小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号/トピック店舗:ゲームセンターアメリカ/アミューズメントスペースハスラー→AMZA11(三重県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号)

ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号(第9巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

前回の5月15日号からゲーメストは月2回の刊行となるのですが、最初は特集記事に割かれたため実際にスコア掲載が開始されるのは今号からとなります。

 

そして月2回化後初の店舗数は77となり前号比+3となっています。前号にて掲載店舗募集の案内が出されたことも手伝い、3店の新規掲載があります。

 

・セガ系

ハイテクセガ盛岡(岩手県)

 

・その他

プレイランド エフワン(宮城県)

 

ゲームスポット アテナ(東京都)

(ゲーメスト 1994年5月30日、6月15日号より)

 

今回追加された3軒はいずれも既にベーシックマガジンにて掲載されており、全て重複掲載店となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年5月30日、6月15日

 

(ゲーメスト 1994年5月30日、6月15日号より)

 

2D対戦格闘ムーブに押されそれ以外のジャンルが低迷気味だったこの時期、ナムコは創立40周年記念タイトルとして「ティンクルピット」、また同社としては珍しいスペースオペラシューティングの「ネビュラスレイ」の2作を引っ提げて巻き返しを図るのですが、もはやトレンドは完全に変化しており、加えてネビュラスレイはタイトーの名作「レイフォース」とバッティングするという不運も重なってどちらも大ヒットには至らなかったと認識しています。

 


トピック店舗:ゲームセンターアメリカ/アミューズメントスペースハスラー→AMZA11

 

トピックは三重県の店舗を継続。

 

「ゲームセンターアメリカ」及び「アミューズメントスペースハスラー→AMZA11」の2軒をピックアップします。

 

【ゲームセンターアメリカ】

(ゲーメスト 1986年5月号より)

2024年8月13日撮影


【アミューズメントスペースハスラー→AMZA11】

(ゲーメスト 1992年3月号より)

2024年8月13日撮影(一部AIによる画像修正あり)

最初に取り上げる「ゲームセンターアメリカ」はゲーメスト創刊号にて掲載された21店のうちのひとつです。

場所は「ゲームセンターニュースター」と同じく津市の近鉄江戸橋駅が最寄ですが、三重大学に近いニュースターに対して江戸橋駅前にある「サイトウビル」内に存在しました。

(ゼンリン住宅地図 津市1986年より)

1986年の住宅地図です。


駅前ロータリーに面しており、建物は2024年時点でも現存しています。

 

住宅地図のテナント配置が正しければ、1階正面向かって右側の洒落たスパイス料理店の場所が跡地に該当すると思われます。

 

この店舗、誌面の住所欄にはいずれも「江戸橋駅前」としか記載が無かったのですが、住宅地図から所在が判明したため特定に至っています。ちなみに現在のサイトウビルの住所は「三重県津市上浜町3丁目85-1」となります。

 

前述のように掲載はゲーメスト創刊号から開始され、同期21店のうち11店が創刊号のみで姿を消す中、2回目集計の1986年9月号でも店舗欄を存続させましたが結局はこの2回のみの掲載に留まりました。閉店時期は不明ですが1998年の住宅地図では既に存在していないことを確認しています。

 

そしてもう1店の「アミューズメントスペースハスラー」は三重県南部に位置する熊野市が所在です。世界遺産である熊野古道の入口のひとつで、また熊野大花火大会でも有名な観光地ですが名古屋からは約200㎞、県庁所在地である津市からでも100㎞を超える距離があり、あまた存在する全国のハイスコア掲載店の中でも到達難易度が高い場所となっています。

(ゼンリン住宅地図 熊野市1992年より)


こちらは1992年の住宅地図となります。

 

JR熊野市駅前から北東方向へ伸びる「記念通り」沿いに「こまやショッピングセンター」があり、その2階に「プールカフェ ハスラー」の表記があります。

 

その店舗名から察するに、元々ビリヤード場だった場所にゲーム機を設置したという運営が想起されます。

 

2024年時点ではショッピングセンター全体が残っておらず、跡地は写真のようにアパートが建っていますが記念通り沿いに並んでいる街灯に「ショッピングセンターこまや」の名称板が残されており場所の特定が出来ています。また跡地に建つアパートの名称が「めぞん駒や」のため、土地建物のオーナーは変わっていないと思われます。

 

そのアパートには「非喫煙者集合住宅」という但し書きが書かれていますが、頂いた情報によればショッピングセンター時代からオーナーは大の嫌煙家で、90年台のゲームセンターでは珍しく全面禁煙だったとのこと。アパート運営に変わった後もそのスタンスは貫かれているようです。

 

誌面への掲載はゲーメスト1992年3月号からとなり、短期間で掲載終了した「ゲームセンターアメリカ」以来の三重県掲載店となりました。

 

その後1994年3月号からはベーマガにも掲載を開始しダブル掲載店となるのですが、こちらは僅か5か月後の同年7月号までの掲載に留まり、以降はゲーメスト単独掲載店へと戻ります。

(マイコンベーシックマガジン 1994年3月号より)

そして1995年11月30日号から店名が「AMZA11」へと変更になっています。

(ゲーメスト 1995年11月30日号より)

また1996年1月30日、2月15日号では熊野市に隣接した和歌山県新宮市に新店「AMZA10」オープンの告知が掲載されており、ハイスコアラー求むとの文面もありますが新宮店を合同集計とする旨の告知や備考欄への記載は確認出来ませんでした。

(ゲーメスト 1996年1月30日、2月15日号より)

 

ただ新宮店へのゲーム機入荷告知が以後も誌面に登場し、かつそのタイトルがスコア欄に掲載されたこともあるため実質合同集計となっていた可能性は高いと考えられます。新宮店の場所は未確認のため、調査後追ってリライトしたいと思います。

 

最終的にスコアの掲載は1997年頃から歯抜けがちとなるものの、ゲーメスト最終号である1999年9月30日号まで継続、人口の希薄な地域にも関わらず7年以上に渡る長期掲載店となりました。アルカディア誌には掲載はされませんでした。閉店時期は判明していませんが、こまやショッピングセンターは2012年頃に取り壊されているという情報を確認しています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号