小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1989年12月号

 

ゲーメスト1989年11月号(通算第38号)のハイスコア集計店マップとなります。

掲載店総数は94となり先月比-3と微減。新規掲載店が1店追加されています。

 

セガ

ハイテクランドセガ藤井寺店(大阪府

ゲーメスト 1989年12月号より)

大阪南部のハイスコア有力店としては、1990年代に入ると阪和線杉本町の「プレイシティNASA杉本町」が有名になりますが、その前にはこちら藤井寺のハイテクセガが全国トップをよく輩出していた印象があります。

 

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1989年12月号より)

 

ハイスコア伝言板コーナーのウィルトークタイトー高松店の欄に「遠征客が出した点数申告を受け付けずに地元客優先で誌面申請した」という趣旨の行為の是非について問われていますが、これもスコア集計初期に時折話題となっていました。

申告したのに地元民ではないという理由だけで却下されるのは申告したプレイヤーからすればたまったものではなく、そもそも地元客ではないとどのように判断されるのかと考えると、地元優先ではなく実質常連優先だったのでは?という話に繋がるため、店舗間で情報共有が広まってくるとこの手の話は店舗に対する評価として共有されていたのではないかと思います。

誌面でトップを競う上でハイスコア集計は「競技」になる訳ですが、常連を確保するための「手段」としてハイスコア掲載を行っていた店舗にとっては競技性よりも集客が重要となるため、その見解の相違がこのような事態を産んでいたと想定されます。まあ結果的に常連以外の申請を認めない店舗は掲載店から早々に姿を消していたのではないでしょうか。

 

続いてトピック店舗です。

一時は横浜市の代表的スコア掲載店として名を馳せた「プレイシャトー」をピックアップします。

 

ゲーメスト 1986年9月号より)

2022年2月12日撮影

 

横浜市随一の繁華街である伊勢佐木町通りに面したハイスコア掲載店は、ベーマガには「プレイシティキャロット伊勢佐木町店」「ビデオインイセザキ」の2店が登場していますが、ゲーメストでは上記2店のスコアは掲載されずこちらの「プレイシャトー」が唯一となりました。ベーマガでは1986年4月号から掲載が開始されていましたが、ゲーメストでは少々遅れて第2号である1986年9月号から掲載がスタートしました。

マイコンベーシックマガジン 1986年4月号より)

 

1985年の住宅地図では「泰光ビル」の2階に店舗名を確認出来ます。

ゼンリン住宅地図 横浜市中区1985年より)

 

現在の写真のビルには表記や銘板を確認出来なかったのですが、建て替えはされておらず泰光ビルのままであることを不動産情報から確認しています。撮影時は2階に上る階段は封鎖されており、また1階はテナントが撤退した状態で、入口や看板の形状から直近ではカラオケ店だったと判断しています。

 

この場所は関内駅方面から伊勢佐木町モールを10分程度進む必要があり、到達する前に上記2店の集計店や他のゲームセンターの前を通過することとなります。奥まった場所且つビルの2階という立地は必ずしも有利ではなかったと思われますが、その分プレイ代金を50円メインにしたり、ハイスコア集計やゲームグッズの販売を行うなどゲームファン層の集客に積極的だったことがゲーメストの横浜シールハイクの記事から確認出来ます。

ゲーメスト 1987年1月号より)

 

またゲーメストベーマガのハイスコアコーナー担当者、スコアラーを交えた「ハイスコア座談会」の会場となっていました。ゲーメストベーマガ共にその際の様子や討論の内容が記載されています。

ゲーメスト 1987年8月号より)

 

マイコンベーシックマガジン 1987年7月号より)

ベーマガの記事内に記されていますが、討論会の提案者が店舗の社長であったということに当時のお店の方向性が現れています。

ベーマガにてハイスコア集計が開始され、追ってゲーメストも創刊され軌道に乗りつつあった当時、どちらにもスコアを掲載していた店舗として主要顧客であったゲームファンやスコアラーに配慮しつつも、長時間プレイや永久パターンの使用といった店舗の売上に直結する問題とも向き合う必要があるため。スコアを管理するベーマガゲーメストの担当者から方針を明示してほしいという意思表示だったのではないでしょうか。もしハイスコアが「なんでもあり」というスタンスであれば店舗としてスコア集計を続ける価値はない、と思われていたのかもしれません。

 

実際にはハイスコア集計という競技性を担保するため、「設定は工場出荷時とする」「永久パターン発覚の場合は集計打ち切り」と言った現在まで続く普遍的なルールが確立していくことになります。

 

しかし「月1回実施予定」との記述がある座談会がこの後行われたという形跡はありませんでした。騒がしいゲームセンター店内で討論会を行うということに無理があったのかもしれせんが、「あまり活発な意見が出なかった」とあるように殆どが10代のプレイヤーにとってはまだテーマが重かったのかもしれません。皆若かったということですね…。

 

こうした店舗の活動や運営方針もあって、プレイシャトーは80年台後半の横浜の代表的ハイスコア集計店として全国トップスコアも度々輩出される店舗となります。1987年12月号の時点でゲーメストの全国トップ☆数は9個を数えています。(最終は23個)

1987年末には隣の川崎市に姉妹店がオープンしているようです。しかしこちらは掲載店とはなりませんでした。

マイコンベーシックマガジン 1988年3月号より)

