小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年5月号

マイコンベーシックマガジン1985年5月号(第4巻第5号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

店舗数は114と先月に引き続き上限を維持。

新規掲載店が1店あります。

 

ナムコ

室蘭キャロットハウス(北海道)

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マイコンベーシックマガジン 1985年5月号より)

札幌市内に集計店を含めた多数の店舗展開をしていた当時のナムコですが、北海道内の地方都市にも既に掲載が始まっている小樽、函館に加えて室蘭が加わります。

また、ゲーメストに掲載された店舗を含めると苫小牧、釧路、旭川が追加され、道内に広範囲に店舗展開を行っていたことが窺えます。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1985年5月号より)

 

新規掲載が開始される一方で掲載中止の店舗も発生しています。

ナムコ系では室蘭キャロットの掲載が増えた北海道ですが、一方「プレイシティキャロットハローススキノ店」が今号が最後の掲載となりました。

また、今号で3号連続で休載表記だった東京都板橋区の「ゲームセンターUFO」、そして大阪駅前第3ビルの「センターロイヤル」は次号以降店舗欄から姿を消します。

twitter.com

掲載店から姿を消したセンターロイヤルですが、2021年4月現在も大阪駅前第3ビル地下1階で営業が続く「ロイヤルゲームセンター」として健在です。80~90年台のゲームセンターの光景を現在に残している貴重な店舗となっています。

 

また、兵庫県尼崎市の「マイコンゲームI.B」について、姉妹店として大阪府池田市の「ZONE(ゲームセンター・ゾーン)」でハイスコア登録が可能の旨が欄外に記されています。複数店舗の合同集計となった初めての例となります。

こちらは住所も記載されておりマップ上にプロットすることも可能なのですが、「店舗欄に記載された住所のみプロットの対象とする」ことを掲載ルールとしているため、マップ上には記載しないことにします。以後の合同集計店舗についても同一とします。

 

トピック店舗ですが、今回最終の掲載となった「プレイシティキャロットハローススキノ店」を取り上げることにします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より)

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2021年3月28日撮影

すすきのといえば札幌はおろか国内屈指の繁華街ですが、その真ん中にナムコのキャロットが存在した、といってもピンと来ないゲーマーの方も多いと思います。かくいう私もそうでした。

1983年12月号の別冊スーパーソフトマガジンにてハイスコア集計の開始が予告された際、当初掲載店27店のうちの1店としてノミネートされましたが、実際に掲載が開始されたのは1984年3月号から、そして今回の1985年5月号を最後に掲載店から姿を消すため掲載期間はわずか1年程度。それでは店舗の認識度が著しく低くなっていたことも頷けます。

 

すすきのと言っても、アーケード内に店舗が軒を連ねる狸小路側ではなく、周囲は居酒屋やスナックが中心。キャロットが入っていたビルも1階から5階までを居酒屋が占めており、飲みに来たサラリーマンの時間つぶしなどの需要を当て込んだ立地だったのかもしれませんが、当時の10代ゲーマーにとっては非常に近寄りずらい場所だったのではないかと想像できます。

 

業界紙「ゲームマシン」を検索すると、全国縦断ゲーム場ルポとして1982年のすすきのが取り上げられていました。

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(いずれもゲームマシンアーカイブ、1982年7月1日号より)

この時点ではキャロットと同じ住所の富士会館に「ゲームプラザ・ハロウィーン」が入居しており、キャロットになる以前からゲームセンターが存在したことが分かります。

 

そして時を経て1986年に再度すすきのが特集されるのですが…

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(いずれもゲームマシンアーカイブ、1986年7月15日号より)

1986年7月ではキャロットはおろか富士会館の位置にゲームセンターの表記が無く、この時点で既にキャロットは撤退済であったことが確認出来ます。

 

「ゲームプラザ・ハロウィーン」からいつの時点でキャロットへ変更になったのかは捕捉出来ていませんが、ゲームマシン誌の掲載間隔は約4年しかないためキャロットの存在期間は4年以下であったことだけははっきりしました。

短命だったこともあり、ベーマガのスコア欄以外では殆どその足跡を辿ることが出来ない店舗となっています。当時の写真等お持ちの方がいらっしゃいましたら是非とも情報提供を頂きたくお願い申し上げます。

ゲームセンター回顧録 小樽・札幌ゲーセン物語展へ行ってきました その2

その1より)

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大型のポスター等の目立つ展示に目を奪われそうになる中、ブース正面に今回の展覧会の目的が綴られており、真っ先に目を通しました。

 

アーケードゲームという「製品」だけではなく当時のゲームセンターという「場所」にスポットを当てた試みとして、また「ゲーセンとそれを取り巻く文化について後世に残す」という今回の展示活動の意義は、同じ時代に同様の経験を経た人間として非常に共感できるものでした。

私も個人的にこのブログで「ハイスコア集計店マップ」を作成していますが、それも消えつつあるゲームセンター文化を何らかの形で残すために自分で出来ることを行っている過程であり、方法は異なれどベクトルは同じ方向を向いているのだな、と感じています。

 

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続いて、小樽市内のゲームセンターについてのマップによる位置表示と店名一覧です。

文学館を尋ねる前に小樽市内ハイスコア集計店の跡地巡りを行いましたが、既に市街地からは店舗はほぼ全滅しており時間の経過を痛感します。

私がこのブログで自身のゲームセンター経験を語っていることと同じようなストーリーが、小樽という街だけでなく全国各地に繰り広げられていたのだと感じます。

 

