小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト(マイコンベーシックマガジン1990年12月号)

マイコンベーシックマガジン1990年12月号(第9巻第12号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は92で先月比-5と減少幅が大きくなっています。これで3か月連続で100店を割り込みかつ減少に歯止めが掛かっておらず、最終頁の空欄が非常に目立つ結果となっています。

新規掲載は先月同様に1店確認されています。

 

・サミーハウス(長崎県

マイコンベーシックマガジン 1990年12月号より)

 

ゲーメスト1990年10月号における新規掲載店の一つで、今号よりベーマガにも掲載されダブル掲載店となっています。

島原市は人口4万程度の街ですが、このお店が掲載されて以降ハイスコア文化が根付いたのか長期に渡り掲載店が存在する地域になります。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1990年12月号より)

 

チャレハイ通信の「タイトーイン002スタジアム」の欄に気になる記述を発見!

ダライアス3画面筐体にムーンウォーカー」というのはなかなか常人では発想することが出来ない魔改造です。ボディソニック実装が目的だったのかもしれませんが3画面筐体の意味を全く成していません…

そういえばタイトーイン002スタジアムの店長さん、このような魔改造の他にも連射装置や特殊改造のリクエストに対応出来るハードウェアのエキスパートだったとのこと。この頃からハイスコア狙いにおける装置の重要性は高まり、ハードウェアに対応できるスタッフや常連が店舗にいないとハイスコア争いの土俵に上がることが徐々に難しくなってきます。

 

トピック店舗へ移ります。

前回に引き続き長野県の掲載店より、長野市の「ゲームコーナーマカオ」をピックアップします。

マイコンベーシックマガジン 1988年1月号より)

2022年9月10日撮影

 

JR長野駅の真正面にある現在の「長野東急REIホテル」がかつての「長野ロイヤルホテル」であり、その地下1階の飲食店街に存在したようです。

ちなみに現在も「ロイヤルホテル長野」というホテルが存在していますがそちらはかつて「信州松代ロイヤルホテル」という名称であり、長野自動車道の長野インターチェンジに近く場所も異なることから全く別のホテルであると認識しています。

ゼンリン住宅地図 長野市北部1988年より)

誌面記載の「長野市石堂東1365」という住所は現在は使われていないようで、東急REIホテルの住所は「長野市南千歳1丁目28-3」となっていますが住宅地図上では同位置となり、長野ロイヤルホテルの表記もあるためこの場所で間違いないと判断しています。

 

ただ当時の地下1階テナント一覧に「ゲームコーナーマカオ」の文字がありません。

ベーシックマガジンへの掲載期間が1988年1月~10月までとなるため、1988年の住宅地図であれば店舗の掲載時期と一致するはずなのですが…もう少々調査が必要のようです。何か情報をお持ちのかたがいらっしゃればコメントをお寄せ下さい。

 

ちなみにこちらの飲食街はホテル正面左側にある3枚目写真の「地下飲食街入口」以外に長野電鉄長野駅へ直結する通路があり、改札から直接訪れることも出来ます。

この写真は長野駅改札前方向からホテル入口通路を撮影したもの。奥に立ち食い蕎麦店がありその先がホテルへと続いています。立地としては最高の店舗だったと思いますがいつまで営業がなされていたのかは不明。長野ロイヤルホテルは1998年の長野オリンピック終了後に閉業、その後ホテルサンルートとなりましたがこちらも2010年に移転し、空きビルとなっていた所に2016年11月から現在の東急REIホテルが入居し現在に至っているようです。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年12月号

ゲーメスト1990年12月号(通算第52号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

さすがに10,11月号で23店もの新規追加があったこともあり今号は新規掲載はありません。掲載店総数は91と-3の微減。今回、プレイシティキャロット巣鴨店が掲載開始以来初めて休載されたのですが、店舗改装の影響であることが確認されています。丁度地下2階が拡大された時期でしょうか。

 

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1990年12月号より)

 

店舗改装といえば、ハイスコア通信欄のハイテクセガ藤井寺店の欄にも改装のため一時休業の旨が記されています。

客の立場だけで言えば、店舗改装を行えば概ね店内は綺麗になり、伴って新製品の入荷が増えることを期待する訳ですが、店舗側の立場で言えば、

 

