小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年2月号/トピック店舗:ゲームプラザサンシャイン→稲毛サンシャイン(千葉県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1993年2月号)

ゲーメスト1993年2月号(第8巻第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は83で先月比+2となっています。

新規店が2店あります。先月号で新規掲載店の募集を行った影響でしょうか。

 

ナムコ

プレイシティキャロット四日市店(三重県

 

・その他

アップル流通店(静岡県

ゲーメスト 1993年2月号より)

 

ベーマガ1988年6月~1991年7月号にて掲載履歴のあった「プレイシティキャロット四日市店」が今度はゲーメスト掲載店として登場します。

 

ゲーメストにおけるナムコ系掲載店の追加は、1988年1月号の「マリーン5ナムコランド(山形県)」「プレイシティキャロット表町店(岡山県)」以来実に5年振りとなっており、この頃のナムコロケーションのスコアラーに対するスタンスが垣間見えます。

 

もう一方の「アップル流通店」もベーマガ1985年12月~1991年6月号にて掲載履歴があり、こちらもゲーメストにて掲載店として復活を果たすことになります。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1993年2月】

ゲーメスト 1993年2月号より)


今号のハイスコア欄はぱっと見違和感があるのですが、トップスコア欄に「君こそゲーメスト!」のタイトル文字がありません。ゲーメストお馴染み誤植の類なのか、集計タイトル数が多く欄確保のためタイトルを省略せざるを得なかったのか。

 

また先月号から告知された通り、全国トップ獲得の☆について年間単位での店舗間競争が開始されています。

 

ここから特にゲーメストのハイスコア集計は、各タイトルのトップスコアを争う個人戦に加えて店舗間で☆獲得総数を争う団体戦の要素が加味されたことでプレイヤーのモチベーションアップには繋がりますが、特にスコア締切前における集計店に殺伐としたイメージを持たれてしまう要因となってしまったことも否定できない一面だと思われます。

 

そして今号は誌面上に1ページを使用した下記お詫び広告が掲載されています。

ゲーメスト 1993年2月号より)

 

当時バンダイ社のアミューズメント系関連会社であったバンプレスト社が千葉県松戸市に新規ゲームセンターを出店する際にゲーメストとコラボレーションし、店舗内にゲーメストのグッズショップである「〇ゲ屋」を合わせてオープンさせる計画が、オープン寸前で警察から行政指導を受け〇ゲ屋の出店が不可能となったことを詫びるものです。

ゲーメスト 1992年9月号より)

ゲーメスト 1992年11月号より)

ゲーメスト 1992年12月号より)

ゲーメスト 1993年1月号より)

 

最初は1992年9月号に出店概要と、店舗及びコラボコーナーの名称募集が掲載されました。その後11月号にて名称が決定、12月号からは決まった店舗名を含んだ「東京ガリバー通信」となり場所やフロア構成が案内され、11月27日のグランドオープン日時まで告知されたものの、オープン直前の11月20日になってコラボコーナーである「ゲーメストアイランド」が出店不可となったというのが経緯です。

 

風営法の施行前は特にナムコ系店舗の一部で店内グッズ販売が実施されていましたが、「賭博行為につながる恐れのある金品の提供」行為としてメダルの店外持ち出しや預かり証発行の禁止と同様に規制対象となったことから店内物販は行われなくなっていました。

 

どうしても実施するのであれば風俗営業として申請した店舗敷地外にて行う必要があったのだろうと推察されますが、法律の解釈や運用を含めてバンプレストゲーメストのどちらも気づかなかったのは詰めが甘いと言わざるを得ず、お粗末な結果となっています。

ゲーメスト 1993年3月号より)

ゲーメスト 1993年5月号より)

 

ただコラボコーナーの出店が叶わなかったのみでゲームセンターとしてはオープンし、当初のコンセプトを踏襲してハイスコア集計やイベントの積極的な実施はされていたようです。しかしハイスコアを誌面に掲載するまでには至りませんでした。当初予定通りにコラボが実施されていれば掲載店として名乗りを上げていたのでしょうか。

 

またバンプレストは「東京ガリバー」という店舗名でその後埼玉の戸田、東大宮にも出店していますが東大宮店は店舗売上金の盗難被害にあっており、この件も含めてあまり縁起の良くない店名となってしまっています。

 

その後松戸店は2017年まで営業していましたが、現在は場所はそのままで「NAMCO松戸店」へと変わっています。バンダイナムコとなった現在においてはどちらでも大差ないですね…

 

トピック店舗:ゲームプラザサンシャイン→稲毛サンシャイン

トピック店舗は先月に引き続き千葉県の店舗から、千葉市の「ゲームプラザサンシャイン」をピックアップします。

ゲーメスト 1989年6月号より)

2025年1月2日撮影

 

稲毛は千葉市の中心である千葉駅から総武線で西に2駅の場所です。

 

JR稲毛駅付近が栄えていますがJRに並行して京成千葉線が走っており、JRから500m程度離れた場所に京成稲毛駅があります。

 

今回紹介する「ゲームプラザサンシャイン」は京成稲毛駅前に立地していました。

ゼンリン住宅地図 千葉市北部1990年より)

 

1990年の住宅地図です。京成稲毛駅に隣接した場所に「ゲームプラザ」の文字があります。

 

また見づらいですが、店舗に面した道路部分に括弧書きで「サンシャイン稲毛」の表記もあり、ゲームプラザも含めて駅に隣接した建物に複数のテナントが入っていた形跡があります。「サンシャイン」という店舗名もここから取られていたと推察します。

 

2024年時点ではサンシャイン稲毛と思しき建物は無く、写真の1階がミニストップになっている「アルバ稲毛」というマンションに変わっています。定礎が平成14年となっていることからそれ以前に当時の建物は取り壊されているようです。

 

誌面掲載は1989年6月号から開始されました。

 

同じ千葉市内にあったナムコ系の「ゲームプラザ」が同年5月号にて掲載を終了したため入れ替わりで千葉市唯一の掲載店となりましたが、1990年8月号が最終掲載のため1年程度の期間に留まっています。連射装置取付履歴もありハイスコアに対する店舗のモチベーションは高かった印象ですが、JRの駅前ではなかったため店舗へのアプローチに若干の難があったのが影響したのでしょうか。閉店時期は判明していません。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年2月号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年2月号/トピック店舗:サンレジャー荒川沖店(茨城県)/Pit Inn湖北台店→ゲームセンターPit Inn(千葉県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1993年2月号)

マイコンベーシックマガジン1993年2月号(第12巻第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は87で先月比-4、再び90を割り込んでしまいました。

 

新規掲載店、というよりも新規掲載枠が1つあります。

 

・その他

ICチェーン船橋&経堂店(東京都)

マイコンベーシックマガジン 1993年2月号より)

 

1991年3月号から掲載が開始された「ゲームセンターIC砧店&千歳船橋店」ですが、1992年6月から経堂店及び狛江店の2店を追加し「ICチェーン4店」として掲載されます。

マイコンベーシックマガジン 1993年1月号より)

 

