからそのまま続いていたようなゲームセンターが多かった時代、店舗ローカルでハイスコアを掲示するだけでなく雑誌に店舗名が載っているとなると、ノウハウを持っていない一般店舗では管理を継続することがまだ難しかったのかもしれません。

 

新規掲載店は1店あります。

 

・その他

ゲームコーナーアップル流通店(静岡県

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マイコンベーシックマガジン 1985年12月号より)

 

現在でも静岡県下にて「アップル」のブランドでゲームセンターの営業が続いていますが、系列店がスコア集計店としてノミネートされていた時期がありました。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年12月号より)

 

休載表記は2店まで減少。そこまで休載が連続していた訳ではない豊橋市の「レジャーの広場U.F.O」ですが、先月今月と休載が続き今月でフェードアウトしてしまいました。

 

 トピック店舗へ移ります。

引き続き北海道の初期ナムコ系店舗より、鉄の街室蘭から「室蘭キャロットハウス」を取り上げます。

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マイコンベーシックマガジン 1985年5月号より)

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2020年9月22日撮影

 

室蘭市の中心部は絵鞆半島部分のJR室蘭駅付近なのですが空洞化が激しく、むしろJR東室蘭駅が最寄りで室蘭の象徴でもある日本製鉄室蘭製鉄所にも近い中島町に大型商業施設や飲食店が固まっているエリアがあります。キャロットはこの中島町エリアに出店されていました。

 

メインストリートである中島中央通に面している写真の建屋の位置が該当します。現在は建て替えられた後のようで個人宅を兼ねた居酒屋となっていました。キャロット時代の建屋はガラス張りのいかにもゲームセンター然とした店舗だったとの情報を頂いています。

中島中央通は片側2車線と広く両側に歩道も整備された整然としたエリアで、店舗の裏手は大型のスーパー、またドン・キホーテも徒歩圏内にありますが、地図を見て頂ければお分かりいただけるように小規模の飲食店も密集しているエリアで、夜はまた違った一面があるのかもしれません。

 

ベーマガへのスコア掲載は1985年5月からスタート、北海道内に多数存在したナムコ系店舗が次々と集計店から脱落していく中、大きな休載期間も無く確認出来た範囲では1998年2月まで掲載を継続。北海道最後のナムコ系集計店としてその地位を守り続けました。少し離れてはいますが市内には室蘭工業大学もあり、学生の需要も多かったようなので立地が適切であったことが窺えます。閉店時期は不明です。

 

また本文とは関係ありませんが、東室蘭駅から中島町方面へ向かう通り沿いに写真の看板を発見しましたので記録としてアップします。

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2020年9月22日撮影

スナックの固まった「中央街」のサイン内に「サンゲーム」の文字があります。

昼間だったためかシャッターが降りており、サインの破損具合からこの「中央街通り」がまだ営業がされているのかも定かではありませんが、スナック街の中にゲームセンターが混じって営業されていたことがあったようです。最も我々が想像しているようなゲームセンターではなかった可能性が高いと思われますが…

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年11月号

マイコンベーシックマガジン1985年11月号(第4巻第11号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店巣数は109となり減少傾向が止まったように見えますが、先月は0だった休載表記が今月は13店も存在しており、スコアが掲載されている店舗は実質96店と寧ろ前月を下回っています。新規掲載店はありません。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年11月号より)

 

偶々今回のみ休載の店舗もありますが、休載全13店中9店が今回あるいは次回の掲載を最後に姿を消しています。これだけ多数の休載があるのは今号が最後で、以降1986年1月を最後に店舗欄の休載表記が使用されなくなります。

 

また、今回休載を最後に姿を消した店舗の中に兵庫県の「ゲームセンターシグマ」があります。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年7月号より)

 

三木市志染町」という住所と「シグマ」という店舗名に覚えがあり確認した所、追ってゲーム基板を家庭で動作させるためのコントロールボックスを製造販売する「シグマ電子」と店舗の住所が一致しました。

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 (ゲーメスト 1990年1月号より)

