小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年8月30日、9月15日号/トピック店舗:ダイエーレジャーランド郡山店(福島県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年8月30日、9月15日号)

ゲーメスト1994年8月30日、9月15日号(第9巻第20号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は78で先月比-3となります。

7月15日号以来の新規掲載店が1軒あります。

 

・その他

サーカスワールド小山店(栃木県)

(ゲーメスト 1994年8月30日、9月15日号より)

 

栃木県小山市の掲載店は、1987~89年に掛けて小山駅前に「ゲームランド小山」が存在しましたが約4年半ぶりに掲載店が復活します。

 

今度は駅前ではなく、住所の通り「小山ゆうえんち」に隣接した場所。

小山ゆうえんちと言えば関東圏在住の方々はテレビCMが頭をよぎるのではないでしょうか。

www.youtube.com

2026年現在跡地はショッピングモールになっていますが、遊園地のランドマークであったメリーゴーランドが敷地内に残されています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年8月30日、9月15日号】

(ゲーメスト 1994年8月30日、9月15日号より)

 

80年台後半に「テトリス」の大ヒットで落ちものパズルゲームというジャンルが確立しますが、1992年にアーケード版の「ぷよぷよ」が登場しヒットすると、追従する形で再びパズルゲームが多数リリースされる時期が訪れます。

 

今号の「君こそゲーメスト」欄のトップを飾る「ぐるりん」「古今東西干支物語」はその流れで登場したタイトルですが、対戦格闘ブームの恩恵を受けていないメーカーが数合わせ的に発売したという印象で、一部を除いて流通度も低いレアなタイトルとなってしまった感はありました。

 

 

トピック店舗:ダイエーレジャーランド郡山店

 

トピック店舗は場所を福島県へと移します。

 

まずは福島で最も全国的に名前が知られた集計店と思われる「ダイエーレジャーランド郡山店」をピックアップします。

 

(ゲーメスト 1986年9月号より)

2026年8月12日撮影

 

福島県郡山市は県庁所在地ではないものの、2026年時点で県内市町村では最大の人口を誇ります。中心市街地はJR郡山駅前に展開されており、かつては多数の大型商業施設が存在していましたが郊外化に伴い撤退が相次ぎました。

 

「ダイエー郡山店」も撤退した商業施設のひとつですが、そのダイエー館内で営業されていたアミューズメント施設が「ダイエーレジャーランド郡山店」です。

(ゼンリン住宅地図 郡山市1988年より)

 

住宅地図は1988年です。

 

本館(9階建て)と別館(4階建て)にて構成されていたようですが、住宅地図には本館の外部テナント一覧しか記載がなく、その中にゲームコーナーを想起させるものはありませんでした。

 

そのため、本館または別館のどちらに店舗が存在したのかは要追跡となっています。情報をお持ちの方は是非ともお寄せ下さい。

(ゲーメスト 1987年3月号より)

 

こちらの店舗には仙台市の「プレイシティキャロット仙台店」と並んでハイスコア黎明期における東北地方の雄というイメージを持たれている方も多いのではないかと思います。

 

セガの体感ゲーム「アウトラン」はあまりにも有名なタイトルですが、ハイスコア(タイムアタック)争いで全国のプレイヤーに多大な衝撃を与えた裏技「ギアガチャ」が普及したきっかけとなるお店と言われており、その影響の大きさから全国のハイスコアラーにこの店舗名が広く知られることとなりました。

 

ゲーメスト1987年3月号からアウトランのハイスコアがタイムで集計されるのですが、この時の全国トップが4’47’’50だったのに対し、郡山のタイムは上記店舗欄の備考欄にある4’46’’71のため見落とされています。以降の誌面上でこの点に関して訂正や謝罪はなく、まだ創刊後間もないゲーメストの影響力がベーマガ程強くなかったこともあってあまり騒がれていたような記憶はありません。(実際のところは違っていたのかもしれませんが…)

 

(マイコンベーシックマガジン 1987年5月号より)

 

また当初こちらはゲーメストのみの掲載であり、個人申請という手段を持たなかったベーマガには郡山市内や近隣にも他の掲載店が存在しなかったことも影響したのか、ベーマガにも1987年5月号から掲載開始されダブル掲載店となります。この頃がハイスコア的には店舗の黄金期だったのでしょう。

 

最早ショッピングセンター内のゲームコーナーでハイスコア狙いはおろかビデオゲームすら設置が無い店舗が殆どとなりましたが、特にゲームセンターの数がそれほど多くない地域にとってショッピングセンターのゲームコーナーが地域ゲーマーの拠点となる例が80年台までは比較的多数存在しており、当時ダイエー内で運営されていたダイエーレジャーランド系列の店舗でもハイスコアを誌面に掲載するお店が複数見られました。

 

しかし80年台も末になるとゲームマニアを囲い込むことの弊害がむしろ目立つようになってしまい、ショッピングセンター内のハイスコア集計店が徐々に減少する中、こちらもベーマガが1989年5月号、ゲーメストは追って10月号にて掲載が終了しています。3年程度の掲載期間に留まりましたがゲーメスト全国トップ数である☆は21を数え、80年台の☆給付数が少なかった時代に確かな足跡を残した集計店でした。

 

集計中止の経緯は不明なのですが、1989年に元々のダイエー郡山店からディスカウントストア形態である「トポス郡山店」に業態変換をしている履歴があるため、それに合わせてゲームコーナーが閉店したという可能性が考えられます。

 

nationalmaclord.web.fc2.com

ただトポスへ業態変換したものの営業は長続きせず、5年後の1994年に施設全体が閉鎖、その後20年に渡り建物は放置されていましたが2011年の震災の影響で別館が半壊状態となり2013年にまず別館が解体、残った本館も2015年から解体が行われ、現在は写真のように全て更地となり駐車場と化しています。リンクは2012年時点で撮影された解体前の建物外観です。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年8月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年8月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年9月30日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年9月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年8月15日号/トピック店舗:ゲームセンター101/ゲームセンター遊→ゲームプラザ遊(新潟県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年8月15日号)

ゲーメスト1994年8月15日(第9巻第18号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は81で前号比+3となっています。今号も新規掲載はありません。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年8月15日】

(ゲーメスト 1994年8月15日号より)

ベーマガにナムコキャロット系店舗のスコア掲載が多数存在した時代は、新製品の入荷が滞るとチャレハイ通信欄にオールドゲーム入荷のコメントが多く寄せられていましたが、ゲーメストのハイスコア通信でも同様のコメントが増えてきました。

 

最もこちらは製品の入荷だけでなく、「対戦格闘ゲームばかりとなりハイスコアを狙えるゲームが少ない」という切実な理由も含まれていたように思います。

 

 

トピック店舗:ゲームセンター101/ゲームセンター遊

 

トピック店舗へ移ります。

 

80年台後半にナムコ、タイトー、セガの直営ハイスコア掲載店が揃い踏みした新潟市ですが、以後メーカー系列店が徐々に数を減らす代わりに系列外の集計店が登場するようになります。今回紹介する「ゲームセンター101」「ゲームプラザ遊」は共に新潟市内のメーカー系列外ハイスコア掲載店です。

 

【ゲームセンター101】

(ゲーメスト 1992年3月号より)