先月号のコーナー末尾に掲載された広告の4店ですね。

 

この4店が今月から「砧店&狛江店」と「経堂店&(千歳)船橋店」に分割され2枠を使用するようになっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1993年2月】

マイコンベーシックマガジン 1993年2月号より)

 

スコアネームの欄で遊ぶことは往々にして見られましたが、今回目に付いたのはハイテクセガ高崎で、ネーム欄が全て「マニア廃除」で占められています。

 

ネームから鑑みるに掲載が中止されるため捨て台詞的に使われたのかと思いきや、翌月以降も普通に掲載は続きます。また「廃除」という表現は単純に「排除」と間違えたのか、それとも何か別の意味を持ち合わせているのか…

 

トピック店舗:サンレジャー荒川沖店/Pit Inn湖北台店→ゲームセンターPit Inn

トピック店舗は茨城県、及び千葉県の常磐線沿線の店舗から、「サンレジャー荒川沖店」「Pit Inn湖北台店」の2店をピックアップします。

 

【サンレジャー荒川沖店】

マイコンベーシックマガジン 1985年3月号より)

2025年1月3日撮影

 

Pit Inn湖北台店→ゲームセンターPit Inn

マイコンベーシックマガジン 1986年4月号より)

2025年1月3日撮影


「サンレジャー荒川沖店」は茨城県土浦市土浦駅一つ手前の常磐線荒川沖駅東口にかつて存在した「長崎屋荒川沖店」のインストア店舗です。

ゼンリン住宅地図 土浦市1985年より)

 

1985年の住宅地図です。施設開業は1981年とのことです。

 

地図を見ると開業当初から駅東口と直結する連絡通路が設けられていたようです。

 

住宅地図にはテナント一覧も存在したのですが、こちらは長崎屋と同一の建屋にある荒川沖商業協同組合の専門店街「さんぱる」のものでゲームセンターらしき表記はありません。専門店街ではなく長崎屋本体側に存在していた模様です。

 

(ゲームマシン 1984年1月15日号より)

 

なお長崎屋はかつてダイエーにおけるダイエーレジャーランド同様に自社店舗内にてアミューズメント施設を展開する関連会社「(株)サンレジャー」を所有しており、店舗名称から荒川沖店もサンレジャーにより運営されていたと思われます。上記画像は荒川沖ではなく八王子のものですが、長崎屋店内においてサンレジャーがプレイランドの運営を行っていたことの証拠として引用します。

 

またサンレジャーでは荒川沖店以外にスコア掲載を行う店舗は出現していません。

 

唯一の掲載店となった荒川沖店もその期間は1985年3月~1986年3月までの僅か1年間に留まっています。

 

そして2024年時点で建屋の場所は駐車場及びフットサルコートと化していました。

 

2010年に長崎屋としては閉店の後にメガ・ドンキホーテへ業態変換を行ったものの2015年にドンキ及び専門店街も閉店、2017年に建物も撤去され駅から延びていた連絡通路だけが取り残された形となっています。連絡通路末端からは上下に階段が分かれる構造になっており、建屋が存在した時には2階と3階にそれぞれ接続されていたようです。

 

どの時点まで建屋内にゲームセンターが存在していたのかは判明しませんでした。

 

そしてもう一方の「Pit Inn 湖北台店→ゲームセンターPit Inn」は土浦から常磐線を南下した千葉県我孫子市が所在です。住所は我孫子市ですが最寄駅は我孫子から分岐する成田線湖北駅となります。

ゼンリン住宅地図 我孫子市1986年より)

 

1986年の住宅地図にて「ゲームコーナーピットイン」の名称にて所在を確認しています。

 

湖北駅は湖北台団地の最寄駅であることから駅付近に商店街が形成されており、その中の1件です。近隣には「ゲームコーナー湖北」の文字もあり、この規模の駅付近に複数のゲームセンターが存在できたことに団地の影響力の大きさを窺い知ることが出来ます。

 

現地ですが建屋は恐らく当時のものが残っているようです。

 

現在はリサイクルショップ、美容室、空き店舗と並んでいる3軒で、住宅地図と比較すると空き店舗の場所がピットインの跡地になると思われます。隣接する交差点に面した「満月」は営業はされていないものの店舗サインが確認出来ています。

2025年1月3日撮影

 

ちなみに湖北駅前に商工会案内図があり、丁度右上隅付近が店舗跡地になるのですが該当箇所には「オオツカクリーナース 一丁目店」の表記があります。

直前ではクリーニング店だったようで2023年7月時点のストリートビューで見るとまだ店舗の外観が確認出来るのですが、現地調査時は外装が撤去された状態だったため2023年7月以降にクリーニング店としても閉店している模様です。

 

誌面への掲載はベーマガ1986年4月号から開始されますが、5,6月号といきなり休載となり次の掲載は7月号。その後も9,12月と休載を挟み不穏な状況のまま1987年3月号を最後に掲載はストップしました。閉店時期は不明です。

マイコンベーシックマガジン 1987年2月号より)

 

ただ掲載期間こそ短期の1年で終了してしまったものの、ハイスコアの歴史においては欠かせない出来事で登場します。

 

当時ゲーメスト編集部員で沙羅曼蛇攻略ビデオのプレイヤーでもあった「すぱいきっど大和」氏はこちらをホームゲーセンとされていたようで、沙羅曼蛇全国初1,000万点達成目前にして届かなかった同氏のスコアはこちらで輩出されています。上記はその際のチャレハイトップスコア一覧と店舗欄です。

 

その「全国初1,000万点目前にして届かなかった」という噂話は当時名古屋で一介のプレイヤーだった自分の耳にも入る程でした。それだけ当時は沙羅曼蛇というタイトルが全国的にプレイヤーの注目を浴びていたことを象徴する出来事だったと思います。

2025年1月3日撮影

 

ちなみに近隣に所在が確認された「ゲームコーナー湖北」の跡地も見てみましたが、該当箇所は写真のように駐車場と化していました。

 

またこの湖北駅前は追って別のハイスコア掲載店が登場するのですがそれはまた改めて紹介する機会を設けたいと思います。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年1月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年1月号/トピック店舗:GAME IN YAMAYA 熱中村/ゲームセンタートミー(千葉県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1993年1月号)

ゲーメスト1993年1月号(第8巻第1号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は81となり前月比-2となっています。

新規掲載店は1店ありますが…

 

タイトー

ウィルトークタイトー空港通り店(愛媛県

ゲーメスト 1993年1月号より)

 

先月までウィルトークタイトー大街道店と合同集計だったのですが大街道店が集計から外れ、空港通り店の単独掲載となっています。

 

空港通り店としては新規掲載扱いとしています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1993年1月】

ゲーメスト 1993年1月号より)

 

今月は枠外の告知2点が目を引きます。

ゲーメスト 1993年1月号より)

 

一つ目はハイスコア集計に関するルール変更についてです。

 

ゲーメストの特徴であった「全国トップスコアへ☆を給付し店舗間での☆獲得数を争う」施策について、これまではいかなるトップスコアにも無条件で給付していたのに対し、申請数の少ないタイトルについては☆を給付しないというルールが新たに設けられることになります。

