小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年2月号/トピック店舗:ゲームセンターニューチャンピオン(岡山県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年2月号)

ゲーメスト1994年2月号(第9巻第3号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は78で先月から変化なし、新規掲載店も0となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年2月】

(ゲーメスト 1994年2月号より)

 

画面ストップ技の発覚にて、ベーマガでは1月号にターボダッシュ以外集計打ち切りとなったナムコの「ニューマンアスレチックス」が、一月遅れでゲーメストにおいても打ち切りのインフォが出ています。ただゲーメストにおいてはターボダッシュについては触れられておらず、翌月以降にもスコアの更新は確認されていないことから全種目について集計中止となったようです。

 

また、筐体セットと基板単体で出荷時期に差が付けられた「スーパーストリートファイターⅡ」はセット販売と基板単体でバージョンが異なり、敵キャラのアルゴリズムに差異が出るためスコア狙いにも影響するものの、特にバージョン別の集計はしない旨の告知があります。

 

「スーパーストリートファイターⅡ」は基板単体でも購入可能な反面筐体とセットで購入した場合に先行で出荷される措置が取られ、これ以降のカプコンの基板タイトルでは一般化しなかったものの他社においてその販売手法は現在でも継続されているある意味悪評高い販売方法です。

 

確かにメーカーは儲かるかもしれませんが、筐体の汎用化でオペレーターの負担を減らすことに逆行したやり方で、ひいてはビデオゲームそのものの寿命を縮めてしまった面も否めないのではないかと思います。

 

トピック店舗:ゲームセンターニューチャンピオン

トピック店舗ですが、岡山県倉敷市と聞けば真っ先にこちらが思い付く方も多いのではないかと思います。

 

「ゲームセンターニューチャンピオン」をピックアップします。

(ゲーメスト 1986年9月号より)

2023年8月4日撮影

特に「スーパーハングオン(セガ、1987年)」のハイスコア争いにおいては、北海道の「ハイテクセガ平岸」と並んでこちらの店舗名を連想される方も多いのではないでしょうか。

 

場所はJR倉敷駅前から伸びるアーケード商店街である倉敷センター街内に位置していました。

(ゼンリン住宅地図 倉敷市中心部(No.1)1988年より)

地図上を真横に通過しているアーケード街が目抜き通りとなり、アーケードを進むと観光地である美観地区へと続いています。ニューチャンピオンは目抜き通りから角を曲がった細い路地のアーケード街に面していました。

 

現在は倉敷三越の場所が天満屋倉敷店となっており、地図下の旧天満屋倉敷店の場所は2020年に「ロイヤルパークホテル倉敷」として再開発されています。

(ゼンリン住宅地図 倉敷市中心部(No.1)1986年より)

 

ゲーメストへの掲載は1986年9月号からなのですが、1986年の住宅地図においては該当場所に「ミドリヤ」の記載があるため、86年中に新規オープンしているようです。そのためゲーメストへの掲載はオープンと同時、もしくはオープン後の比較的早い段階から開始されていたと推察されます。

 

その後1987年にスーパーハングオンがリリースされると、同年後半からミニライドオンタイプの全国トップを度々輩出することで店舗の知名度が高まるとともに、ゲーメスト1987年11月号では当時の店舗内外装写真を含めて店舗紹介記事「ランダムピックアップ 岡山&倉敷」にて掲載されました。この頃がハイスコア集計店として最も充実していた時期なのではないでしょうか。

(ゲーメスト 1987年11月号より)

 

建物外観を現在の写真と見比べると、ニューチャンピオン時代は入口が奥まっていて店舗正面に駐輪用のスペースが設けられています。狭い間口の上駐輪場で奥行も短くなれば、当時の店長のインタビューにもある「狭い」という発言も郁子なるかな、という印象です。記事中にはコナミ、セガ製品の入荷が早いとあり、セガ系の販社と付き合いが深かったのでしょうか店内はセガのシティタイプ筐体で揃えられていた形跡が写真からも確認出来ます。

 

また店舗外観には「ミッ〇ー〇ウス」のアイキャッチが…恐らく許可なく使用されていたのでしょうが当時の著作権の緩さが滲み出ています。

 

そしてゲーメストから開始されたスコア掲載ですが、1988年6月号からベーマガへの掲載も開始されダブル掲載店となります。

(マイコンベーシックマガジン 1988年6月号より)

 

その後は両誌共に順調にスコアの掲載を重ねていたのですが、ゲーメストが1990年8月号を最後に4年間に及んだ掲載に幕を閉じます。

(ゲーメスト 1990年8月号より)

 

最終的に全国トップ獲得の証である☆の総数を58まで伸ばしており中国地方最大を誇っていたものの、掲載終了について特に予告めいた内容は発見されませんでした。

 

ベーマガはその後も掲載を継続したもののこちらも長続きせず、1990年12月号が最終掲載となっています。こちらも掲載終了に関する案内は無く、一世を風靡した店舗にしては寂しい末路となってしまっています。

 

また、2023年時点の外観写真を見ると、アーケード上部の店舗名サインに「AMUSEMENT ZONE STEP」の文字が見えます。

(ゼンリン住宅地図 倉敷市中心部(No.1)1995年より)

こちらは1995年の住宅地図にて存在を確認しており、恐らくニューチャンピオンからの居抜きで別のゲームセンターが運営されていたようですが、ニューチャンピオンからの変更時期やSTEPとしての閉店時期は判明していません。

建物は飲食店に変更された後にその飲食店も撤退したような造りとなっており、店舗案内サインのみにかつてこの場所にゲームセンターが存在したことを忍ばせています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年2月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年3月号