小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1984年1,2月号

スーパーソフトマガジン(ベーシックマガジン別冊付録)1984年1月及び2月号(第3巻第1号及び第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

前号である1983年12月号のスーパーソフトマガジン内でのハイスコア集計開始の予告記事を経て、1984年1月号から実際の集計及び誌面への掲載がスタートします。

予告記事においては、「SUPER HI-SCORE CORNER」と言う名称でしたが、実際に開始された際にコーナー名は「CHALLENGE HIGH SCORE!」に変更されました。このコーナー名が略称「チャレハイ」として定着していくこととなります。

 

また、1月号及び2月号の2号では掲載店に変化がないため、マップは共通となっています。マップをご覧いただければわかる通り、プロットされた店舗は全てナムコ系であり、この時点では他メーカー系列店や個人店は一つもありません。

 

ひとつ気になる点があります。

ハイスコア集計開始は電波新聞社からナムコに話が持ち掛けられ、ハイスコア掲載用のホワイトボードといった什器も電波新聞社側にて作成されたものと「ALLABOUTベーマガ」のイベントにて聞き及んでいますが、集計に協力した各店舗はそれ以前から店舗単位でスコアの集計を行っていたのかどうか?

1980年台前半のナムコ黄金時代は主にゲームタイトルで語られますが、ナムコ系ゲームセンターにおいては1983~87年頃までが最もユーザーフレンドリーだった時期と思います。その流れはベーマガでのハイスコア集計開始が契機なのか、それ以前からナムコの店舗は特別だったのかという点についてはあまり語られている機会やサイトって無いんですよね。店舗単位で違っていたのかもしれませんが、どのような経緯でナムコ系店舗が特別視されるようになったのかは非常に興味深いテーマではあります。

f:id:annaka-haruna:20210101150411p:plain

f:id:annaka-haruna:20210101150423p:plain

f:id:annaka-haruna:20210101150436p:plain

f:id:annaka-haruna:20210101150449p:plain

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

上記が記念すべき第一回目のスコア集計店舗欄となります。

ゲーメストマッピングの際には店舗欄を丸々アップすることはしていなかったのですが、マップだけでなく店舗欄を合わせて見て頂いた方が実感が湧きやすいのではないかと思い、ベーマガ編からは店舗欄もアップすることにしました。

2月号は掲載店舗に変化はありませんが、データベース的意味を兼ねて以下アップします。

f:id:annaka-haruna:20210101153713p:plain

f:id:annaka-haruna:20210101153727p:plain

f:id:annaka-haruna:20210101153743p:plain

f:id:annaka-haruna:20210101153758p:plain

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年2月号より)

 

予告では27店がリストアップされていますが実際に掲載開始されたのは26店。欠けている1店は札幌市の「プレイシティキャロットハローススキノ店」で、特に掲載がされていないことに対する案内はありません。ハローススキノ店は2か月後の1984年3月号から掲載が始まります。

ちなみにこのプレイシティキャロットハローススキノ店、掲載されている住所が「札幌市中央区南5条西4丁目」だけで、地番や建物名の記載が一切ないため正確な場所が全く把握出来ません。

f:id:annaka-haruna:20210101152341p:plain

上記地図の「銀座通り」と「すすきの5条メイプル通り」に挟まれたエリアが「南5条西4丁目」なのですが、雑居ビルや店舗の密集している場所のため住所情報だけでは場所の特定がほぼ不可能となっています。正確な場所の情報をお持ちの方は是非ともコメントをお寄せ頂きたくお願い申し上げます。