小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年7月号/トピック店舗:カミーノ古町プレイハウス(新潟県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1994年7月号)

マイコンベーシックマガジン1994年7月号(第13巻第7号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は先月比-6の94となり、3桁に乗せた店数は2桁に戻ってしまいます。またこれ以降再び3桁の店舗数が確保されることはありませんでした。新規掲載店も先月に引き続き無しとなっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1994年7月】

(マイコンベーシックマガジン 1994年7月号より)

 

掲載店数の減少で店舗枠部分に空欄が出来るのはままありますが、チャレハイ通信欄にも大きな余白が出来てしまった事例は少ないのではないかと思います。

 

トピック店舗:カミーノ古町プレイハウス

 

ベーマガもトピックを新潟県へと移します。

 

県内初のスコア掲載店は長岡市の「プレイシティキャロット長岡店」に先を越されましたが、追って県庁所在地新潟市に登場したナムコ系店舗「カミーノ古町プレイハウス」を取り上げます。

 

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年11月号より)

2026年5月31日撮影

新潟市は、新潟駅万代口正面に延びる東大通りを進み、信濃川に掛かる萬代橋を渡った先の「新潟島」と呼ばれるエリアに位置する古町付近が古くからの繁華街となっています。

萬代橋から続く柾谷小路を進むと、古町交差点を挟んで古町通りアーケードが伸びていますが、この古町、及び隣接した西堀交差点付近が繁華街の中心で、かつては大型商業施設が複数存在していました。

「カミーノ古町」はその商業施設のうちのひとつであり、その中に存在したゲームコーナーが「カミーノ古町プレイハウス」です。

(ゼンリン住宅地図 新潟市西版1985年より)

 

1985年の住宅地図です。

 

テナント名は「ファミリープラザ」となっていますが、5階フロアという場所は一致しているためこの場所で相違ないと認識しています。

 

店舗名からは判断できないのですが、こちらはナムコの直営店舗でした。

(オールアバウトナムコⅡ ナムコ直営ゲームセンター一覧より)

 

1988年3月発行の電波新聞社刊「オールアバウトナムコⅡ」巻末に掲載されているナムコ直営ゲームセンター一覧に「カミーノ古町店」の文字があり、こちらを根拠としています。

 

この建物の建築は1978年ですが、80年頃から若者向けファッションテナントが中心となっており、そのような場所におけるナムコの出店は青森県弘前市の「ハイローザスペースランド」や、茨城県水戸市の「水戸サントピアナムコランド」に近似していたのではないかと思われます。

 

誌面への掲載はベーシックマガジン1984年11月号からスタート、途中に休載を挟むことなく1988年2月号まで継続しました。

 

掲載終了後も営業は継続していたようですが、1989年にビル全体の大規模なリニューアルを実施しており、リニューアル後はそれまでの5階から6階へとフロアを移動し店舗名がキャロットブランドへと変更されています。

(ゼンリン住宅地図 新潟市西版1991年より)

こちらがリニューアル後の1991年テナント配置表です。6階フロアに「プレイシティキャロット」の存在が確認出来ます。ただリニューアル後にスコア掲載店とはなりませんでした。また店舗の正式店名が「プレイシティキャロット○○店」なのかが判明しません。「新潟店」「古町店」「カミーノ店」あたりが候補と思われますが、ご存知の方の情報をお待ちいたしております。

 

その後2001年にビル運営会社が経営破綻したためテナントは撤退、2004年に現在の専門学校の建屋に建て替えられています。1000人以上の学生が通う学校の近くであれば以前であればゲームセンターも含めた学生向けの商売が付近に展開されたものですが最早そのような時代でもないのでしょう。周囲に学生をターゲットとしたような店舗はあまり存在しなかったように感じます。

 

またキャロットに変わった後にいつまで営業が継続していたのかは確認が取れていませんが、ナムコ広報誌「NOURS」の「全国ナムコ店舗ガイド 北陸編」には1999年11月時点で店舗が存在していないため、2001年の全テナント撤退までは残存していなかったようです。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年8月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月30日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日号/トピック店舗:長岡キャロットハウス→プレイシティキャロット長岡店(新潟県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年6月30日号)

ゲーメスト1994年6月30日(第9巻第14号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は76で前月比-1となります。

 

5月30日/6月15日号においてもコーナー拡大による掲載店募集の案内が引き続き掲載されていたこともあり、2軒の新規掲載があります。

 

・ナムコ系

香港ナムコSHOP(海外)

 

・その他

ゲームコーナーフジ(東京都)

(ゲーメスト 1994年6月30日号より)

 

ハイスコア掲載店の歴史において先にも後にもこの一軒だけとなる海外からの掲載店「香港ナムコSHOP」が登場しました。

 

国内のナムコロケでさえハイスコア掲載店は減少一途の中、ゲーメストでは1993年8月号の「プレイシティキャロット高松店」以来のナムコ系新規掲載なのですが、海外ロケということで更に異彩を放っています。

 

ハイスコアの海外からの申請は個人申請も含めスコア確認方法の不確かさや基板のバージョンが異なる等の影響もあるため対象外というのがルールだという認識なのですが、ナムコロケということで許容されたということなのでしょうか。

 

なおこの香港ナムコSHOPの場所について、誌面掲載の住所から恐らくここであろう場所を地図上にプロットしていますが、国内のような住宅地図が存在せず位置特定が困難なため現地調査は行わない方針です。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年6月30日

(ゲーメスト 1994年6月30日号より)

ヒットゲームBEST10のコーナーには、毎回ランキングと合わせて講評が掲載されるのですが、今回の「大手の技術力を持ったメーカーがシューティングなどの、対戦格闘以外のゲームを作っていってくれれば、未来は明るいのではないでしょうか」というコメントは実際にはそうはなりませんでした。タイトー、コナミ位ですかね大手でシューティングを造り続けたの。

 

雑誌も商売なので、ポジショントークを行っても実際の誌面構成はヒットしている対戦格闘ゲーム一辺倒だったことは否めなかったと思います。

 

 

トピック店舗:長岡キャロットハウス→プレイシティキャロット長岡店

 

トピック店舗は新潟県へと場所を移します。

 

県内スコア掲載店の老舗「長岡キャロットハウス→プレイシティキャロット長岡店」をピックアップします。

(ゲーメスト 1987年5月号より)

2026年5月30日撮影

東西に長い新潟県は上越、中越、下越の3地域に区分されますが、中越地域の中心にして県内で2番目の人口を誇るのが長岡市です。

 

長岡駅に中心街が隣接しており、駅正面から延びる大手通りの沿道に面した建物の裏手に店舗が入居していた「メゾン大手」が2026年時点でも存在しています。

(ゼンリン住宅地図 長岡市1984年より)

1984年の住宅地図となります。

 

1階のテナントはキャロットのみとなっており、現在の「角打ち カネヤ商店」の場所全てが使用されていたようです。

 

ビルの2~4階は「ビジネスホテル大手」となっていましたが営業が既に休止されているようで、1階にあるホテルへの入口階段はトラ柵で塞がれ入れないようになっています。

 