ゲーメスト誌上によく広告を出していたので、見覚えのある方も多いのではないかと思います。ただ広告上には「ゲームセンターシグマ」の案内が掲載されていた覚えがないため、ハイスコア集計店を運営していた時期があったことは意外でした。店舗運営からは比較的早く撤退をしていたのかもしれません。

 

トピック店舗ですが、札幌圏から離れて函館に場所を移します。

「函館キャロットハウス」を取り上げることにします。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

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2020年9月22日撮影

 

函館市の中心街というと、函館駅付近や五稜郭地区が思いつくのですが、函館駅からバスで30分程の郊外に「美原地区」という環状道路に沿った商業集積地区があり、そこに店舗を構えていました。現在のイトーヨーカドー函館店と道路を挟んで向かいの場所となります。

 

函館市の観光スポットとはかけ離れた場所にあるため、観光のついでに立ち寄るのは難しい場所だったのではないかと思われます。かくいう私も幾度となく函館は訪れていますが、この場所まで足を運んだのは今回が初めてでした。

 

ベーシックマガジンへのスコア掲載は1984年8月からスタート。札幌、小樽についで道内では3番目の集計店所在地となりました。しかし1986年10月号で一度掲載がストップ。その後暫く未掲載期間が続きましたが1993年12月号に「プレイシティキャロット函館店」と店名を変え実に7年の期間をおいてスコア欄復活。しかし掲載は長くは続かず半年後の1994年5月号を最後に再度掲載がされなくなりました。地域のゲーマーから非常に愛されていた店舗だったようですが、ことスコア掲載となると時期により温度差があったのかもしれません。

 

閉店時期は不明です。建屋はその後別の店舗を経て現在は写真のように空きテナントとなっていますが、キャロットが存在した時からあまり外観には大きな手が加えられていないのではないかと思われます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年10月号

マイコンベーシックマガジン1985年10月号(第4巻第10号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載数は丁度100店まで減少してしましました。今号は新規掲載店はありません。1985年7月号同様に休載店舗の店舗欄が一切設けられておらず、その分掲載数が少なくなっています。

 

 以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年10月号より)

 

休載が多い店舗が掲載されていないため、今月を最後に掲載を停止した店舗はありませんが、先月休載表記だった愛知県の「フラッシュイントヨタ」、そして特にこれまで休載は無かった福岡県の「ジョイパック西新」は先月9月号の掲載が確認している時点では最後となっています。

 

トピック店舗ですが、札幌市から場所を隣の小樽市へ移します。

プレイシティキャロット小樽店をピックアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より) 

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2021年3月27日撮影

 

JR小樽駅から海岸沿いの小樽運河の間の市街地を通っている商店街サンモールを抜け、そのまま続いている花園通りに進むと正面にJR函館本線のガードが見えますが、ガードを潜る手前の写真のマンション兼介護医療施設が店舗跡地です。

小樽駅からは徒歩15分程度の距離で、隣の南小樽駅とのほぼ中間の場所となります。

 

以前は「東宝スカラ座」という映画館で、1995年に閉館するまでは小樽最後の映画館だったとのこと。ナムコはテナントとして入居しており、映画館閉館後もプラボ小樽と名前を変え2007年までは営業が続いていたようです。写真の定礎の日付が見づらいですが平成21年(2009年)となっており、そこから現在の施設になっていると思われます。

 

1999年のナムコPR誌NOURSの「全国ナムコ店舗ガイド」にプラボ時代の店舗写真が掲載されていました。

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(NOURSバックナンバー No.30 1999年5月号「全国ナムコ店舗ガイド 北海道編」より)

1987年に初めて北海道へ旅行した際、キャロット時代の店舗を一度訪れているのですがまだ東宝スカラ座が営業していた時期のためか上記の写真のように1階全面がゲームセンターの入口とはなっていなかった覚えが薄っすらとあります。写真は映画館閉館後の姿ですが、キャロット時代とは住所が同一なだけで全く別の店舗になっていたと思われます。

 

スコア掲載ですが、1984年3月から確認出来た時点では1992年11月まで継続しました。店舗オープン時期は不明ですが、スコア集計開始の1984年から起算してプラボとして閉店するまで23年と長期に渡って営業していた店舗であったことが分かります。