2026年5月31日撮影


【ゲームセンター遊→ゲームプラザ遊】

(ゲーメスト 1995年4月30日号より)

2026年5月31日撮影

 

今回紹介する「ゲームセンター101」及び「ゲームプラザ遊(ゲームセンター遊)」は、ゲーメスト誌面には1992年3月号より当初から合同集計として登場するのですが、いずれもベーマガにて先行で掲載が開始されていた履歴を持ちます。

 

最初に掲載されたのは「ゲームセンター101」で、1988年6月号が初登場となりました。

 (マイコンベーシックマガジン 1988年6月号より)

 

これまで新潟市の掲載店は全て古町、万代といった中心部での立地だったのですが、こちらは中心部から直線距離で5km以上離れた郊外の幹線道路沿いとなっています。

(ゼンリン住宅地図 新潟市西版1991年より)

 

住宅地図は1991年です。

 

最寄駅はJR越後線小針駅で新潟駅から4駅、駅からの距離は徒歩10分程度です。店舗正面の道路は国道116号の表記になっていますがバイパスが通じたため国道指定を外れており、現在は西大通りの表記となっています。通りを東へ進めばそのまま新潟市中心部に辿り着くことが出来ます。

 

郊外とはいえ駅からは比較的近く、沿道もバスの本数は多いためアプローチはそれほど悪くはないと思われますが、周囲は住宅地かつ駐車場が用意されていた雰囲気もなく、また新潟大学からは少々距離があるためどのような経緯でこの場所に出店されたのかが気になる場所ではあります。

 

掲載は1988年11月~89年3月まで中断するものの、89年4月号から復活すると以降は安定して掲載を継続、そして1991年4月号からは店名を「ゲームセンター101&UFO」と変え2店の合同集計となります。

(マイコンベーシックマガジン 1991年4月号より)

 

この時合同集計となった「UFO」の所在が不明だったのですが、調査したところ以下Xの投稿を発見することが出来ました。

 

上記によれば、新潟市内のアニメショップで配布されていた情報誌に広告が掲載されており、そこでUFOの住所が「新潟市米山257」であること、またUFOと101が系列店という情報を入手しています。丁度マンガ・アニメといったサブカルにゲームが新たに取り込まれつつあった時期で、アニメ関係のミニコミ誌にゲームセンターの広告を入れ込むというのは当時としては結構斬新だったのではないでしょうか。

 

またUFOについてはまだ現地確認を行えていないため、追って調査の上追記することにします。

 

そして続いて紹介する「ゲームセンター遊→ゲームプラザ遊」もベーマガから掲載が開始されています。

(マイコンベーシックマガジン 1991年9月号より)

こちらの初登場は1991年9月号からで、新潟市域のハイスコア掲載店では丁度「ウィルトークタイトー古町店」が同年8月号にて掲載を終了していることから入れ替わりとなったような印象を受けます。

 

場所は新潟駅万代口に程近い弁天町で、近隣であったハイテクセガ新潟駅前店が駅を出て東側に位置していたのに対し西側という位置関係となっています。

(ゼンリン住宅地図 新潟市西版1988年より)

 

1988年の住宅地図で既に存在が確認されています。1階がパチンコ店という当時市街地の店舗によく見られた構成で、2026年時点で現地に残っている建屋も元パチンコ店の雰囲気が残っています。

(マイコンベーシックマガジン 1991年12月号より)

 

その後同年12月号から店名表記が「ゲームセンター遊」から「ゲームプラザ遊」へと変更になり、以降誌面上はこの名称が継続するのですが1993年の住宅地図上では「ゲームセンタ―遊」のままとなっていました。単なる表記ゆれたっだのでしょうか。

 

そしてベーマガでは別々の店舗欄を有していた「ゲームセンター101」と「ゲームプラザ遊」ですが、ゲーメストでは1992年3月号から合同集計として登場することととなります。ベーマガで101と合同集計を継続していたUFOは表記には含まれていないため、表面上は合同集計には含まれていないのですが実際のところどうだったのかは不明です。

 

以降、初期の新潟市内のメーカー系列スコア掲載店は1992年までに全て誌面から姿を消し、今回紹介している3店が命脈を引き継ぐのですが、ベーマガでは101&UFOが1993年5月号、遊が同年6月号にて相次いで掲載を終了、1984年8月号から継続されてきた新潟市内のベーマガ掲載店はその灯りを消すこととなりました。

 

ゲーメストは101&遊の合同集計のまま掲載が継続されるのですが1993年に入ると休載が増加、その後2店合同としては1994年12月15日号までとなり、間を置いて1995年4月30日号にてゲームプラザ遊単独で掲載されたのが最後となりました。そのためゲーメストにゲームプラザ遊として単独の店舗欄が設けられたのは最終掲載のみということになります。

 

その後「ゲームプラザ遊」は1998年まで営業が続けられていたとの情報です。1998年の閉店直前の店内写真がXにアップされていましたので以下引用させていただきます。

 

そして2026年時点ではゲームセンター101の跡地は「サンパティオ小針」というマンションとなり、ゲームプラザ遊の跡地は建屋は当時のまま居酒屋として使用されています。ゲームセンター101の閉店時期は不明なのですが、サンパティオ小針の築年度が2003年3月のためそれ以前の閉店であろうと思われます。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月30日

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年8月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年8月30日、9月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年9月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年8月号/トピック店舗:ニュービバアメリカン→ウィルトークタイトー古町店(新潟県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1994年8月号)

マイコンベーシックマガジン1994年8月号(第13巻第8号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は先月比-4の90、1994年3月号からの梃入れにより100近くまで戻した店舗数はほぼ梃入れ前の数字に戻ってしまいました。先月に引き続き新規掲載もありません。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1994年8月】

 

 

(マイコンベーシックマガジン 1994年8月号より)

 

掲載店数減少によりコーナー内の広告枠が復活するのですが、今までの横枠ではなく縦枠となっており、また装丁の関係か店舗欄との間隔がほとんどないため不自然さがあります。そしてこの広告枠が追って別の影響を引き起こすことになります。

 

 

トピック店舗:ニュービバアメリカン→ウィルトークタイトー古町店

 

トピックは前回のカミーノ古町プレイハウス同様、新潟市中心部の古町に店舗を構えていた「ニュービバアメリカン→ウィルトークタイトー古町店」をピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

2026年5月31日撮影

新潟市の繁華街中心に位置し、新潟駅前から続く柾谷小路と西堀通りの交差点に位置する「越路会館」内に店舗がありました。

(ゼンリン住宅地図 新潟市西版1985年より)

 

1985年の住宅地図ですが、越路会館の他に交差点に面している施設は新潟三越、金沢資本の百貨店大和、そして移転前の新潟市役所となっており、また市役所前交差点から四方には地下街である「西堀ローザ」が伸びています。まさに中心街の一丁目一番地であったといっても過言ではない場所です。

 

その越路会館の1,2階を占めていたのがタイトー系列店「ニュービバアメリカン」です。

 

越路会館は大衆酒場で、お店のルーツは終戦直後とのこと。昭和30年頃から宴会場を併設した建物を現在の場所に構えたようです。

jatelier.jp

酒場として営業されていた当時のレポートを転載します。営業終了は2004年12月30日とのこと。1階にタイトーインの看板も見えます。

 

