小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年4月号/トピック店舗:プレイシティキャロット藤塚店(香川県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1991年4月号)

ゲーメスト1991年4月号(第6巻第4号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は92で先月比-2となりました。今月は新規掲載店はありません。

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1991年4月】

ゲーメスト 1991年4月号より)

 

さてこれまで「ビデオゲームパラダイムシフトを起こした1991年登場のあるタイトル」の名前を伏せていましたが、そのゲーム名は殆んどの方が理解されているのではないかと思います。

 

ストリートファイターⅡ(スト2)」です。

 

ゲーメスト誌上では1991年3月号の「てあたりしだいゲームリスト」にて初めて名前が登場していましたが、AOU全日本アミューズメント施設営業者協会連合会:当時)ショーにおける展示前に誌面にて紹介記事が組まれました。

ゲーメスト 1991年4月号より)

当時ゲーメストカプコンの蜜月関係があったとはいえ、発売前から誌面トップに紹介記事を置くほどに力点が置かれており、期待度の高さが窺えます。

 

そして発売後の人気度は30年以上が経過した現在でも良く知られるところですが、ハイスコアの世界においてもいろいろな意味でこのタイトルの影響を大きく受けることになります。

 

トピック店舗:プレイシティキャロット藤塚店

続いてトピック店舗です。

 

前回に引き続き四国のハイスコア掲載店から「プレイシティキャロット藤塚店」を取り上げます。

ゲーメスト 1987年5月号より)

2023年5月2日撮影

 

政令指定都市クラスを除いて、ナムコ系キャロット店舗が同一市内に3軒存在した場所が3箇所あります。山梨県甲府市静岡県静岡市(合併前)、そして香川県高松市です。

 

「プレイシティキャロット藤塚店」は高松市3軒目のキャロットとして誌面に登場しました。市内の他の2店「プレイシティキャロット常盤店」「ビッグキャロット高松」はベーマガの掲載からとなりましたが、藤塚店はゲーメストへの掲載からスタートしています。

 

場所は高松市中心部アーケード街のひとつである田町商店街を抜け、少々南に下った所です。既に紹介したプレイシティキャロット常盤店からは徒歩10分程度の距離です。まだ中心部からは近いですが周辺は雑居ビルと住宅の割合が大きく、人通りも多くはなさそうでゲームセンターがありそうな雰囲気には見えません。

ゼンリン住宅地図 高松市1988年より)

 

1988年の住宅地図にて所在を確認、ビルの名称は当時から変わっていないことがわかります。1階フロアは現在写真のように介護施設となっていました。

 

店舗のオープンは1986年11月とのことです。

当時の店内写真がナムコミニコミ誌「NG」に掲載されていたため、引用させて頂きます。

 

NG掲載の写真は店内から入口側を臨んでいますが、天高や扉の形状が現在の建屋と一致していることが確認出来ます。

 

そして誌面への掲載はゲーメスト1987年5月号からスタートしたため、オープンから半年程度経過しています。

 

その後1989年末から掲載を欠くことが増え、更に1990年5月号からは休載が連続し掲載終了を予感させましたが同年12月号にて店舗欄復活を遂げます。しかし長続きはせず1991年10月号を最後に姿を消しており、二度目の復活は叶いませんでした。

 

またキャロット系店舗にしては珍しくゲーメストのみの掲載店となっており、ベーマガへの記載履歴はありませんでした。

ゼンリン住宅地図 高松市1996年より)

 

閉店時期は不明ですが、1996年の地図ではゲームセンターではあるもののナムコが運営から既に撤退していたことが確認されています。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年4月号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年4月号/トピック店舗:プレイシティキャロット常盤店(香川県)

イスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1991年4号)

マイコンベーシックマガジン1991年4月号(第10巻第4号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は先月比+8の100丁度となり、7か月ぶりに3桁の大台に復活しました。

参加店募集が続けられたこともあり、先月に続いて今月も4店の新規掲載があります。

 

ナムコ

プレイランドナムコ(長野県)

 

タイトー

ウィルトークタイトー空港通り店(愛媛県

 

・その他

ゲームスポット(千葉県)

 

ゲームセンターUFO(神奈川県)

 

プレイランド長岡駅前店(新潟県

マイコンベーシックマガジン 1991年4月号より)

 

「プレイランドナムコ」は先月の諏訪に引き続き長野県内ジャスコ(当時)のインストア店舗です。両店で掲載が示し合わされたりしたのでしょうか。

 

「ウィルトークタイトー空港通り店」は、ゲーメスト掲載店も含めると松山市で4軒目のタイトー系掲載店となります。

千葉県鴨川市の「ゲームスポット」は、同一市内で約1年前から掲載が開始されている「ゲームコーナーヤングパレス」から至近距離。青森県五所川原市もそうですが、決して大きな商圏ではない場所に複数のハイスコア掲載店が存在していた時期でもあります。

 

マイコンベーシックマガジン 1991年3月号より)

マイコンベーシックマガジン 1991年4月号より)

 

また、前号まで掲載されていた相模原市の「ゲームセンターUFO」が、店名欄はそのままで住所が町田市に変更されています。住所が変更になっているためマップには新たに位置をプロットしていますが、新規掲載店の扱いとはしていません。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1991年4月】

マイコンベーシックマガジン 1991年4月号より)

 