 

またこれまでの☆獲得数をリセットし、店舗間競争は年間の☆獲得総数を争う(過去の☆総数は括弧にて別途表記される)内容に変更されることになります。それに付随してゲーメスト大賞における表彰制度も加えられています。

 

競争が熾烈な人気タイトルと不人気タイトルの扱いが同一ということに対する批判を受けての制度変更でしたが、対戦格闘ゲーム全盛期においては各集計店から送られてくるスコアもそちらに偏重していたため、結果的にはキャラ別集計が実施された対戦格闘ゲームのハイスコアを狙うのが☆を獲得するのに最適という事態を招くことになったのではないかと思われます。

ゲーメスト 1993年1月号より)

 

そしてもう一つが掲載店募集に関するインフォです。

告知としては1990年10月号の大幅な掲載店の入れ替え以来となります。

 

ベーマガよりも掲載店の入れ替えが少なかったゲーメストでしたがそれでも掲載店数は漸減傾向で、80を割り込みそうになったことで募集が掛けられたと推察します。

 

トピック店舗:GAME IN YAMAYA 熱中村/ゲームセンタートミー

トピックは千葉県のゲーメスト初期掲載店から、「GAME IN YAMAYA 熱中村」「ゲームセンタートミー」の2軒を取り上げます。

 

【GAME IN YAMAYA 熱中村】

ゲーメスト 1986年9月号より)

2020年8月14日撮影

 

【ゲームセンタートミー】

ゲーメスト 1986年11月号より)

2025年1月3日撮影

今回ピックアップした2軒はどちらもゲーメスト最初期の千葉県の店舗として登場し、かつ掲載期間が短かったことも共通しています。

最初に取り上げる木更津市の「GAME IN YAMAYA 熱中村」ですが、誌面掲載住所に向かうとそこにはとてもゲームセンターが存在したとは思えない光景が広がっていました。

 

場所は2024年時点で末端区間廃線問題が取りざたされているJR久留里線祇園駅のほぼ裏手になります。写真1,2枚目は祇園駅のホームから撮影したものです。

2020年8月14日撮影

 

3,4枚目は誌面住所の箇所に面する道路から撮影したものですが、駅北側にある上の写真の踏切を渡って線路沿いに進んだ場所になります。周囲は殆んどが田畑です。

ゼンリン住宅地図 木更津市1986年より)

そして誌面に掲載されている時期と一致する1986年の住宅地図です。

 

赤枠の建屋が複数ありますが全て誌面住所と同一です。いずれにもゲームセンターらしき表記はありません。

 

インベーダーブームの後にはゲームセンターが乱立した時期があり、「こんな場所にもあったんだ」という店舗は確かに存在しますが流石にこの場所で店舗が成り立つとは思えないため、住所の場所は運営元の連絡先で店舗は別の場所に存在したと考えるのが自然と思われます。

 

考えられる場所は祇園駅入口側で、こちらは地図でもわかる通り新興住宅地が広がっています。しかし住宅地図の駅付近を探してみたもののゲームセンターに該当するような物件は発見できませんでした。

 

あとは木更津の市街地方面ですが、店舗名等にて検索しても所在地につながるような情報を見つけることが出来ず、正式な所在地は不明となっています。些細なことでも結構ですので店舗所在地に関する情報をお持ちの方は是非ともコメントをお寄せ頂きたくお願い申し上げます。

 

誌面への掲載はゲーメスト1986年9月号から開始されますが、1987年1月号をもって姿を消しており僅か3回の掲載に留まっています。

 

そしてもう一方の「ゲームセンタートミー」ですが、こちらは佐倉市の京成志津駅近くに存在していました。

ゼンリン住宅地図 佐倉市1988年より)

 

1988年の住宅地図にて京成成田線の線路沿いに所在を確認しています。Y字に分かれる道に挟まれた場所のため建物の形も道に合わせて絞られた形になっています。

 

2024年時点で建屋は残存していましたが、学生衣料の専門店となっていました。2階には元々はスナックが入居していましたが現在は倉庫となっているようです。

 

最初にこちらを調査した際には当時の住宅地図を用意しておらず、ここの2軒隣の民家の住所が誌面と一致したためそちらを跡地としていましたが、学生衣料品の店舗が正確な位置とのコメントを頂き再調査を行いました。ご指摘を頂いた@pi_game_over様にこの場を借りて御礼申し上げます。

 

誌面へは1986年11月号からの掲載となりました。1987年は一度も休載が無かったのですが1988年3月号で初めて休載の後に翌4月号をもって掲載が終了しています。閉店時期は判明していません。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年12月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年1月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年1月号/トピック店舗:水戸サントピアナムコランド(茨城県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1993年1月号)

マイコンベーシックマガジン1993年1月号(第12巻第1号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は91で先月比+3となり90を回復しています。

新規掲載店が1軒あります。

 

・その他

TVスポットポテト(大阪府

マイコンベーシックマガジン 1993年1月号より)

 

大阪府のハイスコア掲載店は豊中、吹田、茨木、高槻等圧倒的に阪急沿線が多く、特に近鉄や南海の沿線である河内や和泉方面の店舗は少なかったのですが、貴重な近鉄沿線の掲載店となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1993年1月】

マイコンベーシックマガジン 1993年1月号より)

 

1991年3月号から掲載されていた、「ゲームセンターIC砧店&千歳船橋店」ですが、1992年6月号から「ICチェーン4店集計」へと変わった後に、1992年9月号からはコーナー巻末に広告が掲載されていました。

 

今号でも掲載されていますが確認した段階では広告は今回が最後となっています。

 

気になるのは、コーナー巻末は掲載店数が少ない時に自社広告などで穴埋めとして使用されていたのですが、他社広告であれば広告料が発生しているはずなので、巻末に広告を掲載できる大きさの空欄が発生しなかった場合はどのように処理されたのか、ということ。「今号は欄がないため広告料は返金します」という感じで済まされたのでしょうか…

 

トピック店舗:水戸サントピアナムコランド

トピックは茨城県ナムコ直営店舗から3軒目となる「水戸サントピアナムコランド」をピックアップします。

マイコンベーシックマガジン 1986年4月号より)

2024年11月23日撮影

 

つくば→日立と続いた茨城県ナムコ系ハイスコア掲載店ですが、ようやく県庁所在地である水戸市の店舗紹介となります。

 

JR水戸駅から水戸市中心街に向かう銀杏坂(国道50号)を丁度登り切った場所にある水戸中央郵便局のほぼはす向かいの場所に、写真の現在は駐車場となっている敷地があります。

 

かつてその場所には「サントピア」というファッションビルが建っており、その7階にナムコランドが存在していました。

ゼンリン住宅地図 水戸市東部1988年より)

 

1988年の住宅地図です。

 

テナント一覧もありましたが、ほとんどがファッションテナントのようで7階のナムコランドだけが妙に浮いています。

 

ファッションビルにゲームセンターが出店するという構図は、プライズ機やプリクラが主流の現在では特に珍しいことではありませんが、ビデオゲームが主体の80年台では一般的ではありませんでした。

