小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1989年2月号

マイコンベーシックマガジン1989年2月号(第8巻第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店数は104となり先月比は-5となっています。新規掲載は1店あります。

 

セガ

ハイテクセガ三宮(兵庫県

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マイコンベーシックマガジン 1989年2月号より)

 

ゲーメストでは1988年1月号から掲載されていたハイテクセガ三宮ですが、ベーマガでは1年遅れての掲載開始となりました。近隣のハイテクセガ神戸から半年遅れての開催開始となっています。

 

以下スコア欄となります。

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マイコンベーシックマガジン 1989年2月号より)

 

チャレンジハイスコアも開始から5年が経過し、1984年から掲載されている店舗は大幅に少なくなっていましたが、今号で「ゲームインフォルム」「セントラルパークPART-1」の84年スタート店舗の2店が姿を消しました。これでメーカー系列以外で84年から掲載が継続している店舗は僅か6件となってしましました。

6店中4店は中部圏の店舗となっており、メーカー系列店が弱かったことの裏返しとも考えられます。

また「アミューズメントファンシティローレンⅠ」の掲載も終了。これで和歌山県から掲載店が消滅することとなります。

 

トピック店舗へと移ります。

神奈川県のナムコ系店舗より、鎌倉市の「大船キャロットハウス」をピックアップします。

 

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

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2022年2月12日撮影

 

大船駅JR東海道線横須賀線根岸線に加え、湘南モノレールが乗り入れるターミナルとなっており、またメーカーの工場や予備校が立地していたことも手伝って人流が多く、駅付近に商業区域が形成されています。ゲームセンターも多数の立地がありましたが、その中で最初にハイスコアの誌面掲載が開始されたのがこちらです。

 

大船駅正面から伸びる芸術館通りを進むと、徒歩5分程度で跡地に辿り着きます。

駅付近は商店が密集していますが、程なく商店は途切れ周囲は閑静な街並みとなっています。

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ゼンリン住宅地図 鎌倉市1986年より)

 

字が掠れてしまって見辛いですが、(株)アイワ不動産と白樺園芸の間の建物に「1F ゲームセンターキャロットハウス」の文字が確認出来ます。2階はバッティングセンターだったようです。

丁度初代のテトリスが登場した付近だったので1988年だと思いますが、青春18きっぷで名古屋へ帰るときに立ち寄ったことがあります。当時はまだテーブル筐体が殆どで、比較的明るい店内が多かったイメージのあるキャロットにしては全体的に暗い内装だったような記憶があります。

 

現在は写真の外観になっており、リサイクルショップ並びに美容室となっています。周囲の建物が大きく変貌しており場所の特定が難しかったのですが、隣接した白樺園芸が健在であったこと、裏手の建物が一致したことからここで間違いないと判断しています。

偶々訪問時は隣接した建屋が取り壊し工事中だったため建屋の裏側を確認できたのが4枚目の写真です。古い外面が露出した典型的な看板建築で、通りに面している部分からは想像がつかないですが建屋自体は以前から変わっていないようです。

 

誌面へのスコア掲載はベーマガ1984年8月号からスタート。ゲーメストへの掲載はありませんでしたが、ゲーメスト編集長を務められた石井ぜんじ氏はここをホームゲーセンとされていたようです。掲載は1989年8月号まで5年間で終了しますが、大船のハイスコア掲載店はその後複数の店舗により脈々と引き継がれて行き、その礎となった店舗だったように思います。

そしてキャロットとしては1989年をもって閉店したのですが、この場所で改めて居抜きでゲームセンターがオープンすることになります。その件については日を改めて紹介することにします。