小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年4月号/トピック店舗:アミューズメント山口/キャンパスタイトー(山口県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年4月号)

ゲーメスト1994年4月号(第9巻第7号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は80で先月比+3ですが、先月に新規2店があったためか新規掲載はありません。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年4月】

(ゲーメスト 1994年4月号より)

2D対戦格闘ゲーム全盛期の最中、2Dではヒット作を輩出出来なかったセガが3Dにシフトして産まれた初代バーチャファイターがハイスコア集計にも登場しました。

 

ハイスコア的に最も変化があったのは、「タイムアタック集計」となったこと。

 

これまでタイムアタックで競われるタイトルはほぼドライブ系ゲームで占められていたため、「ハイスコア狙いは長時間プレイの温床」という傾向に一石が投じられたとも言えます。最も後にバーチャファイターと3D格闘の対を為すナムコの鉄拳シリーズにも採用されたことでハイスコア界に悲喜劇を巻き起こすことになるのですが…

 

トピック店舗:アミューズメント山口/キャンパスタイトー

 

トピック店舗ですが、ゲーメストも山口県の掲載店舗に移ります。

 

「アミューズメント山口」及び「キャンパスタイトー」の2軒をピックアップします。

 

【アミューズメント山口】

(ゲーメスト 1986年9月号より)

2025年4月30日、5月1日撮影

 

【キャンパスタイトー】

(ゲーメスト 1986年11月号より)

2025年4月30日撮影

 

2店とも山口市内の初期ゲーメスト掲載店ですが、山口駅や市役所から近い中心部ではなく、2㎞程離れた場所に広がる湯田温泉の近隣に店舗を構えていたところが共通しています。

 

最初に取り上げる店舗は「アミューズメント山口」、場所は湯田温泉街にある大型ホテルである「ホテル松政」内となっています。

(ゼンリン住宅地図 山口市北部1989年より)

 

ホテル松政の創業は昭和3年と公表されており、2026年で創業98年と間もなく100年に達する歴史のあるホテルです。

 

ホテル大浴場は「千人湯」と命名されていますが、かつてこの千人湯は公衆浴場でもあり、宿泊客でなくとも入湯することが可能でした。

 

そして入湯客用の娯楽施設として併設されたゲームコーナーへも宿泊客以外が自由に出入りできたことから、一般のゲームセンターと同様にハイスコア集計まで実施されたという極めて稀有な事例となっています。店舗住所が「ホテル松政内千人湯」となっているのはそのためです。

 

ホテル建屋は本館と東館に分かれており、本館の定礎が平成2年(1990年)9月となっているためそれ以前から存在する建屋は1階がラーメン店の天下一品になっている東館のみとなります。かつて千人湯が公衆浴場だった時は東館から入場し大浴場やゲームコーナーに出入りできたようですが、恐らく本館を改築した際に一般客の入場は出来なくなった模様で、現在は大浴場の入口に掲げられた「千人湯」の看板と色紙が当時の面影を伝えています。

 

なお2026年現在ではホテル名称が「ユウベルホテル松政」となっていますが、これは2015年に施設がユウベルグループに売却されたことによるものです。

 

ハイスコアの掲載は早く、ゲーメストにてスコア掲載が本格化した1986年9月号が初掲載となっています。

 

ただスコア掲載がされていたからと言ってプレイヤーに優しかったかと言われると必ずしもそうではないようで、ループゲームでの長時間プレイが発覚すると翌日にはランクがアップしていた、というようなお店だったとか。初期のハイスコア掲載は店舗の宣伝目的であったことも多く、上記のような事例は他店でも度々確認されていました。

 

そしてその店舗立地の特殊性も相まってスコア掲載は長続きせず、掲載3回目の1987年1月号が最後の掲載となっています。

 

もう1軒の「キャンパスタイトー」は文字通りタイトー系のお店です。

 

キャンパスの名の通り、湯田温泉からも近い山口大学への沿道に存在しました。

(ゼンリン住宅地図 山口市北部1989年より)

 

中央を貫く県道「山口・小郡・秋穂線」が「山大通り」と呼ばれており、その沿道となります。地図下側へ進むと山口大学の正門に突き当たりますが、キャンパスタイトーの場所からまだ700m程度はあり、大学前というには若干距離があるのではないでしょうか。

 

誌面への掲載はゲーメスト1986年11月号からとなり、同じ市内のタイトー直営店である「ウィルトークタイトー山口店」よりも先に登場しています。

 

ただ、翌号の1987年1月号に掲載された後、同年6月号まで掲載が途切れます。その後8月号まで3回掲載されるのですが、ウィルトークタイトー山口店がベーマガ1987年9月号から掲載された影響かそこで掲載終了...と思いきや、2年近く間隔が空いた1989年5月号に突如単発で掲載されたため、純粋な掲載終了はこちらとなります。

(ゲーメスト 1989年5月号より)

 

上記は最終掲載の際の店舗欄ですが、店舗表記が「キャンパス」となっておりタイトーの文字が入っていないのには理由があったのでしょうか。

 

またスコアのラインアップがとても1989年時点のものとは思えず、新製品入荷に乏しいメーカー直営店の苦悩が伝わってきます。この回だけ突如と掲載されたのも何か特別な事情があったのではないかと勘繰ってしまいます。

 

閉店時期は判明していません。2025年時点では該当箇所に既に建物が無く、跡地後方にある邸宅の駐車場敷地と化していました。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年4月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号