そしてベーマガへはタイトー系店舗が多数登場した1984年8月号から掲載スタートしました。

 

その後1986年11月号から店舗名が「ウィルトークタイトー」へ変更されています。ベーマガ掲載店ではこの名称が初めて登場、ゲーメストにおいても1986年11月号の「ウィルトークタイトーきしゃば店(鹿児島県)」が最初となっているためこの時期から共通CIとして使用され始めたということで間違いないようです。

 

そして誌面掲載の店名は1987年7月号から「ウィルトークタイトー新潟店」、88年5月号からは「ウィルトークタイトー古町店」へと変遷しています。

(マイコンベーシックマガジン 1986年11月号より)

 

(マイコンベーシックマガジン 1987年7月号より)

(マイコンベーシックマガジン 1988年5月号より)

 

以降は掲載終了の1991年8月号まで古町店の名称で通されていることから、記事見出しは古町店にて統一することとしています。掲載期間は7年に及び、新潟市内では最も長期に渡る掲載店となっています。

 

面白いのは、一時古町界隈に存在したナムコ、タイトー、セガの大手3社直営店が同時にハイスコア掲載を行っていた時期があるということです

 

・ニュービバアメリカン→ウィルトークタイトー古町(タイトー)

  1984年8月~1991年8月(ベーマガ)

・カミーノ古町プレイハウス(ナムコ)

  1984年11月~1988年2月(ベーマガ)

・ハイテクセガ新潟(セガ)

  1987年5月~1990年7月(ゲーメスト)

 

1987年5月から1988年2月までの1年未満ではありますが3社の掲載店が揃い踏みしています。地方都市で3社の掲載店が全て存在した履歴があるのは仙台市や金沢市、高崎市など他にもありますが同時期となると新潟市以外には確認している時点では存在していません。

 

ウィルトークへ改装後の貴重な店舗内外観写真がぜくう (@Area51_zek)氏のXにアップされていましたので以下引用させていただきます。

 

改装オープンは1986年7月26日とのことで、写真は入口に花環があることから改装直後でしょうか。現況写真では4枚目の位置に相当するのではないかと思います。

 

また85年の地図では店舗は1,2階となっていますが、改装後の店内は中2階が写っているため元々改装前から1階及び中2階で運営されていたのではないかと想像しています。

(ゼンリン住宅地図 新潟市西版1991年より)

 

そしてこちらは1991年の住宅地図です。店舗表記も「WE'LL TALK TAITO」へ変更になっています。また新潟市役所が移転したため交差点名が「市役所前」から「西堀通」へ変更になっていますが三越、大和ともにまだ健在で、この頃はまだ活気に溢れていた時期だったのでしょう。

2026年5月31日撮影

 

その後は前述のように越路会館は2004年12月末にて閉店、2010年6月に大和新潟店、そして最大の商業施設であった三越が2020年3月に閉店し、西堀交差点を取り囲んでいた施設は新潟市役所を含めて2026年時点で全て姿を消しています。三越の跡地には再開発への期待と過去の写真がパネルで掲示されていましたが、ハイスコア集計が華やかな時代であった1989年の写真と現在の人通りを比較するとその落差に時間の経過を感じてしまいます。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年7月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月30日号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年9月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年8月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年8月30日、9月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月30日号/トピック店舗:ハイテクセガ長岡→ドリームスペース/ビデオインアタック(新潟県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年7月30日号)

ゲーメスト1994年7月30日(第9巻第17号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総掲載店数は78で前月比+2となっています。

 

新規掲載店は無いのですが、当号はなんといっても1991年5月号を最後にめざせハイスコアコーナーから姿を消していた「プレイシティキャロット巣鴨店」の復活掲載が目を引きます。

(ゲーメスト 1994年7月30日号より)

 

巣鴨店が一度ゲーメストへの掲載を中止し、今号で復活するまでの流れは拙noteの以下エントリーでも触れております。よろしければご覧下さい。

note.com

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年7月30日】

(ゲーメスト 1994年7月30日号より)

ゲーメストの「ヒットゲームベスト10」は、ハイスコア掲載店からのデータ収集協力や、人気とインカムを別々にしたこともあり当時のアーケードゲームのランキング指標として比較的正確なものと評されていますが、一方でランキングが流通度に左右されてしまうという面も否めませんでした。

 

特に大型筐体ものは顕著で、当時のポリゴン系グラフィックドライブゲームの完成形とも言え、導入店舗では高稼働を博した「リッジレーサー」「デイトナUSA」が共に低い順位であったことがその点を象徴しています。

 

ただこれはナムコ、セガ系の掲載店舗が減少してしまい自社ロケにおける数字がランキングに反映され難くなったことも影響しているように思えます。

 

 

トピック店舗:ハイテクセガ長岡→ドリームスペース/ビデオインアタック

 

トピック店舗です。

 

前回は新潟市のセガ系店舗をまとめて紹介しましたが、今回は新潟市外のセガ店舗を含む中越地域の掲載店「ハイテクセガ長岡→ドリームスペース」「ビデオインアタック」の2軒を取り上げることにします。

 

【ハイテクセガ長岡→ドリームスペース】

(ゲーメスト 1990年8月号より)

2026年5月30日撮影


【ビデオインアタック】

(ゲーメスト 1987年10月号より)

2026年5月30日撮影

最初は長岡市の「ハイテクセガ長岡」です。

 

以前に取り上げているナムコ系のプレイシティキャロット長岡店同様、JR長岡駅前に広がる市街地に位置しており両店の距離はおおよそ300m程度と至近距離です。

(ゼンリン住宅地図 長岡市1984年より)

1984年の住宅地図ですが、該当箇所には「ゲームランドカーニバル」の文字があります。カーニバルの名称はハイテクセガのブランドが登場する以前に使用されていた事例があることから場所はこちらで相違ないと判断しています。また誌面掲載開始は1990年8月号のため、店舗のオープンからは少なくとも6年以上の時間が経過していたこともわかります。

 

そして1991年8月号からは、同じ新潟県は上越市の高田地区に存在した「ハイテクセガ高田」と合同集計となります。

(ゲーメスト 1991年8月号より)

 

この時点で新潟県におけるセガ系店舗は新潟市、長岡市、そして上越市の県内主要都市全てにハイスコア掲載店を構えることとなるのですが、その期間は短く1992年3月号で長岡、高田店が誌面から姿を消します。その後新潟市の店舗も5月号にて掲載を終了し、県内のセガ系スコア掲載店の歴史に幕が降ろされています。

 

ちなみに「ハイテクセガ高田」の場所ですが、当時のJR(現在のえちごトキめき鉄道)高田駅前の高田本町商店街付近にあったとの情報を入手していますが、1991年の住宅地図では場所を特定出来ませんでした。正確な場所をご存知の方がいらっしゃいましたら情報をお寄せ下さい。

 

そして長岡、高田店掲載終了後6年の期間を経て、ゲーメスト2部集計である「狙うぞハイスコア2」1997年11月15日号にて、ハイテクセガ長岡と同一住所にて掲載された店舗が「ドリームスペース」です。

(ゲーメスト 1997年11月15日号より)

(ゼンリン住宅地図 長岡市1999年より)

 