ただこの頃からゲームファンに対するアピールは徐々にトーンダウンしていたようです。

ゲーメスト1987年3月号以外でベーマガも含めて店舗欄を欠いたことがなかったのですが、ベーマガは1990年2月号、ゲーメストは同3月号を最後に姿を消しました。ほぼ同時であることからスコアの集計掲載自体を中止したと考えられます。ハイスコア集計について熱弁を振るっていた社長が交替したのか運営方針が変わってしまったのかもしれませんが、こういう意欲的なお店はもっと大事にしなければならなかったのでは、と今更ながらに思うのです。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1989年11月号

マイコンベーシックマガジン1989年11月号(第8巻第11号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店数は106となり先月比-3と減少しましたが、新規店舗が1軒あります。

 

・その他

マンモス城インベーダーハウス(大阪府

マイコンベーシックマガジン 1989年11月号より)

 

こちらの「マンモス城インベーダーハウス」ですが、先日現地調査に行った所、店舗跡地隣がとある方面で有名な店で笑ってしまいました。高槻市という住所からお察し下さい。

 

また新規掲載ではありませんが、1986年1月~1987年4月にて掲載されていた愛媛県の「タイトピア木屋町」が今号から2年7か月振りに復活掲載されています。こちらはゲーメストも1987~1988年は掲載が不定期だったため、店舗側の事情が働いていたのかもしれません。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1989年11月号より)

 

ゲーメストでは1989年7月から「プレイタウンYOU&YOU町田店」と合同集計となっていた町田市の「プレジャーキャッスル」ですが、ベーマガでは今号から合同開始となりました。ゲーメストからは4か月遅れということになります。

 

続いてトピック店舗へ移ります。

大阪のセガ系店舗から、阿部野橋の「アポロゲームセンター」をピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

2022年6月18日撮影

大阪は梅田、難波に次ぐターミナルである阿倍野天王寺に複合レジャービルアポロビル」が立地しています。建物は1972年にオープンしているのですが、セガは当初からテナントとしゲームセンターを運営していました。


sega.jp

上記「セガの歴史 1960-2020」内でも、1965年にセガが直営ゲームセンターの運営を開始し、1972年に初めてメダルゲーム機を設置した店舗として前身店舗である「アポロベガス」の紹介がされています。50年の歴史を刻む由緒ある店舗です。

当初はビルの6階にて営業がされていたようです。

1981年7月15日号、及び1986年5月1日号のゲームマシン誌に当時の店内写真が掲載されていますが、1986年の写真を以下抜粋します。

(ゲームマシン 1986年5月1日号より)

現在の6階フロアは写真のようにカラオケ店がメインとなっており、ゲームセンター時代のフロア配置は全くわからないのですが、記事を見ると「大きな窓から外の明かりを取り入れ」とあるため恐らくはガラス張りになっているあびこ筋に面した部分が店舗だったのではないかと想像します。

 

また1992年の住宅地図を確認した所、当時はまだ6階に位置していたようです。

ゼンリン住宅地図 大阪市阿倍野区1992年より)

 

その後はフロアを6階から3階へ移し、「セガワールドアポロ」としてセガによる運営が継続していましたが、セガが店舗運営から撤退している2022年6月時点ではまだ店舗名称は変更されていません。いずれはGIGOへと名称が変更されるものと思われます。

 

2022年6月18日撮影

 

またセガ以外にもゲームセンターがテナントとして入居していた時期があり、店舗調査を行った時点ではタイトーが4階フロアにてフランチャイズ店を展開していましたが、調査の翌日に閉店することが告知されていました。記録として写真をアップしておきます。

2022年6月18日撮影

スコアの掲載は1984年8月から開始されました。大阪駅前のロイヤル2店や心斎橋のゲームセンターニュー光と共にスタートしていることから大阪都心部のセガ系店舗で足並みを揃えたことが推察されます。

その後1986年に入ると休載が目立ち始め、1986年7月号掲載の後に1987年4月号にて単発で掲載された後に姿を消しています。大阪都心部はナムコ系も掲載期間の短さが目立っており、80年台末になると大阪環状線の内側にはゲーメストも含めてほぼハイスコア掲載店が存在しない状況になってしまいました。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1989年11月号

ゲーメスト1989年11月号(通算第38号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は97で先月比-1とほぼ横這い。新規掲載店は1店増加しました。

 

・その他

ジャックアンドベティー群馬県

ゲーメスト 1989年11月号より)

場所は群馬県太田市東武太田駅北口。ここはスバル群馬製作所に面し、以前は駅付近に大型店も含めて商業が集積していたようですが、地方にありがちな郊外化と2004年の東武線の高架化で駅付近はずいぶんと様変わりしてしまっているようです。

 

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1989年11月号より)

 

君こそゲーメスト欄のトップを飾るのはカプコンエリア88ですが、集計初月にいきなり永久パターンの発覚でクリア統一となり、大魔界村には及ばないものの全国57店の同時トップとなりました。「またカプコンだ」のコメントに皮肉が効いています。

ちなみに大魔界村初回集計の時にはトップスコア一覧に欄を設けなかったベーマガですが、エリア88においては欄を設けないだけでなくコメント欄でさえ一切何も語られず、ゲームの存在そのものが無いような扱いでした。永久パターンであることすら触れられておらず当時のスコア担当、見城こうじ氏の怒りが伝わってきます。

 

