小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1986年8月号

マイコンベーシックマガジン1986年8月号(第5巻第8号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

今月は新規掲載店はありませんが、先月に引き続き所定の114を上回る120店の掲載店数があります。以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1986年7月号より)

 

先月同様に九州地区の6店が本来のスコア欄から40ページ近く離れて掲載されています。

掲載履歴のある店舗が増加し、誌面構成を変える、ページ数を増やす等の検討がされたのかもしれませんが、結局所定の7ページを上回る誌面を確保したのは先月今月の2回に留まりました。

予めページ数を増やしても誌面に空欄が出来ることは避けなければならず、実際にスコア欄には校正が間に合わなかったのか空欄が発生していたり、イラストやコメント等で穴埋めを行ったりといった状況が多発していたことは事実であり、そのようなリスクを抱えてまでページ数を増やすことは適当ではないと判断されていたのかもしれません。

 

丁度ゲーメスト誌が創刊されこちらでもスコア集計が開始され、ゲーメストも含めた掲載店の数はそれなりになったものの集計店に恵まれない地域もあり、雑誌によるハイスコア集計のパイオニアとして1990年台の対戦格闘ゲームブームに塗り替えられる前にもう少し誌面を拡充して集計店舗網を拡げて欲しかったというのが現在の感想です。

 

トピック店舗へ移ります。

先月の烏山店と同じ東京都世田谷区から、プレイシティキャロット経堂店をピックアップします。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年7月11日撮影

 

前回の烏山が京王線ならこちら経堂は小田急線。こちらも新宿から15分程度の場所になります。現在は高架化が完了している経堂駅前から東京農業大学へ続く農大通りを南下すること10分程度、烏山川緑道と交わるあたりに存在していました。

 

この頃の都心付近のナムコ店舗はその殆どが駅付近に立地していたのですが、ここ経堂店は珍しく駅からは若干離れています。学生が多数行き交う商店街の沿道だったことがこの立地を可能にしていたのではないかと思います

 

店舗は写真の現在餃子の王将となっている場所が該当するようです。

1985年の住宅地図を見ると王将は既にキャロットの隣にあるため、隣接した建屋が該当するのかと思いましたが、2001年当時の写真を見ると現在の王将の位置で間違いないため、王将がキャロット閉店後にこちらへ移ってきたのではないかと思われます。

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(東京ゲーセンマップー経堂 http://www.st.rim.or.jp/~k-nishi/tgm/kyodo.html より)

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 (ゼンリン住宅地図 世田谷区1985年より)

 

改めて建屋を眺めると、店舗軒先や屋根に瓦があしらわれている昭和後期によく見られた造作ですが、キャロットは結構このタイプの建屋が多いように感じます。これまで見て来た中では名古屋の星ヶ丘CH、甲府の朝日町CHあたりがよく似ているのではないでしょうか。店舗オープン時にナムコが意図的にそのような意匠にしていた可能性も充分に考えられると思います。

 

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(参考:星ヶ丘CH及び朝日町CH)

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(NOURSバックナンバー No.29 2000年8月号「全国ナムコ店舗ガイド 東京編」より) 

掲載はベーシックマガジンオリジナル26店に含まれるため1984年1月からとなります。

確認された最後の掲載は1992年11月号。しかし2000年時点の店舗写真があることからもお分かりいただけるように営業は続いており、烏山店同様に2000年の全国ナムコ店舗ガイドにも写真が残っています。20年近くに渡って営業は続いたようです。閉店時期は不明です。