1999年の地図でも同一箇所が「ドリームスペース」に変わっていることが確認出来ます。

 

こちらはセガが運営から撤退し引き継がれたパターンのお店だと思われますが、セガがいつまで運営に携わっていたのかは未調査となっています。

 

しかし狙うぞハイスコア2への掲載は短く、1998年8月15日号までと1年以内の期間に留まっています。99年の住宅地図にて存在していることから閉店による掲載中止ではなさそうです。

 

そして2026年では跡地に当時の建物は無く、アパートに建て替えられています。まだ建て替えられてからそれ程時間は経過していなさそうです。

 

Googlemapの履歴を確認すると、2012年10月時点では建物が残存していたことを確認しています。

https://www.google.com/maps/@37.4489169,138.8494502,3a,90y,298.06h,105.49t/data=!3m8!1e1!3m6!1s__DREaQKldmeel6RVtJrXA!2e0!5s20121001T000000!6shttps:%2F%2Fstreetviewpixels-pa.googleapis.com%2Fv1%2Fthumbnail%3Fcb_client%3Dmaps_sv.tactile%26w%3D900%26h%3D600%26pitch%3D-15.487070868523006%26panoid%3D__DREaQKldmeel6RVtJrXA%26yaw%3D298.0615630026666!7i13312!8i6656?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDYyOS4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D

 

2015年4月では更地と化しており、2022年1月では現在の写真のアパートが建っています。かつては店舗付近に地元百貨店、金融機関本店、映画館やパチンコ店などの娯楽施設が集積し賑わいが地図からも感じられますが、2026年時点では北越銀行(現在の第四北越銀行)の周辺が「米百俵プレイス ミライエ長岡」として再開発されている以外は商業施設の殆どが撤退しており、駅から若干離れていることもあって寂しい雰囲気となっています。

 

もう1軒の「ビデオインアタック」ですが。こちらは長岡市と同じく新潟県は中越地域に属する、柏崎刈羽原子力発電所とお菓子メーカーブルボンの本社所在地として有名な柏崎市の店舗です。

(ゼンリン住宅地図 柏崎市1987年より)

 

JR柏崎駅前から大きく二手に延びる道路のうち、現在の柏崎市役所がある東側の通りを真っ直ぐ進むと徒歩10分程度で飲食店が集積する繁華街となりますが、その繁華街を東西方向に貫通する県道522号野田・西本線沿いに店舗はありました。

 

住宅地図は1987年です。県道沿いに飲食店が林立していますがその中の1店で、当時は建物2階もクラブとして使用されていた形跡があります。

 

2026年時点では建屋は健在です。

 

1995年の住宅地図では、2階のクラブは営業中だったものの1階はビデオレンタル店へと変わっていることを確認していますが、それから30年が経過し現在は1階は駐車場となり、2階は使用されていないようですが2階への入口部分がファサードとして残っています。

 

誌面へは1987年10月号から登場しますが、1988年4月~6月まで店舗欄を欠き、その後7月号にて再掲載された後に翌8月号にて掲載を終了しています。掲載されたスコアのタイトルを見るとタイトーの息が掛かっていた店舗に見受けられます。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月15日

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年7月号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年8月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年8月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月15日号/トピック店舗:ビデオインセガ万代店→ハイテクセガ万代/ハイテクセガ新潟/ハイテクセガとやの&新潟駅前(新潟県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年7月15日号)

ゲーメスト1994年7月15日(第9巻第15号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は前回同数の76ですが、1軒新規掲載があります。

 

・その他

ゲームパレス(静岡県)

(ゲーメスト 1994年7月15日号より)

 

こちらは1992年からベーマガでは先行で掲載されており、重複掲載店となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年7月15日】

(ゲーメスト 1994年7月15日号より)

 

2ページ目に掲載されているライター及び編集アシスタントの募集が目を引きます。

 

月2回の刊行になったことでライター、編集共に不足していたようで、それに伴い募集を掛けたもののこの頃になると対戦格闘ゲームしか出来ないというライターも多く、記事のクオリティを下げる一因となっていたことは後に語られています。

 

トピック店舗:ビデオインセガ万代店→ハイテクセガ万代/HI-TECH SEGA新潟/ハイテクセガとやの&新潟駅前

 

トピック店舗です。

 

新潟市はかつて市内に多数のセガ系ハイスコア集計店が存在しており、全店をまとめてピックアップすることにします。

 

【ビデオインセガ万代店→ハイテクセガ万代】

(ゲーメスト 1987年6月より)

2026年5月31日撮影

 

最初に誌面に登場したのは「ビデオインセガ万代店」です。

 

こちらはベーシックマガジンにて先行して掲載された履歴があり、また唯一のベーマガ掲載店でもありました。

(マイコンベーシックマガジン 1986年10月号より)

 

ベーマガ1986年10月号にて初掲載を果たすのですが、店舗欄にはスコアラー、備考欄共に何も記入されておらず異様な雰囲気となっています。

 

これが原因だったのかは定かではありませんがベーマガへはこの号のみの単発掲載となり、その後1987年6月号より「ハイテクセガ万代」へと店名を変えスコアの掲載が再開されます。そしてベーマガへは1988年12月号から再掲載されダブル掲載店となるのですが、僅か4か月後の1989年3月号で再び掲載が止まると以降はゲーメスト単独掲載となります。また新潟市内の他のセガ系店舗がベーマガへ掲載されることはありませんでした。

 

店舗の場所は新潟駅から徒歩10分前後、新潟島へ渡る萬代橋手前に広がる新市街の万代地区となっています。「バスセンターのカレー」で有名となった万代シティバスセンターは至近距離となります。

(ゼンリン住宅地図 新潟市東版1988年より)

 

1988年の住宅地図です。入居していたマンション「ヴェルドミール万代」は2026年時点で写真のように現存しています。また店舗向かいに存在する「新潟交通シルバーボールビル」は老朽化により2013年に建て替えられ、現在は三井不動産が運営する商業施設「ラブラ2」へと変貌しています。

 

1990年前後に一度訪問しているのですが、1階中央のアーチ部を奥に入った場所が店舗だったような記憶が薄っすらと残っています。

 

こちらは80年台後半に新潟市を中心としたゲームサークル「FGK」の本拠地として有名となり、新潟を代表するスコア掲載店となりました。90年台に入ってもスコアの掲載は続きますが、末期は追って紹介するハイテクセガ(新潟)駅前店と合同集計となった後に1992年5月号にて掲載を終了しています。

 

【ハイテクセガ新潟】

(ゲーメスト 1987年5月号より)

2026年5月31日撮影

 

続いて掲載されたのは「ハイテクセガ新潟」です。

 

こちらは旧市街地である古町に立地しており、ベーマガ1994年7月号のトピックでも紹介した商業施設「カミーノ古町」のほぼはす向かいの場所となっています。

(ゼンリン住宅地図 新潟市西版1991年より)

こちらは1991年の住宅地図です。1985年時点では該当箇所はパチンコ店となっていました。誌面掲載開始が1987年のため、オープンから掲載までそれほど時間は経過しておらず、まだ万代店よりも後にオープンしていたことも判明しています。

(ゲーメスト 1987年5月号より)

 

ゲーメスト初掲載時には店内写真も掲載されていました。

 

