小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年8月号

マイコンベーシックマガジン1990年8月号(第9巻第8号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は107となり先月比-6と大きく減少。先月に5店追加されたこともあってか今月は新規掲載店はありません。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1990年8月号より)

 

チャレハイ通信欄に「NEOGEO入荷しました」コメントがちらほらとありますが、NEOGEO発売当初は6タイトル選択の筐体販売だけだっと記憶しているので小規模ロケーションにとっては結構な初期投資だったのではと推察されます。正直餓狼伝説がリリースされるまでのNEOGEOはヒットと言えるタイトルに乏しかったため、入荷当初の店舗での光景が何となく思い浮かんでしまいます。

 

また、「チャレハイ担当者の名を語りデマを流していた者がいる」との担当者からのコメントがあります。

SNSや携帯電話すら無い当時は、プレイヤー間の情報伝達と言えば直接店舗に出向いて設置されているコミュニケーションノートを用いることがポピュラーでしたが、ことハイスコアの状況確認においては店舗に直接電話を掛けることが普通に行われていました。内容から察するに「特定の地域の店舗にチャレハイ担当者の名前を騙って電話連絡を入れ、ハイスコアに関するデマ情報を流布する」といった行為があったようです。

 

ただ、上述のようにスコアの状況を確認するために電話連絡を入れるということであれば理解出来るのですが、チャレハイ担当者の名を騙ってどのようなデマ情報を流すのかが今一つピンときません。文面からは「担当者がスコアを改竄している」という情報を流していたと推察されますが、それを行うことでデマ情報を流した当人にどのようなメリットがあったのかが理解できないのです。自店のスコアが他店に敗北したので、「他店のスコアは嘘スコアで、特定の店舗(プレイヤー)にトップを取らせるために担当者が便宜を図った」あるいは「自店のスコアが担当者に嘘スコア認定され、トップに掲載されなかった」といった所なのでしょうか。

 

トピック店舗へ移ります。

静岡県浜松市の「ナムコランド浜松西店」をピックアップします。

マイコンベーシックマガジン 1986年12月号より)

2021年7月24日撮影

 

浜松市の中心街から西へ数キロほど進むと、写真の「イオン浜松西ショッピングセンター」があります。現在の建屋は2002年に建築されたものですが、それ以前は「ジャスコ浜松西店」として営業されており、ナムコがテナントとして展開されていました。最寄駅はJR東海道線の高坂駅ですが駅からは徒歩で30分程度離れています。新幹線に乗っていると下りの進行方向右手に店舗が見えるため、場所を認識している方もいらっしゃるのではないかと思います。

 

ゼンリン住宅地図 浜松市1986年より)

1986年の住宅地図ではテナント表記が2階までとなっています。前述のように2001年に一旦建物は閉鎖され、周辺の土地も合わせて拡幅の上2002年に再開業しているため、現在の建屋は当時の建屋とは異なっています。

 

2000年8月時点では店舗は存続しており、当時のナムコ広報誌「NOURS」にも店舗情報が掲載されています。そして現在も隣の敷地に「イオンスポーツクラブ浜松西店」が存在していますが、かつてはここにボーリング場「ピンポップ・レーン」が存在しており、併設ゲームコーナー「PRID'S浜松西店」と併せてナムコにて運営されていました。

(NOURSバックナンバー No.30 2000年9月号「全国ナムコ店舗ガイド 神奈川・静岡編」より)

 

この「PRID'S浜松西店」ですが、古のナムコフリークであれば誰もが聴いていたと思われるナムコ提供のラジオ番組「ラジオはアメリカン」にて、リスナーとの交流イベントとして行われた「ふれ愛キャンペーン」の舞台の一つとなった場所です。

www.webzakki.com

 

上記サイトで紹介されている「ラジアメ」の本「モアイの鼻血」によれば、1989年11月3日に浜松でのイベントが開催されています。当時愛知県にいた私はこのイベントに出向いているのですが、その前年に東京都の聖蹟桜ヶ丘にて開催されたイベントにも参加しており、その時の記憶とごっちゃになってしまっていてあまり浜松の印象が残っていません。帰りに薄暗い中高坂の駅まで歩いたことだけは何となく記憶しているんですが…

 

肝心のハイスコア掲載についてですが、結局ベーマガ1986年12月号に1回掲載されたのみに留まりました。2000年9月時点で営業されていたことから、2001年の施設閉鎖まで営業は続いていたことと思われます。隣接するPRID'S浜松西店はハイスコア掲載店としてエントリーされたことはありませんでした。