今号で目を引くのがコーナー末尾の「チャレハイ集計後記」です。

某キャロットからの掲載打ち切りの件が記載されていますが、その理由が、「マニアが群がってゲームを見る」はまだしも「店でチェックしたスコアに対してウソスコアと難癖をつける」そして挙句に「店内でハーモニカを吹く」といった振る舞いによるものであったという内容。

 

「常連の扱い」というのはゲームセンターに限らず客商売におけるテーマでもありますが、特にハイスコア集計店においては、「新作を一部の常連が独占」「ゲームをプレイせず長時間店内に滞在」と言った店舗側に不利益な行為が目立っていたことも事実です。

挙句に店内で傍若無人な振る舞いを起こせば店舗から煙たがられてもやむを得ない面もあり、ひいてはスコア集計中止に至る店舗が増えてしまったことは今思い起こせば非常に残念な部分です。

 

トピック店舗:プレイシティキャロット常盤店

トピック店舗は場所を四国へと移します。

 

まずは香川県高松市ナムコ系店舗から「プレイシティキャロット常盤店」をピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

2023年5月2日撮影

2023年5月4日撮影

高松市は中心部に総延長約2.7㎞の長さを誇る日本一のアーケード商店街があります。アーケードの街区はことでん高松琴平電気鉄道)のターミナルである瓦町駅から隣の片原町駅付近まで広がっていますが、瓦町駅前から延びる常磐町商店街の街区に店舗は存在しました。

ゼンリン住宅地図 高松市1988年より)

1988年の住宅地図です。薄くなっていますが赤枠の箇所に「(株)ナムコ キャロット」の文字が確認出来ます。

 

こちらはゲームマシン誌1984年2月15日号の記事「全国縦断ゲーム場ルポ」にて高松のロケーションが取り上げられた際、営業当時の貴重な写真が掲載されています。

(ゲームマシン 1984年2月15日号より)

 

また、@Area51_zek氏のX(旧twitter)には、季刊NGに掲載された店舗正面の写真が掲載されていたのでこちらも引用します。

 

ゲームマシンの写真は、記事中に「奥フロアの床が一段高くなっている」との記述があるため、店内奥から入口に向かって撮影されたものと思われます。2階がナムコの事務所となっていたようなので、店内写真に見える階段は事務所への出入りに使用されていたと想像します。

 

誌面へのスコア掲載ですが、こちらはベーマガ1984年1月号から掲載されたオリジナル26店のうちのひとつで、市内に3軒存在したナムコ系キャロット店舗のうち最初に誌面に登場しました。

マイコンベーシックマガジン 1989年5月号より)

 

しかし閉店は3軒中最も早く、1989年5月号のチャレハイ通信欄にメッセージが残されています。既に閉店から30年以上が経過しており店舗の形跡は一切残っていないものの建屋はまだ当時のまま存続しているようで、2023年時点では写真のように青果店として使用されていました。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年3月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年3月号/トピック店舗:ダイエー福山店(広島県)/カジノ丸亀1・2号店(香川県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1991年3月号)

ゲーメスト1991年3月号(第6巻第3号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

店舗総数は94となり先月比+7と戻しました。

先月の減少を受けてかは定かではありませんが、早速2店新規掲載店が追加されています。

 

・その他

ダイエーレジャーランド八木店(奈良県

 

チャレンジバンバン(愛媛県

ゲーメスト 1991年3月号より)

 

ダイエーレジャーランド八木店」はベーマガにて1988年10月~1989年11月まで掲載されていましたが、ゲーメストにて復活掲載となりました。奈良県の掲載店は「ダイエーレジャーランド大和高田店」が1987年12月号で姿を消して以来2軒目となります。

 

「チャレンジバンバン」は90年台の愛媛県を代表する集計店と思います。ゲーメストから最初に掲載が開始され、追ってベーマガと重複掲載店となります。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1991年3月】

ゲーメスト 1991年3月号より)

 

ゲーメストはハイスコアの個人申請を認めているため、時折目を疑うような店舗から申請が上がっていることがあります。

 

今月の「リーグボウリング(SNK)」スコア部門トップの申請店舗名が「健康サウナ南大門ゲームコーナー」となっており、こちらは施設名称こそ変わっているものの店舗は現役のようです。

spa-nandaimon.com

サウナや健康ランドに併設されているゲームコーナーは入泉料を支払った先の館内にある場合が殆どだと思いますが、プレイヤーが館内ゲームコーナーにわざわざスコアを出しに行くとは考えにくく、「サウナに行ったついでに遊んだらスコアが出てしまった」という線なのでしょうか。

それにしても申請用紙を常に持ち歩いていなければならず、また店側もよく確認サインをしてくれたなあと思わずにはいられません。

 

トピック店舗:ダイエー福山店/カジノ丸亀1・2号店

トピック店舗へ移ります。

 

中四国地域のゲーメスト初期掲載店から「ダイエー福山店」「カジノ丸亀1・2号店」の2軒をピックアップします。

 

ダイエー福山店】

ゲーメスト 1986年5月号より)

(東館)

(西館)

2023年11月4日撮影

【カジノ丸亀1・2号店】

ゲーメスト 1986年5月号より)

 

2023年5月2日撮影

 

両店共にゲーメスト創刊号である1986年5月号のみの掲載となっています。

 

ダイエー福山店」ですが、広島県福山市のJR福山駅前に位置していました。

駅南口を出た所には高層の「福山ニューキャッスルホテル」がそびえていますが、その東隣及び裏手にダイエーの「東館」及び「西館」の2つの建屋が存在したようです。

2023年11月4日撮影

 