2026年時点では建屋はアルビレックスカラーであるオレンジ一色に塗られた「柳都オレンジスタジアム」となっていますが、テナント一覧を見るとほぼ専門学校の校舎となっており、カミーノ古町跡地と同一の法人が運営していることが確認されています。

 

また専門学校の校舎となる前は、ライブハウスやスタジオとして2015年にオープンしていたのですが、2023年に閉業し建物名称だけが残っている状況のようです。

niigata-repo.com

集客に苦しむ旧市街地が、若者向けエンタテイメントとしてライブハウスを展開したものの、軌道に乗せることが出来なかったのであろうことが浮き彫りになっています。

 

誌面への掲載は1990年7月号まで3年程度継続しました。万代店は集計継続していたため合同集計にしても良かった気がしますが、モールに活気があった時代のためゲームマニアに訴求する必要はないと判断されたのかもしれません。

 

【ハイテクセガ駅前店】

(ゲーメスト 1992年3月号より)

2026年5月31日撮影

 

最後に紹介するのがJR新潟駅前にあった「ハイテクセガ駅前店」です。

 

新潟駅万代口を出て正面右側の花園一丁目に存在する写真の「柳都ビル」が跡地となっています。

(ゼンリン住宅地図 新潟市東版1993年より)

 

1993年の時点ではビル名が「リバティープラザ駅前」となっており、1,2階が店舗となっていました。不動産情報では建物は1988年築となっており、現在と名称が異なることからオーナーチェンジがされた模様です。

 

2026年時点での居酒屋「目利きの銀次」が跡地と思われますが、現在店舗は1階のみのため2階までフロアとなっていたセガ時代と建屋の構造が変わっているのではないかと思われます。以前は店内に2階への階段が設けられていたと推察されますが、現在は建屋外側に非常階段が設けられているのみで2階は店舗ではなく普通の部屋となっているようです。

 

こちらはゲーメスト1991年2月号より、ハイテクセガ万代との合同集計として初めて誌面へ登場しました。

(ゲーメスト 1991年2月号より)

 

その後1992年3月号にて、それまで掲載されていたハイテクセガ万代に変わって合同対象を「とやの店」へ変更します。この際に店舗住所である「新潟市花園1-4-6」が判明しています。ただ翌4月号からは合同対象がとやの店から万代店へ戻され、翌々の5月号を最後に万代店と合わせて掲載を終了しています。そのため駅前店としての掲載期間は1年少々ということになります。

 

なお「とやの店」については新潟駅の南側、国道8号新潟バイバスの付近に鳥屋野町が存在しており、恐らく付近の主要道路沿いに存在したのではないかと思われるのですが住所も含め店舗情報が一切確認出来ませんでした。委細をご存知の方がいらっしゃいましたら是非ともコメントをお寄せ下さい。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年7月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月30日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年8月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年7月号/トピック店舗:カミーノ古町プレイハウス(新潟県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1994年7月号)

マイコンベーシックマガジン1994年7月号(第13巻第7号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は先月比-6の94となり、3桁に乗せた店数は2桁に戻ってしまいます。またこれ以降再び3桁の店舗数が確保されることはありませんでした。新規掲載店も先月に引き続き無しとなっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1994年7月】

(マイコンベーシックマガジン 1994年7月号より)

 

掲載店数の減少で店舗枠部分に空欄が出来るのはままありますが、チャレハイ通信欄にも大きな余白が出来てしまった事例は少ないのではないかと思います。

 

トピック店舗:カミーノ古町プレイハウス

 

ベーマガもトピックを新潟県へと移します。

 

県内初のスコア掲載店は長岡市の「プレイシティキャロット長岡店」に先を越されましたが、追って県庁所在地新潟市に登場したナムコ系店舗「カミーノ古町プレイハウス」を取り上げます。

 

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年11月号より)

2026年5月31日撮影

新潟市は、新潟駅万代口正面に延びる東大通りを進み、信濃川に掛かる萬代橋を渡った先の「新潟島」と呼ばれるエリアに位置する古町付近が古くからの繁華街となっています。

萬代橋から続く柾谷小路を進むと、古町交差点を挟んで古町通りアーケードが伸びていますが、この古町、及び隣接した西堀交差点付近が繁華街の中心で、かつては大型商業施設が複数存在していました。

「カミーノ古町」はその商業施設のうちのひとつであり、その中に存在したゲームコーナーが「カミーノ古町プレイハウス」です。

(ゼンリン住宅地図 新潟市西版1985年より)

 

1985年の住宅地図です。

 

テナント名は「ファミリープラザ」となっていますが、5階フロアという場所は一致しているためこの場所で相違ないと認識しています。

 

店舗名からは判断できないのですが、こちらはナムコの直営店舗でした。

(オールアバウトナムコⅡ ナムコ直営ゲームセンター一覧より)

 

1988年3月発行の電波新聞社刊「オールアバウトナムコⅡ」巻末に掲載されているナムコ直営ゲームセンター一覧に「カミーノ古町店」の文字があり、こちらを根拠としています。

 

この建物の建築は1978年ですが、80年頃から若者向けファッションテナントが中心となっており、そのような場所におけるナムコの出店は青森県弘前市の「ハイローザスペースランド」や、茨城県水戸市の「水戸サントピアナムコランド」に近似していたのではないかと思われます。

 

誌面への掲載はベーシックマガジン1984年11月号からスタート、途中に休載を挟むことなく1988年2月号まで継続しました。

 

掲載終了後も営業は継続していたようですが、1989年にビル全体の大規模なリニューアルを実施しており、リニューアル後はそれまでの5階から6階へとフロアを移動し店舗名がキャロットブランドへと変更されています。

(ゼンリン住宅地図 新潟市西版1991年より)

こちらがリニューアル後の1991年テナント配置表です。6階フロアに「プレイシティキャロット」の存在が確認出来ます。ただリニューアル後にスコア掲載店とはなりませんでした。また店舗の正式店名が「プレイシティキャロット○○店」なのかが判明しません。「新潟店」「古町店」「カミーノ店」あたりが候補と思われますが、ご存知の方の情報をお待ちいたしております。

 

その後2001年にビル運営会社が経営破綻したためテナントは撤退、2004年に現在の専門学校の建屋に建て替えられています。1000人以上の学生が通う学校の近くであれば以前であればゲームセンターも含めた学生向けの商売が付近に展開されたものですが最早そのような時代でもないのでしょう。周囲に学生をターゲットとしたような店舗はあまり存在しなかったように感じます。

 

またキャロットに変わった後にいつまで営業が継続していたのかは確認が取れていませんが、ナムコ広報誌「NOURS」の「全国ナムコ店舗ガイド 北陸編」には1999年11月時点で店舗が存在していないため、2001年の全テナント撤退までは残存していなかったようです。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年8月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月30日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日号/トピック店舗:長岡キャロットハウス→プレイシティキャロット長岡店(新潟県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年6月30日号)

ゲーメスト1994年6月30日(第9巻第14号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は76で前月比-1となります。

 

5月30日/6月15日号においてもコーナー拡大による掲載店募集の案内が引き続き掲載されていたこともあり、2軒の新規掲載があります。

 

・ナムコ系

香港ナムコSHOP(海外)