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そして「展示物」になるのは恐らく初めてではないかと思われるコミュニケーションノート。ハイスコア集計と並んでユーザーフレンドリーなゲームセンターに設置され、SNS無き時代はノート上の交流が店舗へ向かうモチベーションになっていた人も多かったのではないでしょうか。一部はそれが目的化し過ぎで「ノーター」と呼ばれる「ノートだけ読んでゲームしない人」の問題も生じさせるのですが…

SNSが普及する遥か以前からSNSのようなやり取りがゲームセンターで繰り広げられていたのですが、結果的にSNSにその機能を全て代替されてしまった感があります。

 

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ゲーム関係の書籍、出版物や同人誌の展示。
1985年以前のNG(ナムコ店舗ミニコミ誌)は結構貴重ではないでしょうか。
また「ゼビウス1,000万点への解法」の実物が展示されていました。伝説的なこの同人誌も私を含め実物は初めて見たという来訪者の方が殆どだったようです。

またベーシックマガジン・ゲーメストのハイスコア欄もプレイヤー間で競争が繰り広げられていた資料として北海道の店舗欄をメインに掲示されています。

 

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会場には「プレイアブル展示」としてアストロ筐体(横画面)とテーブル筐体(縦画面)が各1台展示され、自由に遊ぶことが出来ました。

テーブル筐体はなんとこの文学館の所有物だそうです。カフェ文化に関する展示を行った際に入手して所蔵されていたとか。

私が訪問した際に入っていた基板は「出たな!ツインビーコナミ1991)」と「鋼鉄要塞シュトラール(UPL1992)」でしたが、展示に関して許諾が取れたメーカーのタイトル内で定期的な入れ替えを行っていました。

シュトラールを約30年振りにプレイしましたが、当時カンストまでやってた時の面影は全く無く2面で終了しました(´・ω・`)

 

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最後に、今回の展示の企画者である@hilow_zero氏とお会いすることがが出来ました。

今回計らずもコロナ禍の最中での開催となってしまい御苦労も多かったと思いますが、メディア等で取り上げられる機会もあり地元のゲーマーの方々を中心としてかなりの反響があったようです。私がお伺いした時も私以外に常時2~3人の来訪が入れ替わりであり、また元ゲーマーの方がご家族を連れて来訪し、子供がプレイアブルのゲームに興じる姿も見受けられたそうです。

 

展示は無料スペースにて行われていたため、前述の通り入口で「ゲーセン展を見に来た」と申し入れれは展示を無償で閲覧することが出来ました。これについては有償展示とした方が良いのでは、との声もあり、実際に私も有償にするだけの価値があると思ったのですが、有償とするとプレイアブル展示となっているゲーム機に対して間接的に金銭を投入していることになり、風適法上の問題が発生してしまう可能性があるため難しかったとのこと。

プレイアブル筐体については、遊ぶことの出来るタイトルについても事前にメーカーや現在の権利所有者に確認の上了承が取れたタイトルのみの設置となっているのですが、文学館という公共のスペースでの展示となる以上どうしても風適法や著作権法を含めて法的にグレーな部分は避けなければならず、「アーケードゲーム」というコンテンツを文化的財産として展示展開する際の難しさを感しました。

 

また、展示品についてはゲーム基板も含めて殆どが個人所有物で、結果的に持ち主の嗜好が反映されてしまうため展示内容に偏りが生じてしまったとのこと。確かに展示品はどちらかと言えば80年台に寄っているため、現在50歳前後の層にはピンズドの展示となる反面、ストⅡ以降にゲームセンターに通い出した40歳以下の層には今一つピンと来ない展示だったのかもしれません。

 

これについては既に今年中に「第二回」の開催に向けて展示品の充実も含め準備を開始されているとのこと。

開催の際には改めてお伺いすること、そして私に協力できることがあれば遠慮なくお声掛け下さいとお伝えし、会場を後にしました。また北海道に向かう理由が出来ました。

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最後に、会場内に展示されていた地元誌の特集記事をアップします。

写真では読みずらいですが、一読頂ければ今回の展示に向けた想いを感じて頂けると思います。

次回も期待いたしております!

 

(4月13日訂正:@hilow_zero氏を「主催者」から「企画者」へ改めました。主催者は小樽文学館様となります。ご指摘頂き誠にありがとうございました。)

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年4月号

マイコンベーシックマガジン1985年4月号(第4巻第4号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は114店となり、過去最大となりました。

新規掲載店は1店のみとなっています。

 

・その他

ファンフル(群馬県

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マイコンベーシックマガジン 1985年4月号より)

群馬県の集計店と言えば過去に高崎市が複数の集計店が存在し脈々と受け継がれていくのですが、一方隣の県都前橋市は集計店が稀少な場所となってしまいました。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年4月号より)

今号は7ページの枠内に隙間なく店舗欄があります。

1ページ目6店、2ページ目以降18店×6ページ=108店の合計114店のため、枠内では114という掲載店数が限界であることがわかります。

114を下回るとレポートや挿絵が挿入されて誌面が構成されています。

また今号追加の群馬県「ファンフル」ですが、北海道から順番に掲載されているのに対して札幌市と盛岡市の店舗の間に欄が設けられていますが、この欄は前号まで旭川市の「アドベンチャー」が掲載されていた場所であり、今号から掲載されなくなったためその代替で「ファンフル」が急遽掲載されたことが想像されます。