駅付近に市街地の変遷を記録したパネルがあり、昭和62年の写真には中央で目立つ福山キャッスルホテルと隣接して「TOPOS」の黄色い看板が二つあるのがわかります。

双方が元ダイエー福山店となり、二つの建物は連絡通路で結ばれていました。

 

「TOPOS」はダイエーのディスカウントストアブランドで、福山店は1986年4月にダイエーから業態転換がなされています。ゲーメストへの掲載は1986年5月号のみのため、雑誌販売時には既にダイエーからTOPOSへブランドが変わっていたことになります。

TOPOSに変わってからゲームコーナーが館内に存在したのかは判明していません。

 

またダイエー店内に存在したゲームコーナーは、ダイエー系列会社のダイエーレジャーランド(DLL)による運営が多く、過去に誌面へ掲載された店舗もほとんどが「ダイエーレジャーランド〇〇店」となっているのですがここは当てはまらないため、DLLによる運営店舗だったのかどうかも不明となっています。

 

その後TOPOSは2001年に再度店舗名をダイエーに戻しますが2005年に施設閉鎖され、先行して西館がマンション「サーパスシティ福山駅前」に、東館はフタバ図書アニメイトサブカル系テナントが入居していましたがこちらも老朽化により2017年に閉鎖され、撮影時点ではダイワロイネットホテルとなっています。

 

続いて場所を四国に移し、香川県丸亀市の「カジノ丸亀1・2号店」を紹介します。

「丸亀」と聞くと「丸亀製麺」が思いつく方も多いと思われますが、丸亀市内には本社はおろか2024年現在店舗は一つも存在していません。

 

誌面住所を検索すると、JR丸亀駅前から丸亀城址へ続いているアーケードの「通町商店街」から脇道に入った場所になります。

ゼンリン住宅地図 丸亀市1986年より)

1986年の住宅地図にて所在を確認しています。

撮影時点で該当場所は駐車場になっており、周囲の建物の状況からこの場所が跡地であろう箇所にて撮影しています。アーケード側にある自転車店生花店は営業が続けられていました。

 

しかしこの場所が1号店なのか2号店なのかは判別不能です。

店舗住所情報は一つしかなく、店舗面積も決して広くはなさそうなので近隣商店街内にもう一軒店舗があるのでは、と思い住宅地図とにらめっこしてみましたが発見には至らず。情報をお持ちの方は是非ともコメントをお願い申し上げます。

 

前述のようにゲーメスト創刊号において四国唯一の掲載店となりましたが、再度店舗欄に登場することはありませんでした。以後香川県の掲載店は全て都市規模の大きな高松市に集中したため、丸亀市を含んだ他の地域にはベーマガを含めて掲載店は現れていません。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年3月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年3月号/トピック店舗:旭サービス都城店6Fプレイランド/ウィルトークタイトー都城店(宮崎県)

イスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1991年3月号)

マイコンベーシックマガジン1991年3月号(第10巻第3号)のハイスコア集計店マップとなります。


掲載店総数は92となり先月比+4、何とか90の大台に戻しました。

先月から参加店募集を再開した効果で、今号は5店の新規掲載があります。


ナムコ

ナムコジャスコ諏訪店(長野県)


タイトー

ハーフタイム(兵庫県


・その他

ゲームランドスバル(千葉県)


ゲームセンターIC砧店&千歳船橋店(東京都)


ゲームセンターピノキオ(兵庫県

マイコンベーシックマガジン 1991年3月号より)


ベーマガナムコ系新規掲載は1989年1月号の「プレイシティキャロット表町店」以来実に2年3か月振りとなります。この頃になると「キャロット」ブランドの店舗展開はほぼ行われなくなっていました。


兵庫県に新たに2店登場していますが、西宮市の「ハーフタイム」はタイトー系店舗であることを確認しています。また明石市の「ゲームセンターピノキオ」は、ゲーメスト1987年6月~1988年1月に掲載された「ゲームプラザピノキオ」とは別店舗で、住所も僅かに異なっています。


ゲームプラザピノキオ:明石市本町1-1-26

ゲームセンターピノキオ:明石市本町1-1-28


ゲームプラザピノキオが閉店後、間を置いて隣の場所にゲームセンターピノキオがオープンしたのですが、両店の間に関連はないとの情報です。


以下スコア欄を掲載します。


【チャレンジハイスコア 1991年3月】

マイコンベーシックマガジン 1991年3月号より)


誤植と言えばゲーメストの専売特許ですが、ベーマガにも時折誤植らしき事象が散見されます。

今月は「プレイシティキャロット佐世保店」の欄が何故か2つ存在しています。


タイトルのラインアップを見ると両者の間に大きな差異がなく、プレイヤーも共通しているように思えるため店舗名の誤植ということではなさそうです。

前月の1991年2月号では佐世保店のスコア欄が欠けていたことから、恐らく2か月分のスコア欄を同時に掲載したというラインが有力ですが、特にその旨についての説明はないため主旨は不明です。


たまたま該当店舗からトップが輩出されていないので問題とはなりませんでしたが、月間単位でトップを集計している中説明もなく2か月分をまとめて掲載していることはあまり好ましいことではなく、この頃からプレイヤーがハイスコアを出すウエイトがベーマガからゲーメストへ変わって行く理由を垣間見るような気がします。