不動産情報によれば築年月は1978年12月で既に50年近く経過しており、住宅地図上で隣接している長岡市厚生会館が2012年に、市役所庁舎やバスケットボールBリーグ1部チームである「新潟アルビレックスBB」の本拠地であるアリーナがある「長岡市シティホールプラザアオーレ」として整備されていることからこちらの建屋の老朽化が目立っています。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

 

なお今回ゲーメスト掲載店舗として取り上げていますが、誌面への初掲載はベーシックマガジン1984年1月号となりベーマガオリジナル26店に含まれる歴史ある店舗です。当然ながら新潟県初のハイスコア掲載店となっています。

 

掲載当初は「長岡キャロットハウス」の名称でしたが1986年10月号から店名が「プレイシティキャロット長岡店」へと変更されています。ゲーメストの掲載は店名変更後となります。

 

ゲーメスト初回掲載時に店舗前での集合写真が掲載されていました。

(ゲーメスト 1987年5月号より)

 

写っている人物の殆どが学ラン姿なのがかつてのゲームセンターの主要客層を物語ります。また写真を拡大して分かったのですが降雪時に撮影されているようですね。

 

入口部は現在は片開ドアですが、キャロットの時には両開きの自動ドアであったことが確認出来ます。まだ建物が竣工して10年程度のため、現在雨だれで黒墨が目立っている建物外観もまだそこまで汚れていなかった時期なのでしょう。

 

そしてゲーメストへの掲載開始後はダブル掲載店となりますが、先に掲載が終了したのがベーマガで1991年5月号が最後となっています。ゲーメストは同年11月号まで掲載されたのですが1991年は1,3,9,11月の4回しか掲載されていませんでした。閉店時期は不明なのですが、1999年の住宅地図では店舗箇所が空きテナントとなっておりそれ以前に閉店していたようです。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年7月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年7月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号/トピック店舗:ビデオインスポーツタッチダウン/プレイシティマンモス(三重県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1994年6月号)

マイコンベーシックマガジン1994年6月号(第13巻第6号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は100となり先月比-1、今号も3桁を維持しました。

 

前号で大きく掲載店が増加したためか今号の新規掲載は無し。1992年8月号以来実に1年10か月振りとなっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1994年6月】

(マイコンベーシックマガジン 1994年6月号より)

店舗欄が設けられていない千葉県船橋市「ギャレッソ津田沼店」の通信欄があり、YOU2中延店と合同集計となる旨の告知が掲載されています。

 

共にジャレコ直営店という所が共通していますが中延と津田沼では県も異なり距離もかなり離れているため、ジャレコ系列で合同とするならむしろYOU2町田店の方が相応しい気がするのですが恐らくいろいろな事情があったのでしょう…

 

トピック店舗:ビデオインスポーツタッチダウン/プレイシティマンモス

トピック店舗は三重県のベーマガ単独掲載店から、「ビデオインスポーツタッチダウン」「プレイシティマンモス」の2軒をピックアップします。

 

【ビデオインスポーツタッチダウン】

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

2024年8月15日撮影

 

【プレイシティマンモス】

(マイコンベーシックマガジン 1989年10月号より)

2025年8月10日撮影

最初に取り上げる「ビデオインスポーツタッチダウン」は、既に取り上げている「ゲームセンターニュースター」「ゲームセンターアメリカ」と同じく津市の三重大学近隣に存在したタイトー系店舗です。

(ゼンリン住宅地図 津市1986年より)

1986年の住宅地図です。

 

最寄駅は近鉄江戸橋駅ですが、ゲームセンターニュースター、ゲームセンターアメリカと比較して最も三重大学正門に近い国道23号沿いの場所となります。反面駅からは最も遠い場所となりますが、幹線国道沿いであるため学生以外の需要もあったのではないかと思われます。

(ゼンリン住宅地図 津市1998年より)

 

「ビデオインスポーツタッチダウン」という店舗名称からはタイトー系列店とは判断出来ないのですが、1998年の住宅地図では同一箇所が「タイトーイン505」となっているためタイトー系列と判断しています。「ウィルトーク」や「タイトーイン」にブランディングする前のタイトーは店舗名がまちまちで把握しにくいのですが、ゲームセンターを「疑似スポーツ施設」と位置付けスポーツに関する店名を付けていた箇所がタイトーには多かったように思います。

 

ベーマガへの誌面掲載は、タイトー系の掲載店が初めて登場した1984年8月号から開始されています。1985年まではコンスタントに掲載が継続しますが86年に入ると休載が発生し、同年6月号の掲載が最後となりました。2年弱の掲載期間なのですが、1年以内で掲載を中止する店舗も多かったタイトー系初回掲載14店の中では長続きした部類に入ります。

 

その後は前述のように「タイトーイン505」へと店名を変更し2000年前後においても営業継続が確認されていますが、店名変更や閉店の時期は判明していません。現在建物は建て替えられFN栗真というマンションとなっています。不動産情報によれば築年月は2023年1月となっており、現地調査の際はまだ建て替えられてから1年半程度しか経過していませんでした。

 

2店目の「プレイシティマンモス」は三重県北部桑名市の店舗です。

 

誌面へはベーマガ1989年10月号にて初めて登場しました。

(ゼンリン住宅地図 桑名市1991年より)

場所は桑名市中心部から2㎞弱離れており、三岐鉄道北勢線(店舗営業当時は近鉄北勢線)の西別所駅が最寄となります。員弁川の河岸に面したパチンコ店「マンモス城」と敷地が同一となっているため、パチンコ店が経営していたということで間違いないと思われます。

 

2025年時点ではゲームセンター、パチンコ店の建屋は共になく、生鮮食料品店の「F☆マート」及びイートインのあるパン店「パン工房 KOKO」が跡地で営業しています。隣接している「桑名精工(株)」の建屋は現存しているため、住宅地図の配置が正しければパン工房KOKOとセルフガソリンスタンドの間の駐車場にゲームセンターの建屋が存在したと思われますが正確な位置は現地からは判別出来ませんでした。

 

そして1991年1月号を最後に誌面から姿を消しているのですが、その後の1995年の地図を見るとゲームセンターの位置が変わっていることが確認されています。

(ゼンリン住宅地図 桑名市1995年より)

1991年時点では「ビリヤードアンドゲーム マンモス」の建屋があった場所は駐車場となり、パチンコ店を挟んだ反対側の敷地に「ゲーム&カラオケ マンモス」の建屋が出現しています。カラオケ店を開始するにあたり建屋を移設させたと想像されます。

2025年8月10日撮影

 

1995年時点で隣接していた「(有)水谷鋳造所」の場所は2025年時点で運送会社へと姿を変えているものの、建屋はそのまま使用されているようです。そのためF☆マートの建屋の場所に移転後のカラオケ&ゲームセンターがかつて存在したと思われます。

 