①改装費用を掛けるので改装後は売上のアップを求められる

②休業期間を伴う大規模の改装だと人事異動も兼ねることもあり、また休業期間中の収入が途絶えることからバイトが入れ替えになることもある

 

これらの理由で運営の変更を求められたり、社員やバイトが入れ替わってしまう影響から改装を機にハイスコアの集計やコミュニケーションノートの設置を取り止めることに繋がる事例は多かったのではないかと想像されます。

 

実際ハイテクセガ藤井寺店はこの号の掲載が最後となり、改装後に再び店舗欄は現れませんでした。そして改装の影響は前述した「プレイシティキャロット巣鴨店」にも…

 

続いてトピック店舗です。

静岡県初期のゲーメスト掲載店より、「ニチイ浜松店」「豊田商店」の2店をピックアップします。

 

・ニチイ浜松店

ゲーメスト 1986年5月号より)

2021年9月25日撮影

 

・豊田商店

ゲーメスト 1986年5月号より)

2022年10月10日撮影

 

双方とも所在は静岡県浜松市で、且つゲーメスト創刊号である1986年5月号のみにしか掲載されなかった店舗という共通点があります。

 

「ニチイ浜松店」ですが、店舗欄には電話番号が掲載されているのみで住所情報が記載されていないのですが、名前の通り総合スーパーのニチイ内に存在したと推定しています。住所は浜松市千歳町91(現在は浜松市中区千歳町91)となり、写真は現在の住所の場所となっています。

 

ニチイは浜松市中心市街地の核店舗として1969年9月30日に開店、バブル崩壊や大型店同士の出店攻勢の影響で1991年2月に撤退しており、現在同じ場所に立っているのは2015年にリフォームされた「遠鉄モール街ビル」です。内外観は綺麗になっていますが建屋はニチイ時代のものがそのまま使用されているようです。

 

一方の「豊田商店」は浜松の中心市街地から北西方向へ2㎞程度離れた郊外に存在を確認しています。

ゼンリン住宅地図 浜松市南部1984年より)

誌面に掲載される2年前の1984年の住宅地図ですが、店名しか確認出来ないこともあり業態や取扱商品は全く持って不明です。ゲーム機が設置されていたとなると想像されるのは生活雑貨店、駄菓子屋、玩具店あたりが想像できますが玩具店玩具店とはっきり明記する場合が多く、また周囲は殆どが住宅地のため駄菓子屋系のお店だったのではと想像することしか出来なくなっています。

 

お店の前の道は舘山寺温泉方面へ通じる県道ですが現在はバイパスが通じているためこちらは旧道の位置づけで、通行する車はそれ程多くありません。該当する住所も写真のように現在は美容院となっており、店舗が存在した形跡は全く確認出来なくなっています。

 

 

前述したようにこの両店はゲーメスト創刊号のみの単発掲載に留まりました。

既にベーシックマガジンに掲載されていた「ビデオインパズル」から3㎞程度、またこちらもベーマガ単発掲載となってしまった「ナムコランド浜松西店」からも比較的近く、ハイスコア集計黎明期には多数の掲載店を市内に抱えていた浜松ですが、同じ県内の静岡市が3軒のキャロットを擁し以後コンスタントに掲載店を輩出していたのに対し、浜松市は87年には掲載店が姿を消して以降集計店には恵まれず、90年台後半まで掲載店の出現が空いてしまうことになります。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年11月号

マイコンベーシックマガジン1990年11月号(第9巻第11号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は97となり100店を割り込んだ先月から更に-2の減少となっています。

流石に減り幅が目立ってしまった影響か、7月号以来4か月振りに新規掲載店が登場しています。

 

・その他

プレイランドチャンプ(青森県

マイコンベーシックマガジン 1990年11月号より)

 

またしても青森県五所川原市の掲載店です。ベーマガ掲載店が青森市弘前市よりも先に人口5万人の五所川原に2店存在した時期がありました。

既に掲載されていたハイテクセガ五所川原店への対抗もあったのかもしれませんが、地方都市でもゲームセンターが多数あり、かつスコア狙いが一般的だった時代を象徴しています。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1990年11月号より)

 

