小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年9月号

マイコンベーシックマガジン1986年9月号(第5巻第9号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

店舗数は108となり、7,8月号では別枠を設けて確保した店舗欄は本来の7ページに戻りました。総数は減少したものの新規店は中部地区から2店追加されています。

 

・その他

レジャックIN-UFO(岐阜県

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天野スポーツゲームコーナー(愛知県)

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年9月号より)

 

天野スポーツゲームコーナーは、「天野ゲーム博物館」として現在も存続し全国に名前が知られているお店ですが、ここで初めて誌面に登場しました。

当時三河在住だった私は一度お邪魔したものの、西尾市という場所は微妙に交通の便が悪いため「博物館」になるつい最近まで再訪することが無かったのですが、後々にここまで有名な店舗になるとは当時は思いもよりませんでした。

 

以下店舗欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年9月号より)

 

最終頁に掲載された広告枠と、その上部の微妙な空欄から「本来ここも店舗欄となる予定だった」感が溢れています。

ちなみに先月で掲載が終了した店舗は以下3店です。

 

セガパソピアードイセザキ店(神奈川県)

・ゲームコーナーニューオリンピア(東京都)

・GAME SPOT 21(東京都)

 

掲載終了店舗が目立って多い訳ではないため、偶々掲載店からの集計用紙の到着が少なかったのでしょうか。

 

セガパソピアードイセザキ店」は7月号のエントリーで紹介した2店のうち「横浜市中区伊勢佐木町2-18-2」の方で、「ビデオインイセザキ」として掲載が始まった「横浜市中区伊勢佐木町2-11-11」の方はまだ掲載が続いています。(今月は店舗欄がありませんが…)

また、2021年1月に惜しまれながら閉店した新宿の「GAME SPOT 21」もスコアの掲載を終了。姉妹店の国分寺店の掲載はまだ継続しています。バーチャファイターのお店としてのイメージが強すぎるのもありますが、掲載終了から35年も経過していればハイスコア集計店のイメージが薄いのもやむを得ないという所でしょうか。

 

トピック店舗へ移ります。

周囲を中野区、杉並区、世田谷区に囲まれた渋谷区の北端、京王線沿線の笹塚から「プレイシティキャロット笹塚店」を取り上げます。

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マイコンベーシックマガジン1985年8月号より)

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2021年7月11日撮影

 

笹塚店は東京都内のキャロットの中では誌面掲載は遅く、初掲載は1985年8月号となり椎名町店と同期となっています。

初掲載時には何故か住所が記載されていないのですが、店舗所在地は「東京都渋谷区笹塚1-56-28 ルミエール笹塚」となります。f:id:annaka-haruna:20210812114130p:plain

ゼンリン住宅地図 渋谷区1986年より)

住所のビルはまだ現役。笹塚駅を出て徒歩1分程度、甲州街道に面した場所となっています。ゲーメスト1987年8月号「RANDAM PICK UP GAME CENTER IN TOKYO YAMANOTE」に当時の写真付き店舗紹介記事がありましたので抜粋しました。

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ゲーメスト 1987年8月号より)

建屋内の場所が特定出来なかったのですが、記事写真を見て2階であることが確認されました。現在の「満点酒場」の場所が該当するようですが、外付け階段と入口のアーチ部分以外は殆ど面影が残っていないようです。

 

ベーマガへの掲載は1990年3月までとなりました。対戦格闘ブームよりは少し前の掲載終了となっています。ゲーメストは上記記事に紹介されたにも関わらず集計店として掲載されることはありませんでした。閉店時期は不明ですが、近隣のキャロットと比較するとスコア掲載期間も含めて短命な店舗だったようで、都心に近すぎる、2階でありかつ入口の間口が狭いといったマイナス要因があったのかもしれません。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年8月号

マイコンベーシックマガジン1986年8月号(第5巻第8号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

今月は新規掲載店はありませんが、先月に引き続き所定の114を上回る120店の掲載店数があります。以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年7月号より)

 

先月同様に九州地区の6店が本来のスコア欄から40ページ近く離れて掲載されています。

掲載履歴のある店舗が増加し、誌面構成を変える、ページ数を増やす等の検討がされたのかもしれませんが、結局所定の7ページを上回る誌面を確保したのは先月今月の2回に留まりました。

予めページ数を増やしても誌面に空欄が出来ることは避けなければならず、実際にスコア欄には校正が間に合わなかったのか空欄が発生していたり、イラストやコメント等で穴埋めを行ったりといった状況が多発していたことは事実であり、そのようなリスクを抱えてまでページ数を増やすことは適当ではないと判断されていたのかもしれません。

 

丁度ゲーメスト誌が創刊されこちらでもスコア集計が開始され、ゲーメストも含めた掲載店の数はそれなりになったものの集計店に恵まれない地域もあり、雑誌によるハイスコア集計のパイオニアとして1990年台の対戦格闘ゲームブームに塗り替えられる前にもう少し誌面を拡充して集計店舗網を拡げて欲しかったというのが現在の感想です。

 

トピック店舗へ移ります。

先月の烏山店と同じ東京都世田谷区から、プレイシティキャロット経堂店をピックアップします。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年7月11日撮影

 