 

・その他

ゲームコーナーフジ(東京都)

(ゲーメスト 1994年6月30日号より)

 

ハイスコア掲載店の歴史において先にも後にもこの一軒だけとなる海外からの掲載店「香港ナムコSHOP」が登場しました。

 

国内のナムコロケでさえハイスコア掲載店は減少一途の中、ゲーメストでは1993年8月号の「プレイシティキャロット高松店」以来のナムコ系新規掲載なのですが、海外ロケということで更に異彩を放っています。

 

ハイスコアの海外からの申請は個人申請も含めスコア確認方法の不確かさや基板のバージョンが異なる等の影響もあるため対象外というのがルールだという認識なのですが、ナムコロケということで許容されたということなのでしょうか。

 

なおこの香港ナムコSHOPの場所について、誌面掲載の住所から恐らくここであろう場所を地図上にプロットしていますが、国内のような住宅地図が存在せず位置特定が困難なため現地調査は行わない方針です。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年6月30日】

(ゲーメスト 1994年6月30日号より)

ヒットゲームBEST10のコーナーには、毎回ランキングと合わせて講評が掲載されるのですが、今回の「大手の技術力を持ったメーカーがシューティングなどの、対戦格闘以外のゲームを作っていってくれれば、未来は明るいのではないでしょうか」というコメントは実際にはそうはなりませんでした。タイトー、コナミ位ですかね大手でシューティングを造り続けたの。

 

雑誌も商売なので、ポジショントークを行っても実際の誌面構成はヒットしている対戦格闘ゲーム一辺倒だったことは否めなかったと思います。

 

 

トピック店舗:長岡キャロットハウス→プレイシティキャロット長岡店

 

トピック店舗は新潟県へと場所を移します。

 

県内スコア掲載店の老舗「長岡キャロットハウス→プレイシティキャロット長岡店」をピックアップします。

(ゲーメスト 1987年5月号より)

2026年5月30日撮影

東西に長い新潟県は上越、中越、下越の3地域に区分されますが、中越地域の中心にして県内で2番目の人口を誇るのが長岡市です。

 

長岡駅に中心街が隣接しており、駅正面から延びる大手通りの沿道に面した建物の裏手に店舗が入居していた「メゾン大手」が2026年時点でも存在しています。

(ゼンリン住宅地図 長岡市1984年より)

1984年の住宅地図となります。

 

1階のテナントはキャロットのみとなっており、現在の「角打ち カネヤ商店」の場所全てが使用されていたようです。

 

ビルの2~4階は「ビジネスホテル大手」となっていましたが営業が既に休止されているようで、1階にあるホテルへの入口階段はトラ柵で塞がれ入れないようになっています。

 

不動産情報によれば築年月は1978年12月で既に50年近く経過しており、住宅地図上で隣接している長岡市厚生会館が2012年に、市役所庁舎やバスケットボールBリーグ1部チームである「新潟アルビレックスBB」の本拠地であるアリーナがある「長岡市シティホールプラザアオーレ」として整備されていることからこちらの建屋の老朽化が目立っています。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

 

なお今回ゲーメスト掲載店舗として取り上げていますが、誌面への初掲載はベーシックマガジン1984年1月号となりベーマガオリジナル26店に含まれる歴史ある店舗です。当然ながら新潟県初のハイスコア掲載店となっています。

 

掲載当初は「長岡キャロットハウス」の名称でしたが1986年10月号から店名が「プレイシティキャロット長岡店」へと変更されています。ゲーメストの掲載は店名変更後となります。

 

ゲーメスト初回掲載時に店舗前での集合写真が掲載されていました。

(ゲーメスト 1987年5月号より)

 

写っている人物の殆どが学ラン姿なのがかつてのゲームセンターの主要客層を物語ります。また写真を拡大して分かったのですが降雪時に撮影されているようですね。

 

入口部は現在は片開ドアですが、キャロットの時には両開きの自動ドアであったことが確認出来ます。まだ建物が竣工して10年程度のため、現在雨だれで黒墨が目立っている建物外観もまだそこまで汚れていなかった時期なのでしょう。

 

そしてゲーメストへの掲載開始後はダブル掲載店となりますが、先に掲載が終了したのがベーマガで1991年5月号が最後となっています。ゲーメストは同年11月号まで掲載されたのですが1991年は1,3,9,11月の4回しか掲載されていませんでした。閉店時期は不明なのですが、1999年の住宅地図では店舗箇所が空きテナントとなっておりそれ以前に閉店していたようです。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年7月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号/トピック店舗:ビデオインスポーツタッチダウン/プレイシティマンモス(三重県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1994年6月号)

マイコンベーシックマガジン1994年6月号(第13巻第6号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は100となり先月比-1、今号も3桁を維持しました。

 

前号で大きく掲載店が増加したためか今号の新規掲載は無し。1992年8月号以来実に1年10か月振りとなっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1994年6月】

(マイコンベーシックマガジン 1994年6月号より)

店舗欄が設けられていない千葉県船橋市「ギャレッソ津田沼店」の通信欄があり、YOU2中延店と合同集計となる旨の告知が掲載されています。

 

共にジャレコ直営店という所が共通していますが中延と津田沼では県も異なり距離もかなり離れているため、ジャレコ系列で合同とするならむしろYOU2町田店の方が相応しい気がするのですが恐らくいろいろな事情があったのでしょう…

 

トピック店舗:ビデオインスポーツタッチダウン/プレイシティマンモス

トピック店舗は三重県のベーマガ単独掲載店から、「ビデオインスポーツタッチダウン」「プレイシティマンモス」の2軒をピックアップします。

 

【ビデオインスポーツタッチダウン】

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

2024年8月15日撮影

 

【プレイシティマンモス】

(マイコンベーシックマガジン 1989年10月号より)

2025年8月10日撮影

最初に取り上げる「ビデオインスポーツタッチダウン」は、既に取り上げている「ゲームセンターニュースター」「ゲームセンターアメリカ」と同じく津市の三重大学近隣に存在したタイトー系店舗です。

(ゼンリン住宅地図 津市1986年より)

1986年の住宅地図です。

 

最寄駅は近鉄江戸橋駅ですが、ゲームセンターニュースター、ゲームセンターアメリカと比較して最も三重大学正門に近い国道23号沿いの場所となります。反面駅からは最も遠い場所となりますが、幹線国道沿いであるため学生以外の需要もあったのではないかと思われます。

(ゼンリン住宅地図 津市1998年より)

 

「ビデオインスポーツタッチダウン」という店舗名称からはタイトー系列店とは判断出来ないのですが、1998年の住宅地図では同一箇所が「タイトーイン505」となっているためタイトー系列と判断しています。「ウィルトーク」や「タイトーイン」にブランディングする前のタイトーは店舗名がまちまちで把握しにくいのですが、ゲームセンターを「疑似スポーツ施設」と位置付けスポーツに関する店名を付けていた箇所がタイトーには多かったように思います。

 

ベーマガへの誌面掲載は、タイトー系の掲載店が初めて登場した1984年8月号から開始されています。1985年まではコンスタントに掲載が継続しますが86年に入ると休載が発生し、同年6月号の掲載が最後となりました。2年弱の掲載期間なのですが、1年以内で掲載を中止する店舗も多かったタイトー系初回掲載14店の中では長続きした部類に入ります。