この頃のゲーメストは誌上でかなりカプコンのタイトルを優遇して取り上げていた傾向があったことは否めなかったと思います。版権ものに傾倒してオリジナリティが感じられなかったカプコンと、そのタイトルを大々的に取り上げていたゲーメストの姿勢を疑問に思い、私がゲーメスト誌面を購入しなくなったのはこの時期からです。

 

トピック店舗へ移ります。

舞台を神奈川県に移し、横浜市の「綱島キャロットハウス」をピックアップします。

 

ゲーメスト 1987年1月号より)

2022年3月15日撮影

東急東横線綱島駅から徒歩5分程度、神奈川県のナムコ系掲載店ではベーマガ伊勢佐木町、大船に次いで3軒目の登場となっています。

キャロット系店舗はベーマガへの掲載が多く、特に関東圏においてはプレイシティキャロット巣鴨店以外は殆どゲーメストへの掲載がありませんでしたが、ここは唯一ゲーメストのみの掲載店でした。1986年末時点でベーマガへのナムコ系掲載店は60店を数えており、これ以上枠を確保できないことからゲーメストへ掲載する方針を取ったのかもしれません。

 

スコアの掲載は1987年1月号からスタート。丁度その号にはゲーメスト誌面上で横浜のシールハイクが行われており、当時の店舗外観が掲載されています。

ゲーメスト 1987年1月号より)

2階建てのこじんまりとした店舗外観に当時各地に存在したキャロットの姿を思い浮かべることが出来ます。

写真を比較すると建屋は恐らく当時のままですが、現在は1階と2階が別々の店舗になっています。キャロット時代は1,2階双方を使用し店内に階段があったようなので、外付けの階段を新たに設けて1階と2階を別店舗とする改築が実施されているようです。

 

ゼンリン住宅地図 横浜市港北区1987年より)

1987年の住宅地図でも「ゲームセンターキャロットハウス」の文字が確認出来ます。ゲーメスト誌面の概略図と比較しても、駅から進んで店舗の前の路地に入る所に八百屋があり、隣が駐車場であることが分かります。店舗の隣や向かいにある駐車場は現在いずれもマンションが建築されており、元キャロットの建屋のみが時代にとり残されたように佇んでいます。

 

誌面への掲載は長続きしませんでした。

翌1987年3月号には掲載されたものの4,5月号は店舗欄が無く、6,7月号と掲載された後に姿を消しています。1988年4月1日時点の「キャロットマップ首都圏版」に店舗の存在が確認されていますが、閉店時期は判明していません。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1989年10月号

マイコンベーシックマガジン1989年10月号(第8巻第10号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総店舗数は109となり先月比+4。5店の新規掲載を確認しています。

 

タイトー

ビデオイン深江(兵庫県

 

・その他

西銀座ゲームプラザ(山梨県

 

プレイシティマンモス(三重県

 

ゲームハウスキャンディ(大阪府

 

サブカルチュア(福岡県)

マイコンベーシックマガジン 1989年10月号より)

 

今号から掲載開始された5店も、山梨県の「西銀座ゲームプラザ」以外は西日本に寄っています。

減少傾向とは言えナムコ系店舗は依然今号では関東1都6県だけで17店を数え、北海道東北まで加えると24店と多くを占めていたことから掲載店の入れ替えが乏しかった東日本と比べると、特に関西のナムコ系は既に今号で2店(関大前、京都)まで減少しており、その分他社店舗による新陳代謝が起きていたと言えそうです。

 

そして福岡県でモンキーハウス本館と双璧を為していた筑紫野市の「サブカルチュア」は今号から登場。ゲーメストへの掲載は1990年10月号からのため1年早く掲載が開始されていました。

また「ゲームハウスキャンディ」はSNKの直営店。「キャンディ筐体」と言えばSNKの汎用筐体名称のため言われてみれば、という感じです。1989年4月から掲載が開始されている尼崎市の「ゲームインウエスタン」もSNKの直営店という情報を頂いており、関西に2店舗が並行して掲載店として名乗りを上げます。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1989年10月号より)

 

タイトーの「ナイトストライカー」ですが、コース別集計を行っていたゲーメストに対してベーマガは出回りが悪いという理由で初回からのコース別集計は見送られました。個人申請という手段を有していたゲーメストに対してベーマガは掲載店のみの勝負になるため、流通度の低いゲームは充分な申請が集まらなかったという事情はありそうです。一方ナムコの「ダートフォックス」は1P~4Pまでタイム集計されており、ナムコ系掲載店舗が多く申請数が多かったことが集計に有利に作用する結果となっています。(ダートフォックスがそこまで優遇される程のゲームだったのか?と言われると正直疑問ではあります。)

 

続いてトピック店舗へ移ります。

大阪随一の繁華街、心斎橋筋に存在した「ゲームセンターニュー光」を取り上げます。

 

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

2022年5月3日撮影

大阪メトロの心斎橋駅付近から、グリコ看板で有名な道頓堀の戎橋へ続く関西有数の商店街「心斎橋筋商店街」途中にありました。戎橋からは徒歩5分も掛からず、店舗前は常に人通りが絶えない好立地となっています。

現在の地図上にはまだゲームセンターニュー光の名称が残っていますが、ゲームセンターとしては2014年で既に閉店しており跡地はブランドショップになっています。2010年前後の営業中の店舗写真がアップされていました。