パチンコマンモスはその後モナコ桑名店と名称を変えていますが、桑名市内に存在した系列店と合わせて2007年に営業を終了しているとの情報です。カラオケ&ゲームがいつまで存続していたのかは不明です。また現在のスーパーは2021年10月にオープンしています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年7月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号/トピック店舗:ゲームセンターアメリカ/アミューズメントスペースハスラー→AMZA11(三重県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号)

ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号(第9巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

前回の5月15日号からゲーメストは月2回の刊行となるのですが、最初は特集記事に割かれたため実際にスコア掲載が開始されるのは今号からとなります。

 

そして月2回化後初の店舗数は77となり前号比+3となっています。前号にて掲載店舗募集の案内が出されたことも手伝い、3店の新規掲載があります。

 

・セガ系

ハイテクセガ盛岡(岩手県)

 

・その他

プレイランド エフワン(宮城県)

 

ゲームスポット アテナ(東京都)

(ゲーメスト 1994年5月30日、6月15日号より)

 

今回追加された3軒はいずれも既にベーシックマガジンにて掲載されており、全て重複掲載店となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年5月30日、6月15日

 

(ゲーメスト 1994年5月30日、6月15日号より)

 

2D対戦格闘ムーブに押されそれ以外のジャンルが低迷気味だったこの時期、ナムコは創立40周年記念タイトルとして「ティンクルピット」、また同社としては珍しいスペースオペラシューティングの「ネビュラスレイ」の2作を引っ提げて巻き返しを図るのですが、もはやトレンドは完全に変化しており、加えてネビュラスレイはタイトーの名作「レイフォース」とバッティングするという不運も重なってどちらも大ヒットには至らなかったと認識しています。

 


トピック店舗:ゲームセンターアメリカ/アミューズメントスペースハスラー→AMZA11

 

トピックは三重県の店舗を継続。

 

「ゲームセンターアメリカ」及び「アミューズメントスペースハスラー→AMZA11」の2軒をピックアップします。

 

【ゲームセンターアメリカ】

(ゲーメスト 1986年5月号より)

2024年8月13日撮影


【アミューズメントスペースハスラー→AMZA11】

(ゲーメスト 1992年3月号より)

2024年8月13日撮影(一部AIによる画像修正あり)

最初に取り上げる「ゲームセンターアメリカ」はゲーメスト創刊号にて掲載された21店のうちのひとつです。

場所は「ゲームセンターニュースター」と同じく津市の近鉄江戸橋駅が最寄ですが、三重大学に近いニュースターに対して江戸橋駅前にある「サイトウビル」内に存在しました。

(ゼンリン住宅地図 津市1986年より)

1986年の住宅地図です。


駅前ロータリーに面しており、建物は2024年時点でも現存しています。

 

住宅地図のテナント配置が正しければ、1階正面向かって右側の洒落たスパイス料理店の場所が跡地に該当すると思われます。

 

この店舗、誌面の住所欄にはいずれも「江戸橋駅前」としか記載が無かったのですが、住宅地図から所在が判明したため特定に至っています。ちなみに現在のサイトウビルの住所は「三重県津市上浜町3丁目85-1」となります。

 

前述のように掲載はゲーメスト創刊号から開始され、同期21店のうち11店が創刊号のみで姿を消す中、2回目集計の1986年9月号でも店舗欄を存続させましたが結局はこの2回のみの掲載に留まりました。閉店時期は不明ですが1998年の住宅地図では既に存在していないことを確認しています。

 

そしてもう1店の「アミューズメントスペースハスラー」は三重県南部に位置する熊野市が所在です。世界遺産である熊野古道の入口のひとつで、また熊野大花火大会でも有名な観光地ですが名古屋からは約200㎞、県庁所在地である津市からでも100㎞を超える距離があり、あまた存在する全国のハイスコア掲載店の中でも到達難易度が高い場所となっています。

(ゼンリン住宅地図 熊野市1992年より)


こちらは1992年の住宅地図となります。

 

JR熊野市駅前から北東方向へ伸びる「記念通り」沿いに「こまやショッピングセンター」があり、その2階に「プールカフェ ハスラー」の表記があります。

 

その店舗名から察するに、元々ビリヤード場だった場所にゲーム機を設置したという運営が想起されます。

 

2024年時点ではショッピングセンター全体が残っておらず、跡地は写真のようにアパートが建っていますが記念通り沿いに並んでいる街灯に「ショッピングセンターこまや」の名称板が残されており場所の特定が出来ています。また跡地に建つアパートの名称が「めぞん駒や」のため、土地建物のオーナーは変わっていないと思われます。

 

そのアパートには「非喫煙者集合住宅」という但し書きが書かれていますが、頂いた情報によればショッピングセンター時代からオーナーは大の嫌煙家で、90年台のゲームセンターでは珍しく全面禁煙だったとのこと。アパート運営に変わった後もそのスタンスは貫かれているようです。

 

誌面への掲載はゲーメスト1992年3月号からとなり、短期間で掲載終了した「ゲームセンターアメリカ」以来の三重県掲載店となりました。

 

その後1994年3月号からはベーマガにも掲載を開始しダブル掲載店となるのですが、こちらは僅か5か月後の同年7月号までの掲載に留まり、以降はゲーメスト単独掲載店へと戻ります。

(マイコンベーシックマガジン 1994年3月号より)

そして1995年11月30日号から店名が「AMZA11」へと変更になっています。

(ゲーメスト 1995年11月30日号より)

また1996年1月30日、2月15日号では熊野市に隣接した和歌山県新宮市に新店「AMZA10」オープンの告知が掲載されており、ハイスコアラー求むとの文面もありますが新宮店を合同集計とする旨の告知や備考欄への記載は確認出来ませんでした。

(ゲーメスト 1996年1月30日、2月15日号より)

 

ただ新宮店へのゲーム機入荷告知が以後も誌面に登場し、かつそのタイトルがスコア欄に掲載されたこともあるため実質合同集計となっていた可能性は高いと考えられます。新宮店の場所は未確認のため、調査後追ってリライトしたいと思います。

 

最終的にスコアの掲載は1997年頃から歯抜けがちとなるものの、ゲーメスト最終号である1999年9月30日号まで継続、人口の希薄な地域にも関わらず7年以上に渡る長期掲載店となりました。アルカディア誌には掲載はされませんでした。閉店時期は判明していませんが、こまやショッピングセンターは2012年頃に取り壊されているという情報を確認しています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年6月30日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月15日号/トピック店舗:トピック店舗:プレイシティキャロット四日市店(三重県)

(ゲーメスト 1994年5月15号より)

 

創刊直後の期間を除いてこれまで月刊誌であったゲーメストですが、対戦格闘ゲームの記録的ヒットにより発行部数を大きく伸長させたことを背景として、通巻114号である今号から毎月15,30日の月2回発行へと発展することとなります。

 

(ゲーメスト 1994年5月15号より)

 

そして「めざせハイスコア」コーナーについてもこれまでの月1回集計から2回集計へと変更されることのなるのですが、それに伴い今後の集計方法に関するルール説明に誌面が割かれています。

 

ただその内容についてはハイスコア掲載店やプレイヤーからすればこれまでと特に大きな変化はなく、月2回化により改めて周知を図るということが主旨のように感じられます。

 