掲載店が減少すると店舗欄の最終頁に挿絵が入るのですが、掲載店が減少傾向になると毎号のように挿絵が登場します。さらに今月は編集後記との間に3店分のスペースがまるまる空いており、そのような誌面を世に出すことは編集として決して望ましくはなかったのでしょうが、スコアを送付してこない店舗があるためコントロールが効かない難しさを抱えていたのではないかと思います。

その点ゲーメストはスコア欄に空欄が発生していたという状況をほとんど見掛けなかったため、編集で上手く調整が出来ていたのかもしれません。

 

トピック店舗へ移ります。

長野県は東信地域の集計店から、上田市の「ゲームプラザニュー日の出」をピックアップします。

マイコンベーシックマガジン 1986年4月号より)

2022年9月10日撮影

 

真田氏の城下町として知られる上田市

上田駅の付近に元城下町らしい細い路地の市街地が広がっていますが、その中に存在したパチンコ店「ニュー日の出」の2階がゲームセンターとなっていました。

かつて多く見られたパチンコ店共存型の店舗だったようです。

ゼンリン住宅地図 上田市1991年より)

 

住宅地図はベーマガへの掲載開始から少々時間が経過した1991年のものですが、パチンコニュー日の出の箇所に「2Fゲームプラザ」の文字が確認出来ます。

 

2022年時点では住所の場所は写真のようにキャバクラになっていますが、建屋はパチンコ店のものがそのまま使用されている模様です。スモークが貼ってあるため分かりませんが右側の入口が2階へ通じていたのではないでしょうか。2階がフルでゲームセンターとして使用されていれば当時としてはかなり広い部類の店舗だったのかもしれません。

地図を見ると近隣には「モナコ会館」というパチンコ店もあり、こちらの2階もゲームセンターとなっていたことがわかります。現在も残る映画館「上田映劇」も含めかつては歓楽街が構成されていたようですが、現在は夜にならないと営業されない店舗ばかりのようで昼間は写真のように人通りもまばらになっています。

 

誌面への掲載は長野県では松本キャロットに次いで2番目となるベーマガ1986年4月号からスタート、1996年6月号が最後の掲載となったため10年以上の長期掲載店となりました。

ゲーメストにはなかなかエントリーされなかったのですが、2部集計店としてようやく掲載された履歴があります。

ゲーメスト 1996年5月15日号より)

 

こちらもベーマガとほぼ同一の1996年5月15日号が最後の掲載。スコア集計終了と記載されているため閉店ではなかったようですが、いつまで営業が続いていたのかは確認出来ていません。私がセガワールド上田に赴任した2002年には既に店舗は無かったと記憶しています。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年11月号

ゲーメスト1990年11月号(通算第51号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

10月号で18店の新規掲載店追加があったものの、7月号の時点では22店の掲載希望店があったと誌面に情報が展開されており数が一致しなかったのですが、今号で5店の追加がされたため合計での新規掲載は23店となっています。

 

・その他

ファミリーランドピノキオ(北海道)

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プレイランドファンタジア(秋田県

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西銀座ゲームプラザ(山梨県

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ゲームシティダダ(島根県

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丸久ファミリーランド小郡店(山口県

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ゲーメスト 1990年11月号より)


この追加に伴い、掲載店総数は94まで戻しました。

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1990年11月号より)

 

今回の新規集計店募集に関しては、当初から「集計店が存在しない県を優先」と明言していたこともあり、広範囲の地域から店舗か選ばれています。

北海道の中標津、秋田の本荘、福島の会津若松、栃木の今市、福井の大野、岡山の津山、島根の出雲、長崎の島原、鹿児島の国分…

 

これはこの頃のゲーメスト集計店の特徴だと思っているのですが、東京都や大阪府の大都市圏や、地方でも県庁所在地レベルの掲載店が少なく、比較的地方都市に集計店が偏っていました。

この11月号において東京都の23区内の店舗は、既に有力店として知られていた巣鴨、神保町、荏原の3店以外では、集計開始当初から続いている池袋サンシャインのゲームプラザ・ザ・ゴリラ、そして中央プラザ大泉店と10月号で追加されたプレイランド池袋ラスベガスの6店しか存在しません。関東近隣でも神奈川は川崎市横浜市、千葉県千葉市や現在の埼玉県さいたま市(浦和、大宮)には集計店が無く、大阪府も吹田や寝屋川といった衛星都市はともかくとして大阪市の店舗となるとプレイシティNASA杉本町店でようやく復活したというレベルです。