2dera.net



スコアの誌面掲載はベーマガ1984年8月号からスタート。1988年2月号で一旦店舗欄が無くなりますが、1989年4月号から復活し1991年9月まで掲載が継続しました。スコアラーをあまり集客しなくともよさそうな大阪都心部に立地する店舗の中では、最も長期に渡って掲載を続けていた場所となっています。

また、再掲載の際に店名が「セガニュー光ゲームセンター」へと変わっている履歴があるため、セガ系店舗として分類をしています。

マイコンベーシックマガジン 1989年4月号より)

 

再掲載の際の住所がこれまでの「大阪市南区心斎橋筋2-23」から「大阪市中央区心斎橋筋2-7-4」へと変更になっていますが、大阪市南区が1989年に東区と合併して中央区となった経緯があるため、その影響による変更と捉えており店舗の場所は変わっていないと判断しています。

(吉田地図 大阪市南区1986年より)

1986年当時の南区の地図ですが、心斎橋筋2-34に「ゲームセンターひかり」の文字があります。ベーマガの当初の地番「心斎橋筋2-23」は追って「2-33」と変わっており表記ゆれである公算が高く、また当時の住宅地図と現在の地図の場所も相違はありません。

 

なお、セガは営業中のどこかで大阪駅前のロイヤル同様に店舗の運営から撤退しており、閉店時は無関係だったようです。

丁度こちらのほぼ真向かいである「中央区心斎橋筋2-2-19」にはかつてセガ直営店である「心斎橋GIGO」が2016年まで存在していました。閉店時点で営業期間22年とのことなので1994年のオープンということになり、その前後でセガはニュー光から撤退したと考えるのが自然と思われます。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1989年10月号

ゲーメスト1989年10月号(通算第37号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は98と先月比+1となっていますが、新規掲載店はありません。

ただ、翌11月号の「ハイスコア通信」に以下の記載を見つけています。

ゲーメスト 1989年11月号より)

 

ウィルトークタイトー高松店は確かに今月から掲載されていますが、1987年9月~1989年1月まで既に掲載実績があり、新規掲載ではありません。

中断期間中は店舗でのスコア集計自体を行っていなかったのか、誌面への掲載を中止していただけなのかは興味深い所ではあります。

 

以下スコア欄となります。

 

ゲーメスト 1989年10月号より)

今号で掲載を終了したのが「ダイエーレジャーランド郡山店」。

ゲーメスト初期ではアウトランの全国トップを多数輩出したことで、東北地方の代表的集計店としてその名を知られるようになりましたがベーマガは1989年5月号にて、追ってゲーメストも今号で掲載を終了し掲載店の歴史に幕を閉じています。

 

そして「ヒットゲームBEST10」を眺めると、既にデビューから半年以上が経過しているにも拘わらず依然としてトップはテトリスで、このゲームの貢献度を物語っていますが他のラインアップを見るとゲームタイトルとしては「端境期」の感が否めません。

 

鳴り物入りで登場したセガの「スーパーモナコグランプリ」ですが、F1に勢いがあった当時ですらランキングトップを飾るには至らず。既に「体感ゲーム」のジャンルはピークアウトしており、特にスコア集計を実施しているような中小規模店舗では価格や店舗面積の関係で大型筐体を積極的に導入出来ないという事情もありました。現在では評価の高いタイトーの「ナイトストライカー」も流通に阻まれた結果、ゲーメストのランキングには一度も登場していません。

 

他のランクインしている基板タイトルを眺めても、後日を含めて高く評価されている作品は乏しく、テトリスが君臨し続けた状況も止むなきかなという印象です。

 

そしてトピックですが、千葉県のナムコ系集計店は市川~千葉の間に集中していたのに対して、唯一飛び地的に存在していた銚子市の「ナムコクリハシ店」をピックアップします。

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ゲーメスト 1986年9月号より)

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2020年8月14日撮影

 

千葉県の東端に位置する漁業の町銚子市、港にも近い銚子銀座と呼ばれる中心繁華街に「クリハシ百貨店」がかつて立地しており、そのテナントとしてナムコが存在していたようです。

 

ゲーメスト掲載の「銚子市新生1-17」という住所は現在の地図では特定出来なかったのですが、調査するとクリハシ百貨店の住所が「銚子市新生町1丁目41-45」であることが確認されたため、この住所を正確な位置としてマップにはプロットしています。

 

現在は写真のようにマンションが建っており、店舗の痕跡が全く残っていないのは先日紹介した千葉市の「ゲームプラザ」と類似しています。また付近は銚子銀座ココロードとして綺麗に街路や歩道が整備されているのですが、JR銚子駅からも遠く典型的な地方都市のシャッター街と化してしまっていました。ゲーメストに掲載されていた1986年頃はまだ活気があったのでしょうか。

 

ハイスコア集計店としては、ゲーメスト創刊号である1986年5月号から掲載されたのですが、同年11月号を最後に姿を消しています。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1989年9月号

マイコンベーシックマガジン1989年9月号(第8巻第9号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

総数は105店で先月比-2となっています。新規掲載店が2軒確認されています。

 

・その他

ゲームセンターコパⅢ(神奈川県)

がらん3(長野県)

マイコンベーシックマガジン 1989年9月号より)

 