前回の烏山が京王線ならこちら経堂は小田急線。こちらも新宿から15分程度の場所になります。現在は高架化が完了している経堂駅前から東京農業大学へ続く農大通りを南下すること10分程度、烏山川緑道と交わるあたりに存在していました。

 

この頃の都心付近のナムコ店舗はその殆どが駅付近に立地していたのですが、ここ経堂店は珍しく駅からは若干離れています。学生が多数行き交う商店街の沿道だったことがこの立地を可能にしていたのではないかと思います

 

店舗は写真の現在餃子の王将となっている場所が該当するようです。

1985年の住宅地図を見ると王将は既にキャロットの隣にあるため、隣接した建屋が該当するのかと思いましたが、2001年当時の写真を見ると現在の王将の位置で間違いないため、王将がキャロット閉店後にこちらへ移ってきたのではないかと思われます。

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(東京ゲーセンマップー経堂 http://www.st.rim.or.jp/~k-nishi/tgm/kyodo.html より)

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 (ゼンリン住宅地図 世田谷区1985年より)

 

改めて建屋を眺めると、店舗軒先や屋根に瓦があしらわれている昭和後期によく見られた造作ですが、キャロットは結構このタイプの建屋が多いように感じます。これまで見て来た中では名古屋の星ヶ丘CH、甲府の朝日町CHあたりがよく似ているのではないでしょうか。店舗オープン時にナムコが意図的にそのような意匠にしていた可能性も充分に考えられると思います。

 

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(参考:星ヶ丘CH及び朝日町CH)

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(NOURSバックナンバー No.29 2000年8月号「全国ナムコ店舗ガイド 東京編」より) 

掲載はベーシックマガジンオリジナル26店に含まれるため1984年1月からとなります。

確認された最後の掲載は1992年11月号。しかし2000年時点の店舗写真があることからもお分かりいただけるように営業は続いており、烏山店同様に2000年の全国ナムコ店舗ガイドにも写真が残っています。20年近くに渡って営業は続いたようです。閉店時期は不明です。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年7月号

マイコンベーシックマガジン1986年7月号(第5巻第7号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

今号最大の特徴は掲載店数。

123店の掲載があり、これまでのページ枠内で上限となっていた114店を初めて上回りました。それに伴い、通常7ページの枠に対して7.5ページがスコア欄に割り当てられています。

 

新規掲載店は1店のみなのですが、ちょっと扱いが難しい店舗です。

 

セガ

セガパソピアードイセザキ店(神奈川県)

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 (画像はマイコンベーシックマガジン1986年7月号より)

横浜市の繁華街である伊勢佐木町セガ系店舗は、1984年7月号から「ビデオインイセザキ」が掲載されており、「パソピアードイセザキ」へ店名は変わりつつも住所は「横浜市中区伊勢佐木町2-11-11」となっています。(こちらを便宜上A店とします。)

しかし今回掲載された「セガパソピアードイセザキ店」は住所が「横浜市中区伊勢佐木町2-18-2」と異なっており、また「パソピアードイセザキ」も上記住所にて別にスコア欄が存在することから、これだけで判断すると店舗が2店存在することになります。(今回から掲載された方はB店とします。)

 

しかし住所は異なるもののほぼ隣接した場所となっており電話番号は共通。またスコアの内容も怒やロボレス2001等一部が同一スコア、同一プレイヤーとなっているため、別々の店舗だったのか疑わしい部分があります。

 

この状況は翌1986年8月号も続き、今度は両店でスコアは全く異なっているものの、A店の店名が「セガパソピアードイセザキ」となり、A,B両店名にほぼ差異が無くなってしまいます。

 

比較のため、1986年7,8月号の両店スコア欄を並べてみます。

【1986年7月号 (画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年7月号より)】

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セガパソピアードイセザキ店:伊勢佐木町2-18-2

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パソピアード イセザキ:伊勢佐木町2-11-1

 

【1986年8月号(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年8月号より)】

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セガパソピアードイセザキ店:伊勢佐木町2-18-2

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セガパソピアード イセザキ:伊勢佐木町2-11-1

 

この状況は結局この2ヵ月だけとなり、以後は元々存在したビデオインイセザキ由来のA店、伊勢佐木町2-11-1のみが継続掲載されています。

同一もしくは隣接した建屋で、店内で遊んでいる分には1つの店舗にしか見えないのに風俗営業許可証が複数存在しており、名義上は複数の店舗となっていたような店舗が稀に存在していたようですが、ここもそのような営業形態だったのかは気になる所です。

以下スコア欄となります。 

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  (画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年7月号より)

 

冒頭で説明した通り、所定の7ページでは店舗欄が収まりきらず、20ページ近く離れた場所に9店分の欄が設けられています。

過去に掲載履歴のある店舗からの集計用紙送付が偶々重なってしまったのかもしれませんが、無理矢理誌面を確保したという印象が拭えず、離れたページに掲載された店舗は正直多少の疎外感はあったかもしれません。

 

続いてトピック店舗となります。

東京都下のナムコ系店舗は、これまで主に中央線より北側の城西地区を取り上げて来ましたが、中央線の南側である城西~城南地区にも広く店舗が展開されていました。

その中からまずは京王線の沿線に存在した「プレイシティキャロット烏山店」から取り上げることにします。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