トピック店舗:旭サービス都城店6Fプレイランド/ウィルトークタイトー都城

続いてトピック店舗へ移ります。


宮崎県は都城市から「旭サービス都城6Fプレイランド」及び「ウィルトークタイトー都城店」の2店を取り上げます。


【旭サービス都城店6Fプレイランド】

マイコンベーシックマガジン 1986年4月号より)

2022年8月9日撮影

【ウィルトークタイトー都城店】

マイコンベーシックマガジン 1987年8月号より)

2022年8月9日撮影

宮崎県第二の都市である都城市に、かつて2軒のハイスコア掲載店が存在しました。

1軒目の「旭サービス都城店6Fプレイランド」は、市の代表駅であるJR都城駅前に存在した商業施設で、宮崎市に本店を構える橘百貨店が1973年にオープンさせた都城店がルーツとなっています。


しかし僅か2年後に橘百貨店は破綻し、旭化成の関係会社である旭化成サービスが引き継ぎ「旭サービス都城店」として運営が継続されています。

「ハイテクセガ延岡」の紹介でも触れましたが、宮崎県延岡にゆかりのある企業として同じ県内である都城市においても旭化成の影響力は存在したようです。


旭サービス都城店を含めた都城市内における大型商業施設の進出、撤退の経緯は、以下2つのサイトから詳細な内容を確認出来ます。

think-miyakonojo.jp

ja.wikipedia.org


そして1987年の住宅地図において、旭サービス都城店の存在を確認しています。

ゼンリン住宅地図 都城市1987年より)


翌1988年の地図はデジタル化されており、文字輪郭等はっきりしているため合わせてアップします。地図の右上北東方向が都城駅となります。建物の前に「旭サービス」のバス停があることもわかります。

ゼンリン住宅地図 都城市1988年より)


ベーマガ誌面への掲載は1986年4月号から開始されたものの、1年後の1987年4月号が最後の掲載となっています。上記引用の「Think都城」内にもありますが旭サービスは1995年に閉店し、取り壊された跡地はセガワールドタイガーを経て現在は写真のパチンコ店である「Wing都城駅前店」が建っています。旭サービス時代のプレイランドの状況を伺える資料は発見できませんでした。


そしてもう一軒の「ウィルトークタイトー都城店」ですが、こちらは国道10号に面した都城中心市街地である中町にありました。都城駅と隣の西都城駅の中間付近となります。


1988年の住宅地図で店舗を確認しています。1987年の地図にはなかったため87~88年付近でオープンしているようです。

ゼンリン住宅地図 都城市1988年より)


地図中央を縦断するのが国道10号で、中心市街地の象徴である都城大丸と寿屋都城店の2つの百貨店が国道を挟んで対峙、また歩道にはアーケードも懸けられており当時の賑わいを彷彿させます。しかし現在は大丸、寿屋共に撤退、またウィルトーク及び周囲に隣接した複数の建物は写真のようにすべて更地となっており、店舗の形跡を窺い知ることは出来ませんでした。建物の配置から、4枚目写真の場所が該当するのではないかと思います。


ただ周辺を散策したところ、近隣ビルにかつての航空写真が掲示されており、そこにウィルトークの入っていたであろう建屋が写っていました。

2022年8月9日撮影


2枚目写真の赤枠で囲った建屋で間違いないと思います。違っているようであればご指摘をお願い申し上げます。

跡地の探索は場所が特定できれば直接現地へ向かわなくともGoogleMapで可能なのですが、このような発見があることが直接現地を確認することの醍醐味でもあります。


誌面への掲載はベーマガ1987年8月号から開始されたため、旭サービス都城店と期間は重複していません。

ゲーメストへは1988年2月号に掲載されたのですが、掲載はこの号のみとなっています。

ゲーメスト 1988年2月号より)


ベーマガへの掲載はその後も継続していましたが1988年に入ると休載が増加し、1989年5月号を最後に誌面から姿を消しています。閉店時期は判明していません。以降都城市に掲載店が出現することはありませんでした。


【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年2月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年2月号/トピック店舗:ゲームピアチャンス国分店(鹿児島県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1991年2月号)

ゲーメスト1991年2月号(第6巻第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は87で先月比-8と1割近く数を減らしています。

今月たまたま欄を欠いている店舗が多数ありますが、先月を最後に以下3店が掲載終了している影響もあります。

 

・タイトピア木屋町愛媛県

・DLL屋内遊園地秋田店(秋田県

・がらん3(長野県)

 

1986年から松山市内で「ウィルトークタイトー大街道店」と並んで掲載が続いた「タイトピア木屋町」が掲載終了。ベーマガも同じタイミングで終了しているため閉店が疑われます。またDLL屋内遊園地秋田店の掲載終了により、東北地方に複数存在したダイエーレジャーランド系の掲載店が全て姿を消すこととなります。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1991年2月】

ゲーメスト 1991年2月号より)

 

最終ページに「ウィルトーク小田原」のみが離れて掲載されています。

先月まで「タイトー小田原周辺」にてエントリーされていましたが今号から「ウィルトークタイトー小田原店」の住所に変更されました。

 

それが原因かは定かではありませんが、これまで全国トップ獲得数である累計50個の☆が記載されず(翌月にはもとに戻ります)、最終ページになんとか店舗欄を挿入したような印象で締切前後の編集の混乱が想起されます。

 

トピック店舗:ゲームピアチャンス国分店

トピック店舗は引き続き南九州の店舗から、鹿児島県の「ゲームピアチャンス国分店」をピックアップします。

 