「ゲームセンターコパⅢ」は1989年4月号から、「がらん3」は1987年10月号からいずれもゲーメストにて掲載されているため、双方とも重複掲載店となっています。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1989年9月号より)

 

この号におけるナムコ系店舗の掲載総数は42店となっており、最も多かった1985年5月、1986年3月の61店と比較すると2/3程度まで減少しています。

今号では北陸の老舗である「プレイシティキャロット金沢店」が姿を消しています。

また、チャレハイ通信欄はキャロット系店舗からのアクションが多いのですが、「ナムコオールドゲーム再入荷」をアピールする店舗が結構多く、ナムコゲーム全盛期であった80年台前半と比べると自社製品だけではプレイヤーの要求を満足できず、店舗規模の小ささも相まって新製品の入荷に苦しむ姿が浮き彫りとなっています。

 

 

続いてトピック店舗です。

大阪府内のキャロット系店舗の紹介が一通り終了したため、ベーマガ初期のナムコロケーション以外へ対象を移します。

「スターロイヤル」及び「センターロイヤル」の2店をピックアップします。

 

・スターロイヤル

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

2022年3月19日撮影

 

・センターロイヤル

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

2022年3月19日撮影

 

弊ブログの「ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1984年6月号」にて「プレイシティキャロット第4ビル店」を取り上げていますが、キャロットのあった第4ビルも含まれる「大阪駅前第1~第4ビル」のうち、第1ビル1階にあったのが「スターロイヤル」、第3ビル地下1階にあったのが「センターロイヤル」となります。

 

どちらもオープン時はセガの系列店でした。

1984年12月号の「ゲームマシン」誌によれば、第1~第4ビルだけで19店ものゲームセンターが存在しており、その中でセガ系である「ロイヤル」「パソピアード」で5店を数えています。

(ゲームマシン 1984年12月15日号より)

 

「ロイヤル」の名称を持つ店舗が各ビルに1箇所、「パソピアード」は第3ビルにあるため、第3ビルのみセガ系が2店を構えていたことになります。

記事を見ると、系列店で運営を必ずしも統一はしておらず、各店ごとに企画やサービスは異なっていたようです。2店のハイスコアの掲載も店舗の裁量で行われた可能性が高いと思われます。

 

「スターロイヤル」は第1ビルの1階と住所にありますが、現在の1階のテナント配置図を見てもフロアのどこにあったのか特定が出来ません。ゲームマシン誌地図の5⃣の位置から想像すると写真の居酒屋か、その隣のシャッターが降りている場所が該当しそうですが、当時のテナント配置図を確認する必要があります。

ちなみに入手している1990年の住宅地図では、第1ビル1階に「ロイヤル」の表記はありませんでした。(第2ビルの「アクティ・ロイヤル」は確認出来ました。)

 

一方の「センターロイヤル」ですが、ゲームマシン誌上では「ロイヤル」の表記となっています。第3ビルに該当するロイヤルはここしかないため、センターロイヤル=ロイヤルと判断します。

こちらは写真のように店舗は現役。通路に面した場所にはプライズ機が並べられているもののその裏側にはビデオゲーム筐体が連なる貴重な光景が広がっています。

 

ゲームマシン誌には1984年当時のロイヤル店内写真が掲載されています。

スターロイヤルの写真は掲載がありませんでした。

(ゲームマシン 1984年12月15日号より)

 

設置されている筐体はさすがにテーブルからアップライトへと変わっており、カウンターの位置も現在とは異なることから恐らく店舗名称だけが残っているといった所でしょうか。またセガアミューズメント施設運営撤退以前にロイヤルの運営からは離れており、現在は無関係となっています。

 

royalgamecenter.com

ホームページも存在しており、現在の設置機種構成も確認出来ます。サラリーマンに支持される機種を厚く揃えている印象で、場所柄その姿勢を貫いてきた結果店舗の個性と認識され、「レトロゲーム専門店」を標榜出来るレベルになったのではないかと思います。

 

ハイスコアの誌面掲載は両店共にベーマガ1984年8月号が最初となっています。

掲載の終了は「ロイヤル」の方が早く1985年5月号と1年継続しませんでした。「スターロイヤル」は1985年8月号にスコアが掲載された後、休載表記で1985年11月号に店舗欄が現れたのが最後となっています。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1989年9月号

ゲーメスト1989年9月号(通算第36号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は97となり、1989年4月号から3桁に戻った店舗数は再度100を割り込むのですが、以後確認している時点では再度3桁の店舗数に戻ることはないようです。新規掲載店はなく、今号で掲載が終了する店舗も石川県の「コスモランド・ムサシ」のみとなっています。

 

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1989年9月号より)

 

トップスコア一覧のコメントにある「ウソスコアの密告電話」。

ゲーメストでは古くから嘘スコアに対する問題提起を行っていましたが、プレイヤーや店舗の信用に依存するため絶滅することは叶わず、時折密告や検証で白日の下に晒される事態が起こっていました。

嘘スコアは送る方は簡単ですが、確認や検証に掛かる労力はとてつもなく大きいため「やったもん勝ち」な面があったのは否めなかったように思います。抑止としてペナルティが必要なのかもしれませんが、特に誌面上でペナルティを設けることはされませんでした。最もばれた際には「嘘スコアラー」というレッテルが一生ついて回ることになるのですが。

 