 

その後は前述のように「タイトーイン505」へと店名を変更し2000年前後においても営業継続が確認されていますが、店名変更や閉店の時期は判明していません。現在建物は建て替えられFN栗真というマンションとなっています。不動産情報によれば築年月は2023年1月となっており、現地調査の際はまだ建て替えられてから1年半程度しか経過していませんでした。

 

2店目の「プレイシティマンモス」は三重県北部桑名市の店舗です。

 

誌面へはベーマガ1989年10月号にて初めて登場しました。

(ゼンリン住宅地図 桑名市1991年より)

場所は桑名市中心部から2㎞弱離れており、三岐鉄道北勢線(店舗営業当時は近鉄北勢線)の西別所駅が最寄となります。員弁川の河岸に面したパチンコ店「マンモス城」と敷地が同一となっているため、パチンコ店が経営していたということで間違いないと思われます。

 

2025年時点ではゲームセンター、パチンコ店の建屋は共になく、生鮮食料品店の「F☆マート」及びイートインのあるパン店「パン工房 KOKO」が跡地で営業しています。隣接している「桑名精工(株)」の建屋は現存しているため、住宅地図の配置が正しければパン工房KOKOとセルフガソリンスタンドの間の駐車場にゲームセンターの建屋が存在したと思われますが正確な位置は現地からは判別出来ませんでした。

 

そして1991年1月号を最後に誌面から姿を消しているのですが、その後の1995年の地図を見るとゲームセンターの位置が変わっていることが確認されています。

(ゼンリン住宅地図 桑名市1995年より)

1991年時点では「ビリヤードアンドゲーム マンモス」の建屋があった場所は駐車場となり、パチンコ店を挟んだ反対側の敷地に「ゲーム&カラオケ マンモス」の建屋が出現しています。カラオケ店を開始するにあたり建屋を移設させたと想像されます。

2025年8月10日撮影

 

1995年時点で隣接していた「(有)水谷鋳造所」の場所は2025年時点で運送会社へと姿を変えているものの、建屋はそのまま使用されているようです。そのためF☆マートの建屋の場所に移転後のカラオケ&ゲームセンターがかつて存在したと思われます。

 

パチンコマンモスはその後モナコ桑名店と名称を変えていますが、桑名市内に存在した系列店と合わせて2007年に営業を終了しているとの情報です。カラオケ&ゲームがいつまで存続していたのかは不明です。また現在のスーパーは2021年10月にオープンしています。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年7月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号/トピック店舗:ゲームセンターアメリカ/アミューズメントスペースハスラー→AMZA11(三重県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号)

ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号(第9巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

前回の5月15日号からゲーメストは月2回の刊行となるのですが、最初は特集記事に割かれたため実際にスコア掲載が開始されるのは今号からとなります。

 

そして月2回化後初の店舗数は77となり前号比+3となっています。前号にて掲載店舗募集の案内が出されたことも手伝い、3店の新規掲載があります。

 

・セガ系

ハイテクセガ盛岡(岩手県)

 

・その他

プレイランド エフワン(宮城県)

 

ゲームスポット アテナ(東京都)

(ゲーメスト 1994年5月30日、6月15日号より)

 

今回追加された3軒はいずれも既にベーシックマガジンにて掲載されており、全て重複掲載店となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年5月30日、6月15日】

 

(ゲーメスト 1994年5月30日、6月15日号より)

 

2D対戦格闘ムーブに押されそれ以外のジャンルが低迷気味だったこの時期、ナムコは創立40周年記念タイトルとして「ティンクルピット」、また同社としては珍しいスペースオペラシューティングの「ネビュラスレイ」の2作を引っ提げて巻き返しを図るのですが、もはやトレンドは完全に変化しており、加えてネビュラスレイはタイトーの名作「レイフォース」とバッティングするという不運も重なってどちらも大ヒットには至らなかったと認識しています。

 


トピック店舗:ゲームセンターアメリカ/アミューズメントスペースハスラー→AMZA11

 

トピックは三重県の店舗を継続。

 

「ゲームセンターアメリカ」及び「アミューズメントスペースハスラー→AMZA11」の2軒をピックアップします。

 

【ゲームセンターアメリカ】

(ゲーメスト 1986年5月号より)

2024年8月13日撮影


【アミューズメントスペースハスラー→AMZA11】

(ゲーメスト 1992年3月号より)

2024年8月13日撮影(一部AIによる画像修正あり)

最初に取り上げる「ゲームセンターアメリカ」はゲーメスト創刊号にて掲載された21店のうちのひとつです。

場所は「ゲームセンターニュースター」と同じく津市の近鉄江戸橋駅が最寄ですが、三重大学に近いニュースターに対して江戸橋駅前にある「サイトウビル」内に存在しました。

(ゼンリン住宅地図 津市1986年より)

1986年の住宅地図です。


駅前ロータリーに面しており、建物は2024年時点でも現存しています。

 

住宅地図のテナント配置が正しければ、1階正面向かって右側の洒落たスパイス料理店の場所が跡地に該当すると思われます。

 

この店舗、誌面の住所欄にはいずれも「江戸橋駅前」としか記載が無かったのですが、住宅地図から所在が判明したため特定に至っています。ちなみに現在のサイトウビルの住所は「三重県津市上浜町3丁目85-1」となります。

 

前述のように掲載はゲーメスト創刊号から開始され、同期21店のうち11店が創刊号のみで姿を消す中、2回目集計の1986年9月号でも店舗欄を存続させましたが結局はこの2回のみの掲載に留まりました。閉店時期は不明ですが1998年の住宅地図では既に存在していないことを確認しています。

 

そしてもう1店の「アミューズメントスペースハスラー」は三重県南部に位置する熊野市が所在です。世界遺産である熊野古道の入口のひとつで、また熊野大花火大会でも有名な観光地ですが名古屋からは約200㎞、県庁所在地である津市からでも100㎞を超える距離があり、あまた存在する全国のハイスコア掲載店の中でも到達難易度が高い場所となっています。

(ゼンリン住宅地図 熊野市1992年より)


こちらは1992年の住宅地図となります。

 

JR熊野市駅前から北東方向へ伸びる「記念通り」沿いに「こまやショッピングセンター」があり、その2階に「プールカフェ ハスラー」の表記があります。

 

その店舗名から察するに、元々ビリヤード場だった場所にゲーム機を設置したという運営が想起されます。

 

2024年時点ではショッピングセンター全体が残っておらず、跡地は写真のようにアパートが建っていますが記念通り沿いに並んでいる街灯に「ショッピングセンターこまや」の名称板が残されており場所の特定が出来ています。また跡地に建つアパートの名称が「めぞん駒や」のため、土地建物のオーナーは変わっていないと思われます。

 

そのアパートには「非喫煙者集合住宅」という但し書きが書かれていますが、頂いた情報によればショッピングセンター時代からオーナーは大の嫌煙家で、90年台のゲームセンターでは珍しく全面禁煙だったとのこと。アパート運営に変わった後もそのスタンスは貫かれているようです。

 

誌面への掲載はゲーメスト1992年3月号からとなり、短期間で掲載終了した「ゲームセンターアメリカ」以来の三重県掲載店となりました。

 

