小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1983年12月号

明けましておめでとうございます。

 

現在セガ勤務時代を回想中ですが、年が変わったこのタイミングでハイスコア集計店マップについても再開します。

最終的にアルカディア誌が店舗別のハイスコア集計欄を停止するまでまだ相当な期間が残されており、ハイスコア集計店マッピングをこれまでのペースで続けていては完結するまで10年近くの時間を要するため、ペースを上げるために今年から「ハイスコア集計店マッピングプロジェクト」を毎週金曜日に更新するべく努力していきたいと思います。

回顧録やその他のアーケードゲーム関係エントリーは、ハイスコア集計店マップとは別に進行させて行きます。それに伴いこれまでは毎週木曜日に記事をアップしていましたが、今回エントリーからハイスコア集計店マップを毎週金曜とするため、その他エントリーについては火曜日にアップして行く予定です。

 

さて、これまでゲーメストの「めざせ!ハイスコア!」1986~1990年までをまとめて来ましたが、ゲーメスト1990年12月号時点でお伝えしている通り、今回からはマイコンベーシックマガジンの「CHALLENGE HIGH SCORE!」へ対象を変更します。

ベーマガにおけるハイスコア集計の歴史はゲーメストより古く、初回集計は1984年1月まで遡るのですが、まだゲーム関係を別冊として扱っていた「スーパーソフトマガジン」の時代に開始されています。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1983年12月号より)

1980年台前半のアーケードゲームナムコの黄金時代。その中において1983年は「ゼビウス」が発売され御存知のように大ヒットを記録しますが、既に1年近くが経過した12月に刊行された雑誌付録の表紙をまだゼビウスが飾っていることで当時の影響の大きさを窺うことが出来ます。

 

そして、ゼビウスのヒットに付帯して同人誌「ゼビウス1000万点への解法」に代表されるゲーム攻略系のコミュニティが勃興してくるのですが、そのコミュニティが目指していた「ゲームを攻略する→ハイスコアを狙う」というモチベーションと、店舗の差別化やプレイヤーへの動機付けを目的として一部のゲームセンターでローカルで実施されていた「ハイスコアの店内掲示」が融合し、それなら全国のゲームセンターでハイスコアを争うようにしたら盛り上がるのでは?と繋がっていくことで全国誌でハイスコア集計が開始される流れが生まれたのではないかと思います。

 

その流れは、当時パソコン向けにナムコアーケードゲームの移植を行っていた電波新聞社マイコンソフト)が、そのナムコとの関係をベースとしてゲームセンターにおけるハイスコア集計をナムコへ持ち掛けることで結実することになります。(2018年1月に開催された「ALL ABOUTベーマガ」のイベント内でそのような主旨の紹介があったと記憶しています。間違い等あればご指摘を頂きたくお願い申し上げます。)

akiba-pc.watch.impress.co.jp

「ALL ABOUTベーマガ」にもパネリストとして出席されていた大堀康祐氏の上記インタビューにも、ベーマガで全国ハイスコア集計開始に至る経緯が触れられています。

 

そして1983年12月号のスーパーソフトマガジンにおいて、初めてハイスコア集計の開始が予告されます。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1983年12月号より)

「キャロット」という屋号はナムコが展開していたゲームセンターの名称であり、掲載が予告されている殆どの店舗がキャロットの名称を含んでいます。また屋号にキャロットの名前が入っていない3店についてもナムコ系店舗であることが確認されているため、掲載が予告された27店全てがナムコの関係しているゲームセンターとなっています。

このように、チャレンジハイスコアコーナーの最初は電波新聞社ナムコのタッグにてスタートしていることがお分かり頂けるのではないかと思います。

 

この集計予告を経て、1984年1月号の別冊から実際のハイスコア掲載がされるようになります。マッピングは次回の集計開始からスタートすることにします。