そしてトピック店舗は千葉県を継続。セガ系店舗が続きましたが再度ナムコ系に戻ります。

千葉市の「マリンピア ナムコランド」及び市川市の「ナムコ ゲームスポット」をまとめてを取り上げます。

 

・マリンピア ナムコランド

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ゲーメスト 1987年1月号より)

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2020年7月5日撮影

 

ナムコ ゲームスポット

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ゲーメスト 1987年1月号より)

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2020年8月8日撮影

 

どちらもゲーメストへのスコア掲載開始は1987年1月号が最初となっています。

 

「マリンピア ナムコランド」ですが、京葉線稲毛海岸駅前に、イオンの「マリンピアショッピングセンター」が立地しており、その中にナムコがテナントとして存在していたようです。現在はナムコは撤退しており、3階フロアに子供向けアミューズメント施設のNICOPAが入居していますが、特に3階フロアは内装を大きく変更している形跡があるため、ナムコがNICOPAと同じ場所で営業していたかどうかは定かではありません。

 

ハイスコア集計欄には1987年1月号から掲載されたのですが、翌3月号を最後に掲載店からは姿を消しました。津田沼のサンペデックや千葉市の集計店から比較的近く、また1987年は京葉線が全線開業する前(1986年3月に西船橋~千葉みなと間が開業。蘇我および新木場まで開業するのは1988年12月)なので駅前とは言え決してアプローチは良くなかったこともあり、スコアラーが集まりにくかったのかもしれません。

 

一方の「ナムコ ゲームスポット」は、JR総武線市川駅前に立地する「市川ビル」にキーテナントのダイエーと共に営業していました。先日紹介済の津田沼「サンペデックナムコランド」と業態的には非常に近いと思われます。

 

ダイエーがイオン傘下となって以降、イオン関係のロゴを掲げる店舗が増加し、こちらも壁面にはイオンフードスタイルのロゴが掲出されていますが、建物上部には昔とは変わったとはいえまだダイエーのロゴが掲出されており、元ダイエー感がほとんど消失している津田沼モリシアと比べると往時のダイエーの雰囲気が残っています。

 

ナムコは地下1階に入居していたようですが、現在フロアは全てパチンコ店となっています。

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2020年8月8日撮影

 

パチンコ店のフロア案内図や店内写真を見ていただければわかるように、地下1階のフロアは相当に広いため、ナムコがフロアの全てを使用していたとは考えにくいですが、当然にしてフロア内には昔ゲームセンターがあったような形跡は全く残っていません。

こちらはゲーメストにおいては1988年12月号までスコアの掲載は継続しましたが、その後ベーマガの1991年6月号からスコア掲載が再開された履歴があります。

マイコンベーシックマガジン 1991年6月号より)

 

しかし再掲載も長続きせず、1991年12月号までの掲載に留まっています。

 

千葉県の市川市千葉市の間には、市川、津田沼稲毛海岸京成千葉とショッピングセンター内のナムコ系店舗が数多くハイスコア集計店として名を連ねていました。

反面、千葉県にはナムコ単独店舗である「キャロット」の名称がついた店舗がゲーメストやベーシックマガジンには一切登場せず、その代替をショッピングセンター内ナムコ系店舗が果たしていたのではないかと想像されます。

しかしそのピークは短く、90年代に入る頃にはハイスコア集計店としてはほとんど姿を消してしましました。業界の方々の不断の努力でゲームセンターが徐々に社会的に受け入れられるようになっていく一方で、ショッピングセンター内店舗にゲームファンを囲い込む必要が無くなってしまったという時代の変遷を表しているのではないでしょうか。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1989年8月号

マイコンベーシックマガジン1989年8月号(第8巻第8号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は107で先月比+5と減少傾向がストップ。4軒の新規掲載店が登場しています。

 

セガ

ハイテクセガ長浜楽市(滋賀県

セガセンター京極(京都府

 

・その他

ファミリータウンメルヘンランド(愛知県)

ジャンボ&ジャイアント(大阪府

マイコンベーシックマガジン 1989年8月号より)

今回新規掲載された4店も西日本が中心です。

 

「ハイテクセガ長浜楽市」はゲーメストに引き続きベーマガでも掲載を開始。

ゲーメストは「ハイテクセガ長浜」となっていますが、入居している施設が「西友長浜楽市店」のため、どちらの名称で呼んでも差し支えないと思います。ベーマガでは正確な住所が記載されていました。

 

セガセンター京極」は京都の繁華街である新京極にあり、四条河原町交差点からも近く立地は抜群です。関西はナムコ系店舗の掲載店からの撤退が関東に比較して早く、その分80年台後半からセガ系の店舗が集計店として多数名乗り出ていた印象があります。

 

「ファミリータウンメルヘンランド」はカプコンの直営店だったようで、後に店舗名称がマジカル・カプコ→プラザカプコンと変遷した経緯があります。カプコン系のハイスコア集計店はここだけかもしれません。(調査中です。)

 

「ジャンボ&ジャイアント」は、1989年4月号から「ヤングプラザジャンボ」として掲載が開始されていましたが、近隣の「ゲームプラザジャイアント」と合同集計となっています。店舗欄記載住所がジャイアントの住所に変更となっているため、新規掲載開始の扱いとしました。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1989年8月号より)

ベーマガ1989年2月号の時のトピック店舗として取り上げた神奈川県の「大船キャロットハウス」は今号をもって通信欄へのコメントと共に掲載終了となっています。一時休業と記載されているのでナムコロケとして復活させる予定があったのでしょうか。