 

そしてトピック店舗ですが静岡市内キャロットシリーズとして最後となる「ビッグキャロット静岡東」をピックアップします。

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 (スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年3月号より)

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2021年2月20日撮影

静岡市草薙駅東静岡駅の間、東名高速道路国道1号が交差する場所に「プラザアピア」というパチンコ店のマルハンが運営する大型複合施設があり、その中にキャロットが存在していました。

 

施設は現在も営業していますが、2018年に一度閉鎖して全面建て替えを行っており、2020年5月に再オープンしたばかり。そのためキャロットが存在していた頃とは全く別の施設になっています。

静岡店、両替町店とは異なりここだけは駅から遠かったため現役時代に訪問が叶いませんでした。

 

1984年3月号からハイスコアの掲載が開始されますが、1985年2,3月号と店舗欄が存在せず、今号の1985年4月号は休載表記。翌月の1985年5月号からは店名が「プレイシティキャロットアピア店」に変更されます。

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 (マイコンベーシックマガジン 1985年5月号より)

店舗が改装され一時休業し、名称変更と共に再掲載になったと考えれば辻褄が合いますが、誌面に特に改装オープン等の旨は記載されておらず経緯は不明です。

その後ベーシックマガジン1988年10月号まで掲載がされますが、未掲載期間を挟んで1989年5月号に店舗欄復活。その後同じ静岡市内のPCC静岡店との合同集計期間を経て最終的にはゲーメストへの掲載店となりましたが、確認出来た時点では1998年6月30日号を最後に以降の掲載はベーマガゲーメストを含めてされていないようです。ただ店舗の営業は続いており、前回紹介したナムコPR誌NOURSの「全国ナムコ店舗ガイド」には店舗写真が掲載されています。

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(NOURSバックナンバー No.30 2000年9月号「全国ナムコ店舗ガイド 静岡編」より)

 

また、「プラザアピア」内にはキャロットの他に、「セガ・チャーリーワン」というセガ系店舗も存在していました。90年台にはオープンしているようなので、一時期同一施設内にセガナムコの店舗が共存していたようです。

90年台にはマルハンセガと組んで、マルハンの複合施設にゲームセンターを複数出店。静岡県ではチャーリーワン以外にも藤枝市セガワールド藤枝駅南が該当しましたが、共にマルハンの直営店となった後に閉店しており現存しません。

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2021年2月20日撮影

現在はパチンコ棟2階にゲーム機が設置されていますが、写真のようにほぼプライズ機のファミリー向け構成となっています。

ゲームセンター回顧録 小樽・札幌ゲーセン物語展へ行ってきました その1

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過日、北海道小樽市小樽文学館にて実施された「小樽・札幌ゲーセン物語展」へ行って来ました。

 

これまで地元埼玉県以外に愛知県や長野県のゲームセンターについて回顧録を残していますが、北海道は旅行や仕事で向かった際にゲームセンターへ立ち寄ったことがあった程度で、特にこれまでの人生で深い縁があった場所という訳ではありません。

 

その私が今回こちらへ伺うことになったきっかけは2020年の9月に遡ります。

コロナ禍が若干落ち着いた2020年夏にGo Toトラベルキャンペーンが開始されましたが、その際に落ち込んだ北海道観光振興の一環として「HOKKAIDO LOVE!」プロジェクトが実施され、キャンペーンの一環としてJR北海道から管内全線が6日間、特急も含めて乗り放題の「HOKKAIDO LOVE! 6日間周遊パス」が破格の¥12,000にて販売されます。

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この機会を逃すまいと思った私は、9月の4連休でこの切符を使って北海道のハイスコア集計店跡地巡りを決行します。

 

予め当時のベーシックマガジンやゲーメストで店舗の住所を調査の上渡道したのですが、住所の記載が不完全で確実な場所を捕捉出来ない店舗もいくつか存在。情報を探していた所以下のサイトに辿り着くことになります。

 

seesaawiki.jp

こちらのサイトに店舗住所や営業当時の様子、店舗跡の状況といった地元の方だからこそ書き込める情報が集約されており非常に重宝したのですが、小樽・札幌ゲーセン物語展の主催者である@hilow_zero氏が展示の一環として作成したものであることを知るに至ります。

 

そして渡道期間中に小樽市や札幌市内の全ての集計店跡地を廻りきることが出来なかったこともあり、来年の1月実施であればその頃にはコロナ禍もある程度落ち着くだろうから、残りの跡地探訪を含めてゲーセン物語展にお邪魔しよう、と心に決めていたのでした。

 

 

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JR小樽駅

通ったのみであれば前回来訪したのは2017年7月ですが、駅を降りて散策となると恐らく1987年以来となるため、34年振りということになります。

 

会場の文学館に向かう前に、もう一つの目的である小樽市内のハイスコア集計店跡地を廻ります。

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ゲームポイントフリーウェイ小樽店跡

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ゲームプラザ月光仮面

 

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プレイシティキャロット小樽店跡

 

1987年に訪れた時には、小樽運河を散策の後にプレイシティキャロット小樽店に立ち寄っているのですが、跡地は既に建て替えられておりそこにゲームセンターがあったことを窺い知ることすら出来なくなっていました。