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2021年7月11日撮影

京王線で新宿から15分程度、世田谷区の北端に位置する千歳烏山駅北口の目の前が該当する場所となります。ベーマガオリジナルの26店に名を連ねていないのですが、アミューズメントライフ誌に初めてスコア欄が掲載された1983年4月号に店舗欄があるため、オープン及び店舗でのスコア集計はベーマガ掲載以前から行われていたことが確認出来ます。

 

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ゼンリン住宅地図 世田谷区1985年より)

住所の「駅前中央ビル」は写真の建物が該当します。

上記1985年の住宅地図では同一住所に「中央駅前ビル」の存在が確認出来ますが、テナントの中にはキャロットの表記はありません。1985年当時には店舗が存在していたことは間違いなく、恐らく現在の「肉汁餃子製作所」の場所が該当するのではないかと思います。

 

80年台が最も活気のあった東京郊外のナムコ系キャロット店舗の風情で、付近のゲームファンが集まる地域密着型店舗だった印象ですが、90年台に入る頃には近隣キャロットと同様に徐々にスコア欄が寂しくなっていき、対戦ブームが始まったあたりの1991年10月号が最後の誌面掲載となっています。

店舗の営業はその後も継続しており、2000年8月号のナムコ広報誌NOURSの「全国ナムコ店舗ガイド 東京編」に店舗写真が掲載されています。閉店時期は不明です。

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(NOURSバックナンバー No.29 2000年8月号「全国ナムコ店舗ガイド 東京編」より)

余談ですが、プレイシティキャロットの跡地から京王線の線路を挟んだほぼ向かいの場所に「キャロットハウス」という総菜屋さんがあるようです。

tabelog.com

全くもって無関係だとは思いますが、名前と場所があまりにも出来すぎている気もするため取り上げてみました。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年6月号

マイコンベーシックマガジン1986年6月号(第5巻第6号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

先月に引き続き今月も114店の上限枠いっぱいを維持しています。

新規店舗は2店あります。

 

・その他

プレイゾーン ジャック&ベティ 山大前店(山形県

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 中央ファミリーランド(神奈川県)

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 (画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年6月号より)

 

山形県のジャック&ベティは県内に幾つか店舗を持っていたようで、アミューズメントライフ誌に山形市市街地の山形店、そして米沢店が掲載されますが、アミューズメントライフ休載後最初に誌面に現れたのはここ山大前店でした。

その後、ゲーメストには米沢店がレギュラー掲載となりますが、山大前店がゲーメストに、そして米沢店がベーマガに掲載されることはありませんでした。

 

もう一軒の神奈川県相模原市は「中央ファミリーランド」。

この時期の新規掲載店では珍しくこの号だけの単発掲載となりました。

場所は相模原市役所のすぐ近くで、「ファミリーランド」という店舗名称からしてショッピングセンター内店舗を想像しますが、住所を確認すると現在は農協関係の施設のようで、それ程新しい建屋には見えません。

この場所にショッピングセンターがあったような記事も確認出来ず、また掲載もこの1回限りで他に情報もないことから、正式な場所の把握は当時の住宅地図頼りになりそうです。

 

以下スコア欄となります。

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 (画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年6月号より) 

 

今回での掲載終了は三重県の「ビデオインスポーツタッチダウン」1軒のみ。

津市江戸橋は三重大学の最寄駅で、過去何店かスコア掲載店があった場所ですが、大学と反対側の国道23号に面していた店舗だったようです。

 

トピック店舗へ移ります。

東京都下のナムコ系キャロットは城西、城南地区への出店が殆どでしたが、希少な城東地区の店舗だった「亀戸キャロットハウス」をピックアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より) 

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2021年5月29日撮影

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(TOKYO CARROT MAP ⦅昭和63年4月⦆を転載)

前回の椎名町の時もアップした、昭和63年(1988年)4月時点の東京キャロットマップですが、店舗の大半は山手線より西側に位置しているのに対し、最も東側にポツンと存在するのが江東区の亀戸キャロットです。

 

ゲームセンターは繁華街や学生街に立地することが多かったため、新宿・渋谷・池袋といった副都心を抱え、大学の立地も多かった山の手側と比較すると、どちらかと言えばオフィス街である新橋や神田、まだ純然たる電気街だった秋葉原を擁する東京の東側は山の手側と比較すると恐らく店舗の絶対数が少なく、また主な客層がサラリーマンであったこともありハイスコア集計店の数も少なかった傾向が見えます。

その中で、駅前バスターミナルに隣接しアプローチも良かった亀戸キャロットは、東京都の東側、あるいはキャロットが無かった千葉方面のスコアラーが集まっていた印象があります。

 

その後千葉方面のプレイヤーは、市川のゲームスポットや津田沼のサンペデックナムコランドが集計店となってそちらへ流れたようで、城東地区唯一の集計店として奮闘していたものの対戦ブームより前の1988年10月号が掲載としては最後となっています。

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ゼンリン住宅地図 江東区1987年より)


当時の住宅地図を見ると、入居しているビルの名称が「松岡ビル」となっていますが、現在その名称のビルは存在しません。恐らく写真の「東州ビル」1階のセブンイレブンの場所が該当すると思われますが、相違があればご指摘を頂きたくお願い申し上げます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年5月号

マイコンベーシックマガジン1986年5月号(第5巻第5号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店舗数は114と上限数を維持。新規掲載は3,4月号で27店登録されている関係か落ち着き、2店の登場に留まっています。

