ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1984年8月号)
スーパーソフトマガジン(ベーシックマガジン別冊付録)1984年8月号(第3巻第8号)のハイスコア集計店マップとなります。
総掲載店数は60から一気に101と40店以上増加、一気に店舗欄が華やかになります。
以下新規掲載店リストです。42店を数えています。
・ナムコ系
函館キャロットハウス(北海道)
プレイシティキャロット仙台店(宮城県)
日立キャロットハウス(茨城県)
亀戸キャロットハウス(東京都)
プレイシティキャロット烏山店(東京都)
プレイシティキャロット早稲田店(東京都)
大船キャロットハウス(神奈川県)
プレイシティキャロット黒崎店(福岡県)
プレイシティキャロット久留米店(福岡県)
ゲームスペースサンデー(長崎県)
・セガ系
ゲームインフォルム(東京都)
スターロイヤル(大阪府)
センターロイヤル(大阪府)
ゲームセンターニュー光(大阪府)
アポロゲームセンター(大阪府)
・タイトー系
パサディナ(北海道)
レーザーランド(青森県)
スペースキャンパスステーション(宮城県)
ファンファクトリー高田馬場(東京都)
ファンファクトリー中野(東京都)
ジョイプラザ上大岡(神奈川県)
ビデオインパズル(静岡県)
ゲームプラザUFO(大阪府)
ジョイプラザ21(京都府)
(画像無し)
ジョイランド松山(愛媛県)
・その他
アドベンチャー(北海道)
ゲームシティジル(群馬県)
ゲームプラザ荏原店(東京都)
ゲームセンターUFO(東京都)
シーポート(神奈川県)
(画像無し)
フェニックス武生(福井県)
フラッシュイントヨタ(愛知県)
鯉城(広島県)
ジョイパック西新(福岡県)
(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン付録⦆1984年9月号より)
8月号のスコア欄については画像の状態が悪いため掲載しません。
国立国会図書館のアーカイブでもこの号だけが欠落していました。
店舗欄は翌9月号から抽出しています。
ジョイプラザ21、及びシーポートの2店はこの1回のみの掲載で終了しているため、店舗欄を抽出することが出来ませんでした。
また、7月号が初掲載だった大阪府吹田市「ビッグワン」は今号で休載表記も無くフェードアウト。こちらが2軒目の掲載終了店となっています。
今回、ナムコ、セガ、ジャレコに続いてタイトー系店舗が集計店に初登場します。
ナムコ系店舗は「キャロット」のブランドでほぼ統一されていたため分かりやすいのに対し、当時のセガやタイトー系店舗はまだ店舗名称の統一を図る以前のためメーカー区分の判断が難しいのですが、資料等から確認出来た範囲で分類しています。異なる分類があればご指摘を頂きたくお願い申し上げます。
トピック店舗:プレイシティキャロット道頓堀店」
前回は店舗閉店の関係から東京の店舗を挟みましたが、再び関西へ戻りナムコ系オリジナル掲載店26店から、「プレイシティキャロット道頓堀店」をピックアップします。
(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)
2022年5月3日撮影
大阪ミナミエリアのナムコ系店舗では、以前紹介した「なんばCITYビッグキャロット」と共に1984年1月からスコアが掲載されたお店です。グリコ看板のある戎橋から道頓堀商店街沿いに東へ向かい、かに道楽本店や食い倒れ人形といった最も振るわっている有名ポイントを抜けた場所となります。
(吉田地図 大阪市南区1986年より)
店舗住所は「道頓堀1丁目5-9」ですが、写真の「昭和大衆ホルモン」の入っているビルと隣の「牛魔」のビルが双方とも同一住所となっています。ただ1枚目写真のファミリーマートが入っているビルが「柴田ビル」として健在で、住宅地図ではその2軒隣のビルに「ゲームカーロット」の表記(間違いなく表記ミス)があることから、昭和大衆ホルモンのビルが跡地と判断しています。
住宅地図に地下1階の表記がありますが、店舗正面に地下への階段が見当たらないため最初は地下への入口が存在する隣のビルが跡地ではないかと疑いましたが、道頓堀側からビル裏側を確認すると地下1階の存在が確認出来ました。キャロットも1階から道頓堀方向へ下がっているような構造だったようですが、現在の店内の構造は残念ながら外観から窺い知ることは出来ませんでした。
ゲームマシン誌に、店舗現役時代の外観画像が掲載されています。
(ゲームマシン 1984年9月1日号より)
同誌によるとオープンは1983年6月とのことで、スコア掲載開始時点ではまだオープンして半年程度しか経過していなかったことになります。都市型店舗はナムコはセガやタイトーと比べると後発だったこともあり道頓堀商店街のど真ん中の店舗は期待値が高かったことが予想されますが、周囲に競合店も多い場所で且つ店舗規模では徒歩圏内になんばCITYビッグキャロットがあるため、こちらを選んで遊ぶプレイヤーは正直それ程多くはなかったのではないでしょうか。
そのためゲーマーにおいても知名度は今ひとつだったようで、ベーマガへのスコア掲載は1987年3月号を持って終了。そして1988年3月発行の「オールアバウトナムコⅡ」巻末の「ナムコ直営ゲーム・センター一覧」には既に道頓堀店の文字が無いことから、実質営業期間が5年未満の短命な店舗であったことが判明しています。
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