 

そして今回の会場である小樽文学館へ。

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建物の目の前に線路と踏切がありますが、これは1985年に廃止された旧国鉄手宮線の廃線跡で、北海道で最初に開通した鉄道の一部区間ということで史跡としてそのまま残されています。旧色内駅のホーム跡が文学館に隣接しており、セットで散策を楽しむことが出来ます。

hokkaido-labo.com

 

今回の展示は2階で実施されていました。無料展示のため1階入口で展示を見に来た旨を伝えればそのまま入場出来ますが、文学館の通常展示も見ることが出来る300円の入場券を購入して2階へ。

そして文学館展示室のドアを開けると、その一角に明らかに周囲と異なっている、しかし建物の雰囲気と相まってどこか懐かしい空間が展開されていました。

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その2へ続きます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年3月号

マイコンベーシックマガジン1985年3月号(第4巻第3号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

店舗数は112まで戻りました。新規掲載店は3店あります。

 

ナムコ

ビッグキャロットTOC店(東京都)

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・その他

ブックセンタースクラム宮城県

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サンレジャー荒川沖店(茨城県

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 (画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1985年3月号より)

 

TOCとは、五反田駅から徒歩10分弱の場所にある「東京卸売センター」の略。

卸売業者が集まっているビルの1階及び地下1階に店舗や飲食街があり地下1階にナムコがテナントとして存在していました。電波新聞社からは最も近いナムコの店舗だったと思われますが、ハイスコア集計店として当初からエントリーされなかったのは、「卸売業者の集まっているビル内」という店舗の特殊性があったからなのかもしれません。

 

宮城県の「ブックセンタースクラム」の住所である泉市は、現在仙台市に吸収され仙台市泉区となっています。名称からは書店併設のゲームコーナーが連想されますが、店舗名称で検索すると現在のイオングループ障碍者支援事業に行き着きます。

 

また「サンレジャー荒川沖店」は、常磐線荒川沖駅前に存在した長崎屋店内のゲームコーナーだったと思われます。店舗とは無関係ですが長崎屋荒川沖店と言えば2008年の連続通り魔事件が目の前で起きた場所でもあり、事件当時報道機関の映像で長崎屋の建屋が映されていたことが思い返されます。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1985年3月号より)

 

今月で開催終了となったのは北海道は旭川市の「アドベンチャー」。

1985年1,2月号と店舗欄が無く、今月で再掲載されましたが以後掲載はされませんでした。

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2020年9月19日撮影

写真は「アドベンチャー」が存在したと思われる「旭川市1条7丁目の場所です。

旭川市の駅前目抜き通りである「平和通買物公園」沿いに存在したとのネット情報を元に位置をプロットしていますが、住所が誌面にフルで記入されておらずまた該当区画は写真のように建て替えられておりそれらしき形跡は皆無です。

些細な情報でもお持ちの方はコメントを頂けると幸いです。

 

また、「キャロット・スタンプハイクIN TOKYO」の告知がされています。

都内及び神奈川県の該当店舗を廻ってスタンプを集めると、参加賞や抽選でグッズが当たるというもの。スタンプやシート等のツールが用意されたと思われますが、こういったイベントが当時既に実施出来たのがナムコロケの強味であったと思います。

また対象店舗が19店と記載がありますが、掲載店でそれらしき店舗をカウントしても16店しかありません。誌面に掲載されていない店舗が3店はあったということでしょう。

 

そしてトピック店舗ですが、前回に続いて静岡シリーズ。

「プレイシティキャロット両替町店」をピックアップします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より) f:id:annaka-haruna:20210320111323p:plain

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2021年2月20日撮影

 

前回の「プレイシティキャロット静岡店」が面する呉服橋通りの隣、両替町通りに面しており両店間の距離は500m程度。徒歩でも10分は掛かりません。

呉服橋通りは商店街で昼間から人通りの多いメインストリートですが、両替町通りは飲み屋街となっておりむしろ夜間に人通りの増える繁華街。ターゲットの客層も異なっていたのでしょうが、近隣のナムコ系店舗でどちらもハイスコア集計を行っていたこともあり、セットとして認識されていたように思います。実際に追ってベーシックマガジン誌上では2店合同集計となった時期もあります。

 

場所は写真のビルの1階、現在居酒屋になっている場所が該当します。一度訪問したことがあり白い建屋だった記憶が残っていたのですが、1階部分はエントランスも含めて改装されており最初はこのビルだと認識できませんでした。2階の飲み屋の住所が一致したため場所を特定出来ています。店内は1フロアのみでしたのでそこまで広くは無かった覚えがあります。

 

ハイスコア集計は確認した時点では1994年2月号まで掲載がされていますが、店舗はその後も営業は続いていました。

ナムコPR誌「NOURS」のバックナンバーに店内写真が掲載されています。

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(NOURSバックナンバー No.30 2000年9月号「全国ナムコ店舗ガイド 静岡編」より)

また、以前に店舗の建物2階で火災があり報道されたのですが、その映像で店舗がばっちりと映ったことがあり、たまたまそのニュース映像を見ていたため個人的にはより印象に残っている店舗となっています。(FKS様貴重な情報をありがとうございました)

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年2月号

マイコンベーシックマガジン1985年2月号(第4巻第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総店舗数は107と1店減少。新規掲載も1店に留まります。