また同じくナムコロケでは熊本県の「プレイシティキャロットパーツボックス」も今号の掲載が確認している時点で最後となっています。1989年に入ってからは掲載が不定期気味になっていました。

 

続いてトピック店舗です。

大阪府内で誌面に登場した最後のキャロットである「プレイシティキャロット京橋店」をピックアップします。

 

マイコンベーシックマガジン 1985年9月号より)

2022年5月3日撮影

JR、京阪の京橋駅北口に「新京橋」というアーケード商店街があります。入って駅を背後にした左側に写真の「マンションKLM」という建物があり、その1階が店舗跡地となります。

 

(ゼンリンブルーマップ 大阪市都島区1990年より)

1990年の住宅地図ですが、マンションKLMの1階にキャロットがあることが確認されています。

こちらも「ゲームマシン」誌に営業当時の写真が掲載されていました。

 

(ゲームマシン 1985年9月1日号より)

当時の店舗外観写真は、丁度現在の3枚目写真の構図とほぼ一致しているのではないかと思われます。看板のキャラがミズパックマンなのが珍しいですね。

同誌によればオープンは1985年2月とのことで、当時の店内写真はオープン半年後程度の姿。ベーマガへのスコア掲載開始も1985年9月号が最初のため、スコア掲載が始まった頃の店内光景と見てほぼ間違いないでしょう。


当時の京橋界隈のロケーションマップも誌面に掲載されていたため、合わせて転載します。

(ゲームマシン 1985年9月1日号より)

 

国鉄京橋駅の表記に時代を感じます。また当時はJR東西線未開通のため、片町線学園都市線)は京橋の隣の片町が終点の時代でした。


そしてベーマガへのスコア掲載が開始されたものの、他の関西ナムコ直営店同様にこちらも掲載は長続きせず1987年7月号の掲載が最後となっています。

ただこちらも店舗の営業は継続しており、2001年の「全国ナムコ店舗ガイド 大阪編」には店舗写真が掲載されています。

(NOURSバックナンバー No.33 2001年夏号「全国ナムコ店舗ガイド 大阪編」より) 

これで大阪府内のナムコ系掲載店は全て取り上げたのですが、その誌面掲載期間を以下にまとめてみました。

 

なんばCITYビッグキャロット:1984/1~1988/5(4年5か月)

プレイシティキャロット道頓堀店:1984/1~1987/3(3年3か月)

プレイシティキャロット関大前店:1984/1~1991/3(7年3か月)

プレイシティキャロットガムガム:1984/1~1986/12(3年)

プレイシティキャロット第4ビル店:1984/3~1986/11(2年8か月)

(追ってゲーメスト2部集計店の履歴あり)

ビッグキャロットすみのえ:1984/3~1984/5(3か月)

プレイシティキャロットなんば店:1984/12~1987/8(2年9か月)

プレイシティキャロット京橋店:1985/9~1987/7(1年10か月)

 

90年台まで掲載が続いたのは関大前店のみで、比較的長期掲載されたのもなんばCITY店程度、あとはどこも2~3年程度で姿を消しています。関東に比較して関西のナムコ系店舗信仰が低いのもこの掲載期間の短さが起因していたように思います。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1989年8月号

ゲーメスト1989年8月号(通算第35号)のハイスコア集計店マップとなります。

掲載店総数は103店と前月比+1でまだ3桁を維持。新規掲載店は先月に引き続いてセガ系列店が2店追加されています。

 

セガ

HIGH-TECH SEGA金沢(石川県)

ハイテクセガ長浜(滋賀県

ゲーメスト 1989年8月号より)

90年代前半のハイスコアシーンにおけるセガ系店舗では、先月から掲載開始となったハイテクセガ高崎と並んでハイテクセガ金沢もかなり印象に残っている店舗です。

金沢と高崎、元々ナムコのキャロットが地域スコアラー一番店として君臨していたのが、ナムコの閉店や運営方針転換を経てタイトーセガ、そしてメーカー系列店でない店舗へとスコアラーの活動の比重が移っていく経緯が非常に似通っている気がします。

 

そしてもう一つのハイテクセガ長浜。

当時のセガ系店舗としては珍しく「長浜楽市」という西友を核にしたショッピングセンター内の店舗だったのですが、掲載初月にして長浜市の店舗なのに大津市の住所が記載されているというゲーメストお馴染み誤植の洗礼を受けます。

 

この住所、同時に掲載されていた「アスター膳所店」の住所「滋賀県大津市馬場町1-13-9」をコピペしてしまったと想像されますが、「馬場町」ではなく「馬町」とコピペさえも誤植になっており、もはや雑誌以上に有名になってしまい独り歩きしているフレーズ「インド人を右に」には及ばないもののゲーメストの誤植の多さを物語るエピソードと言えそうです。

 

そして初回掲載で早速誤植を食らった影響からか、ハイテクセガ長浜店はこのあと2ヵ月間紙面に掲載されず、次の登場は1989年11月号。ここでやっと本来の住所である「滋賀県長浜市八幡東町9-1 長浜楽市内」が掲載されるのでありました。

 

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1989年8月号より)

先月トピック店舗にて取り上げた「ビデオインセガ船橋店」のスコア担当者、通信欄で新潟へ行くことになったと記されていますが、新潟市の「ビデオインセガ万代」へと異動になられたようで今月の通信欄に記載があります。