 

・その他

ゲームプラザヴィクトリア(北海道)

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ゲームランドウイング(静岡県

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年5月号より)

 

ゲームプラザヴィクトリアは最寄駅が澄川キャロットハウスと同じ札幌市営地下鉄南北線の澄川駅。キャロットは比較的早く集計から撤退する中、90年台後半までゲーメストも含めてスコアの掲載が継続します。

そしてもう一件の静岡県島田市のゲームランドウイング。店舗オーナーがゲームファン層にも理解がある方だったそうで、こちらはベーシックマガジンのみでしたが90年台中盤まで掲載が続いて行くこととなります。

 

以下店舗欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年5月号より)

 

一方今月が最後の掲載となっている店舗は以下となります。

・ファンファクトリー中野(東京都)

・プレイタウンユー&ユー駒沢店(東京都)

・スペースキャンパスステーション(宮城県

 

ナムコ系以外の店舗で初の掲載となったジャレコ系のユー&ユー2店のうち駒沢店の掲載が終了し、三軒茶屋店のみが継続することとなります。

 

また、「プレイシティキャロット久留米店」が翌月以降掲載されなくなりますが、1年後の1987年6月号に突如と1回だけ掲載されています。時折このような「間隔があいて突如小数回掲載される」例が散見されています。

 

トピック店舗へ移ります。

西武線沿線ナムコ系キャロット」のうち最後に誌面に登場した「プレイシティキャロット椎名町店」を取り上げます。

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マイコンベーシックマガジン1985年8月号より)

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 2021年6月5日撮影

 

椎名町西武池袋線起点の池袋の次の駅。各駅停車しか止まらない駅前は典型的な都心付近の下町の風情で、写真を見ればお分かりいただけるように駅付近の商店が連なる車1台がやっと通れる狭い路地に存在していたようです。

店舗は非常に小さそうで、80年台後半に差し掛かる時点でこの規模の店舗をオープンさせたのは店舗が大型化に向かう流れにおいては少々疑問に思えたのですが、もともと別のゲームセンターが存在した場所にナムコが居抜きで入居したようで、まだ都市部ロケーションをナムコが拡大していた時期であったことが見て取れます。

 

しかしやはり立地が悪かったようで、後にゲーメスト編集部員となる方がバイトをされていた時期もあったようですが、近隣に巣鴨高田馬場のようなゲームファン御用達店舗も多数存在していた時期でもありあまり存在は知られていなかったようです。

そのためベーシックマガジンへのスコア掲載は、開始は1985年8月と後発にも関わらず1987年4月を最後に姿を消しています。

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閉店時期は不明なのですが、上の東京地区のキャロットを網羅したマップには椎名町店は存在しません。昭和63年(1988年)4月時点と記載があるためそれ以前に閉店していたことが分かります。3年以下の短い期間しか店舗は存在しなかったようです。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1986年5,7月号

既に1986年9月号である第3号からハイスコア集計店のマッピングを開始しているゲーメスト誌ですが、第3号とあるように創刊号である第1号は1986年5月号として上梓されています。

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ゲーメスト 1986年5月号(創刊号)表紙)

 

店舗別にハイスコアを掲載し、その中からタイトル毎にスコアランキングを行った「めざせ ハイスコア!!」コーナーが誌面に掲載されたのは、第3号である1986年9月号からと認識していたのですが、店舗別ハイスコア掲載コーナーは創刊号から掲載があったことをつい最近知るに至りました。

 

下記がゲーメスト創刊号のハイスコア掲載欄「目指せゲーメスト」となります。

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ゲーメスト 1986年5月号より)

バックに簡略化された日本地図が入っている装丁は見覚えがありますが、先日紹介したアミューズメントライフ誌の「今月のハイスコア」欄からインスパイアされているようです。そのため後々継続する「めざせ ハイスコア!!」コーナーの装丁と比較すると、アミューズメントライフ誌の印象に近いものとなっています。

 

そして誌面は最初から4ページが確保されていました。掲載店総数は21店ですが、創刊号のため事前に掲載店舗募集の告知等があった訳ではなく、どのような経緯で掲載店が集められたのかは気になる点ではあります。

 

また21店のラインアップは、既に114店の掲載店を集めていたベーシックマガジンや、1986年9月号から正式にコーナー化する「めざせ ハイスコア!」の掲載店とかなり傾向が異なるのが特徴です。

まず、21店中11店がこの5月号のみの掲載に留まりました。うちベーマガへの掲載履歴があるのが以前紹介した東久留米キャロット及び足立区のサンシャインゲームセンターの2店のみで、他の9店はこの号のみでしかお目に掛かれない店舗となっています。

そして9月号へ掲載が引き継がれた10店も9月号のみ単発で掲載が終了した店舗が2店、1年以内で姿を消した店舗が更に3店あるため、まとまって掲載が継続したのは僅か5店という状況。

 

5月号から9月号までスコアの掲載に4か月も間隔が空いてしまったため、その間にトーンダウンしてしまったのかと思いましたが、次号である1986年7月号内に答えらしき記載を見つけました。

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ゲーメスト 1986年7月号より)