 

ナムコ

花小金井キャロットハウス(東京都)

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マイコンベーシックマガジン 1985年1月号より)

花小金井西武新宿線高田馬場駅から急行で30分弱、東京都郊外多摩地区の小平市に位置しています。

花小金井駅がある西武新宿線及び池袋線、そしてJR中央線の沿線エリア(新宿区、豊島区、練馬区、中野区、杉並区と多摩地区周辺自治体)は、黎明期から現在に至るまでハイスコア集計店に縁があるエリアで、ベーマガ初回掲載26店に都心部ナムコ系店舗として新宿及び高田馬場、そして西荻窪が登場しますが、追って東久留米(西武池袋線)、今回の花小金井、そして椎名町西武池袋線)とナムコ系店舗の掲載が続きます。

 

面白いのは、新宿や高田馬場のような山手線沿線以外ではどの店舗も微妙に主要駅を外していること。

西荻窪は吉祥寺と荻窪の間ですし、花小金井は田無と小平の間です。東久留米は市の中心駅とは言え隣接する保谷清瀬の方が乗降客数は多く、椎名町は池袋の次の駅です。

学校が近くにある、という訳でもなさそうで、どのような基準でナムコが出店場所を選定していたのかは興味がある所です。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン 1985年1月号より)

コーナー末尾に「ナムコグッズ販売のお知らせ」の告知があります。

追って全国のナムコ直営店舗で販売され、私も名古屋の星ヶ丘キャロットハウスで手にすることになるナムコグッズの数々ですが、この時期から展開され始めたようです。最初は6店のみの扱いでしたが、ナムコゲーム全盛期における人気とベーマガ誌上における「キャロット」という店舗名の認知向上も相まって全国に販売店が波及することになります。メーカーもゲームファン向けのビジネスに積極的だった時期と言えます。

 

また、休載表記になっている品川区の「ゲームプラザ荏原店」は今号が最後の掲載となりました。1984年8月号からのスタートなので半年程度の掲載期間となります。

こちらの「ゲームプラザ荏原店」の最寄り駅は東急大井町線荏原町駅。追ってハイスコア集計店として全国区の知名度となる「荏原ゲームコーナー」は隣の旗の台駅となっています。一方住所としての「品川区荏原」には「ゲームコーナーニューオリンピア」が存在していますがこちらは武蔵小山駅付近となり、店舗名と位置関係が非常にややこしくなっています。

  

そしてトピック店舗ですが、引き続きオリジナル26店より静岡県静岡市の「プレイシティキャロット静岡店」を取り上げることにします。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より) 

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2021年2月20日撮影

 

JR静岡駅から、静岡市中心街へ通じている呉服橋通りの途中に店舗はありました。

私が以前愛知県に住んでいた時には埼玉へ帰る際に青春18きっぷを多用していたのですが、駅から近かったこともあり途中下車して何回か立ち寄っています。

 

住所では写真中央の3階が雀荘になっている建屋が該当します。1,2階フロアがキャロットとして営業されていました。

写真からも分かりますが店舗正面の間口が狭く、その分奥行きが長い店舗でグッズ販売も行っていたカウンターが2階にあったように記憶しています。

現在のビルには3つの店舗入口が存在していますが、キャロット時代は雀荘とキャロットの2つの入口しか無く、キャロット閉店後に2階が別の店舗となり入口が新たに設けられたようです。

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2021年2月20日撮影

また店舗正面の通りには地下道も設けられているのですが、地下道から直接キャロットの1階フロアに上がることの出来る階段が設けられていたのが特徴的でした。

100円ショップの更に奥にある居酒屋「徳川さん」の場所が該当しますが、現在は看板で封鎖されておりそこに階段があった形跡を窺い知ることは出来なくなっています。

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階段の該当箇所。こちらの写真はSPREAM-FKS氏からくぼやん氏を通じてご提供頂きました。お二方にはこの場を借りて改めて御礼申し上げます。

ゲームセンター回顧録 セガロケーション撤退に思う その4

今度は「受ける」GENDA側の考察です。

 

市井の方よりも多少は業界に対するアンテナが高いと思われる私でも、今回の株式譲渡まで「GENDA」という社名は聞いたことがありませんでした。創業は2018年とのことで、まだ2年程度では聞き覚えがないのも無理のないことです。これまで業務用ゲーム機のレンタルやオンラインクレーンゲーム事業、米国への子供向け遊戯施設展開といった事業を手掛けていたようですが、今回の買収で一気に企業規模を大きくすることとなりました。

 

経営陣は、イオンファンタジー企業価値を大きく向上させた実績のある創業者兼会長の片岡氏と、金融業界で辣腕を発揮してきた共同創業者兼社長の申氏の二人が両輪となっているようです。

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(月間アミューズメントジャーナル2020年11月号表紙)

社長の申氏は業界紙である「月間アミューズメントジャーナル」の表紙を飾りました。通常はゲーム機の写真が表紙を飾ることが多い業界紙において、アミューズメント業界関係者とは思えないその容姿が異彩を放っていました。

 

気になるのは、バックが投資ファンドであるということ。ファンドの出資先として設立された経緯が窺えます。セガエンタテイメントの買収に動いたのは、ファンドとして勝算があってのことなのでしょう。