 

そしてセガ系店舗の話題が続いているので、トピック店舗も先月に引き続き千葉県のセガ系店舗から2店目の「ハイテクセガ柏」を取り上げます。

 

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ゲーメスト 1987年1月号より)

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2020年7月5日撮影

 

JR・東武柏駅東口に「柏駅前第一商業協同組合ビル(ファミリ柏)」が隣接しており、その地下にあります。フロア案内を見るとセガの他にも5店のゲームセンターが入居しており、同一フロア内にゲームセンターがひしめき合う現在では非常に珍しい光景を見ることが出来ます。

 

住所には「丸井地下」とありますが、マルイのテナント一覧には掲載されていません。同じフロアにあるヴィレッジバンガードイエローサブマリンはマルイのテナント一覧に存在するため、同じ建物内にあってもファミリ柏とマルイのテナントは全く別の扱いのようです。

ファミリ柏 フロアガイド:http://www.f-kashiwa.com/floor.html

柏マルイ フロアガイド:https://www.0101.co.jp/076/shop-guide/floor.html?from=01_pc_st076_facility-info_pc-left

 

現在セガアミューズメント施設運営から手を引いており、今後「セガ」の名称が入っている店名は徐々に減少していくことになるでしょうが、その中でも「ハイテクセガ」という80年台を彷彿させる名称が残っている場所は貴重と思われます。

 

ただ店舗名称とは裏腹に機種構成としては最近のゲームセンターそのもので、中央の通路を挟んで東側がほぼプライズ機、西側が専用筐体物のオンライン機で構成されており、メダルゲームが設置されていないことを除けば他のセガ店舗とほとんど変わりはありません。「ハイテクセガ」という名称に期待すると拍子抜けしてしまうこと請け合い。

ハイスコア集計店としては、集計開始3回目の1987年1月号から掲載がされていますが、確認している時点で1990年7月号の掲載が最後となっています。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1989年7月号

マイコンベーシックマガジン1989年7月号(第8巻第7号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は102となり先月比-3と更に減少しています。今月は新規掲載もありません。

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1989年7月号より)

 

この時点でスタートしてから5年半の年月が経過していたチャレンジ・ハイスコアのコーナーですが、今号で初めて「チャレハイ史を振り返る」と題して回顧的な記事が掲載されました。

初回参加店のリストや1回目の全国集計欄が掲載されています。

弊ブログでも該当号を既に取り上げておりますので、宜しければご覧下さい。

www.inu-inu-yeti.com

 

しかし「連載第1回」の文字があるものの、確認している時点では2回目以降の連載はありませんでした。今号は掲載店数が少なく欄が余ってしまったため差し込まれた記事だったのかもしれません。

 

トピック店舗へ移ります。

引き続き初期のナムコ関西地区の店舗から、大阪市住之江区より「ビッグキャロットすみのえ店」をピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年4月号より)

2022年5月3日撮影

南海なんば駅から南海本線を南下すること15分程度、住之江駅の高架下にテナント街「N.KLASS」が存在していますが、かつてここが「ショップ南海すみのえ」と呼ばれていた頃にキャロットが存在しました。

 

住之江駅は各駅停車しか停車しない駅なのですが、駅に隣接して南海の車庫と運転関係の施設が固まっている関係で、高架下には駅の規模からは不釣り合いな広いスペースがあります。

ゼンリン住宅地図 大阪市住之江区1990年より)

 

国会図書館における大阪市住之江区の住宅地図所蔵について、最も掲載年に近い年が1990年しかなかったためそちらから引用していますが、既にショップ南海すみのえ内にはキャロットの文字はありません。

ちなみに「西住之江1-1」という地番は住之江駅施設全体を指しており、高架下店舗も全て同一住所となることから住所からテナント位置は判断出来ません。正確な店舗の場所を探るには営業時のテナント配置表を確認する以外に方法がないため、もしテナント内におけるキャロットの場所をご存知の方がいらっしゃれば情報提供頂きたくお願い申し上げます。

 

そして店舗欄が誌面に初めて登場したのは1984年3月号ですが、この時は翌月からスコアが掲載される旨の案内のみとなり、翌4月号から晴れてスコア掲載に至ります。

しかし同5月号を最後にスコア欄からは姿を消してしまったため、「掲載店離脱第一号」という不名誉な記録を持つ店舗となってしまいました。

 

またスコア掲載だけでなく店舗としても非常に短命だったようです。

昭和61年(1986年)12月時点の「大阪キャロットマップ」には既にすみのえ店の記載がないことが確認されています。店舗オープン時期が判明していませんが、住之江駅が完全に高架になったのは1980年6月のため、それ以降のオープンとなると5年以下の営業期間だったのではないかと想像されます。

 

そのため店舗に関する情報が殆ど見つからないのですが、1984年初頭なので丁度店舗がスコアを掲載していた時期の大阪キャロットマップの画像がツイッター上にありましたので以下引用させて頂きます。

上記キャロットマップのすみのえの部分を拡大しました。 

 

広い敷地を活用してゴルフ打ちっ放しや卓球コーナー等も設けられており、ゲームセンターというよりむしろスポーツ施設的な店舗を目指していたようですが、店舗写真が掲載されていないため当時の店舗外観や店内を窺い知ることは出来ませんでした。