(ゲーメスト 1994年5月15号より)

 

また記事中には、月2回化に伴いこれまでのハイスコア争い振り返りとして、現時点での各タイトルにおける最終のスコアと、そのスコアがどの店舗から排出されたのかをランキングとして提示しています。おおよそ80年台後半~90年台前半にかけてハイスコア有力店と評された店舗が並んでいます。

 

あくまでも「最終スコア」の店舗別保持数であり、毎月の集計におけるトップ数(☆の数)ではないことに注意が必要です。

 

 


 

(ゲーメスト 1994年5月15号より)

 

そしてその「最終スコア」の一覧が誌面に掲載されました。

 

当たり前といえば当たり前ですが、集計対象となっていた全てのタイトルに対し「これ以上のスコアが出れば全国トップ」が一目で分かるようになっています。2026年時点では、この一覧情報が随時確認出来ないことがハイスコア集計における課題のように思います。

 

そしてこれら特集記事は、ゲーメスト創刊の大きな目的でもあったハイスコア争いが対戦格闘ゲームの隆盛で下火となりつつあったことを憂い、再度活性化を図るべく誌面を割いたものと認識しており、以降の誌面においても度々ハイスコアにスポットを当てるような記事が掲載されるのですが、対戦に傾倒していたゲーマーの関心を再びハイスコアへ向けることにはなかなか繋がらなかったのではないかと思われます。

 

また今号はこれら特集記事のためスコア集計が実施されていないことから、集計店マップはアップしていないことをご了承願います。

 

トピック店舗:プレイシティキャロット四日市店

ゲーメストもトピック店舗を三重県へと移します。

 

三重県唯一のナムコ系掲載店となる「プレイシティキャロット四日市店」をピックアップします。

 

(ゲーメスト 1993年2月号より)

2025年8月10日撮影

三重県の県庁所在地は津市ですが、県下最大の人口を誇るのは四日市市です。

 

伊勢湾沿岸の重化学工業地帯が有名で、かつては「四日市ぜんそく」の発生地として公害都市の不名誉なイメージもありましたが昔話であり、三重県最大の都市として特に近鉄四日市駅周辺には規模の大きい繁華街が広がっています。

 

その四日市市に唯一存在したハイスコア掲載店が、ナムコ系キャロット店舗である「プレイシティキャロット四日市店」です。

 

(ゼンリン住宅地図 四日市市南部1988年より)

住宅地図は1988年です。

所在地の「ロイヤルマンション東海」は2026年時点でも建物は健在です。

店舗は1階に並んでいる店舗スペースの最も北側で、写真のシャッターの降りている場所との情報を頂いています。

最寄駅は近鉄四日市駅なのですが、場所は駅周辺に広がる商業地域からは少々離れており徒歩だと10分程度は掛かります。かつては駅付近に広がる商店街にも複数のゲームセンターが存在し、駐車場もないため集客においてはかなり不利な場所だったと思いますが、都市型店舗でも繁華街は微妙に外してくる当時のナムコの出店思想が反映されたのでしょうか。

 

そしてハイスコアの掲載はベーシックマガジンからスタートしました。

(マイコンベーシックマガジン 1988年6月号より)

1988年6月号が初掲載なのですが、既にキャロットブランドの出店は下火となっていた時期で、ナムコ系店舗ではかなり遅い掲載開始となっています。

 

この最初の掲載は3年後の1991年7月号をもってストップしてしまいますが、ゲーメスト1993年2月号にて誌面への掲載が復活、その後ベーマガも1994年3月号から掲載が再開されダブル掲載店となります。

 

この時点でベーマガのナムコ系掲載店は20店を切り全盛期の1/3以下、ゲーメストも10店を割り込んでおり貴重な存在でした。その後ゲーメスト1995年8月30日、9月15日号付録の「全国ハイスコアゲーセンマップ」にも掲載され、ハイスコアに対するお店のモチベーションが高かったことが窺えます。

(ゲーメスト 1995年8月30日、9月15日号付録「全国ハイスコアゲーセンマップ」より)

 

貴重な店舗外観写真も掲載されています。

 

駅から遠いことは紹介記事内でも触れられており、1プレイ50円を前面に打ち出して集客を図っていたのであろうと思われます。

 

この記事の時点ではベーマガは既に掲載が終了(1995年4月号まで)しておりゲーメスト単独掲載店でした。その後ゲーメストも1996年5月30日、6月15日号を最後に掲載を終了しています。閉店によるものでした。

(ゲーメスト 1996年4月30日号より)

(ゲーメスト 1996年年5月30日、6月15日号より)

 

閉店告知は最終掲載の1号前である1996年4月30日号にて発表されており、そこから閉店日が1996年3月31日であることが確認出来ます。

 

ちなみに私が四日市市の「セガワールド生桑店」に店長として勤務していた時代、会社の寮がすぐ近くで恐らく徒歩で2分も掛からない場所だったのですが、既にキャロットは閉店後だったようで残念ながら店舗営業時に訪問することは叶いませんでした。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月30日、6月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号/トピック店舗:GAME CITY OZ(山口県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年5月号)

ゲーメスト1994年5月号(第9巻第9号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は74とり前月比-6の大幅減。この数字は創刊から日が浅い1987年5月号以来となっています。新規掲載店は先月に引き続きありません。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年5月】

(ゲーメスト 1994年5月号より)

 

これまで「めざせ ハイスコア!!!」コーナー内にて掲載された広告は専ら基板販売業者だったのですが、今号で静岡県沼津市の「ゲームセンターベクトラ」の広告が「ハイスコア掲載店ではない」店舗として掲載されています。

 

過去には山梨県のニュースターグループにように、コーナー内の広告と合わせてスコアも掲載しているお店の履歴はありましたがスコア未掲載は初めてのケースで、対戦格闘ゲームの成熟化で「スコアを掲載することが店舗の宣伝や集客につながらない」状況が浮き彫りになっていました。



トピック店舗:GAME CITY OZ

トピック店舗は山口県を継続。

 

「GAME CITY OZ」及びその系列店舗をピックアップします。

(ゲーメスト 1988年1月号より)

2025年4月30日撮影

 

山口県小野田市(現山陽小野田市)と聞いて、「小野田セメント」を思い付く方はそれ相応にお年を召されていると思いますが、最盛期には山口県内から福岡県にまで店舗を拡げていた「OZ(オズ)」の名前を持つゲームセンターはその小野田市からスタートしています。

(ゼンリン住宅地図 小野田市1988年より)

 

下関市から旧山陽道が通らない海沿いの小野田市、宇部市中心部を経て山口市(新山口)へ至る国道190号線沿いに店舗はありました。国道に面した集合テナントで、最寄駅のJR小野田駅からは1㎞程度離れており、郊外のドライブイン的な店舗だったと思われます。

 

住宅地図は1988年です。テナントの配置から見て写真の健康食品店「さららショップ」の場所が跡地と認識しています。同じ敷地にある「ダイニング高泊」および「札幌ラーメンどさん子」は35年以上が経過した2025年時点でも変わらず営業が続けられていることがわかります。