そのシナリオは、イオンファンタジー時価総額を約5倍に引き上げた現会長の手腕をこちらでも発揮してもらい、ひいては企業価値の向上→株式上場と見て間違いないと思います。そのため今後時間の経過と共に、これまでのセガの運営とは異なる形で様々な施策が打ち出されてくると予想されます。

 

当然それはプラスな面もあります。

例えばセガのロケーションにおいては永らくコナミ製品がほぼ導入されてきませんでしたが、表向きにセガは経営から手を引いていることから今後GENDASEGA店舗にコナミ製品が積極的に導入される可能性は充分あり得ます。コナミが製品を販売をしてくれるのかどうかは別の話ですが…

 

しかし以下のようなデメリットを私は危惧しています。

 

まずは先に述べている「バックが投資ファンド」であるということ。

ファンドが描くシナリオ通りに企業価値が向上すれば良いのですが、ビジネスモデルとして目新しいものはなく、しかも全体が斜陽であるゲームセンター業界において、ファンドの目論見通りに物事が進まない可能性は充分に考えられます。

その際「ファンドが資金を引き揚げて事業を再度別の業者へ売却する」という事態が起こり得る訳で、価値の低下した事業の買い手が付かなければ清算、という最悪のシナリオが全く無いとは言い切れません。

 

そしてもう一つが「セガブランドを失うことによる影響」です。

これまでは「1部上場企業」としてのセガもしくは直接の子会社という看板があったため、その信用や資金力、運営能力を踏まえて店舗の出店が可能でした。

特に最近はゲームセンター単独出店ではなかなか収益性が上がらないため、集客力が高いショッピングセンターインストアに飲食提供等も含めた複合型の店舗を展開する例が増加しており、その出店に当たっては予めゲームセンター運営会社がプロポーザルを行い出店企業が選定される場合が多いようです。

www.sega-entertainment.jp

bandainamco-am.co.jp

ナムコは元々ショッピングセンター内店舗運営が強く、現在の施設一覧を見てもインストア型店舗が多数を占めている反面、都市型やロードサイド店舗主体だったセガはショッピングセンターへの出店は後発で、近年はインストア型店舗を徐々に増やしてはいるもののその割合はナムコに比べると明らかに低くなっています。

店舗数を絞っている最中で無闇矢鱈と出店出来ないこと、またナムコ等インストア主体で運営している業者と比較して運営ノウハウや新規出店案件に乏しいという事情はあると思われますが、それでもプロポーザルを行う際にセガのブランドが与える影響は決して小さくはないと思います。

 

ここからセガのブランドが外れるとどうなるのか。

企業名にセガの文字を残しているとは言え、資本的にほぼ無関係になったことが周知されており、上場企業の後ろ盾による信用力、コンテンツメーカーが持つ商品力や企画力を失った企業がこれまでと同様に新規出店を継続できるのかは疑問が残ります。

そこで現会長の手腕に期待が掛かる訳ですが、イオングループ関係会社としてグループのショッピングセンターに国内外を含めて優先的に出店可能なイオンファンタジーと、企業名にセガの名称が含まれるものの実質はファンドがバックのベンチャー企業では明らかに土俵が異なるため、恐らく一筋縄では行かないのではないでしょうか。

  

jamma.or.jp

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(社団法人 日本アミューズメントマシン工業協会 設立20周年記念誌 1990年台-3より)

かつてアーケードゲーム業界は、「不況知らず」と呼ばれ、実際に不況期においても市場を拡大してきました。それは定期的にヒット商品を市場に送り込んできた開発者、そしてコツコツと日銭を稼ぐゲームセンター運営関係者の不断の努力の賜物だと思います。

しかしアーケードゲームが持っていた商品的アドバンテージは徐々に失われ、またゲームセンターの稼得能力もコロナ禍で大きく減衰しているタイミングでの「セガのロケーション撤退」は、いよいよ業界が完全に縮小期へ突入するトリガーとなってしまうのでしょうか。

GENDA会長の片岡氏はtwitterで上記の発言をされています。先行きは決して安泰ではないと思いますが、元OBとして今後店舗、会社、そして業界を如何に活性化させていくのか興味深く見守りたいと思っています。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1985年1月号

マイコンベーシックマガジン1985年1月号(第4巻第1号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

これまで「スーパーソフトマガジン」という別冊内にて展開されていたチャレンジハイスコアのコーナーですが、1985年からベーシックマガジン本誌へ吸収されて掲載されるようになりました。

吸収された理由が、当時の書店で「別冊だけ引き抜かれる」行為が多発したためと確か「ALL ABOUT ベーマガ」のイベント内にて語られていたと思います。さもありなん。

 

掲載店総数は108と4店減少しました。新規掲載店は2店あります。

 

・その他

ゲームプラザぱっくんらんど(東京都)

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ゲームプラザとよなか(大阪府

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1985年1月号より)

 

1984年のリリースされたナムコの「パックランド」を彷彿させる東京都北区の「ゲームプラザぱっくんらんど」ですが、ゲームと店舗のどちらが先に登場していたのが少々気になるところ。

また豊中市の新規掲載店も店舗名は「ゲームプラザ」の名称で偶然一致しています。しかしこちらの「ゲームプラザとよなか」は今号限りの掲載に留まっています。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもマイコンベーシックマガジン1985年1月号より)