この号は店舗別のスコア欄は掲載されず、今後のハイスコア募集要項、ハイスコア掲載のルール、掲載基準スコアが記載されているのですが、コーナー2頁目下段「ゲーメストのハイスコア登録は、Wチャンス」の欄に以下の記述があります。

 

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ゲーメスト 1986年7月号より)

上記記述を見ると「一時は個人別のみという意見に落ち着いた」とあり、当初は店舗欄を排除して個人申請のみでハイスコア集計を行うスタイルで決まったようです。

その影響で、まだ集計が開始される前の7月号の時点でハイスコア個人申請用のはがきフォームが誌面に付属しています。

 

一方、創刊号発行後スコア掲載希望の店舗から掲載への問い合わせが多数あったようですが、上記方針により一度掲載を断ったように見受けられます。

しかし結局は店舗申請と個人申請の両立を選択、改めて掲載店を募集することになるものの、一度は掲載がされないと知った各店から再度掲載の依頼は来なかったと考えれば、半数以上の店舗が9月以降掲載されなかったことに対して辻褄が合うように思えます。


既に実績を重ねていたベーシックマガジンへの対抗意識もあったのでしょうが、当初スコア集計についてはかなり迷走した様子が窺えます。

しかし当初の迷走を徐々に跳ね除け、80年台後半の横スクロールシューティング御三家のヒットに合わせて攻略系記事を掲載することで実績を重ね、遂にはアーケードゲーム専門誌としてのステータスを築いたのはご存知の通りです。アミューズメントライフの二の舞は踏まなかったということでしょうか。

 

そして、ゲーメスト創刊号においてもハイスコア店舗欄が存在したことから、このブログの主旨であるマップについても作成してみました。

こちらは以後の「めざせ ハイスコア!!」コーナーへと継続するため、メーカー系列店について色分けしてあります。

 

アミューズメントライフの「今月のハイスコア」コーナー同様に、店舗住所が非記載だったり不充分だったりする店舗が複数ありますが、可能な範囲で位置を入力しました。今後詳細調査で位置は変動する可能性があります。21店しかないのに住所が不完全な店舗が多く場所の特定に非常に難儀しました。創刊号から誤植の傾向が多数あったんですね…その後の運命を暗示しているような気がします。

 

注1)「大月駅前第二ゲームセンター」は住所不記載、また「ゲームセンターアメリカ」は住所が不完全のため、仮で場所を指定してあります。

注2)「ニチイ浜松店」及び「ダイエー福山店」は住所不記載もしくは不完全ですが、元々のショッピングセンター住所に位置をプロットしました。

注3)「ゲームファム アウトバン」も住所不完全ですが、店舗が現役のためその位置にて指定しました。店舗名称も恐らく誤植と思われますが誌面表記そのままとしています。

注4)「マイコンランド」の住所は「備前市西上片」となっていますが、「西片上」の誤植と思われるので「西片上」にてプロットしました。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト 雑誌「アミューズメントライフ」という幻 その2

今回は、アミューズメントライフ誌上に掲載された「今月のハイスコア」コーナーを列挙し、その軌跡を見ていきます。

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 (アミューズメントライフ 1983年4月号より)

前回も掲載しましたが、「今月のハイスコア」コーナーは創刊当初は存在せず、第4号からの開始となっています。この時に掲載された店舗は7店。

店舗単位でサービスとしてハイスコアを掲示している店舗は当時既に存在しており、そのような店舗から掲載許可を得た、といったところでしょうか。

この時点で既にゲームブティック高田馬場やプレイシティキャロット烏山店の文字があり、ナムコ系店舗の対応はベーマガ以前から行われていたことがわかります。

 

また、「全国のハイスコアラー大募集」とありますが、店舗からではなく個人からスコアを募集するスタイルだったようです。

 

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アミューズメントライフ 1983年5月号より)

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アミューズメントライフ 1983年6月号より)

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アミューズメントライフ 1983年7月号より)

5月号ではまだ告知効果は薄く、4月号とそれ程構成も変わっていませんが、6月号になって掲載店舗が増加、また個人から送付されたスコアや写真の掲載も始まりました。特に掲載されたスコアに対してランキング等を行うことはせず、送られてきたスコアをそのまま載せるというスタイルでした。

 

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アミューズメントライフ 1983年8,9月号より)

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アミューズメントライフ 1983年10月号より)
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アミューズメントライフ 1983年11月号より)
1983年8,9月号から変化したのは、募集欄にこれまでの個人からに加えて店舗からの応募を加えたこと、また「ゼビウス1,000万点達成者」も併せて募集されるようになりました。当時のゼビウスの人気度が窺えます。またゼビウス1,000万点という特定のゲーム結果を初めて誌面上で取り扱うこととなります。

10月号から実際にゼビウス1,000万点達成者のネームが掲載されますが、第一弾掲載者は合計13名。ハイスコアコーナーに欄が無く別ページに掲載されていたのですが、11月からはハイスコアコーナー内にネームが記載されるようになりました。

 

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アミューズメントライフ 1983年12月号より)
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アミューズメントライフ 1984年1月号より)

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アミューズメントライフ 1984年2月号より)
この頃になるとコーナーの装丁も安定し、また掲載店が徐々に増加したことで店舗欄も整然と配置されるようになりました。しかし店舗欄の大きさや掲載タイトル数は各店でバラバラ。各店から送付されてくるスコアをそのまま掲載していたと思われますが、それでも所定の2ページに店舗欄が全て収まってしまったということでしょうか。

