小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年4月号/トピック店舗:ハイテクランドセガ杉本町店/藤井寺店(大阪府)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1993年4月号)

ゲーメスト1993年4月号(第8巻第6号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は85となり先月比+4となっています。

新規掲載店が2軒あります。

 

ナムコ

グリーンプレイランド(岐阜県

 

・その他

ヤングパレス(沖縄県

ゲーメスト 1993年4月号より)

 

今号の新規掲載2店は、1993年1月号にて優先的に募集された掲載店の無い県のうち岐阜県及び沖縄県がフォローされた形となっています。どちらの県も過去にゲーメストへの掲載履歴がある店舗は無く、創刊7年目にして初めて掲載店が登場しました。

 

「グリーンプレイランド」ですが、現在も岐阜県高山市にて営業されている「高山グリーンホテル」内のゲームコーナーです。

こちらはナムコ系店舗に分類しているのですが、昭和63年発行の「オールアバウトナムコⅡ」内の「ナムコ直営ゲーム・センター一覧」に高山グリーンホテルの記載があることを根拠としています。

 

そしてもう一方の「ヤングパレス」ですが、ベーマガ1986年11月~1990年12月号まで掲載された「ヤングパレスゲームセンター」が今度はゲーメストにて復活掲載されることとなります。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1993年4月】

ゲーメスト 1993年4月号より)

 

今号の「めざせハイスコア!」欄には気になる記述が2点あります。

ゲーメスト 1993年4月号より)

 

まずはタイトル併記のコメント。

風邪が流行っていることに対する注意喚起と思いきや、最後に「今年はどのくらいゲーマーが浪人になるかな?」という身も蓋もない言葉が…

 

当時のアーケードゲーマーは圧倒的に学生が多かったのですが、特に80年台後半から90年台前半に高校から大学に進学した世代は第二次ベビーブームの前後で人口が多く、大学入試難易度が上がって浪人が多発していた時代でもあります。

 

結果として浪人に対する抵抗感が薄れていたこともあり、ゲーマーがゲーセン通いの結果浪人する状況が多数見受けられたことがこの発言に繋がっている面はあると思われます。

 

そういえばゲーメスト発行元の新声社は当初受験参考書を多数出版しておりゲーメスト誌面上にも広告を出してましたね。

この頃になると誌面から参考書関係の広告は姿を消していましたが、「受験そっちのけでゲーセン通いして焦った学生に参考書の広告を見せる」というのは今から思えば一種のマッチポンプ戦略だったとも言えそうです。

 

そしてもう一つがウソスコア発覚に関するコメントです。

ゲーメスト 1993年4月号より)

 

これは1993年3月号の「ブランディア(アルュメ)」の下記スコアが嘘と発覚したことによるものです。

ゲーメスト 1993年3月号より)

 

本来のトップスコアである14,220を突如大幅に上回っていることも不自然なのですが、「ゲームセンターキムラ」という申請店舗名が怪しさ満点です。

ゲーメスト 1993年3月号より)

上記はハイスコア個人申請用紙ですが、店長確認欄にサインと印があれば実在しない店舗でもスルーしてしまう可能性があるという盲点を突かれたものと推察します。

 

 

トピック店舗:ハイテクランドセガ杉本町店/藤井寺

 

ゲーメストもトピックを関西に移します。

大阪府セガ系掲載店から「ハイテクランドセガ杉本町」「ハイテクランドセガ藤井寺」の2軒をピックアップします。

 

【ハイテクランドセガ杉本町店】

ゲーメスト 1987年7月号より)

2025年2月10日撮影

【ハイテクランドセガ藤井寺店】

ゲーメスト 1989年12月号より)

2023年11月25日撮影

 

大阪府東部、南部方面のハイスコア掲載店は90年位までセガ系の店舗がベーマガを含めて比較的多数存在していました。

 

「ハイテクランドセガ杉本町」の所在地はJR阪和線杉本町駅大阪市立大学の最寄駅でありかつて駅前に複数のゲームセンターが存在していましたが、その中のひとつになります。

(ブルーマップ 大阪市住吉区1990年より)

1990年の住宅地図ですが、駅のほぼ真正面に「ハイテクランドセガ」の表記を確認しています。

 

2025年時点では建物は恐らく当時のまま学習塾として使用されています。

2階建ての建屋ですが地図ではセガしか表記されていないため、建物全てを使用していたものと推察されます。当時のラインアップだと1階に大型筐体とメダル、2階がビデオゲームという構成でしょうか。

 

誌面へはゲーメスト1987年7月号からの掲載となりますが、80年台後半は特にゲーメスト大阪府内掲載店が少なく貴重な存在でした。

88年末に近隣の堺東にあったベーマガ集計店の「ハイテクセガ103」の掲載が中止されるとプレイヤーが増加したようでスコア欄が充実した印象がありますが、それも長くは続かず1990年2月号をもって誌面から姿を消しています。

 

杉本町と言えば90年台には「プレイシティNASA杉本町店」が誌面に登場し有力店として名を馳せますが、NASAの掲載はゲーメスト1990年10月号からのためこちらと掲載期間は重複していません。

 

そしてもう一方の「ハイテクランドセガ藤井寺店」は、大阪阿部野橋から近鉄南大阪線で15分程度の藤井寺駅前にありました。駅から東へ線路沿いに進んだ場所となります。

(精密住宅地図 藤井寺市1991年より)

1991年の住宅地図にて「ゲームセンターセガ」の表記で所在を確認しています。

建物1階には「大栄館」の表記があり、セガは2,3階を使用していたようです。

 

調査した2023年時点では建物は恐らく変わっておらず、1階は婦人服店、2階は看板に「magnetic」の表記があるため調べると藤井寺市内のエステサロンがヒットしますが、住所が異なっていること、また階段前には「Whiteing Labo」の立て看板があることから審美歯科となっているようです。3階は使用されていない模様です。

 

かつてはセガが面している通りを更に東へ向かうとニチイ藤井寺店がありました。またセガの東側には「大栄」「21世紀」の2店パチンコ店が並んでおり当時の繁栄を垣間見ることが出来ます。現在はニチイ跡地はマンション、東側の2店のパチンコ店は建物ごと消失しセガ跡地向かいのパチンコ店のみ営業が続いています。

 

こちらは1989年12月号からベーマガゲーメスト揃って掲載が開始されています。

マイコンベーシックマガジン 1989年12月号より)

掲載開始直後から高レベルのスコアを多数輩出しており、大阪南部方面のハイスコア拠点としてゲーメストのトップスコアである☆獲得数は掲載後1年で18個にまで到達しました。

 

しかしその栄光も束の間、ベーマガは1990年10月号、ゲーメストは同年12月号が最終掲載となり掲載期間は1年程度に留まりました。

ゲーメスト 1990年12月号より)

 

そして最後の掲載となったゲーメスト1990年12月号のハイスコア通信欄に、改装に伴う一時休業の告知がされています。改装を機にハイスコア集計を中止してしまったのもと思われます。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年4月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年5月号