小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングププロジェクト マイコンベーシックマガジン1987年6月号

マイコンベーシックマガジン1987年6月号(第6巻第6号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は99店と低調が続いています。

以下スコア欄となります。

f:id:annaka-haruna:20211016111302j:plain

f:id:annaka-haruna:20211016111310j:plain

f:id:annaka-haruna:20211016111318j:plain

f:id:annaka-haruna:20211016111325j:plain

f:id:annaka-haruna:20211016111332j:plain

f:id:annaka-haruna:20211016111339j:plain

f:id:annaka-haruna:20211016111346j:plain

マイコンベーシックマガジン1987年6月号より)

 

先月に続いて欄末尾に参加店募集の案内が掲載されています。応募の締め切りが先月の「4月13日必着」から「5月13日必着」へ変更されており、地域が限定されているため思うように掲載店が集まらなかったことが推察されます。

 

ちなみに今月号には募集地域となっている岩手県から「ウィルトークタイトー」が掲載されていますが、1984年8月~1986年3月まで掲載された「ネットワークインタイトー」と同一住所のため新規掲載店の扱いとはしていません。

f:id:annaka-haruna:20211016015932j:plain

マイコンベーシックマガジン1987年6月号より)

しかし1年3か月振りに掲載されたにも関わらず次号以降は再度姿を消してしまいました。三度復活を果たすのは1988年7月号となっています。

 

トピック店舗は埼玉県へと移ります。

ベーシックマガジン初期のハイスコア掲載店舗から「セントラルパーク」の2店をまとめてピックアップします。

 

・セントラルパークPART-1

f:id:annaka-haruna:20211017112521p:plain

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

f:id:annaka-haruna:20211017112837p:plain

f:id:annaka-haruna:20211010151458j:plain

f:id:annaka-haruna:20211010151823j:plain

f:id:annaka-haruna:20211010152827j:plain

f:id:annaka-haruna:20211010152408j:plain

2021年10月10日撮影

f:id:annaka-haruna:20211017130722p:plain

(セントラルパークPART-1 ゼンリン住宅地図 川口市1985年より)

 

・セントラルパークPART-2

f:id:annaka-haruna:20211017112624p:plain

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

f:id:annaka-haruna:20211017112817p:plain

f:id:annaka-haruna:20211010144154j:plain

f:id:annaka-haruna:20211010144334j:plain

f:id:annaka-haruna:20211010144350j:plain

f:id:annaka-haruna:20211010144255j:plain

2021年10月10日撮影

f:id:annaka-haruna:20211017130732p:plain

(セントラルパークPART-2 ゼンリン住宅地図 川口市1985年より)

 

当時の住宅地図を確認すると、どちらもそれなりに広い敷地を有しており、ゲームセンター単独ではなくバッティングセンターを中心とした複合レジャー施設だった模様です。

住所は双方共に埼玉県川口市ですが、PART-1は京浜東北線蕨駅南浦和駅の間で現在の東京外環道の付近、PART-2は武蔵野線東浦和駅が最寄り駅となり、いずれも当時の浦和市に限りなく近い場所となっています。

 

スコアはベーシックマガジン1984年9月号から2店同時に掲載が開始されました。

だたPART-2の方は初回掲載の後、翌1984年10月号は休載表記となりそのままフェードアウト、PART-1のみ掲載が継続します。こちらも1986年頃には店舗欄が抜けている号が増えフェードアウトを予感させましたが87年以降は持ち直し、1989年2月号まで掲載が続いていることを確認しています。90年台半ばあたりまでは店舗は存在していたようですが、現在は写真のようにPART1,2共に跡形は無く、全て宅地となっています。

元々周囲も殆どが宅地だったため現在の写真からは全く不自然さが感じられず、どちらもこの場所にゲームセンターが存在したとはにわかには思えない光景となっています。