 

ただ昔から百貨店やショッピングセンター内のテナントが多かったナムコは、若者が集まる施設との位置付けでショッピングセンター同様にファッションビル内店舗を展開した経緯があります。ここ以外でも青森県弘前市の「ハイローザ」や、新潟市の「カミーノ古町」が同様なコンセプトのお店として、またハイスコア集計店として誌面に掲載されるにまで至っています。

 

サントピアのオープンは1978年(昭和53年)なのですが、ファッション専門ビルとしては渋谷パルコに次いで全国2例目と言われています。(諸説あるようです)

 

しかしオープン前からテナント集めは難航、オープン後も最初は売上が上がらず、テナントの撤退が相次いでいたようです。

 

下記のnoteに、サントピア開業前~開業直後の頃の逸話が掲載されています。

note.com

この中にゲームセンターやナムコといった言葉は出現していません。また1984年のナムコ会社案内にある「直営店一覧」には水戸サントピアの文字はないため、恐らくは1984年以降にテナントとしてナムコが入居したのではないかと思われます。

 

そして誌面掲載はベーマガ1986年4月号から開始されますが、都市型店舗である「キャロット」ブランドではなく、インストア店舗である「ナムコランド」ブランドがハイスコア掲載店となったのは、同時に掲載がスタートした北海道の「西野ナムコランド」を合わせて初めての事例となっています。

 

同時に水戸市初めてのハイスコア掲載店となりますがその期間は短く、1987年3月号が最後となるため1年にて掲載店としては幕を閉じています。こちらの掲載中止以後、同じ北関東の高崎や宇都宮と比較して水戸は掲載店とは無縁の場所となってしまい、以後の歴史でもゲーメスト2部掲載店を1軒確認するのみとなってしまいました。

 

また、1988年(昭和63年)3月発行の「オールアバウトナムコⅡ」の巻末に掲載されていた「ナムコ直営ゲームセンター一覧」にも水戸サントピアの文字はありません。そのため1984~88年の間のごく短期間の営業に留まった可能性が高いです。

 

若者向きとはいえ女性向けファッションテナントが主体でビデオゲームの主要顧客である男子学生と施設の相性が悪く、かつ7階というビル上層だったこともあってか、営業的には残念ながら成功とは言えない店舗だったようです。そのため、水戸市の歴史としてサントピアが取り上げられているブログ等も見てもサントピア内にゲームセンターが存在したということは全く触れられておらず、ベーマガのハイスコア欄にのみ僅かにその存在を確認出来るだけに留まっています。

 

最後に、サントピアは2007年まで営業が続けられた後に2016年に建物が解体され更地となっているのですが、その解体の様子を記録した映像作品がかつて公開されていました。下記リンクからその一部を見ることが可能となっています。

theatre.washingtown.jp

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年12月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年12月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年12月号/トピック店舗:今市ゲームセンター(栃木県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1992年12月号)

ゲーメスト1992年12月号(第7巻第14号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は83で先月比±0、新規店の掲載もありません。

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1992年12月】

ゲーメスト 1992年12月号より)

 

名古屋イエローハットのハイスコア通信欄に「今のオススメはガンバスターの対戦」のコメントがあります。

 

タイトーが1992年に発売したガンシューティングゲームですが、2画面及び最大で2対2の4人対戦まで可能となっています。

 

筐体外観やゲーム内容の紹介がゲーム基板販売店の「ひげねこ堂」のホームページにありますので以下引用します。

www.higenekodo.jp

ゲーム最大の特徴は「自機とガン照準の操作が別々」なことで、そのため照準移動用のガンとは別に自機移動用のレバーも付いています。筐体外観はこの操作系が4人分並んでいるため横幅が広く、ごつい印象となっています。

 

ガンとレバーの両方を扱う必要があるため操作のハードルが非常に高いのですが、ひげねこ堂の紹介にもあるように操作に慣れると自由度の高いゲームを楽しむことが出来ます。特に対戦モードは1人プレイとは全く別内容となり、固定された4種類のマップ上にて1対1(2対2)で相手と撃ち合うというもので、現在のFPSの始祖とも言えるものでした。

 

当時自分のホームゲーセンだったハイテクノーベル神保町でも常連間で対戦がブレイクし、最盛期はストⅡよりもこちらの対戦ばかりやっていたものです。名古屋に居た際のホームだったイエローハットでも対戦が流行っていたようなので、不思議と縁のあるゲームだと感じています。

 

しかしタイトーの大型筐体は直営店以外で見かけることが少なく、名作との呼び声の高いナイトストライカーでさえも流通に泣かされた経緯がありますが、こちらも操作のとっつきにくさに加えて流通も非常に少なく、結果としてマイナーゲームの域を脱することが出来なかったことは非常に残念です。

 

トピック店舗:今市ゲームセンター

トピック店舗は継続して栃木県の店舗から、今市市(現日光市)の「今市ゲームセンター」をピックアップします。

ゲーメスト 1990年10月号より)

 

2024年12月28日撮影

現在の日光市は2006年に周辺5市町村の合併にて誕生していますが、合併前の旧今市市の中心である東武鉄道下今市駅前に立地していたのが今回紹介する「今市ゲームセンター」です。

ゼンリン住宅地図 今市市1991年より)

1991年の住宅地図にて所在を確認しています。駅前ロータリーにほぼ隣接する場所です。

 

1,2階を両方使用していたことが分かりますが、1階には「いろはにほへと」という店舗が別途存在していたようで、面積的には2階がメインだったと思われます。

 

2024年現在ですが、東武鉄道下今市鬼怒川温泉間にてSLの運行を始めた影響で駅付近が整備されており、1991年時点で駅前に存在していた「東武スイミングクラブいまいち」は建物が存在せずロータリーが拡幅されています。

 

そして今市ゲームセンターの場所には1階が不動産店、2階が美容室の写真の建屋がありましたが、2階店舗への入口が完全に別となっていること、また建屋の外観や造作から定礎は発見できませんでしたがどこかのタイミングで建て替えられているように思えます。情報をお持ちの方は是非ともコメントをお寄せ願います。

 

誌面への掲載ですが、ベーマガ1986年4月号が初となっておりゲーメスト創刊以前からの履歴を持っています。

マイコンベーシックマガジン 1986年4月号より)

 

これで1986年時点では既に店舗は営業されていたことが分かりますが、1986年の住宅地図では今市ゲームセンターの場所に存在を確認出来ませんでした。

ゼンリン住宅地図 今市市1986年より)

 

薄くて見ずらいですが、青枠の箇所には「2F 喫茶カントリー」の文字があります。喫茶店からゲームセンターへ転業した可能性が高いと思われます。

 

その後ベーマガへは1987年4月~10月と長期の休載の後に11月号から復活したものの、翌1988年2月号にて一旦掲載が終了、その後1992年1月号から再掲載を果たした後に1996年2月号までの掲載を確認しています。

 