 

そして誌面掲載はゲーメスト1988年1月号から開始されるのですが、以降店舗網を拡大することで系列店も合同集計として順次登場することになります。


【アメニティプラザOZ(山口)】

2025年4月30日、5月1日撮影

系列店として最初に登場したのは山口市の「アメニティプラザOZ」です。

 

場所はこれまで紹介した「キャンパスタイトー」や、防府市のゲームランドプールインの系列店「ピエロ」と同じく、湯田温泉から山口大学へと続く「山大通り」沿道となります。

(ゼンリン住宅地図 山口市北部1989年より)

1989年の住宅地図にて所在を確認、2025年現在は美容院となっています。隣接している道路公団職員アパートの敷地は現在ローソンです。

 

89年時点ではまだ「ピエロ」はオープンしていないのですが、ピエロと同一敷地にあった「ビリヤードプールインエイト」は住宅地図最上部に見えています。その距離はおよそ200m。「キャンパスタイトー」も700m程度の距離にあり、大学に通じる道とはいえゲームセンターの密集具合はかなりのものです。

 

こちらは1989年のオープンで、最初はベーシックマガジン掲載店として山口店単独で登場しました。

(マイコンベーシックマガジン 1989年4月号より)

そしてゲーメストにもオープンに合わせ店舗外観写真と共に告知がされています。

(ゲーメスト 1989年5月号より)

 

特にスコア集計を行う旨の記載はないのですが、以後の店舗備考欄に「山口店」の記載があるため当初から合同集計は行われていたようです。ただベーマガへの掲載は1989年4月号のみで継続せず、以降再びベーマガへ登場することはありませんでした。

 

続いて同じく山口県の宇部市に3軒目の系列店「アメニティスペースOZ」が登場します。

 

【アメニティスペースOZ(宇部)】

2025年4月30日撮影

 

こちらのオープンは山口店から2年経過した1991年、場所は庵野秀明監督の出身地でシン・エヴァンゲリオンにも登場して有名になった宇部市の中心地、JR宇部新川駅から至近距離です。

(ゼンリン住宅地図 宇部市No.2 1999年より)

 

駅を出て正面左側に「松島町商店街」があり、その沿道にある1階が書店となっているビルの2階がお店となっていました。2025年時点では書店は引き続き営業されていますが2階はバレエスタジオとなっています。バレエスタジオは2015年にオープンしているようです。

(ゲーメスト 1991年5月号より)

 

上記が宇部店オープン時のゲーメスト店舗欄及びハイスコア通信欄で、備考欄に既に宇部店の文字があることから当初からハイスコア集計を実施していたようです。山口店の記載もありこの時点で小野田、山口、宇部の3店合同集計となっています。

(ゲーメスト 1995年8月30日、9月15日号付録「全国ハイスコアゲーセンマップ」より)

 

その後ゲーメスト1995年8月30日、9月15日号付録「全国ハイスコアゲーセンマップ」にOZの代表店舗として掲載されたのが宇部店でした。ここで初めて正式住所である「宇部市松島町16-25 京屋ビル2F」が判明しています。

 

そして宇部店オープンから今度は僅か半年、遂に山口県外へ初進出となる4号店の「アメニティスペースOZ」が北九州市のJR南小倉駅前にオープンした旨の告知がハイスコア通信欄に掲載されています。

(ゲーメスト 1991年11月号より)

 

(ゲーメスト 1992年2月号より)

 

南小倉店のスコアは告知と同時に現れなかったのですが、3か月後の1992年2月号にて初めて備考欄に「南小倉店」の文字が出現したためこの時点で4店合同集計となっています。

 

しかしゲーメスト1994年5月号からは店舗名が「アメニティスペースOZ3店集計」となっており、備考欄を見ると南小倉店が外れているようです。

(ゲーメスト 1994年5月号より)

 

その後も南小倉店が掲載されていた形跡がないため、掲載から除外されたのか閉店したのか判断が付いていません。

 

また南小倉店の住所は一度も誌面へ掲載されていないため不明で、それ故にまだ店舗は未調査となっています。まだ当時の住宅地図は確認が出来ていませんが、もし住所等ご存知の方がいらっしゃればコメントをお寄せ下さい。

(ゲーメスト 1999年8月30日号より)

 

(アルカディア 2000年10月号より)

 

その後ゲーメストへの掲載は休刊直前の1999年8月30日号まで継続しました。その際のハイスコア通信欄には山口店移転のインフォが出ていますが南小倉店同様に移転後住所の情報は一切なく、こちらも未調査となっています。そして実質ゲーメスト最終号となる9月30日号には掲載されなかったのですが、その後アルカディア誌が創刊されハイスコア集計が再開されるとスコア掲載が復活します。

 

ただアルカディアでの期間は短く2000年10月号が最後の掲載となっています。備考欄には小野田、山口、宇部新川の文字があり最後まで3店合同の集計体制は維持されていたようです。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月15日号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号/トピック店舗:ゲームセンターニュースター(三重県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1994年5月号)

マイコンベーシックマガジン1994年5月号(第13巻第5号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は101で先月比+2となり久々に3桁を回復しました。1991年9月号以来となります。新規掲載店も3軒あります。

 

・タイトー系

ウィルトークタイトー豊橋店(愛知県)

 

・その他

ファンタジーゾーン夢らんど(北海道)

 

ゲームピープル(大阪府)

(マイコンベーシックマガジン 1994年5月号より)

 

「ウィルトークタイトー豊橋店」ですが、タイトー系の新規掲載は1993年8月号のウィルトークタイトー高松店以来ほぼ1年振りです。

 

「ファンタジーゾーン夢らんど」は、プレイシティ24に続いて旭川市2軒目の掲載店となりました。追ってゲーメストへも掲載されることになります。

 

また大阪府泉佐野市の「ゲームピープル」ですが、翌6月号までの2回のみの掲載となっています。単発掲載で終わった近隣貝塚市のSUPER STARもですが和泉地域での短期掲載が目立っています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1994年5月】

(マイコンベーシックマガジン 1994年5月号より)

ベーマガでは、トップページの総括で過去のスコア訂正についてコメントされることは度々ありましたが、今月は「ハイテクセガ大船」「プレイアイシー鶴巻店」の両店が先月号にて掲載されなかった旨のお詫びがあります。

 

確認したところ、プレイアイシー鶴巻店は1986年3月号にて初掲載の後にこれまで約8年もの間一度もスコア掲載を欠いたことが無く、結果的に初めてのスコア欄欠落は誌面側の手違いで発生したことになります。お店が休載を発生させないことにこだわっていたとすれば腑に落ちないものがあったのではないでしょうか。

 


トピック店舗:ゲームセンターニュースター

トピック店舗は三重県へと舞台を移します。

 

まずはベーシックマガジンの老舗掲載店である津市の「ゲームセンターニュースター」からピックアップします。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