ゲーメスト 1990年10月号より)

2023年11月24日撮影

店舗欄住所の「国分市」は、平成の合併で現在は「霧島市」となっています。

 

鹿児島市から1時間程度に位置する旧国分市の中心はJR国分駅付近に拡がっており、駅から10分程度歩いた場所に存在する中央通りに面した写真のマンション「グロアール20」1階が跡地となります。

ゼンリン住宅地図 国分市1991年より)

1991年の住宅地図で建物1階に店舗の存在を確認、2階にあるヤマハ音楽教室は30年が経過して健在であることがわかります。

そして現在1階は店舗として使用されておらず駐車場と化しています。
店舗の面影は全くないのかと思いましたが、駐車場部分を覗くと4枚目写真のように奥に床タイルが残存しており、タイルのある箇所が元々の店舗エリアだったであろうことが想定されます。窓やコンセント撤去の痕跡も確認出来ました。

 

国分駅前から続いている旭通りと、店舗が面する中央通り沿道は90年の住宅地図では多数の商店が並んでおり、付近はかつてゲームセンターも立地可能な場所だったのかもしれません。ただ特に中央通りは道幅が若干狭いため、車でアプローチし易くかつ駅からの距離も近くなる隣接した県道472号沿いの国分山形屋付近が現在は振るわっており、建物1階のテナントを確保できず駐車場にせざるを得ない事情が何となく透けてしまいます。

 

誌面への掲載は18店もの新規集計店が登場したゲーメスト1990年10月号からスタート。鹿児島市の「TOPGUN」が単発で掲載店から離脱後空白となり、ベーマガへの掲載店も無かった鹿児島県唯一のハイスコア掲載店となりました。そう考えると鹿児島市は都市規模の割に集計店には恵まれなかった地域と思います。

 

そしてその孤塁を守るが如く90年台前半は掲載継続、ゲーメスト1996年8月30日号までの掲載を確認しています。閉店時期は判明していません。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年2月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年2月号/トピック店舗:ヤング・タウン(鹿児島県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1991年2月号)

マイコンベーシックマガジン1991年2月号(第10巻第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店の総数は88となり先月比-2、7か月連続のマイナスで遂に90も割り込んでしまいました。

1984年7月号の60店→8月号にて101店となって以来、2桁になることはあっても90を下回ることはなく、掲載店数の下落傾向が継続しています。

 

新規店は2店登場しています。

 

・その他

ゲームタウン(福島県

 

ゲームインチェリーズ(鳥取県

マイコンベーシックマガジン 1991年2月号より)

どちらも掲載店としては手薄なエリアで、ベーマガでは福島県ダイエーレジャーランド郡山店に次いで2店目、鳥取県は初の掲載店となりました。鳥取県の登場によりベーマガで掲載履歴のない県は徳島と佐賀の2県のみとなっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1991年2月】

マイコンベーシックマガジン 1991年2月号より)

 

チャレンジハイスコアは通常8ページの構成でしたが、掲載店の減少で先月1月号は7ページと1ページ減となっていました。

今月は更に減少したものの8ページを回復しているのですが、さすがに危機感が出たのか改めて参加店募集の案内が掲載されています。

 

トピック店舗:ヤング・タウン

続いてトピック店舗へ移ります。

 

南九州のナムコ系掲載店も4店目、鹿児島県の「ヤング・タウン」をピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年7月号より)

2022年8月8日撮影

「ヤング・タウン」という店舗名称からはここがナムコ系のお店とは判断できないのですが、誌面記載の店舗住所を当時の住宅地図にて確認すると、ナムコの鹿児島事務所が該当します。

ゼンリン住宅地図 鹿児島市1985年より)

ゼンリン住宅地図 鹿児島市1984年より)

 

この場所に営業所と合わせてゲームセンターが併存していたという情報を頂いたため、ヤング・タウンを該当店としてナムコ系店舗として分類しています。

 

所在地である「児島ビル」は現在も存在しています。

現在の1階フロアは写真では駐車場に見えますが、奥が事務所となっており看板を出している不動産店が使用しているようです。

 

1984年のテナント一覧にはフロア階数の記載がないため、ナムコ事務所が何階に存在したのかは判断できませんが、1階の奥を営業所として使用し、現在の駐車場の部分が以前は店舗だったのではないかと想像しています。当時の状況をご存知の方がいらっしゃいましたら是非ともコメントをお寄せください。

 

こちらの誌面への掲載は他の南九州のナムコ系店舗から少々遅れてベーマガ1984年7月号からとなっています。

しかし9月号には早くも休載表記となり、10,11月号とスコア掲載がされたものの12月号に再度休載となった後に誌面から姿を消しているため、掲載期間は半年間のみに留まっています。1988年3月発行である「オールアバウトナムコⅡ」の「ナムコ直営ゲーム・センター一覧」には記載がないことから、それ以前に店舗としては営業を終了していた公算が大きいと思われます。

 

目の前の道路は鹿児島市電が通り、鹿児島大学からも比較的近いことから沿道にはゲームセンターが複数立地しており、ゲーメスト掲載店である「ウィルトークタイトー騎射場店」も比較的近接していますが、この場所は路面電車の停留所のほぼ中間で、付近に商店も少ないことからあくまでも事務所の機能が主であり、店舗として運営維持されることはあまり想定されていなかったのかもしれません。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年1月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年1月号/トピック店舗:ハイテクセガ延岡店/ワンダーランド(宮崎県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1991年1月号)