一方のゲーメストですがベーマガから遅れること4年以上の1990年10月号から掲載が開始されます。こちらは特に大きな休載を挟むことなく1999年3月30日号まで8年以上に渡って掲載が継続されました。ベーマガから通算すると13年に渡る長期掲載店となっています。特にハイスコア通信欄等で告知も無かったため閉店時期は判明していません。

 

ゲーメスト誌面に店内ハイスコアボードの写真が掲載されていました。

ゲーメスト 1992年4月号より)

 

手の込んだボードからわかるようにハイスコア熱が高いお店で、立地的に厳しい地方ながら特に90年台前半は時折全国トップスコアも輩出されており、店舗名を認識していたスコアラーも結構いらっしゃったのではないかと思います。

 

また入場時間に関する案内板がセガの備品タイプとなっており、セガ系列店である可能性を窺わせますが証拠となる情報を確認するには至っておりません。こちらも情報がありましたらお寄せいただきたくお願い申し上げます。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年11月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年12月号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年12月号/トピック店舗:日立キャロットハウス→プレイシティキャロット日立店(茨城県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジント1992年12月号)

マイコンベーシックマガジン1992年12月号(第11巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は88で先月比-1、4店の新規掲載があります。

 

セガ

渋谷会館B1セガ(東京都)

 

・その他

プレイシティ24(北海道)

 

ガリバー目白店(東京都)

 

タウンスポットプレイランド(大阪府

マイコンベーシックマガジン 1992年12月号より)

 

2013年まで営業が続いた渋谷会館ですが、かつてこの地下1階はセガ運営となっており、ハイスコア掲載を行っていた時期があります。ただ新宿のスポット21同様にスコア掲載店のイメージは全く持たれていないと思われます。

 

そして北海道第二の都市、旭川市に久々に登場したベーマガ集計店が「プレイシティ24」です。

 

「プレイシティキャロット旭川店」はゲーメスト単独掲載店だったため、1985年11月号にて「アドベンチャー」が姿を消して以来実に7年振りとなります。

 

ガリバー目白店」は、既に掲載されている「ガリバー柏店」「ガリバー熊谷店」と同一系列です。先月号にて熊谷店のスコア担当者が目白店に異動したとチャレハイ通信欄にあるため、異動した担当者によって目白店でも掲載が開始されたようです。

 

「タウンスポットプレイランド」は1990年10月号よりゲーメスト掲載店となっているため、2年遅れで重複掲載店となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1992年12月】

マイコンベーシックマガジン 1992年12月号より)

 

チャレハイ通信欄にて気になった店舗が、千葉県市川市の「市川ゲームスポット」です。

 

1992年というビデオゲームがほぼストⅡ一色の時期に、「ストⅡもストⅡダッシュもない」という店舗はなかなか厳しいものがあります。

 

場所はJR市川駅ダイエー地下で立地は良かったのだろうと思いますが、メーカー系(ナムコ)であることに加え営業時間的な制約もあったためなのか、あまり他社新製品の供給を受けられなかったのかもしれません。

 

トピック店舗:日立キャロットハウス→プレイシティキャロット日立店

トピック店舗は引き続き茨城県ナムコ系店舗から、「日立キャロットハウス→プレイシティキャロット日立店」を取り上げます。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

(ボウリング場)

(別館)

2024年11月23日撮影

日立製作所企業城下町として有名な茨城県日立市

 

市街地はJR常磐線日立駅と、ひとつ手前の常陸多賀駅付近に分散していますが、丁度その2駅の中間付近に現在も営業が続けられているボウリング場「日立ボールクレーン」があります。開業は1971年と50年以上の歴史を誇ります。

 

ボウリング場のレーンがある建屋(写真1~4枚目)の裏側に駐車場と合わせて別館(同5~10枚目)があり、その別館内にキャロットが存在していたようなのですが…

ゼンリン住宅地図 日立市1985年より)

1985年の住宅地図となります。

 

誌面への初掲載はベーマガ1984年8月号のため、1985年時点では既に店舗は存在していたはずですが、日立ボールクレーン本屋及び別館の箇所には「ゲームセンター」や「キャロットハウス」といった単語はありません。

 

1991年の地図も参照してみました。

ゼンリン住宅地図 日立市1991年より)

 

こちらでは別館に「キャロット」の文字が確認出来たため、所在の根拠としています。

 

別館ですが、2024年時点で1階は営業を休止しているダンスホール、2階はカラオケ店となっています。

 

建屋正面側には店舗の存在を窺わせるものはなにもありませんでしが、裏側へ回ると1階への出入口が残っており、そして視線を上に向けたところ建屋壁面にうっすらと「CARROT」の文字を消した跡を確認することが出来ました。アップしたのが10枚目の写真です。

 

こういった残骸を発見できるのが現地調査を行う醍醐味でもあります。

 

ただ前述の通り1985年の住宅地図では別館にキャロットの存在を確認出来ていません。

 

一般的にボウリング場に併設されているゲームコーナーは、ボウリングの待ち時間に遊んでもらうことが主目的であることから、レーンの場所から大きく離れていないことが普通です。

 

2024年ではゲームコーナーはボウリング場の建屋に併設されています。

2024年11月23日撮影

ビリヤードコーナーの奥にはバーカウンターがあり、かつては飲食の提供があったようです。住宅地図でも「レストラン」の記述があることから、かつてレストランとして運用されていた場所をビリヤード、及びゲームコーナーとして使用していると考えるのが自然ですが、以前からこの場所はゲームコーナーだった、あるいはこの場所がキャロットだったのが別館に移った、というような経緯があれば情報提供を頂きたくお願い申し上げます。

 

そして「日立キャロットハウス」の名称にて開始された誌面への掲載ですが、他のキャロットハウスという名称の店舗同様に1990年3月号から、「プレイシティキャロット日立店」と変更になります。

マイコンベーシックマガジン 1990年3月号より)

 

その後1991年7月号をもって一度誌面掲載が中止されます。

マイコンベーシックマガジン 1991年7月号より)

 

その時のチャレハイ通信欄ですが、「2階に床がボディ・ソニックのカラオケができた」とあるため、この時点で別館1階がキャロットとなっており、現在のカラオケ店は1991年から存在したということが確認出来ます。住宅地図ではカラオケ店の表記がないため、2階をカラオケ店とする前の一時的な状況において地図作成の調査が行われたのであろうと推察します。

 

ところが1993年1月から誌面への掲載が復活、その後1994年5月号まで掲載された後に誌面から姿を消しています。

 

気になって掲載が一旦中止される前後のスコア欄を確認したところ、1991年7月号までは連射装置の設置等がされていたのに対し、復活以降はそのような形跡を確認出来ませんでした。憶測ですが店舗管理者によるゲームマニア排除、スコアを管理していたスタッフの退職等の要因で一度スコア掲載が中止され、連射装置等も撤去されたものの、集客や数字に影響が出たため掲載を再開させた、といった所でしょうか。

 

2度目のスコア掲載中止後も店舗の営業は継続されており、2000年のナムコ広報誌「NOURS」に店舗写真が掲載されていました。

(NOURSバックナンバー No.27 2000年春号「全国ナムコ店舗ガイド 北関東編」より)