2024年8月15日撮影

三重県の県庁所在地である津市には三重大学があり、その最寄駅である近鉄江戸橋駅付近にハイスコア集計店が複数存在した履歴がありますが、その中で最も早く掲載店となったのがこちらの「ゲームセンターニュースター」です。

(ゼンリン住宅地図 津市1986年より)

近鉄江戸橋駅を降り駅前通りを西へ向かうと、駅名の由来となる伊勢街道の江戸橋を渡り国道23号へと突き当たります。

 

国道を渡った西側の大部分を三重大学の敷地が占めており、学生向けのアパートが多数立ち並ぶ中に建物はありました。店舗の前の道を更に西側へ進んでも海岸線にあたってしまうため、完全に三重大学の学生需要を想定した店舗だったのだろうと思われます。

 

1986年の地図にて所在を確認しています。ニュースターと合わせて「ユニオンリース」の表記がありますが、ゲーム機をリースする運営会社が同じ場所で営業していたのでしょうか。

 

そして2024年時点では写真のように店舗建屋は健在、跡地は自身で機器を扱い施術するセルフビューティサロンとなっています。1986年の地図で隣接している「喫茶フルール」は営業されていないものの、建屋の側面にまだ文字を残しています。

 

そして誌面への掲載はベーマガ1984年9月号から開始されました。84、85年に掲載開始された店舗は1990年までに殆どが誌面から姿を消す中で、90年台に入ってもコンスタントに掲載が継続されています。

 

立地的に学生以外の流動が存在しない場所でもあり、固定客となり得るスコアラーは大切にされていた印象で、時折全国トップスコアも輩出された地方の有力店というイメージがあります。

(ゲーメスト 1995年3月15日号より)

ゲーメストへは永らく掲載がされていなかったのですが、月2回の刊行後にスタートした言わば2部掲載店である「狙うぞハイスコア2」コーナーがスタートすると、その初回掲載店に名を連ねました。いずれは1部掲載店への昇格を目していたのかもしれません。

(マイコンベーシックマガジン 1997年7月号より)

 

(ゲーメスト 1997年7月15日号より)

 

しかしベーマガは1997年7月号、ゲーメストは7月15日号の掲載時に閉店の告知が誌面上にも掲載されています。ベーマガについては13年にも渡る長期掲載店となりました。

 

そしてこちらの閉店後、スコアラーの命脈はやはり江戸橋駅付近の別のお店で引き継がれていくことになります。やはりハイスコアというジャンルは、有力なスコア集計店(誌面掲載店)がその地域に存在することが継続する要件として非常に大きかったのではないかと思います。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年4月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年4月号/トピック店舗:アミューズメント山口/キャンパスタイトー(山口県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年4月号)

ゲーメスト1994年4月号(第9巻第7号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は80で先月比+3ですが、先月に新規2店があったためか新規掲載はありません。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年4月】

(ゲーメスト 1994年4月号より)

2D対戦格闘ゲーム全盛期の最中、2Dではヒット作を輩出出来なかったセガが3Dにシフトして産まれた初代バーチャファイターがハイスコア集計にも登場しました。

 

ハイスコア的に最も変化があったのは、「タイムアタック集計」となったこと。

 

これまでタイムアタックで競われるタイトルはほぼドライブ系ゲームで占められていたため、「ハイスコア狙いは長時間プレイの温床」という傾向に一石が投じられたとも言えます。最も後にバーチャファイターと3D格闘の対を為すナムコの鉄拳シリーズにも採用されたことでハイスコア界に悲喜劇を巻き起こすことになるのですが…

 

トピック店舗:アミューズメント山口/キャンパスタイトー

 

トピック店舗ですが、ゲーメストも山口県の掲載店舗に移ります。

 

「アミューズメント山口」及び「キャンパスタイトー」の2軒をピックアップします。

 

【アミューズメント山口】

(ゲーメスト 1986年9月号より)

2025年4月30日、5月1日撮影

 

【キャンパスタイトー】

(ゲーメスト 1986年11月号より)

2025年4月30日撮影

 

2店とも山口市内の初期ゲーメスト掲載店ですが、山口駅や市役所から近い中心部ではなく、2㎞程離れた場所に広がる湯田温泉の近隣に店舗を構えていたところが共通しています。

 

最初に取り上げる店舗は「アミューズメント山口」、場所は湯田温泉街にある大型ホテルである「ホテル松政」内となっています。

(ゼンリン住宅地図 山口市北部1989年より)

 

ホテル松政の創業は昭和3年と公表されており、2026年で創業98年と間もなく100年に達する歴史のあるホテルです。

 

ホテル大浴場は「千人湯」と命名されていますが、かつてこの千人湯は公衆浴場でもあり、宿泊客でなくとも入湯することが可能でした。

 

そして入湯客用の娯楽施設として併設されたゲームコーナーへも宿泊客以外が自由に出入りできたことから、一般のゲームセンターと同様にハイスコア集計まで実施されたという極めて稀有な事例となっています。店舗住所が「ホテル松政内千人湯」となっているのはそのためです。

 

ホテル建屋は本館と東館に分かれており、本館の定礎が平成2年(1990年)9月となっているためそれ以前から存在する建屋は1階がラーメン店の天下一品になっている東館のみとなります。かつて千人湯が公衆浴場だった時は東館から入場し大浴場やゲームコーナーに出入りできたようですが、恐らく本館を改築した際に一般客の入場は出来なくなった模様で、現在は大浴場の入口に掲げられた「千人湯」の看板と色紙が当時の面影を伝えています。

 

なお2026年現在ではホテル名称が「ユウベルホテル松政」となっていますが、これは2015年に施設がユウベルグループに売却されたことによるものです。

 

ハイスコアの掲載は早く、ゲーメストにてスコア掲載が本格化した1986年9月号が初掲載となっています。

 

ただスコア掲載がされていたからと言ってプレイヤーに優しかったかと言われると必ずしもそうではないようで、ループゲームでの長時間プレイが発覚すると翌日にはランクがアップしていた、というようなお店だったとか。初期のハイスコア掲載は店舗の宣伝目的であったことも多く、上記のような事例は他店でも度々確認されていました。

 

そしてその店舗立地の特殊性も相まってスコア掲載は長続きせず、掲載3回目の1987年1月号が最後の掲載となっています。

 

もう1軒の「キャンパスタイトー」は文字通りタイトー系のお店です。

 

キャンパスの名の通り、湯田温泉からも近い山口大学への沿道に存在しました。

(ゼンリン住宅地図 山口市北部1989年より)

 

中央を貫く県道「山口・小郡・秋穂線」が「山大通り」と呼ばれており、その沿道となります。地図下側へ進むと山口大学の正門に突き当たりますが、キャンパスタイトーの場所からまだ700m程度はあり、大学前というには若干距離があるのではないでしょうか。

 

誌面への掲載はゲーメスト1986年11月号からとなり、同じ市内のタイトー直営店である「ウィルトークタイトー山口店」よりも先に登場しています。

 

