小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年1月号

ゲーメスト1990年1月号(通算第40号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店舗数は94で先月と同数。新規掲載も無くあまり動きがありません。

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1990年1月号より)

 

前回は取り上げられなかったのですが、1989年12月号を最後に大阪市の「ゲームハウス999」が掲載を停止しています。最初のハイスコア集計店舗である1986年9月号掲載の35店のうち、初回で集計店から離脱した茨木市の「Pasadena」を除くと唯一関西圏で掲載が継続されていましたが、大学の付近とはいえ最寄駅が遠く、プレイヤーが集まるには少々厳しい立地だったのではないかと思われます。

 

また今月のヒットゲームベスト10にて2位にランクインしているアイレムの「X-マルチプライ」ですが、「メーカーの要請によって特集を組めない」という不穏なコメントが記載されています。

ゲーメスト誌とアイレムの関係は、R-TYPEイメージファイトと言ったタイトルが誌面で大々的に取り上げられることでヒットした1987~1988年頃は良好を通り越し蜜月関係とも言えるレベルだったと思われますが、攻略記事が製品寿命を縮めていると判断されたのかこの「X-マルチプライ」から急速に態度を硬化させてしまいました。

結果的にX-マルチプライとR-TYPEⅡの両タイトルはゲーメスト誌上で攻略特集記事が組まれることはなく、紹介記事のみの掲載となりました。1991年になると関係が改善したのか再び攻略記事が組まれるようになるのですが、以後アイレムのタイトルが大きく誌面を飾ることは少なくなったと思われます。

90年台に入るとアイレムは80年台の勢いを失い徐々に凋落してしまうのですが、ゲーメストとの関係悪化はその切っ掛けとなる出来事だったのではないかという気がします。

 

続いてトピック店舗となります。

東京都内のゲーメスト初期単独掲載店より、「ゲームプラザ・ザ・ゴリラ」をピックアップします。

 

ゲーメスト 1986年5月号より)

2022年4月3日撮影

 

池袋のランドマークである「サンシャインシティ」ですが、敷地最深部の文化会館地下1階にかつて「サーカスサーカス」という大型のゲームセンターが入居していました。

ゼンリン住宅地図 東京都豊島区1986年より)

現在でも場所ははっきりとわかるサンシャインシティですが、一応1986年時点の住宅地図をアップします。なお文化会館テナント一覧にサーカスサーカスの文字はありませんでした。

 

サーカスサーカスは「ザ・ピエロ」と「ザ・ゴリラ」の2店で構成されており、双方を合わせた店舗面積は約2200㎡。現在ではこのレベルの広さを持つ店舗は珍しくないのでしょうが、サンシャインシティがグランドオープンした1978年から1980年台においては屋内でこの広さを持つゲームセンターは存在せず、「日本一広いゲームセンター」としてその存在が知られていました。

 

そして「ザ・ピエロ」が定置式の乗り物がメインでどちらかと言えば百貨店屋上のファミリー向けゲームコーナーの構成だったのに対し、「ザ・ゴリラ」はアーケードゲームをメインとしていたことから、当時のゲーマーにはサーカスサーカスやザ・ピエロではなくザ・ゴリラとしての認知が高かったことと思われます。ゲーメストへのハイスコア掲載もザ・ゴリラにて実施されています。

 

1987年3月号のゲーメストに店舗の特集記事が掲載されています。

ゲーメスト 1987年3月号より)

まだUFOキャッチャー登場前で最近のゲームセンターのようにプライズ機ばかりということはなく、メダルゲームも殆ど設置されていなかったようで、広い店内はビデオゲームを中心に最新ゲームからオールドタイトルに至るまで幅広くラインナップされていたようです。

 

ハイスコア掲載は1986年3月のゲーメスト創刊号から開始されましたが、掲載以前からこちらに足跡を残していたスコアラーが多数いらっしゃったことが記事中にて触れられています。

しかし掲載開始時には既に「プレイシティキャロット巣鴨店」がオープンしており、特に80年台後半のスコアシーンでは全国的な知名度を誇っていたため、こちらからハイスコアで目立った実績が生まれることは正直少なかったと思います。大型店の宿命な部分もありますが、プレイヤーにとって製品ラインアップだけではなくメンテナンス対応や連射装置の装備と言った「痒いところに手が届く」サービスが提供されないとプレイヤーを囲い込む所までは至らなかったのではないでしょうか。

 

それでもスコア掲載は長期に渡って続けられ、確認している時点ではゲーメスト1996年11月30日号まで継続しており、10年以上に渡ってスコア欄に店舗名を刻み続けました。店舗は1999年5月まで営業が続きましたが、現在は写真のようにトイザらスとなっています。