ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1992年3月号)
ゲーメスト1992年3月号(第7巻第3号)のハイスコア集計店マップとなります。
掲載店総数は89で前月比+2となっています。
今月は一気に6店の新規掲載店が登場しています。
・セガ系
・その他
ゲームセンター101&遊(新潟県)
ゲームプラザニューヨーク(神奈川県)
春駒ゲームセンター(佐賀県)
(ゲーメスト 1992年3月号より)
新潟県の「ハイテクセガとやの店&駅前店」ですが、先月まで掲載されている「ハイテクセガ万代」の代替で掲載されたと想像しています。「新潟市花園1-4-6」という住所はJR新潟駅に近接した場所のため、駅前店の住所であろうと思われます。
また「とやの店」については新潟市の郊外に「鳥屋野」という字があることからそのエリアに存在したと思われますが、正確な住所は現時点では確認出来ていません。
いずれもこれまで掲載履歴のあるハイテクセガ万代、ハイテクセガ新潟のどちらの所在地にも該当しないため新規店扱いとしています。
しかしこの「とやの店&駅前店」での掲載は今号限りとなり、次号からは「ハイテクセガ万代店&駅前店」の掲載となってしまいます。
また今回、特に新規店の事前募集告知がされていないにも関わらず一気に掲載店が増加したのですが、「めざせハイスコア」タイトル部分に注釈がありました。
(ゲーメスト 1992年3月号より)
通算50号(1990年10月号)にて大幅な掲載店の入れ替えが実施された際に、掲載希望を出しておきながら掲載がされなかった店舗があり今回フォローがされたといった所でしょうか。
その中でこちらも新潟市の「ゲームセンター101&遊」は、ベーマガではそれぞれ店舗欄を持っていましたがゲーメストでは合同集計として登場しています。
以下スコア欄を掲載します。
【めざせハイスコア 1992年3月】
(ゲーメスト 1992年3月号より)
今月のスコア欄をめくると違和感があったのですが、ページの配置が間違っています。
106ページまでは良いのですが、107ページが106ページ末尾が神奈川県の店舗なのに対していきなり大阪府へ飛びます。しかもトップスコア欄の「君こそゲーメスト」は「その2」です。
一方「その1」は109ページに存在しているため、恐らくは107ページと109ページが入れ替わっているのですが、ルビはこの順番のため敢えてそのままアップしています。
トピック店舗:ビデオインマツヤ丸太町店/ニューゲームビッグ
トピック店舗は山梨から場所を変え、京都を取り上げます。
最初は「ビデオインマツヤ丸太町店」「ニューゲームビッグ」の2店をピックアップします。
【ビデオインマツヤ丸太町店】
(ゲーメスト 1986年11月号より)
2024年8月11日撮影
【ニューゲームビッグ】
(ゲーメスト 1987年1月号より)
2024年8月11日撮影
京都は学生の街でもあり、伴ってゲームセンターが多数立地していた場所でもあります。
最初に紹介する2軒はゲーメスト最初期において京都市内にてハイスコアを掲載していた店舗です。
「ビデオインマツヤ丸太町店」は、京都駅から東へ延び地下鉄も走る烏丸通りと、南北方向に走る丸太町通りの交差する烏丸丸太町交差点の付近にありました。地下鉄烏丸線丸太町駅が最寄となっています。交差点から北東方向には京都御所の敷地が広がっています。
(精密住宅地図 京都市中京区1988年より)
交差点に面して1階がマクドナルドとなっている「アオキ書店ビル」が現在も存在していますが、その隣の建物に「ビデオインマツヤ」を確認しています。2024年時点ではラーメン店になっています。
ゲーメスト誌面には1986年11月号から登場し、京都府初のゲーメスト掲載店となりますが、それ以前にアミューズメントライフ誌及びベーマガでの掲載履歴があります。
(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年10月号より)
アミューズメントライフ誌は1984年8月号における単発での掲載。店名が「ビデオインマツダ」となっていますが住所は一致しているため店舗名の誤植と判断しています。
またベーマガへは1984年10月号から誌面に登場しています。メーカー系店舗以外ではかなり早くから掲載が開始されていた歴史あるお店です。ゲーメストへの掲載をもってダブル掲載店となります。
しかし先行していたベーマガへの掲載は1988年2月号をもって終了、その後はゲーメストの単独掲載店となりますが、ゲーメストでも1988年は3,5,7~9月号において休載を発生させており、この頃は若干不安定な時期だったのかもしれません。
その後、ゲーメスト1989年8月号の地域店舗紹介記事「ランダムピックアップ」の京都編にて店舗が取り上げられています。
(ゲーメスト 1989年8月号より)
当時の店舗内外観の貴重な写真が掲載されていますが、いかにも昔のゲームセンターの出で立ちを彷彿させています。記事内にもあるように改装が予定されていたようで、1989年9,10月は店舗欄を欠いていたことからこの期間にて改装が実施されたものと思われます。改装後の店舗内外観が記録された資料は発見に至りませんでした。
そして1990年12月号をもって誌面への掲載をストップしています。ベーマガ3年半、ゲーメスト4年、トータルでは約6年の掲載期間となりました。閉店は1990年台末という情報を発見しています。
そしてもう一軒の「ニューゲームビッグ」ですが、こちらは京都市郊外の左京区、叡山電鉄の一乗寺駅前から延びる通りに面していました。駅を出て通りを西方向へ向かうと程なく跡地に辿り着きます。
1988年の住宅地図で所在を確認しています。周辺店舗の構成は変わっていますが、当時から付近は日常使いの商店と宅地が広がっていたようです。
現在一乗寺付近はラーメン店が林立し「一乗寺ラーメン街道」と呼ばれ京都随一のラーメン店激戦区として有名になっています。
こちらもランダムピックアップの京都編にて店舗が取り上げられています。
(ゲーメスト 1989年8月号より)
こちらは店舗外観の写真がありました。
2024年現在は写真のように鉄板焼き店となっていますが、この1フロアだけだとさすがに狭すぎると現地では思ったものの、2階にもフロア展開されていたことが記事から明らかになっています。2階の窓の形状で現在も建屋はそのままであることが確認出来ます。「向かいの古本店」は既になく、洒落た食堂となっていました。
(ゲーメスト 1989年8月号より)
ちなみに記事内ではバスで向かったように記載されていますが、当時の誌面に掲載されていた京都周辺交通図を見ると叡山電鉄が孤立しており、まだ京阪鴨東線(三条~出町柳)が未開通だったことが分かります。鴨東線の開通は1989年10月5日のため、この記事が執筆されたのは開業数か月前。その頃は一乗寺へはバスでアプローチする方が便利で、叡山電鉄を使用する選択肢はあまりなかったのかもしれません。鴨東線開業までは駅前とはいえアプローチはあまり良くなかったものと思われます。
誌面へは1987年1月号と「ビデオインマツヤ」の次号から掲載されています。こちらはベーマガへ掲載されることはありませんでした。最終掲載は1990年8月号となっています。閉店時期は判明していません。
【前記事】
ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1992年2月号
ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1992年3月号
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