この写真を見ると、現在のダンスホールの入口は元々キャロットの入口ではなかったことが分かります。ダンスホールにする際に正面側は入口の変更も含めて大きく手が加えられているようです。むしろキャロット文字跡や使用されず傷んだ裏口が残る建物背面側に面影が残っています。閉店時期は不明です。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年11月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年11月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年12月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年11月号/トピック店舗:二荒キャロットハウス→プレイシティキャロット二荒店(栃木県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1992年11月号)

ゲーメスト1992年11月号(第7巻第14号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は83で先月比-4と大きく減少、新規掲載店はありません。

 

これは1990年9月号にて掲載店大幅入れ替え前にスポットで82店まで減少して以来の小さな数字であり、ベーマガ同様にゲーメストも掲載店は漸減傾向となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1992年11月】

ゲーメスト 1992年11月号より)

 

2か月前にハイスコア通信欄にてオールドゲームの長時間プレイに苦言を呈していた静岡県の「ハイテクセガ三島」ですが。今号の掲載をもって閉店の旨が掲載されていました。4か月という短い掲載期間でした。

ゲーメスト 1992年11月号より)

「店舗の契約上の理由」と記されていますが、実際はどうだったのでしょうか。

 

そして最後の最後まで達人2000万点のような長時間プレイが行われていたようです。まあ閉店が決まっていれば別に構わないのか…


トピック店舗:二荒キャロットハウス→プレイシティキャロット二荒店
ゲーメストもトピック店舗を群馬県から栃木県へ移します。

宇都宮市内に2店存在したキャロットのもう一方、「二荒キャロットハウス→プレイシティキャロット二荒店」をピックアップします。

ゲーメスト 1986年9月号より)

2024年11月3日撮影


宇都宮市に「宇都宮キャロットハウス」と並んでもう一軒存在したナムコ系キャロット店舗です。

 

店舗名の「二荒」は近隣に存在する「宇都宮二荒山神社」が由来の「二荒町」から取られていると思われますが、同じ栃木県は日光市にある「日光二荒山神社」は「ふたらさん」と読むのに対して宇都宮は「ふたあらやま」と読むため、こちらの住所も「ふたあらまち」となり、店名も「ふたあらキャロットハウス」が正しい名称になると認識しています。

 

場所は「宇都宮キャロットハウス」がJR宇都宮駅前だったのに対し、市中心部にある東武宇都宮駅に近いオリオン通り商店街の東側手前に位置していました。

ゼンリン住宅地図 宇都宮市北部1986年より)

1986年の住宅地図です。

 

店舗の入居している「渋田ビル」正面の日野町通りを西へ進むとオリオン通りへと繋がります。

 

この時点では渋田ビルの両隣それぞれに建物が存在していますが、2024年時点では駐車場やレンタカーの営業所となっています。

ゼンリン住宅地図 宇都宮市北部1991年より)


1991年の地図も確認しましたが、この時点で既に両隣共に駐車場と化していました。

 

しかし1986年時点では「マスト―商事(株)本社」となっている場所の一部に「キャロット駐輪場」の表記があります。渋田ビルには駐輪場はなさそうで、自転車でやってくる客層のため隣接した空き地を確保する必要がある位にかつては自転車での来客が多かったことを想起させます。


そして現在も残る渋田ビルですが、居酒屋になっている1階店舗の入口上部に看板の残骸があり、そこに「PLAY CITY」の文字だけが残っていることが確認出来ました。7枚目写真が看板部分のアップとなります。

 

恐らくこの看板には「CARROT」の文字が付いていたと思われますがそちらは取り払われ、ダイレクトに描かれた部分のみに店舗の面影を残しています。

 

そして「宇都宮キャロットハウス」がベーマガのみの掲載となったのに対し、こちらはゲーメストのみの掲載となっています。本格的にスコア集計が開始された1986年9月号からスタートしました。両店の距離が近いことから敢えて別々としたのでしょうか。

 

そのため「キャロット」の名前を冠するナムコ直営店において、ゲーメストのみの掲載となったレアケースな店舗のひとつです。

 

そしてゲーメスト掲載開始時にはこちらの写真が掲載されていました。

ゲーメスト 1986年9月号より)

恐らく中高生の常連と思しき女の子3名とわずかに写る店内光景。

 

ただこれ以外に営業中の店舗内外を撮影した写真は発見できませんでした。

 

その後1987~89年あたりは時折休載を挟んでいましたが、1990年以降は安定して誌面への掲載が継続します。

 

そして1990年8月号から店名が「プレイシティキャロット二荒」へと変更になります。ハイスコア通信欄にも店名変更の件が掲載されました。

ゲーメスト 1990年8月号より)

 

その後プレイシティキャロット宇都宮店がベーマガ1995年11月号にて掲載中止後も二荒店の掲載は継続、ゲーメスト休刊直前の1999年9月30日号まで掲載は続けられます。

 

掲載期間は13年に及び、長野県の「プレイシティキャロット松本店」と並んでゲーメストハイスコア欄のほぼ全期間に渡って店舗欄を確認することが出来ました。

ゲーメスト 1999年9月30日号より)

 

しかし、まるでこの号を最後にゲーメストが休刊となることを知っているかの如く、二荒店の閉店告知が掲載されることとなります。

 

そのため、松本店とは異なりアルカディア誌に跨って掲載はされませんでした。また宇都宮店同様に後のナムコ広報誌「NOURS」の「全国ナムコ店舗ガイド 北関東編」にも店舗は掲載されていません。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年10月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年11月号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年12月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年12月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年11月号/トピック店舗:筑波学園キャロットハウス→プレイシティキャロット筑波学園店(茨城県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジント1992年11月号)

マイコンベーシックマガジン1992年11月号(第11巻第11号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は89で先月比+3、2か月連続で増加しています。

今月も2店の新規掲載があります。

 

・その他

ゲームプラザコトブキ(埼玉県)

 

プレイランドスカイシアター(埼玉県)

マイコンベーシックマガジン 1992年11月号より)

 

「ゲームプラザコトブキ」は、都市規模の割にハイスコア掲載店に恵まれなかった埼玉県浦和市(現さいたま市)初の掲載店となりました。ベーマガが先行しましたが追ってゲーメストにも掲載されることになります。

 

また「プレイランドスカイシアター」は90年台のハイスコア界では著名なお店。こちらはゲーメスト先行でベーマガが後追いの掲載となっています。

 

この2店の追加で埼玉県の掲載店が今号で5軒まで増加しますが、そのうち「ハイテクセガ東松山」は今号が最後の掲載となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1992年11月】

マイコンベーシックマガジン 1992年11月号より)

 

スコア解説欄でも触れられていますが、キャラ別集計タイトル専用ベージが追加されたためトップスコア紹介に合計3ページが割かれています。

 

一方で店舗欄は6ページに減少していることから、かつての100店オーバーのような集計店舗数はもはや確保できないという意思表示になっているように感じます。

 

