小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト 雑誌「アミューズメントライフ」という幻 その2

今回は、アミューズメントライフ誌上に掲載された「今月のハイスコア」コーナーを列挙し、その軌跡を見ていきます。

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 (アミューズメントライフ 1983年4月号より)

前回も掲載しましたが、「今月のハイスコア」コーナーは創刊当初は存在せず、第4号からの開始となっています。この時に掲載された店舗は7店。

店舗単位でサービスとしてハイスコアを掲示している店舗は当時既に存在しており、そのような店舗から掲載許可を得た、といったところでしょうか。

この時点で既にゲームブティック高田馬場やプレイシティキャロット烏山店の文字があり、ナムコ系店舗の対応はベーマガ以前から行われていたことがわかります。

 

また、「全国のハイスコアラー大募集」とありますが、店舗からではなく個人からスコアを募集するスタイルだったようです。

 

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アミューズメントライフ 1983年5月号より)

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アミューズメントライフ 1983年6月号より)

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アミューズメントライフ 1983年7月号より)

5月号ではまだ告知効果は薄く、4月号とそれ程構成も変わっていませんが、6月号になって掲載店舗が増加、また個人から送付されたスコアや写真の掲載も始まりました。特に掲載されたスコアに対してランキング等を行うことはせず、送られてきたスコアをそのまま載せるというスタイルでした。

 

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アミューズメントライフ 1983年8,9月号より)

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アミューズメントライフ 1983年10月号より)
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アミューズメントライフ 1983年11月号より)
1983年8,9月号から変化したのは、募集欄にこれまでの個人からに加えて店舗からの応募を加えたこと、また「ゼビウス1,000万点達成者」も併せて募集されるようになりました。当時のゼビウスの人気度が窺えます。またゼビウス1,000万点という特定のゲーム結果を初めて誌面上で取り扱うこととなります。

10月号から実際にゼビウス1,000万点達成者のネームが掲載されますが、第一弾掲載者は合計13名。ハイスコアコーナーに欄が無く別ページに掲載されていたのですが、11月からはハイスコアコーナー内にネームが記載されるようになりました。

 

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アミューズメントライフ 1983年12月号より)
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アミューズメントライフ 1984年1月号より)

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アミューズメントライフ 1984年2月号より)
この頃になるとコーナーの装丁も安定し、また掲載店が徐々に増加したことで店舗欄も整然と配置されるようになりました。しかし店舗欄の大きさや掲載タイトル数は各店でバラバラ。各店から送付されてくるスコアをそのまま掲載していたと思われますが、それでも所定の2ページに店舗欄が全て収まってしまったということでしょうか。

 

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アミューズメントライフ 1984年3月号より)

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アミューズメントライフ 1984年4月号より)

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アミューズメントライフ 1984年5月号より)

ゼビウス1,000万点達成者募集は1984年5月号まで掲載されていました。流石に1984年に入ると発売から1年経過してることもあり、1984年2月号の達成者第5弾以降は募集はされども殆ど誌面には掲載されなくなっていました。

 

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アミューズメントライフ 1984年6月号より)

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アミューズメントライフ 1984年7月号より)

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アミューズメントライフ 1984年8月号より)

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アミューズメントライフ 1984年9月号より)

そして1984年6月~9月号。この装丁がコーナーの最終系となります。
掲載店の増加に伴いページ数はこれまでの2ページから3ページへ拡大。背景の日本地図も記載されなくなってコーナーの印象も大きく変わり、以後ベーマガゲーメストで見られるハイスコアコーナーに近いものとなっています。

また店舗の住所がようやく記載されるようになりました。ハイスコアコーナーに掲載するのは店舗の宣伝広告の意味合いもあると思いますが、住所がわからなくてはその効果も期待できません。

1984年9月号の欄末尾にはまだ「ハイスコアラー大募集」の記載が入っています。また誌面全体を見ても特に気配は確認出来ないのですが、この号を最後にAMライフ誌は発行が中止されます。1983年の創刊から1年9か月、当時のゲーム系雑誌の希少性とその刊行期間の短さが相まって「伝説のゲーム雑誌」として一部のオールドゲーマーの記憶にのみ留められる存在となってしましました。

雑誌の発行停止に伴い「今月のハイスコア」も終了するのですが、結局最後まで送付されてきたスコアをただ掲載するのみに留まり、そのスコアを集計してランキングにするまでには至りませんでした。「ランキングを行う」という発想そのものに至らなかったのかもしれませんが、掲載店舗も少なく、ランキングまで行うとなると誌面を割いたり対応する人員も増やす必要があるため、「行いたくても出来なかった」という可能性も考えられます。掲載末期はページ数も増加しているようにコーナーを拡大する意思があったと思われるため、誌面が継続していれは違う世界が出現していたのかもしれません。

 

結局は1984年からベーシックマガジンにて開始された「チャレンジハイスコア」コーナーが全国規模の広域的なハイスコア集計を実現するため、AMライフ誌のハイスコアコーナーは存在としては認知が低いのですが、初めて誌面に定期的にスコアが掲載されたという事実はハイスコアの歴史を語る上では外せないのではないでしょうか。

そしてこの「AMライフ」誌の存在が、刊行停止から約1年半の時を経て創刊される「ゲーメスト」誌へ繋がっていくことになるのではないかと思います。 

 

最後に、このブログの主旨である「ハイスコア集計店マッピング」として、アミューメントライフ誌上のマップを掲載します。

住所が不明では位置の確定が出来ないため、店舗欄に住所が記載された1984年6月~9月分についてまとめてプロットしました。

店舗数が少ないためメーカー系等の分類は行っていません。

また正確な所在地が確定できない店舗もありますが、判明次第順次修正を行っていきます。

 

注1)1984年5月号以前は、店舗欄に住所が記載されていないため含めていません。

注2)「ゲームインジャック&ベティ」は、山形店及び米沢店の住所が記載されているため双方をプロットしました。

注3)「ゲームパサディナ池田店」は独立した店舗欄がありましたが、住所は「大阪府池田市天神」までしか記載がないためプロット不可で除外しました。

注4)1984年7月号の「ビッグキャロット京都」は住所不記載ですが、ベーマガ及びゲーメストから住所が確認出来るためそちらの住所でプロットしました。

注5)1986年6月号の「JOY LAND」も住所不記載ですが、愛媛県であること及び次号から「ジョイランド松山」にて掲載されるため同一店と判断しました。

注6)1984年8月号の「ビデオインマツダ」は「ビデオインマツヤ」の誤りと思われますが、この1回のみの掲載につき敢えて誌面のままの表記としました。