「全国どこでも満遍なくスコアアタックが可能」というスタンスは問題ないと思いますが、人口比で言えば都市圏において集計店舗数が少なすぎるという弊害はあったように思います。

 

ただこの頃は特にメーカー系店舗において都市圏の店舗は一見さんを重視してゲームマニア排除に動いていたため、集計店としてアピールする必要がないどころかむしろ害悪とみなされ、反面郊外や地方の店舗は少ない人口から固定客を囲い込むためにゲームマニアにアピールする必要があった、という側面もありますが。

 

続いてトピック店舗へ移ります。

前回に引き続き愛知県の初期ゲーメスト掲載店から「岐阜遊園ゲームコーナー」を取り上げます。

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(ゲーメスⅦト 1987年8月号より)

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2020年9月13日撮影

 

名前は「岐阜遊園ゲームコーナー」ですが、所在地は岐阜県ではなく愛知県一宮市。この当時ゲーメストにはまだ岐阜県の集計店は存在していませんでした。

 

JR(尾張一宮駅)、名鉄名鉄一宮駅)の駅東口から徒歩5分程度の場所に、現在も建屋は残っている「ルボテンサンビル」があり、そのテナントだった模様です。

ゼンリン住宅地図 一宮市1987年より)

1987年の住宅地図には「テンサンビル」の表記で地下1階にゲームコーナーの存在が確認出来ます。

現在はマンションになってしまっていますが、住宅地図でもわかるようにかつてはこの建屋の隣に地元大型スーパーの「グランドタマコシ」があり、また一宮七夕祭りで有名な本町商店街のアーケード入口が建屋の道路を挟んで反対側に控えているため、かつては相当な賑わいを見せていたと想像されます。

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建屋と道路を挟んで反対側に面する本町商店街アーケード入口。

しかし、これは隣の岐阜市にも言えることですが、街の基幹産業であった繊維産業が衰退。また一宮は名古屋までJRの快速で約10分という利便性もむしろ災いし、立派なアーケードとは裏腹に商店街内はシャッターを下ろしている店舗が非常に目立ちます。

ルボデンサンビルも元々はタマコシの別館テナントビルのような位置づけだったようですが、タマコシ閉店・建て替えで建屋だけ取り残されるような恰好になってしまっています。

 

そのルボデンサンビル、通りに面している1階はまだいくつかテナントが営業を続けていますが、1階以外はその建屋の大きさに比してテナントはまばら。地下1階に降りてみるとフロア内は既にかび臭い匂いが充満しており、残念ながら一般の方が気軽に入れる空間ではありませんでした。


そしてゲーメストへの掲載は1987年8月号から11月号までのわずか4か月間に留まりました。しかしながら後に名古屋市の「イエローハット」にてご活躍される方々のネームが多数見受けられ、愛知県は尾張地区の有力スコアラーが集まった時期もあったようです。こちらは一足早く名古屋へ吸収されてしまったということでしょうか...

 

店舗が建屋内のどこで営業され、またどのくらいまで存在したのかは現地から探ることは出来ませんでした。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト(マイコンベーシックマガジン1990年10月号)

マイコンベーシックマガジン1990年10月号(第9巻第10号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は99で先月比-1、ついに100店を割り込んでしまいました。1987年6月以来となるため3年4か月振りとなります。新規掲載店も無く、ゲーメストが刷新で多数の新規掲載店を産んでいるのとは対照的です。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1990年10月号より)

 

チャレハイ編集後記に触れられている「コズモギャングズ」はナムコが1990年に発売したエレメカです。その後「ザ・ビデオ」や「ザ・パズル」でビデオゲーム化することでキャラクターが広く知られることになります。

www.youtube.com

上記動画を見ればお分かり頂けると思いますがガンシューティングに近いゲーム性で、スコアラー御用達のお店では結構ハイスコア狙いにハマる方も多かったようです。集計の要望も届いていたようで、翌11月号において遂に史上初の「エレメカでのハイスコア集計」が実施されるに至ります。