2ページ目枠外に「ネットワークインタイトー」及び「プレイシティキャロット八戸店」休載の案内があるのですが、両店共にスコアはきちんと掲載されています。店舗名の誤植が疑われます。ちなみに先月掲載されたものの今月休載となっている店舗は旭川市の「アドベンチャー」及び八戸市の「レーサーランド」ですが、次号以降に特に訂正の旨はありませんでした。

 

また、前号及び前々号と店舗欄が存在しなかった「高崎キャロットハウス」。

今月休載表記とは言え店舗欄が復活しますが、結局掲載はこの号が最後となりました。ナムコ系ロケーションとしては3件目、オリジナル26店では初の掲載ストップとなっています。

 

トピックは前回の新宿に引き続き、東京都区内のベーマガ初回掲載26店の中から、「ビッグキャロット新橋店」を取り上げます。

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年3月13日撮影

新橋という場所でイメージされるのは、駅前のSL広場前でテレビのインタビューを受けるサラリーマンの姿ですが、そのSL広場に面した通りを挟んで真向かいにナムコのキャロットがあった、といってもキャロットの持っている店舗の雰囲気や客層が新橋という場所とあまりマッチしないのが80年台ゲーマーの感想なのではないでしょうか。

 

現在のビルの名称は異なっていますが、住所では写真のプロントの位置が該当します。

中2階及び地下1階がキャロットのフロアだったようです。

プロント店内を窺うと、自動ドアから連続して店内が数段高くなっており、また地下への階段も確認出来るため、プロントの場所そのままで間違いないようです。

「ゲームマシン」誌の1985年10月15日号に、当時の店内写真の掲載がありました。

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(ビッグキャロット新橋店 地下1階の当時の様子)

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(こちらは中2階の様子 いずれもゲームマシンアーカイブ 1985年10月15日号より)

 

当時の写真でも店内のサラリーマン風な客層の姿が目立ちます。

誌面上では当時の店長のインタビューも掲載されており、当初からコンセプトはサラリーマンがメインのアダルト志向で、以前はメダルゲームも設置されていたが今後再設置も検討する主旨の回答がなされています。ハイスコア集計店として掲載はされていたものの、立地的な特性からあまり当時のゲームファン層に対して積極的に訴求する店舗ではなかったと思われます。

そのため、ハイスコア掲載は1986年3月号までの2年程度でストップしました。1988年の東京CARROT MAPには店舗が掲載されているため、営業は集計中止後も継続していたようです。

 

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2021年3月13日撮影

そして新橋のゲームセンターと言えば忘れてはならないのが「ニュー新橋ビル」の存在。以前紹介した大阪駅前第〇ビルと同様の等価交換による再開発ビルで、こちらもビル内に多数のゲームセンターが存在していたことで有名でした。

ゲームマシン誌上の新橋特集記事では、全盛期に近い頃のビル内ゲームセンター密集具合を窺うことが出来ます。

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(いずれもゲームマシンアーカイブ 1985年10月15日号より)

キャロットと高架下の1店以外は全てビル内に集中しています。

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2021年3月13日撮影

しかし2021年現在残っている店舗は2店のみ。しかも建て替え計画があるためビル自体の余命も迫っています。ゲームセンターの閉店も続出しているため目に焼き付けておきたい方は早めの訪問をお薦めします。

ゲームセンター回顧録 セガロケーション撤退に思う その3

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セガ秋葉原1号館 2020年10月25日撮影)

セガがロケーションビジネスから撤退することで、どのような影響が考えられるのか。

 

まずは「手放した」セガ側から考察してみます。

 

ロケーションビジネス撤退でセガが失うこととなる売上高はおおよそ年間400億であることを確認しています。セガの売上全体に占める比率は以前より大きく低下しており、ダメージは限定的と見る節もありますが、この400億が他の売上と大きく異なるのは、「その殆どが日銭としてキャッシュでダイレクトに入ってくる」ことにあります。

 

キャッシュは運転資金として即運用できることは勿論ですが、ゲーム制作において開発段階は初期コストを要します。コスト回収はゲームの発売後となるため、開発期間中の資金は何らかの形で調達しなければなりません。

最もポピュラーな資金調達と言えば「銀行からの融資」となりますが、銀行も当然ながら回収が厳しい会社へそう易々とは貸してはくれません。しかし現金収入が期待できるゲームセンターを多数運営していれは融資への敷居は確実に下がることが想定されます。

 

特に大手ゲームメーカーと分類されるセガタイトーそしてナムコがゲーム業界で生き残ってこれたのは、他メーカーと比較して多数のゲームセンターを運営していることで運転資金が確保され、また融資が受けやすくなるというメリットを享受出来たからではないかと考えます。

アーケードゲームメーカーは、大抵自社ロケーションを平行展開した経緯がありますが、大手3社ほど広域的に多数の店舗が展開できなかった中小メーカーは倒産や業務用からの撤退を余儀なくされました。一方カプコンも現在は業務用ゲームタイトルのリリースは少数となっており、一時業務用ゲーム機製造からの撤退が噂されましたがロケーションビジネスについては依然としてショッピングセンター店舗を中心として展開しており、店舗運営ビジネスを継続することにメリットがある裏付けとなっています。

そのメリットこそが「セガはロケーションを手放すことはない」と思う根拠となっていました。

 