 

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アミューズメントライフ 1984年3月号より)

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アミューズメントライフ 1984年4月号より)

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アミューズメントライフ 1984年5月号より)

ゼビウス1,000万点達成者募集は1984年5月号まで掲載されていました。流石に1984年に入ると発売から1年経過してることもあり、1984年2月号の達成者第5弾以降は募集はされども殆ど誌面には掲載されなくなっていました。

 

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アミューズメントライフ 1984年6月号より)

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アミューズメントライフ 1984年7月号より)

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アミューズメントライフ 1984年8月号より)

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アミューズメントライフ 1984年9月号より)

そして1984年6月~9月号。この装丁がコーナーの最終系となります。
掲載店の増加に伴いページ数はこれまでの2ページから3ページへ拡大。背景の日本地図も記載されなくなってコーナーの印象も大きく変わり、以後ベーマガゲーメストで見られるハイスコアコーナーに近いものとなっています。

また店舗の住所がようやく記載されるようになりました。ハイスコアコーナーに掲載するのは店舗の宣伝広告の意味合いもあると思いますが、住所がわからなくてはその効果も期待できません。

1984年9月号の欄末尾にはまだ「ハイスコアラー大募集」の記載が入っています。また誌面全体を見ても特に気配は確認出来ないのですが、この号を最後にAMライフ誌は発行が中止されます。1983年の創刊から1年9か月、当時のゲーム系雑誌の希少性とその刊行期間の短さが相まって「伝説のゲーム雑誌」として一部のオールドゲーマーの記憶にのみ留められる存在となってしましました。

雑誌の発行停止に伴い「今月のハイスコア」も終了するのですが、結局最後まで送付されてきたスコアをただ掲載するのみに留まり、そのスコアを集計してランキングにするまでには至りませんでした。「ランキングを行う」という発想そのものに至らなかったのかもしれませんが、掲載店舗も少なく、ランキングまで行うとなると誌面を割いたり対応する人員も増やす必要があるため、「行いたくても出来なかった」という可能性も考えられます。掲載末期はページ数も増加しているようにコーナーを拡大する意思があったと思われるため、誌面が継続していれは違う世界が出現していたのかもしれません。

 

結局は1984年からベーシックマガジンにて開始された「チャレンジハイスコア」コーナーが全国規模の広域的なハイスコア集計を実現するため、AMライフ誌のハイスコアコーナーは存在としては認知が低いのですが、初めて誌面に定期的にスコアが掲載されたという事実はハイスコアの歴史を語る上では外せないのではないでしょうか。

そしてこの「AMライフ」誌の存在が、刊行停止から約1年半の時を経て創刊される「ゲーメスト」誌へ繋がっていくことになるのではないかと思います。 

 

最後に、このブログの主旨である「ハイスコア集計店マッピング」として、アミューメントライフ誌上のマップを掲載します。

住所が不明では位置の確定が出来ないため、店舗欄に住所が記載された1984年6月~9月分についてまとめてプロットしました。

店舗数が少ないためメーカー系等の分類は行っていません。

また正確な所在地が確定できない店舗もありますが、判明次第順次修正を行っていきます。

 

注1)1984年5月号以前は、店舗欄に住所が記載されていないため含めていません。

注2)「ゲームインジャック&ベティ」は、山形店及び米沢店の住所が記載されているため双方をプロットしました。

注3)「ゲームパサディナ池田店」は独立した店舗欄がありましたが、住所は「大阪府池田市天神」までしか記載がないためプロット不可で除外しました。

注4)1984年7月号の「ビッグキャロット京都」は住所不記載ですが、ベーマガ及びゲーメストから住所が確認出来るためそちらの住所でプロットしました。

注5)1986年6月号の「JOY LAND」も住所不記載ですが、愛媛県であること及び次号から「ジョイランド松山」にて掲載されるため同一店と判断しました。

注6)1984年8月号の「ビデオインマツダ」は「ビデオインマツヤ」の誤りと思われますが、この1回のみの掲載につき敢えて誌面のままの表記としました。

 

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト 雑誌「アミューズメントライフ」という幻 その1

「ハイスコア集計店マッピングプロジェクト」として、1984年1月のマイコンベーシックマガジン別冊からスタートし、ゲーメストアルカディアと継続されアルカディアの個別店舗欄が廃止されるまでの期間に存在した、ハイスコア集計を雑誌に掲載した履歴のあるゲームセンターの所在地をまとめていますが、雑誌上でハイスコアの掲載が行われたのはベーシックマガジン別冊が最初ではありません。

 

80年台前半からゲームセンターへ通ったことがある年齢層の方であれはご存知の方もいらっしゃると思いますが、1983年1月に創刊された月刊誌「アミューズメントライフ(AM Life)」が、マイコンベーシックマガジン以前にハイスコアの掲載を誌面上で行っています。

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アミューズメントライフ 1983年1月号より)

 

まだゲーム系メディアが勃興する以前、業界紙ではなく商業誌として初めてアーケードゲームが取り上げられましたが、他にもゲームウォッチLSIゲームのようなハンディゲームや遊園地、映画といった広範な娯楽施設情報、あるいは業界情報や青少年育成問題にも触れており、前例がない中での手探りな紙面構成、あるいは当時の業界を取り巻く情勢を誌面から窺うことが出来ます。