ゲーメスト1991年1月号(第6巻第1号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は95となり先月比+5。

新規掲載店ですが、こちらは新規というよりも合同集計化という方が相応しいのではないかと思います。

 

・その他

フリーウェイ小樽店(北海道)

ゲーメスト 1991年1月号より)

 

札幌市にて掲載されていた「ゲームポイント・フリーウェイ」の小樽店が新規にオープンして掲載店となりました。店舗名および住所は小樽店が記載されていますが手稲店のスコアも記載されていることから合同集計の体となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1991年1月】

ゲーメスト 1991年1月号より)

 

ゲーメストはハイスコア欄の最後に「てあたりしだいゲームリスト」と称した直近でのリリース予定タイトルリストが掲載されていましたが、今号は以下のラインアップとなっています。

ゲーメスト 1991年1月号より)

編集は1990年末に行われている関係でまだ90年11月以降発売予定ゲームとなっていますが、この時点ではまだ「件のタイトル」の表記はありません。

 

直近の目玉商品はナムコの「ドラゴンセイバー」で、ドラゴンスピリットの後継としてリリースされましたが前作程のヒットには至らなかったと認識しています。

 

トピック店舗:ハイテクセガ延岡店/ワンダーランド

トピック店舗です。南九州地域の掲載店紹介を継続します。

 

宮崎県のセガ系店舗から「ハイテクセガ延岡店」をピックアップします。

ゲーメスト 1988年1月号より)

2022年8月10日撮影

宮崎県北部の延岡市は人口約12万(令和5年度)を擁し、宮崎・都城に次いで宮崎県第3位。旭化成企業城下町として有名で、市内の至る所に旭化成関係の工場や施設を見ることが出来ます。

 

ハイテクセガ延岡店は市の代表駅であり繁華街にも近いJR延岡駅前に位置していました。

ゼンリン住宅地図 延岡市1989年より)

1989年の住宅地図にて誌面記載住所の「島津ビル」を確認、「Hi-TECH SEGA」の文字も見えます。

 

現在は「島津ビル」を含んだ街区がまるまる再開発の対象となり、写真の「延岡駅西口街区ビル」が建っているため店舗の形跡は全く残っていません。新ビルのテナントを見ると4,5階は旭化成延岡駅前オフィスが入居しており、否が応でも延岡という街における旭化成の影響力を感じずにはいられません。

 

写真はビル全体と、島津ビルが存在したであろう場所に合わせて撮影しています。

 

現地に残っている商工案内図では、延岡駅西口街区ビルが建つ前のものが残っていました。

2022年8月10日撮影

 

「県道延岡停車場線」の文字の下となる「高田万十」「はやた歯科」等が存在する区画が現在の西口街区ビルの場所になりますが、1989年当時とテナントの内容が全く一致せず、また建物名称までは記載されていないことから島津ビルが再開発直前まで存在していたのかどうかの確認には至りませんでした。

 

誌面への掲載はゲーメスト1988年1月号よりスタート。

そして1989年10月号から、同じ宮崎県内の「ハイテクセガ宮崎店」と合同集計となります。

ゲーメスト 1989年10月号より)

 

「ハイテクセガ宮崎店」ですが、合同集計期間中の店舗住所欄は全て延岡となっており、店舗所在位置が不明となっています。そのため地図へのプロットの対象とはなっていません。また店舗の詳細な場所をご存じの方は是非とも情報をお寄せ下さい。

 

その後約3年半に渡って合同集計が継続しますが、1993年6月号のスコア欄にて1993年3月末にて延岡店閉店の報が掲載されます。

ゲーメスト 1993年6月号より)

 

しかし「店は残るので」とのコメントの通り、翌7月号からは同一住所にて店名を「ワンダーランド」と変え誌面への掲載は継続しました。

ゲーメスト 1993年7月号より)

 

90年台に入るとセガは80年台に展開したハイテクセガ系の小規模店舗を大幅に整理するのですが、延岡も対象となったものの営業は継続されたようです。建物のオーナーがセガから離れて直接運営する場合や、店舗社員が独立する時に退職金代わりとして機器や什器を含めて店舗一式の営業権を譲渡したという話を聞きます。

セガの運営から離れたことから、宮崎店との合同集計もこの時に打ち切られています。

 

ワンダーランドとしての掲載はその後1998年2月28日号まで継続しました。ハイテクセガ時代から通算すると10年を超える長期掲載店となっています。

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年12月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年1月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年1月号/トピック店舗:神宮前キャロットハウス(宮崎県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1991年1月号)

マイコンベーシックマガジン1991年1月号(第10巻第1号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

1991年へ突入しました。

1991年と言えば、ビデオゲームジャンルにパラダイムシフトを起こしたあるタイトルが登場した年ですが、2月末に開催されたAOU全日本アミューズメント施設営業者協会連合会)ショーで初めて披露されるため、誌面への登場はもう少々後の話となります。

 

掲載店総数は90となり先月比-2。新規掲載はありません。

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1991年1月】

マイコンベーシックマガジン 1991年1月号より)

 

今月は東京都内の代表的ナムコ直営店舗のひとつ「プレイシティキャロット新宿店」が掲載終了となっています。今号におけるナムコ系店舗の掲載数は31店と全盛期の半数まで減少し、新宿店のような著名店舗も含めてゲームマニア排除の方向は着実に進行していました。

 