ただ、翌号の1987年1月号に掲載された後、同年6月号まで掲載が途切れます。その後8月号まで3回掲載されるのですが、ウィルトークタイトー山口店がベーマガ1987年9月号から掲載された影響かそこで掲載終了...と思いきや、2年近く間隔が空いた1989年5月号に突如単発で掲載されたため、純粋な掲載終了はこちらとなります。

(ゲーメスト 1989年5月号より)

 

上記は最終掲載の際の店舗欄ですが、店舗表記が「キャンパス」となっておりタイトーの文字が入っていないのには理由があったのでしょうか。

 

またスコアのラインアップがとても1989年時点のものとは思えず、新製品入荷に乏しいメーカー直営店の苦悩が伝わってきます。この回だけ突如と掲載されたのも何か特別な事情があったのではないかと勘繰ってしまいます。

 

閉店時期は判明していません。2025年時点では該当箇所に既に建物が無く、跡地後方にある邸宅の駐車場敷地と化していました。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年4月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年4月号/トピック店舗:ゲームコーナーラッキー21/ゲームランドプールイン(山口県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1994年4月号)

マイコンベーシックマガジン1994年4月号(第13巻第4号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は先月と同じ99です。

 

先月11店もの新規掲載がありましたが、今月も2軒がエントリーされています。

 

・その他

プレイランドエフワン(宮城県)

 

AVネットワーク一橋学園店(東京都)

(マイコンベーシックマガジン 1994年4月号より)

 

2022年10月10日まで営業されていた仙台市の「プレイランド エフワン(閉店時はエフワンR)」は今号で初めて誌面に登場しました。

 

もう一軒の「AVネットワーク一橋学園店」ですが、西武多摩湖線の一橋学園駅が最寄です。場所は一橋大学最寄の学生街ですが、その割にはこれまでスコア集計店が現れたことがない場所です。

 

今回はどちらの店舗もゲーメストを含めて誌面初登場となっています。

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1994年4月】

(マイコンベーシックマガジン 1994年4月号より)

 

チャレハイ通信欄にて、岐阜県の「AMスクエアYOU&I」が今号から加盟の旨掲載されていますが、実際には先月号から掲載は開始されています。通信欄ではベーマガ、ゲーメストを問わず時折このような後追い掲載が発生していました。

 

トピック店舗:ゲームコーナーラッキー21/ゲームランドプールイン

 

トピックは山口県は山口市以外の掲載店から、岩国市の「ゲームコーナーラッキー21」と、防府市の「ゲームランドプールイン」の2軒をピックアップします。

 

【ゲームコーナーラッキー21】

(マイコンベーシックマガジン 1989年1月号より)

2025年5月1日撮影

【ゲームランドプールイン】

(マイコンベーシックマガジン 1989年12月号より)

2025年4月30日撮影

最初に紹介する「ゲームコーナーラッキー21」は山口県で最も東の岩国市、錦帯橋と米軍基地で有名です。広島県に隣接し、経済圏的にはむしろ広島市との繋がりが深い街となっています。

 

場所は岩国市の中心地、JR岩国駅前から伸びる国道188号線を南下し、市内を流れる今津川を渡った付近です。駅からは1㎞程度といった距離でしょうか。

(ゼンリン住宅地図 岩国市1989年より)

1989年の住宅地図です。

 

近隣は郊外の趣で、自販機コーナーが併設されていることからドライブイン的なお店だったのではないかと想像します。

 

2025年時点では該当箇所は全て宅地となっており、店舗の形跡は全く残っていません。

 

営業当時の店舗看板が写った画像をXにて発見しましたので引用させていただきます。

(げえむのごんちゃん氏、おさーま氏誠にありがとうございます)

 

 

看板は道路に向かって縦方向で、写真は90°横向きで撮影されているものと思います。

 

表向きは「アミューズメントストア」という表記になっていたんですね。

 

誌面への掲載はベーマガ1989年1月号から開始され、90年9月号まで順調に掲載がされていたのですが、同年10月号から1991年1月号の4か月に渡り休載となります。

(マイコンベーシックマガジン 1991年2月号より)

 

そして1991年2月号にて復活するのですが、その時の店舗欄には「集計復活したけれど」とあり、またチャレハイ通信欄に「あやしい雰囲気と評判のカジノもよろしく」とあります。

 

恐らくは1990年の時点で一旦ハイスコア集計を中止したものの再開された、という所なのでしょうか。

 

またカジノという表現がありますが、メダルゲームコーナーであれば特に問題はないもののポーカーテーブルが設置されていたという情報を頂いています。現在のアミューズメントカジノのような店舗は当時は存在しないため、もしチップを何らかの景品と交換可能のような営業を行っていたとすればかなりグレーということになります。

 

米軍基地が近いという場所柄もあり、当時の運営が気になる表現ではあります。

 

そして折角スコア集計を再開したのも束の間、91年6月号を最後に掲載を終了しています。集計再開後は常連層の進学等の影響もあったのか今一つ盛り上がりを欠いてしまった雰囲気が店舗欄のコメントから感じられます。閉店時期は不明です。

 

そしてもう一軒の「ゲームランドプールイン」は、防府天満宮で有名な山口県中部の防府市にありました。

(ゼンリン住宅地図 防府市1990年より)

 

こちらは1990年の住宅地図となります。

 

防府駅付近から防府天満宮へ参道である天神通りが伸びていますが、住宅地図上の国道2号、現在の山口県道54号防府停車場線との交差点を境として南側(駅側)がアーケードの掛かる天神町銀座商店街、北側(天満宮側)が天神商店街となっています。店舗は交差点から天神商店街に入って直ぐの場所になります。

 

隣接している「玉屋模型店」の建屋が健在なことから、2階の大きな窓部分にカーテンの掛かった写真の建物で間違いないと思われます。

 

誌面への掲載はベーマガ1989年12月号からとなります。

(マイコンベーシックマガジン 1989年12月号より)

 

初掲載時のチャレハイ通信欄ですが、「1階が体感ゲームとメダルコーナーで、2階がビデオゲーム、カラオケ室、喫茶コーナー」とあります。

 

建物2階の大きな窓とカーテンの形は、ゲームセンターというよりも喫茶店の光景だと感じたのですが実際に喫茶コーナーも存在していたようです。

 

ただ、「プールイン」という名前から想像されるビリヤードについては特に記述はありませんでした。おいてあっても不思議ではないと思われますが…

(マイコンベーシックマガジン 1990年3月号より)

 

そして1990年3月号のチャレハイ通信においては、ゲームランドプールイン以外に「ピエロ(山口)」及び「ドラゴンボール(徳山)」と合わせて3店合同集計とする旨の告知があります。

 

「ピエロ」及び「ドラゴンボール」の住所は一度も掲載されていないのですが、こちらも「うっきい よるきち」さんに当時の店舗所在場所を案内頂き、現況確認を行えています。よるきちさんには重ねて御礼申し上げます。

 

【ピエロ】

2025年5月1日撮影

【ドラゴンボール】

2025年4月30日撮影

「ピエロ」は山口市内ですがアーケードの掛かる中心部ではなく、市街から2㎞程離れた湯田温泉付近となっています。お店の前の道を南下すると山口大学へと続いています。

(ゼンリン住宅地図 山口市(北部)1990年より)