 

ゲームの紹介や攻略といった情報がどの程度の需要があるのか不明であり、また当時の物価水準にしては誌面が550円と比較的高価(当時のベーシックマガジンが350円)なため学生が気軽に誌面を手に取れる価格ではないことから、業界誌的な情報も扱って購買層を確保しようとしていた意図が見え隠れします。

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(画像は全てアミューズメントライフ 1983年1月号より)

 

目次を眺めるとゲーム紹介や店舗レポート等、アーケードゲームに関係した記事をメインに据えている一方で、パソコン関係や果ては法律相談の記事まで掲載されており、「ゲームマシン」のような業界紙や、既に発売されていたPC関係雑誌を誌面構成の参考にしている印象です。

 

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(画像は全てアミューズメントライフ 1983年1月号より)

 

創刊号には1983年当時の新宿歌舞伎町のゲームセンターマップが掲載されていました。まだナムコのキャロットは新宿店、一番街店を含めて存在せず、エリア内で圧倒的な力を誇っているのはシグマ(現アドアーズ)系のゲームファンタジア。先日惜しまれながら閉店したカーニバルプラザの文字もあります。

 

そして当初はハイスコア掲載のコーナーは設けられていませんでした。

1983年4月10日発売の第4号にて初めて「今月のハイスコア」としてコーナー化され、まずは「告知版」として誌面に登場します。

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(画像は全てアミューズメントライフ 1983年4月号より)

次回は、アミューズメントライフ誌上におけるハイスコア掲載の推移を辿ってみます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年4月号

マイコンベーシックマガジン1986年4月号(第5巻第4号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店舗数は113。マックスの114に1店足りず欄末尾に空白がありますが、掲載予定店舗の抜けがあったのでしょうか。いずれにしろほぼ上限の掲載数となっています。

そして先月に引き続き掲載店募集の効果か、15店もの新規掲載があります。

 

ナムコ

西野ナムコランド(北海道)

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水戸サントピアナムコランド(茨城県

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上福岡ビッグキャロット(埼玉県)

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・その他

今市ゲームセンター(栃木県)

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ゲームセンタープレイシャトー(神奈川県)

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Pit Inn 湖北台店(千葉県)

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ゲームプラザニュー日の出(長野県)

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ダイエーレジャーランド藤ノ森店(京都府

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オートスナック・パーク(和歌山県

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PLAY SPOT KING(広島県

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高知プレイハウスウィン(高知県

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サクセス香椎店(福岡県)

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ゲームキャロット住吉(長崎県

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ゲームスポット大橋(長崎県

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旭サービス都城店6Fプレイランド(宮崎県)

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年4月号より)

キャロット系店舗が占めていたナムコ系集計店ですが、今号で初めて「ナムコランド」の冠を持つ店舗が登場します。

もともと商業施設内のゲームコーナーに強かったナムコは、ビデオゲームメインの都市型店舗「キャロット」よりも、百貨店やショッピングセンターインストアの「ナムコランド」の方に店舗展開のウエイトを置いていたと思われます。

しかし80年台にビデオゲームが隆盛し「ナムコランド」にも設置が増えた結果、キャロットとの境界が徐々に小さくなり、特にゲームセンターの少ない地方においてナムコランドがキャロットの代替機能を持つようになっていきます。


ハイスコアの集計や雑誌掲載にまで至るインストア店舗はそこまで多くはなかったようですが、ショッピングセンター内のゲームコーナーが地域ゲーマーの拠点となっていた場所は、ナムコ系やダイエーレジャーランド系に特に多く存在していました。

現在、ショッピングセンター内のゲームコーナーはどこも家族連れに寄せた機種構成のため我々のような昔のゲーマーが店舗へ向かう動機はほぼ皆無なのですが、それでも僅かに期待をしてしまうのは「ゲーマーの拠点」だった頃の時代を知っているからなのかもしれません。

 

今回から掲載開始の店舗のうち、「プレイハウスイン高知店」は次号から「高知プレイハウスウィン」と記載されているため、後者を正式名称として扱います。

福岡市の「サクセス香椎店」は初回から高いスコアが続出。北九州市の黒崎キャロットが先月で掲載を終了してスコアラーがこちらへ流れて来たのでしょうか。黒崎と香椎ってかなり距離は離れていますが。

また、長崎市の「ゲームキャロット住吉」は名前だけ見るとナムコ系店舗にしか見えませんが、過去のナムコ店舗リストに記載されていないためナムコ系ではないという扱いにしています。

 

以下今月のスコア欄となります。
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 (画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年4月号より)

 

先月と今月が新規掲載店増加のピークで、両月合わせて27店もの店舗が新たに登録されています。コーナー設立から2年を経過しプレイヤーへの認知も広がり、この直後にゲーメストも創刊されることでハイスコア集計は黄金期へと突入します。

 

トピック店舗へ移ります。

先月の東久留米に続き、東京都の城西・多摩地区のナムコ系店舗より「花小金井キャロットハウス」をピックアップします。

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マイコンベーシックマガジン 1985年2月号より)

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2021年6月5日撮影

 