その後1994年3月号からはベーマガにも掲載を開始しダブル掲載店となるのですが、こちらは僅か5か月後の同年7月号までの掲載に留まり、以降はゲーメスト単独掲載店へと戻ります。

(マイコンベーシックマガジン 1994年3月号より)

そして1995年11月30日号から店名が「AMZA11」へと変更になっています。

(ゲーメスト 1995年11月30日号より)

また1996年1月30日、2月15日号では熊野市に隣接した和歌山県新宮市に新店「AMZA10」オープンの告知が掲載されており、ハイスコアラー求むとの文面もありますが新宮店を合同集計とする旨の告知や備考欄への記載は確認出来ませんでした。

(ゲーメスト 1996年1月30日、2月15日号より)

 

ただ新宮店へのゲーム機入荷告知が以後も誌面に登場し、かつそのタイトルがスコア欄に掲載されたこともあるため実質合同集計となっていた可能性は高いと考えられます。新宮店の場所は未確認のため、調査後追ってリライトしたいと思います。

 

最終的にスコアの掲載は1997年頃から歯抜けがちとなるものの、ゲーメスト最終号である1999年9月30日号まで継続、人口の希薄な地域にも関わらず7年以上に渡る長期掲載店となりました。アルカディア誌には掲載はされませんでした。閉店時期は判明していませんが、こまやショッピングセンターは2012年頃に取り壊されているという情報を確認しています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月15日号/トピック店舗:トピック店舗:プレイシティキャロット四日市店(三重県)

(ゲーメスト 1994年5月15号より)

 

創刊直後の期間を除いてこれまで月刊誌であったゲーメストですが、対戦格闘ゲームの記録的ヒットにより発行部数を大きく伸長させたことを背景として、通巻114号である今号から毎月15,30日の月2回発行へと発展することとなります。

 

(ゲーメスト 1994年5月15号より)

 

そして「めざせハイスコア」コーナーについてもこれまでの月1回集計から2回集計へと変更されることのなるのですが、それに伴い今後の集計方法に関するルール説明に誌面が割かれています。

 

ただその内容についてはハイスコア掲載店やプレイヤーからすればこれまでと特に大きな変化はなく、月2回化により改めて周知を図るということが主旨のように感じられます。

 

(ゲーメスト 1994年5月15号より)

 

また記事中には、月2回化に伴いこれまでのハイスコア争い振り返りとして、現時点での各タイトルにおける最終のスコアと、そのスコアがどの店舗から排出されたのかをランキングとして提示しています。おおよそ80年台後半~90年台前半にかけてハイスコア有力店と評された店舗が並んでいます。

 

あくまでも「最終スコア」の店舗別保持数であり、毎月の集計におけるトップ数(☆の数)ではないことに注意が必要です。

 

 


 

(ゲーメスト 1994年5月15号より)

 

そしてその「最終スコア」の一覧が誌面に掲載されました。

 

当たり前といえば当たり前ですが、集計対象となっていた全てのタイトルに対し「これ以上のスコアが出れば全国トップ」が一目で分かるようになっています。2026年時点では、この一覧情報が随時確認出来ないことがハイスコア集計における課題のように思います。

 

そしてこれら特集記事は、ゲーメスト創刊の大きな目的でもあったハイスコア争いが対戦格闘ゲームの隆盛で下火となりつつあったことを憂い、再度活性化を図るべく誌面を割いたものと認識しており、以降の誌面においても度々ハイスコアにスポットを当てるような記事が掲載されるのですが、対戦に傾倒していたゲーマーの関心を再びハイスコアへ向けることにはなかなか繋がらなかったのではないかと思われます。

 

また今号はこれら特集記事のためスコア集計が実施されていないことから、集計店マップはアップしていないことをご了承願います。

 

トピック店舗:プレイシティキャロット四日市店

ゲーメストもトピック店舗を三重県へと移します。

 

三重県唯一のナムコ系掲載店となる「プレイシティキャロット四日市店」をピックアップします。

 

(ゲーメスト 1993年2月号より)

2025年8月10日撮影

三重県の県庁所在地は津市ですが、県下最大の人口を誇るのは四日市市です。

 

伊勢湾沿岸の重化学工業地帯が有名で、かつては「四日市ぜんそく」の発生地として公害都市の不名誉なイメージもありましたが昔話であり、三重県最大の都市として特に近鉄四日市駅周辺には規模の大きい繁華街が広がっています。

 

その四日市市に唯一存在したハイスコア掲載店が、ナムコ系キャロット店舗である「プレイシティキャロット四日市店」です。

 

(ゼンリン住宅地図 四日市市南部1988年より)

住宅地図は1988年です。

所在地の「ロイヤルマンション東海」は2026年時点でも建物は健在です。

店舗は1階に並んでいる店舗スペースの最も北側で、写真のシャッターの降りている場所との情報を頂いています。

最寄駅は近鉄四日市駅なのですが、場所は駅周辺に広がる商業地域からは少々離れており徒歩だと10分程度は掛かります。かつては駅付近に広がる商店街にも複数のゲームセンターが存在し、駐車場もないため集客においてはかなり不利な場所だったと思いますが、都市型店舗でも繁華街は微妙に外してくる当時のナムコの出店思想が反映されたのでしょうか。

 

そしてハイスコアの掲載はベーシックマガジンからスタートしました。

(マイコンベーシックマガジン 1988年6月号より)

1988年6月号が初掲載なのですが、既にキャロットブランドの出店は下火となっていた時期で、ナムコ系店舗ではかなり遅い掲載開始となっています。

 

この最初の掲載は3年後の1991年7月号をもってストップしてしまいますが、ゲーメスト1993年2月号にて誌面への掲載が復活、その後ベーマガも1994年3月号から掲載が再開されダブル掲載店となります。

 

この時点でベーマガのナムコ系掲載店は20店を切り全盛期の1/3以下、ゲーメストも10店を割り込んでおり貴重な存在でした。その後ゲーメスト1995年8月30日、9月15日号付録の「全国ハイスコアゲーセンマップ」にも掲載され、ハイスコアに対するお店のモチベーションが高かったことが窺えます。

(ゲーメスト 1995年8月30日、9月15日号付録「全国ハイスコアゲーセンマップ」より)

 

貴重な店舗外観写真も掲載されています。

 

駅から遠いことは紹介記事内でも触れられており、1プレイ50円を前面に打ち出して集客を図っていたのであろうと思われます。

 

この記事の時点ではベーマガは既に掲載が終了(1995年4月号まで)しておりゲーメスト単独掲載店でした。その後ゲーメストも1996年5月30日、6月15日号を最後に掲載を終了しています。閉店によるものでした。

(ゲーメスト 1996年4月30日号より)

(ゲーメスト 1996年年5月30日、6月15日号より)

 

閉店告知は最終掲載の1号前である1996年4月30日号にて発表されており、そこから閉店日が1996年3月31日であることが確認出来ます。

 

ちなみに私が四日市市の「セガワールド生桑店」に店長として勤務していた時代、会社の寮がすぐ近くで恐らく徒歩で2分も掛からない場所だったのですが、既にキャロットは閉店後だったようで残念ながら店舗営業時に訪問することは叶いませんでした。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号