トピック店舗:神宮前キャロットハウス

続いてトピック店舗へ移ります。

 

南九州の初期ナムコ系店舗も3回目、宮崎市の「神宮前キャロットハウス」をピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

2022年8月10日撮影

神宮前の「神宮」とは宮崎神宮のことを指します。

広大な境内の前には路線バスの待機、転回所を含めたロータリーがありますが、ロータリーに隣接する「神宮プラザビル」1階がキャロットとなっていました。

 

宮崎市中心市街地からは直線距離で2㎞以上は離れています。

JR日豊線宮崎神宮駅がありますが、こちらも徒歩10分程度は掛かるため近隣に駅はありません。神社正面から宮崎市街地方面に参道が伸びていますが商店が林立しているという雰囲気ではなく、ロータリーに隣接してポツンと佇んでいるような立地となっています。

ゼンリン住宅地図 宮崎市北部1986年より)


1986年の住宅地図ですが、当時から近隣は店舗よりも住宅の方が多く、徒歩圏内にある文化公園も含めて周囲は文教地区といった佇まいです。駐車場も無かったようなので、この場所にゲームセンターを出店した動機が少々掴みにくい店舗ではあります。

 

1990年頃に一度店舗を訪問したことがあるのですが、バスを降りたら目の前にあったような記憶が残っていました。30年振りくらいで現地を再訪してその記憶が間違っていなかったことは確認出来たのですが、肝心の店内の印象が残っていません。何かゲームもプレイしていたはずなんですが…

 

誌面への掲載は同じ九州内の店舗として既に紹介している「プレイシティキャロットパーツボックス」「分大キャロットハウス」と並んでベーマガオリジナル26店に名を連ねています。そしてゲーメストにも1987年1月号から掲載されダブル掲載店となります。

ゲーメスト 1987年1月号より)

 

ゲーメスト掲載開始時の店長は女性の方だったようです。当時の写真やコメントからアットホームなお店の雰囲気が伝わってきます。(敢えて写真は伏せずにアップしています。)

この頃のナムコ直営店の雰囲気に魅了されたゲーマーは非常に多かったのではないでしょうか。

 

そしてナムコ系ハイスコア掲載店が誌面から次々と姿を消す中、確認している時点ではゲーメストは1997年5月30日/6月15日号、ベーマガは1997年9月号までの掲載を確認しており、ベーマガオリジナル26店の中では13年以上と最も長期に渡って掲載が続けられました。

また、他の「キャロットハウス」の名称でスタートした店舗の殆どが追って「プレイシティキャロット」への名称変更を経ているのに対し、ここだけは掲載期間の最後までキャロットハウスの名称が貫き通されたことも特筆すべきポイントなのではないかと思います。

 

閉店時期は不明ですが、ナムコ広報誌「NOURS」No.36 2002年春号の「全国ナムコ店舗ガイド 九州・沖縄編」には店舗の記載がないため、それ以前には閉店していたようです。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年12月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年12月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年12月号/トピック店舗:ジャスコ大分店ナムコランド(大分県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1990年12月号)

ゲーメスト1990年12月号(第5巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

さすがに10,11月号で23店もの新規追加があったこともあり今号は新規掲載はありません。掲載店総数は91と-3の微減。今回、プレイシティキャロット巣鴨店が掲載開始以来初めて休載されたのですが、店舗改装の影響であることが確認されています。丁度地下2階が拡大された時期でしょうか。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1990年12月】

ゲーメスト 1990年12月号より)

 

店舗改装といえば、ハイスコア通信欄のハイテクセガ藤井寺店の欄にも改装のため一時休業の旨が記されています。

客の立場だけで言えば、店舗改装を行えば概ね店内は綺麗になり、伴って新製品の入荷が増えることを期待する訳ですが、店舗側の立場で言えば、

 

①改装費用を掛けるので改装後は売上のアップを求められる

②休業期間を伴う大規模の改装だと人事異動も兼ねることもあり、また休業期間中の収入が途絶えることからバイトが入れ替えになることもある

 

これらの理由で運営の変更を求められたり、社員やバイトが入れ替わってしまう影響から改装を機にハイスコアの集計やコミュニケーションノートの設置を取り止めることに繋がる事例は多かったのではないかと想像されます。

 

実際ハイテクセガ藤井寺店はこの号の掲載が最後となり、改装後に再び店舗欄は現れませんでした。そして改装の影響は前述した「プレイシティキャロット巣鴨店」にも…

 

トピック店舗:ジャスコ大分店ナムコランド

続いてトピック店舗です。

 

ベーシックマガジンにて「分大キャロットハウス」を取り上げたのでゲーメスト大分県ナムコ系店舗から、「ジャスコ大分店ナムコランド」をピックアップします。

ゲーメスト 1987年1月号より)

2022年8月10日撮影

 

百貨店や大型スーパー内の遊戯施設が強かったナムコですが、まだビデオゲームが華やかな80年台のナムコ系店舗はショッピングセンター内店舗においてもゲーム好きの客層を積極的に取り込もうという施策がされていた時期で、キャロットのない地域の代替を果たしていました。

 

こちらはその中でもハイスコア集計まで至った店舗です。ゲーメスト1987年1月号が最初の掲載となりましたが、同じようなショッピングセンター系ナムコ店舗が同時に8店も誌面に登場しています。

 

場所はJR大分駅に程近く、駅前から延びる中央通りと中央町商店街アーケードに囲まれた絶好の立地です。

ゼンリン住宅地図 大分市1985年より)