1990年の住宅地図にて「ゲームランドピエロ」の表記で存在を確認しています。

 

現在の写真では「もつそば亭 あるむ」の場所が該当します。

 

面白いのは同一敷地に「ビリヤード プールインエイト」という店舗があり、防府の店名から考えればこちらが系列店と勘違いしそうなのですが無関係とのことです。

2025年5月1日撮影

 

写真は「プールインエイト」の跡地です。こちらにもゲーム機は設置されていたようです。

 

そして2000年の住宅地図ではピエロは既に無く、プールインエイトのみとなっていることを確認しています。

 

一方の「ドラゴンボール」ですが、こちらは山口県中部の徳山市(現在の周南市)になります。出光興産、日本ゼオン、東ソーといった大手化学メーカーのプラントが多数立地する山口県有数の工業都市です。

(ゼンリン住宅地図 徳山市2000年より)

 

写真の建物は2000年の住宅地図で1階にドラゴンボールの表記を確認しています。

 

https://www.google.com/maps/place/%EF%BC%88%E6%9C%89%EF%BC%89%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BC%E4%BF%9D%E9%99%BA%E3%83%89%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC/@34.0485512,131.8117362,3a,75y,178.66h,100.19t/data=!3m8!1e1!3m6!1sDELD1ZaSqvL3vrYNZ4Yd8w!2e0!5s20140901T000000!6shttps:%2F%2Fstreetviewpixels-pa.googleapis.com%2Fv1%2Fthumbnail%3Fcb_client%3Dmaps_sv.tactile%26w%3D900%26h%3D600%26pitch%3D-10.192478630883215%26panoid%3DDELD1ZaSqvL3vrYNZ4Yd8w%26yaw%3D178.66363781190762!7i13312!8i6656!4m6!3m5!1s0x3544e6e297a0d995:0xfb41142a7365b0a3!8m2!3d34.0484196!4d131.8117742!16s%2Fg%2F11ckvzss7g?authuser=0&entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDQxOS4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D

 

こちらは古いgoogle mapを確認すると2014年9月の時点でまだドラゴンボール時代の姿が写っています。(上記リンク)

 

2015年5月では外装が足場で覆われ工事中となっているため、2014~2015年頃に閉店したと推察されます。

(ゼンリン住宅地図 徳山市1990年より)

 

ただ、ベーマガに合同集計の旨が記載された1990年の住宅地図を確認すると、該当建物の1階は「レストラン ヤマス」となっています。青枠の箇所です。

 

そして地図上青枠の建物から300m程度離れた場所に「ビリヤード DRAGON BALL」の存在を確認したため、恐らく移転がされたものと思われます。その事実は住宅地図を確認後に判明したため旧所在地の調査は現時点では行えていません。追って再調査の上リライトの予定です。

 

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年3月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年3月号/トピック店舗:ゲームセンターカントリーボーイ(広島県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1994年3月号)

ゲーメスト1994年3月号(第9巻第5号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は80となり先月比+3となります。

今月は4か月振りに3軒の新規掲載があります。

 

・セガ系

ハイテクセガ大船(神奈川県)

 

・その他

ゲームプラザコトブキ(埼玉県)

 

ゲームスポットパスカル(岡山県)

(ゲーメスト 1994年3月号より)

 

ただ3軒共に既にベーシックマガジンでの掲載履歴があるため、純粋に新規で集計が開始された店舗は0となっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1994年3月】

(ゲーメスト 1994年3月号より)

今月は、北陸地域集計店の雄であったハイテクセガ金沢店が閉店により掲載終了の旨がハイスコア通信欄に告知されています。☆の最終トータルは57を数え、最終掲載でも☆を2個獲得していたのですが…

 

店舗は金沢の繁華街である片町にあり決して悪い場所ではなかったのですが、セガがハイテクセガを中心とした都市型店舗を急速に縮小させていた時期でもありました。最大で20軒(1990年3月号)あったセガ系の掲載店は、今号では既に5軒まで減少しています。


トピック店舗:ゲームセンターカントリーボーイ

ゲーメスト初期は岡山県掲載店が多かったため、トピックにて6回を要しましたがこちらもようやく隣の広島県に移ります。

「ゲームセンターカントリーボーイ」をピックアップします。

(ゲーメスト 1987年9月号より)

2025年5月1日撮影

 

広島県のゲーメスト掲載店は、創刊号にて「ダイエー福山店」が掲載された履歴があるものの1回で掲載を終了しており、1987年9月号から掲載された当店が実質初の本格的掲載店と言っても過言ではありません。

 

場所は広島市の中心市街地からは大きく外れた安佐南区で、郊外の幹線道路沿いにあったパチンコ店、ボウリング場と敷地を同じくする複合娯楽施設内の店舗だったようです。

(ゼンリン住宅地図 広島市安佐南、北区1985年より)

1985年の住宅地図にて、「パチンコニチオン会館」「ボウル長楽寺」と同じ建屋に「ゲームハウス カントリーボーイ」の文字を確認しています。

 

現在はアストラムラインの長楽寺駅が最寄駅として存在しますが、アストラムラインの開業は1994年のため掲載開始当時は路線バスしか存在しませんでした。広島市街地からは30分以上は掛かる距離のため、公共交通機関でアクセスするには厳しい立地だったのではないかと思われます。

 

こちらは、ベーシックマガジンではハイスコア黎明期である1984年9月号から既に掲載が開始されていました。広島県では初のメーカー系列以外の掲載店となっています。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

 

当初は店舗名が「カントリーボーイ」の表記で、住所も「広島市安佐南区安古市長楽寺949-1」となっていましたが1984年11月号から「広島市安佐南区長楽寺1-1-37」となり、以後ゲーメスト掲載終了までこの住所でした。

 

その後、ゲーメストへの掲載開始でダブル掲載店となりますが、ベーマガへの掲載は1991年5月号で中止となりました。ゲーメストへの掲載は継続され、時折スコア欄を欠くことはあったものの1997年10月30日号まで継続を確認、ベーマガと合わせると13年に渡る長期掲載店となっています。

(ゲーメスト 1995年8月30日、9月15日号付録「全国ハイスコアゲーセンマップ」より)

上記はゲーメスト1995年8月30日/9月15日号付録の「全国ハイスコアゲーセンマップ」に掲載された同店の記事です。1995年のためアストラムラインは開業しておりアクセスは各段に良くなりました。

 

建屋外観の写真に「ニチオン」の文字が見えるため、1985年の地図の状況から大きくは変わっていないようですが、「大雨のとき、天井が抜けまして…」のコメントから年季の入った建屋の状況を想像してしまいます。また営業時間が21時までというのはパチンコ店に合わせているようです。

 

閉店の日時は判明していませんが、同施設内に存在した「長楽寺ボウル」の閉店が2012年1月31日であることが確認されています。その後建屋は取り壊され、現在の業務スーパーとして2014年11月6日にオープンしています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年2月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年3月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1994年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1994年4月号