東久留米が西武池袋線沿線ならこちらは西武新宿線の沿線。東久留米は保谷清瀬という主要駅に挟まれていますがこちらも田無と小平に挟まれた立地。そして両駅間にはバスが運行されており30分程度あれば直接行き来することも可能で、店舗条件は非常に似通っていたように思います。実際プレイヤーも結構行き来されていた模様で、かつ建物のオーナーも一緒だったという話も伺っています。

 

駅前はだいぶ様変わりしており、駅前の大きな敷地を占めていた拓大第一高校は移転し跡地がショッピングセンターに、そしてキャロットがあったであろう場所も写真の商業施設兼マンションに変わっていました。そのため跡地としては一切の形跡はありません。当時の住宅地図を確認すると現在の三井住友銀行花小金井支店の向かいだったようです。

 

ベーマガへの掲載開始は1985年2月と東京都下のキャロットでは比較的後発で、新規で出店されたのであろうことが想定されます。途中からプレイシティキャロット花小金井店と名称が変わり、1993年1月号まで掲載の継続を確認しています。これまで紹介した西荻、東久留米と同様に掲載末期は対戦ブームの影響もあってか残念ながらスコア欄にはかつての活気は見られませんでした。閉店時期は不明です。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年3月号

マイコンベーシックマガジン1986年3月号(第5巻第3号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は誌面ページ数の上限である114店まで回復しました。

新規掲載店は12店を数え、2月号で告知した新規掲載希望店舗へのインフォメーションの効果が現れることになります。

 

ナムコ

プレイシティキャロット田町店(東京都)

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プレイシティキャロット甲府中央店(山梨県

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・その他

ゲームプラザNTK恵庭店(北海道)

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セントラルゲーム・ラッキー(千葉県)

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ゲームセンタートロン(東京都)

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サンシャインゲームセンター(東京都)

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ゲーム中央プラザ(東京都)

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プレイ・アイシー鶴巻店(神奈川県)

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モンテカルロ山科店(京都府

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ゲームセンターNASA大阪府

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ビデオインシャトー(大阪府

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TVプレイハウスミッキーハウス(岡山県

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年3月号より)

 

「プレイシティキャロット田町店」が掲載開始され、80年台後半にベーマガ誌上を振るわせた東京都内のキャロット系集計店は全て誌面に登場したのではないかと思います。裏を返せばここから先は縮小を辿っていくことになる訳ですが…

また甲府市の「プレイシティキャロット甲府中央店」が登場。市内に3件のキャロットがひしめき合うことになります。ゲーメストでは3店合同集計となっていましたが、ベーマガでは店舗別に集計がされていました。

 

また、岡山県初のベーマガ集計店となった「TVプレイハウスミッキーハウス」。

初回掲載では「ミッキーマウス」となっていますが、次号から訂正されているため訂正後の名称を正規として扱います。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年3月号より)

 

先月に変更になった各店舗欄の装丁ですが、不評だったのか今月で再度変更となり、以後はこの装丁がコーナー終了まで継続することとなります。

 

また、誌面が限られる中で新規掲載が増えれば当然掲載終了店舗も増加します。

今月を最後に以下の店舗が姿を消しました。

 

・ビッグキャロット新橋(東京都)

・プレイシティキャロット黒崎店(福岡県)

・サンレジャー荒川沖店(茨城県

 

この頃からナムコ系ロケーションからも徐々に掲載終了店が発生するようになってきました。

北九州市の黒崎キャロットは掲載期間内は非常にレベルの高いスコアを輩出していましたが、店舗の建物改築により閉店になったとの情報を頂いています。

 

また、山形キャロットハウス(山形県)及びネットワークインタイトー岩手県)の両店も今月で一度誌面から姿を消しますが、追って再度掲載されるに至ります。

 

そして今月のトピック店舗。

ハイスコア黎明期の東京都内キャロット系店舗から引き続き、「東久留米キャロットハウス」をピックアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より) f:id:annaka-haruna:20210613015057p:plain

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2021年6月5日撮影

 

池袋駅から西武池袋線で約30分、埼玉県にも程近い東久留米市の中心、東久留米駅から徒歩5分程度、写真の第一ビル1階が跡地になります。線路に面しているため現役時代は電車から店舗の姿が拝めたのではないでしょうか。

 

西武線沿線においては、山手線連絡駅でもある新宿や高田馬場を除いて最初にベーシックマガジンハイスコア欄に掲載されました。その後は同じ西武池袋線椎名町や、西武新宿線花小金井にもキャロットが誕生し、新宿や高田馬場、そしてエリアが比較的近い西荻窪まで含めて東京都の城西~多摩地区全体がゲーマーの生息地として現在に至るまで続いていくきっかけになったと思います。

 

東京都内のキャロット系店舗は、巣鴨以外はゲーメストへの掲載履歴が無いのですが、ここ東久留米はゲーメスト創刊号に一度だけスコアが掲載されたことがあります。

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ゲーメスト 1986年5月号より)

スコア欄を横切る線は落書きや汚れではなく、概略位置を示した日本地図上に繋がっているためこの形で誌面に掲載されているものです。

しかしゲーメストへの掲載はこの時限りで、1986年9月号以降のゲーメスト「めざせハイスコア」欄には登場しませんでした。結局1984年3月からのベーマガへの掲載だけが継続、1991年10月号まで掲載の継続を確認しています。閉店時期は不明です。