しかし今回セガサミーホールディングスはロケーションビジネスを手放しました。

里美社長は以下記事内で「もともと軒先に機械を置いておカネを稼ぐということを創業の頃にやっていたという意味で、(歴史的な意味を持つ)基幹事業」との認識を持ちつつも、「もしこのままわれわれが持っていたとしても、大幅な店舗削減をしなければいけない」と店舗運営ビジネスは悲観的であることを語っています。
toyokeizai.net

確かに店舗の稼得能力が低下している現在、店舗施設やゲーム機といった資産を過剰に抱えておくことは固定費の増加に繋がるため経営的にプラスに作用しません。

 

資金においても上場企業である以上調達手段は存在するため、もはやゲームセンターからのキャッシュに頼る必要は全くないのかもしれません。

 

そして並行して、アーケードゲーム向け開発人員をソフトやアプリの開発に振り向けることも発表されました。

これらの一連の流れはつまるところ、「人、モノ、金」という経営の三要素を業務用ゲーム部門から大きく引き剝がすことを意味します。

アーケードゲーム開発事業は引き続き継続すると表明しているとは言え、今回の事業再編で完全にセガのメインストリームから外れてしまった業務用ゲーム事業が今後いかなる運命を辿っていくのか、何となくその結末が見え隠れしている気がしてなりません。

 

 その4へ続きます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1984年12月号

スーパーソフトマガジン(ベーシックマガジン別冊付録)1984年12月号(第3巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店舗数は112と10月号の数字に戻したのですが、新規掲載店は以下1店に留まっています。

 

ナムコ

プレイシティキャロットなんば店(大阪府

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年12月号より)

既に掲載店となっている「なんばCITYビッグキャロット」とはその距離500m程度。「プレイシティキャロット道頓堀店」からは更に近い300m程度に位置していたことがマップからわかります。当時はまだナムコも都市型店舗として「キャロット」を積極的に出店していた時期だったと想像出来ます。

 

以下スコア欄となります。

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(画像はいずれもスーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年12月号より)

 

ナムコ系店舗においては予告された「ビッグキャロットすみのえ」以外に掲載停止は出ていませんでしたが、長崎県の「ゲームスペースサンデー」が今号を持って掲載が終了し、ナムコ系では2店目の掲載離脱店となりました。しかしゲーメスト1986年9月号にてスコア集計が開始されるとそちらで掲載が再開されるに至ります。

 

またメーカー系列に属さない集計店で最初に掲載された2店のうち、葛飾区堀切の「ゲームセンターフェニックス」は今号で最後となりました。これまで休載は一度も無く、また最初に手を挙げているということは誌面への掲載に意欲的なお店だったと思われるのですが…
また広島の「鯉城」と鹿児島の「ヤング・タウン」は休載表記で次号以降復活せずフェードアウト。どちらも休載が目立っておりこちらは掲載停止は寧ろ時間の問題だったと言えます。

それにしても「鯉城」という店舗名、広島らしいと言えばそうですがゲームセンターの名称までカープになるんですね。

 

そしてトピック店舗ですが、初回掲載26店に戻って「プレイシティキャロット新宿店」「プレイシティキャロット一番街店」の双方をまとめてピックアップします。

 

①プレイシティキャロット新宿店

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年1月10日撮影

 

②プレイシティキャロット一番街店

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(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2021年1月10日撮影

 

両店の地図は同位置同縮尺なのですがその距離は200m足らず。靖国通りを挟んで新宿東口に2件のキャロットが存在していました。両店ともベーシックマガジン初回ハイスコア集計から名を連ねた歴史ある店舗です。

 

業界紙「ゲームマシン」において、1985年当時の店舗外観や店内の様子を写した記事がありましたので、以下2店分を抜粋します。

 

「プレイシティキャロット新宿店」 

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店舗外装及び1階フロアの様子。2階のダッキーダックは昔から変わっていないようです。

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地下1階フロア内部。

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マップ及び周辺店舗データ

(いずれもゲームマシンアーカイブ 1985年5月15日号より)

 

「プレイシティキャロット一番街店」

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 店内の様子。こちらは外観写真はありませんでした。1,2階を店舗が占めていたようです。

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マップ及び周辺店舗データ

(いずれもゲームマシンアーカイブ 1985年4月1日号より)

 

新宿という場所柄、繁華街型店舗としてヤングアダルト層をメインターゲットとしており、周辺に林立する他店との差別化のため白を基調とした明るい内装と、ハイスコア集計のようなゲームファン向けサービスを推進していたことが伺えます。

 

ただ傾向が類似した店舗を近隣で2店並立して運営することが難しかったのか、一番街店については1985年7月号で店舗欄の掲載はストップ。新宿店にリソースを集中させる方策を取ったのでしょうか。

その後新宿店はゲームブティック高田馬場やプレイシティキャロット巣鴨店と並んで80年台における東京地域の代表的ナムコロケとしてゲームファンの間で語り継がれることになります。

igcc.jp

「ゲーム文化保存研究所」サイト内の記事「ゲームセンター聖地巡礼」にも新宿キャロットが取り上げられています。新製品のロケテストなども実施されていたようです。

 

しかし90年台に突入し、ナムコのゲームファンに対するスタンスが変化してきた影響を受けたのか、ベーシックマガジンへのハイスコア集計は1991年1月号を最後にストップしました。店舗はその後も営業は続けられていましたが、聖地的なカリスマ性のある店舗からは遠ざかってしまったようです。