トピック店舗:筑波学園キャロットハウス→プレイシティキャロット筑波学園店

トピック店舗です。

引き続き北関東方面の初期ナムコ系掲載店から、場所を群馬→栃木から茨城へと移し「筑波学園キャロットハウス→プレイシティキャロット筑波学園店」をピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より)

2024年11月23日撮影


筑波大学や国の研究機関が多数立地する筑波研究学園都市

 

計画都市として整然と配置された街区が広がっていますが、その一角に意図的に集められたような所謂「繁華街」に該当するエリアがあります。

 

飲食店やスナックが立ち並ぶその区画にナムコのキャロットが存在していました。

研究学園都市の主要施設は、南北方向に走る学園東大通りと西大通りに挟まれたエリアに広がっていますが、その2本を東西方向で繋ぐ学園北大通りに面した場所になります。

ゼンリン住宅地図 桜村1985年より)

 

住宅地図は1985年ですが、この年はちょうどつくば科学万博が開催された年です。

 

その時はまだ現在のつくば市は誕生しておらず、キャロットの住所は合併前である「新治郡桜村」となっています。つくば市の誕生は1987年となっており、合併に合わせてキャロットの住所もつくば市へ変更されるのですが、合併前は唯一「村」に存在したハイスコア掲載店であり、またここ以外に行政区分が村に存在する店舗は現れませんでした。

 

キャロットの周辺は前述のように繁華街エリアとして小規模なスナックや飲食店が林立した場所で、それは2024年時点でも大きくは変わっていません。

 

ただ既にこの場所に街が出来てから半世紀近くが経過しており、空き店舗や古くなった建物のリニューアル・再建築が所々に見えるようになっています。キャロットの入っていた「河田ビル」も再建築され現在はアパートになっていました。2022年のGoogleMapで建築中の光景が映し出されていたため、2020年頃までは建屋は残っていたものと思われますが、既に跡地から存在を認識できるものは何も残っていませんでした。

 

誌面への掲載は前回紹介した「宇都宮キャロットハウス」と同じく、ベーマガに初めて掲載店が追加された1984年3月号からスタートしています。

 

そしてゲーメストは創刊号の1986年5月号から掲載が開始。創刊号にて掲載された店舗は次号まで4か月期間が空いてしまう関係で半数以上が掲載店から脱落してしまいますが、1986年9月号以降も掲載が続けられました。

ゲーメスト 1986年5月号より)

 

ゲーメストへ掲載を開始したことの反動か、ベーマガは1987年に入ると3,7月号の2回のみの掲載となりゲーメスト単独掲載へ移行するのかと思いきや、1988年3月号にて復活すると以降は重複掲載店として両誌ともに安定した掲載が続きます。

 

そして1990年10月号にて店名が「プレイシティキャロット筑波学園」へと変更されます。前後して一部を除いて都市型店舗の名称が「プレイシティキャロット」に統一されつつあり、その流れに準じています。

マイコンベーシックマガジン 1990年10月号より)

 

その後、1988年以降1度も休載の無かったゲーメストへの掲載が1992年10月号にて終了し、ベーマガ単独掲載店へと戻ります。

 

最終掲載は1998年10月号となっています。チャレハイ通信欄で閉店の告知が掲載されていました。トータル15年に渡る長期掲載店となっています。

マイコンベーシックマガジン 1998年10月号より)

 

キャロットとしては比較的後年まで残存していた店舗なのですが、店舗の外観や内部が記録された写真は探した範囲では見つかっていません。

 

唯一、ゲーメスト1991年1月号の「ハイスコア店訪問激走ツアー 筑波、群馬、東京、神奈川編」に店舗が取り上げられていました。(この場合の「筑波」って地域名は自動的にこの店舗を指す言葉ですよね…)

ゲーメスト 1991年1月号より)

 

建屋が消失してしまった現在、掲載されている店舗写真が入口上部の看板しか写っていないのが非常に残念です。

 

また記事内に「駅からバス」とありますが、つくばエクスプレスが開通したのは2005年のため、1998年の営業終了まで公共交通機関ではバスで行くしか方法がありませんでした。そのアクセスの悪さ故に、筑波大の学生以外にこの店舗をホームとするプレイヤーは少なかったのではないでしょうか。

 

最後に、研究学園都市内のお店という場所柄、筑波大学学生新聞会が発行する「筑波学生新聞」(2007年廃刊、現在も続く「筑波大学新聞」とは異なる)内に店舗広告が掲載されていたため、確認ができたものを以下抜粋します。

(筑波学生新聞 1987年10月号より)

 

(筑波学生新聞 1990年4月号より)

 

(筑波学生新聞 1991年4月号より)

こういった媒体にゲームセンターの広告が掲載されることは非常に珍しいと思いますが、顧客の大半を学生が占めていたであろうこと、また店舗のアルバイトを確保する目的でも広告を掲載する効果が期待できることから、店舗予算として認められていたのではないかと思われます。入荷タイトルの案内に時代を感じることの出来る貴重な資料となっています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年10月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年10月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年12月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年11月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年10月号/トピック店舗:ジャックアンドベティ(群馬県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1992年10月号)

ゲーメスト1992年10月号(第7巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は先月と同数の87なのですが、新規掲載店は2店あります。

 

・その他

JOYCOM'S(福島県

 

ゲームセンターピノキオ(兵庫県

ゲーメスト 1992年10月号より)

 

「JOYCOM'S」は茨城県日立市の住所にて既に掲載されていましたが、今号から福島県いわき市に住所が変更になっています。

 

系列店で恐らくこれまでも合同集計となっていた可能性が高いですが、いわき市の住所は今回初めて登場するため新規店の扱いとしています。

 

また明石市の「ゲームセンターピノキオ」ですが、こちらも1991年5月号から既に「明石ラポス2Fゲームコーナー」と合同集計にて誌面に登場していましたが、今号からラポスは外れてピノキオ単独掲載となっています。

 

また以前にもコメントしていますが、同じ明石市にて1987年6月~1988年1月号にて掲載されていた「ゲームプラザピノキオ」とは別店舗で、両店の間に関係もないことを確認しています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1992年10月】

ゲーメスト 1992年10月号より)

 

縦スクロールシューティングの王道である東亜プランシューティングゲームの文脈で、必ずといって良い程登場する「達人王」がヒットゲームベスト10ランキング最高の3位となっています。

 

ストⅡ全盛期において上位2枚の壁は厚く、3位まで付けたことは当時としては流通、人気共に確保できたことの証ですが、11月号以降プレイヤー人気では7→10位と順位を落とし、1993年に入るとランキングから姿を消します。

 

人気タイトルの後継で期待度が高かったものの発売直後から難易度について懸念され、それ故に店舗からは比較的早く姿を消してしまったことから、グラディウスⅢと並んでブームの火消し役として捉えられることも多い本作でしたが、その難易度故にカルト的人気を維持しているのも事実であり、アーケードゲームの評価はかくも難しいものであると痛感します。

 

トピック店舗:ジャックアンドベティ

トピック店舗は前回に引き続き群馬県両毛地域の店舗から「ジャックアンドベティ」をピックアップします。

ゲーメスト 1989年11月号より)