 

1985年の住宅地図ですが、現在も存在する地場百貨店のトキハに加え、既に撤退しているパルコや長崎屋の文字も見えます。テナント一覧や当時のフロアガイドが発見出来なかったため、ナムコが何階に存在したのかは判明しませんでした。

 

ジャスコは1973年(昭和48年)にオープンしていますが、1993年の時点で業態変更を行い、ファッション関係テナントが中心の「大分フォーラス」へと変貌しています。この時点ではジャスコ時代の建物がそのまま使用されていたようです。

ja.wikipedia.org

 

wikipedia内にフォーラスの主なテナント一覧が記載されていますが、ナムコやゲームコーナーの表記はありません。

 

誌面へのスコア掲載期間を確認すると1993年4月号が最終となっており、フォーラスへの転換時期と一致することから転換と合わせてナムコは撤退したということで間違いないと思われます。中心市街地のインストア店舗としては6年以上の長期に渡って掲載が続けられ、同じ大分市内の分大キャロットハウスが掲載を終了した後も店舗欄を維持しました。ベーマガへの掲載履歴はありませんでした。

 

そして2017年にフォーラスとしての営業も終了、跡地にはイオングループの食を中心とした商業施設「大分opa」が新たに建てられており、建屋を含めてジャスコ時代の面影は完全に消失に至っています。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年11月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年12月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年12月号/トピック店舗:分大キャロットハウス(大分県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1990年12月号)

マイコンベーシックマガジン1990年12月号(第9巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は92で先月比-5と減少幅が大きくなっています。これで3か月連続で100店を割り込みかつ減少に歯止めが掛かっておらず、最終頁の空欄が非常に目立つ結果となっています。

 

新規掲載は先月同様に1店確認されています。

 

・その他

サミーハウス(長崎県

マイコンベーシックマガジン 1990年12月号より)

 

ゲーメスト1990年10月号における新規掲載店の一つで、今号よりベーマガにも掲載されダブル掲載店となっています。

島原市は人口4万程度の街ですが、このお店が掲載されて以降ハイスコア文化が根付いたのか長期に渡り掲載店が存在する地域になります。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1990年12月】

マイコンベーシックマガジン 1990年12月号より)

 

チャレハイ通信の「タイトーイン002スタジアム」の欄に気になる記述を発見!

 

ダライアス3画面筐体にムーンウォーカー」というのはなかなか常人では発想することが出来ない魔改造です。ボディソニック実装が目的だったのかもしれませんが3画面筐体の意味を全く成していません…

 

そういえばタイトーイン002スタジアムの店長さん、このような魔改造の他にも連射装置や特殊改造のリクエストに対応出来るハードウェアのエキスパートだったとのこと。この頃からハイスコア狙いにおける装置の重要性は高まり、ハードウェアに対応できるスタッフや常連が店舗にいないとハイスコア争いの土俵に上がることが徐々に難しくなってきます。

 

トピック店舗:分大キャロットハウス

続いてトピック店舗です。

 

前回に引き続き九州の初期ナムコ系店舗から「分大キャロットハウス」をピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

2022年8月10日撮影

1984年1月号及び2月号のチャレンジハイスコア欄では、店名が「大分キャロットハウス」と表記されています。
「分大」は大分大学の略称で、大分の誤植と解釈されてしまったのかもしれませんが、「分大キャロットハウス」が正式名称となります。

 

ハイスコアコーナー開始告知における店舗リストでは分大と記載がされており、また1984年3月号以降では店舗名が訂正されています。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1983年12月号より)

 

そしてその店舗名の通り、近隣には大分大学が立地しています。

ただ大分の市街地からは相当距離が離れており、大学以外には店舗付近が学生向け物件も含め新興住宅街となっているものの周囲は郊外の山の中という印象で、基本的には学生目当てのお店と言えそうです。

ゼンリン住宅地図 大分市1985年より)

店舗向かいの「大分県職員研修所」は「大分県自治人材育成センター」として健在。大分大学の敷地は見えませんが地図範囲の北西方向に拡がっています。

また、JR豊肥本線の線路が地図の接続部から西側で消えてしまっていますが、もちろん連続しています。

 

現在は豊肥線に「大分大学前」駅がありますが、1985年当時はまだ駅がありませんでした。駅が開業したのは2002年のため、店舗へのアプローチは路線バスしかなかったことになります。

2022年8月10日撮影

 

写真は大分大学入口付近から大分大学前駅方面、及び大分大学前駅舎を撮影したもの。周囲は殆どが山林となっていることが分かります。

 

2022年8月10日撮影

 

そして駅を過ぎて写真の登り坂を上がった場所にキャロット跡地があります。ここを登って店舗に向かうのはなかなかの苦行です。分大生でなければ車やバイクを所持していないとここに行くというモチベーションは湧きにくいと思います。

 

こちらもベーマガオリジナル26店に名を連ねています。

ゲーメストへも1987年に1回だけですが掲載された履歴が残っています。

ゲーメスト 1987年10月号より)

ベーマガの方は特に大きな休載も無くコンスタントに掲載を続けていましたが、1990年2月号の掲載を最後に姿を消しています。90~91年頃に閉店したとの情報があるため、閉店による掲載終了の可能性が大きいと思われます。大学近隣店舗とは言え付近に駅も無かったこの立地では流石に集客が厳しかったのかもしれません。

 

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