2024年10月13日撮影

前回取り上げた「ハイテクセガ太田」と同じく、群馬県太田市東武太田駅前に立地していた店舗です。

 

場所は太田駅北口を出て駅前を西方向に向かい、国道407号線と交差する場所の角地にありました。

ゼンリン住宅地図 太田市1990年より)

1990年の住宅地図ですが、「プレイシティ―ビルディング」という3階建てのビル1階に「J&B」の文字が確認出来ます。名称から鑑みるに娯楽施設で固められた物件だと思われますが、2,3階に何が存在したのかは記載がありません。

 

また地図引用部右端にハイテクセガの文字も見えます。駅からの距離は双方大差ない感じがします。

 

2024年現在で店舗跡地は写真のように建物が消失し公園として整備されています。

 

現在太田駅は高架になっていますが、1990年時点ではまだ平面で、現在跡地が面している国道407号は跨線橋にて東武の線路を超えていました。そのため当時店舗は直接国道には面しておらず跨線橋の側道と接していたことが地図から把握できます。

 

また太田駅前から延びる道は店舗の前を通り、跨線橋をくぐって十字屋太田店方面へ延びていたことも確認出来ます。

 

跨線橋は高架化後に取り壊されているため、店舗の周囲は営業当時の光景から大きく変わっていると思われますが、隣接した建物が残存しており当時の面影を僅かに残しています。

 

誌面掲載はゲーメスト1989年11月号からスタート。

 

近隣のハイテクセガ太田は1990年2月号から掲載のため若干早くなっていますが、掲載期間が重複するため店舗間では意識しあっていたのではないでしょうか。

 

駐車場を設け客を広域に集めている現在のアミューズメント施設と比べると、当時の特に地方の駅前ゲームセンターは駅に乗降りする学生が最大の顧客だったため、スコア集計、掲載を行うことで限られた学生客の奪い合いをしていたのかもしれません。

 

そしてハイテクセガが掲載を終了した1992年4月号以降もこちらの掲載は継続しました。しかし1992年まで一度も発生させなかった休載が1993年に入ると度々発生するようになり、1993年11月号をもって掲載が終了しています。こちらの掲載終了後、両毛地域にハイスコア掲載店が再度現れることはありませんでした。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年9月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年10月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年11月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年11月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年10月号/トピック店舗:宇都宮キャロットハウス→プレイシティキャロット宇都宮店(栃木県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジント1992年10月号)

マイコンベーシックマガジン1992年10月号(第11巻第10号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は86となり先月比+3となっています。

新規掲載店が2店あります。

 

タイトー

タイトーイン608 トロン(沖縄県

 

・その他

プレイタウンYOU&YOU町田店(東京都)

マイコンベーシックマガジン 1992年10月号より)

 

1990年12月号で「ヤングパレスゲームセンター」が姿を消して以降空白県となっていた沖縄県に掲載店が再登場、かつ沖縄県初のメーカー系列掲載店となっています。

 

また「プレジャーキャッスル」と合同集計となっていた「プレイタウンYOU&YOU町田店」が先月号の石神井店に引き続き単独枠として登場。ゲーメストは合同集計が維持されましたがベーマガは別々に店舗欄を確保することになります。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1992年10月】

マイコンベーシックマガジン 1992年10月号より)

今号からSNK/ADK対戦格闘ゲームワールドヒーローズ」が集計開始されているのですが、サンプルバージョンが発売バージョンと比較して点数が高くなるとの理由で集計対象から外されています。

 

サンプルバージョンと言えばコナミの「サンダークロスⅡ」はサンプルバージョンと発売バージョンでランク設定が異なることから、ゲーメストでは別々に集計がされましたがベーマガでは特に分けることはされませんでした。一方今回のワールドヒーローズについてはゲーメストではサンプルバージョンの件について一切言及は確認されていないため、単純に流通度の問題とされたのではないかと思われます。

 

トピック店舗:宇都宮キャロットハウス→プレイシティキャロット宇都宮店

トピック店舗です。

場所を栃木県へと移し。「宇都宮キャロットハウス→プレイシティキャロット宇都宮」をピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より)

2024年11月3日撮影

政令指定都市クラスを除くと、同一市内にナムコ系キャロットが複数あった場所としては、3店を擁した山梨県甲府市及び香川県高松市が最多ですが、それに続いて2店存在したのが栃木県宇都宮市です。

 

その2店のうち最初に誌面に登場したのが今回紹介する「宇都宮キャロットハウス→プレイシティキャロット宇都宮店」です。栃木県の県庁所在地である宇都宮市の代表駅であるJR宇都宮駅前に位置していました。

ゼンリン住宅地図 宇都宮市北部1986年より)


1986年の住宅地図となります。

 

宇都宮駅前から中心街に向かう大通りに掛かる「宮の橋」と駅の間に広がる僅かな場所に存在を確認しています。

 

2024年時点においては「クスリ 宝くじ」の看板がある秋元薬局が健在で、住宅地図ではその2軒隣がキャロットとなっていることから、チケット店と宇都宮餃子店「香蘭」の間にある店舗が跡地になると思われますが、建物は既に建て替えられているようです。

 

現在も間口が狭く奥行きが長い建物で、住宅地図から察するにキャロット営業時も構造は大きくは変わっていないと思われます。

 

宇都宮市の中心街はJR宇都宮駅から1.5㎞程度離れた東武宇都宮駅付近となっており、JR駅付近は最近こそヨドバシカメラが出来たりと商業区域が広がりつつはあるものの東武駅と比較すると賑わいには欠けるのですが、宇都宮駅に乗降りする学生が主なターゲットとして設定されていたのかもしれません。

 

誌面への掲載はベーマガ1984年3月号からとなり、オリジナル26店にはノミネートされませんでしたが初めて掲載店が追加された際の16店には入っています。ゲーメストへの掲載はされませんでした。

 

そして1989年2月号から店名が「プレイシティキャロット宇都宮店」に変更になっています。その前月に改装に伴う店名変更の旨がチャレハイ通信欄に記載されていました。

マイコンベーシックマガジン 1989年1月号より)

マイコンベーシックマガジン 1989年2月号より)

 

その後もコンスタントに掲載は継続し、最終掲載はベーマガ1995年11月号となっています。11年以上に渡る長期掲載店となりました。

 

掲載終了や閉店に関する記載は特にありませんでしたが、最終となったハイスコア欄に意味深なコメントが掲載されていました。

マイコンベーシックマガジン 1995年11月号より)

スコアラー募集に関するコメントですが、サンプルスコアが1億カンストなのはともかくとして、「ハイスカンガルー(注 コアラ―)」という謎の表現や、募集した翌月には掲載が停止するという状況について思いを馳せなければならない状況があったのではないかと推察されます。

 

閉店時期は判明していませんが、後のナムコ広報誌「NOURS」に掲載された「全国ナムコ店舗ガイド 北関東編」には2000年3月現在として掲載が無いため、それ以前に閉店していたようです。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年9月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年9月号

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