 

しかし以後同様に集計対象となったエレメカはありませんでした。それこそ後年に登場したナムコの「パニックパーク」やセガの「タッチデウノー」シリーズあたりは集計してもよさそうな気がしますが、エレメカ扱いという理由で集計されなかったと記憶しています。前例はあったんですけどね…

 

続いてトピック店舗です。

ベーマガオリジナル26店のうちの一つにして長野県に存在した唯一のキャロット系店舗「BIG CARROT松本→プレイシティキャロット松本店」を取り上げます。

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年1月号より)

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2020年7月23日撮影

 

長野県第二の都市松本市、その玄関である松本駅を出て正面にある繁華街に立地していました。長野県はここ以外には「キャロット」の名前を冠するナムコ直営店舗が誌面上に登場しなかったこともあり、県内を代表するハイスコア集計店として存在感があったお店です。

 

写真ビルの地下1階で現在はカラオケ店のフロアになっています。

90年台後半に一度行ったことがあるのですが、階段で地下へ降りた先にあったと記憶しているため、4枚目写真のシャッターが降りている階段が出入口跡かと思いましたが、

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(季刊NG4号より。@Area51_zek 氏のtwitterより転載)

この写真を見るとビル正面右側に地下に直接入れる出入口があったように見えるため、カラオケ店に改装した際にアーチも含めた地下への入口を撤去している可能性が高いと思われます。

 

オープンは1979年とのことで相当に歴史のある店舗です。

1984年1月のベーマガ掲載開始後、追ってゲーメストが創刊されるとそちらにも掲載がされます。

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ゲーメスト 1986年9月号より)

ゲーメスト初回掲載時は「プレイシティ松本店」と表記されていますが、次回以降は訂正されています。

 

その後しばらくはダブル掲載店となっていましたが、1989年2月号でそれまで一度も店舗欄を欠くことがなかったベーマガへの掲載が突如として止まり、ゲーメスト単独の掲載となります。しかし1991年8月号からは掲載を復活させ1997年7月号まで継続しました。

一方のゲーメストは休刊前最後の掲載となる1999年9月30日号まで継続、休刊で掲載は途絶えたもののアルカディアへ舞台を移し、閉店に伴い2001年12月号にて掲載が終了するという履歴が残っています。閉店日は2001年9月24日とのことです。

 

そのためゲーメストからアルカディアへの移行に伴う空白期間を含めると、ハイスコア掲載主要3誌に1984年1月から2001年12月まで実に17年間に渡ってスコアを刻み続けて来たことになります。掲載期間が長期になると常連の推移や店舗の運営方針によって掲載が止まってしまう例が多々ありますが、上手く世代交代が進んでいたことが裏付けられています。

 

私は仕事で2002年に長野県は上田市に赴任したのですがその際には既に閉店後だったため、長野赴任後に訪れることは叶いませんでした。しかしここの元常連の方に上田で声を掛けて頂きメンバーとの飲み会に加えてもらい、その後も毎年1回は飲んでいる縁が続いているため、不思議と無関係とは思えない店舗となっています。

 

現在の松本駅前は、キャロット閉店後に残っていたパチンコ店併設のゲームセンターも撤退し、20万都市の代表駅前にゲームセンターが1軒もないという状況になっています。(ここでいうゲームセンターはこのブログをお読みいただいている方々が定義しうるゲームセンターという意味です。)

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年10月号

ゲーメスト1990年10月号(通算第50号)のハイスコア集計店マップとなります。

4月号から告知がされていた通り、この50号で新規掲載店舗の大きな追加がありました。その数合計18店舗。この大幅追加で掲載店総数は92まで戻します。

以下、今回追加された店舗一覧です。

 

セガ

ハイテクランドセガ大船(神奈川県)

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タイトー

ジョイランドタイトー草津滋賀県

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・その他
アミューズメントハウスタックル★V(北海道)

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ファミリーランドカーニバル(福島県

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今市ゲームセンター(栃木県)

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JOYCOM'S多賀店(茨城県

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プレイランドスカイシアター(埼玉県)

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八千代プレイランドカーニバル(千葉県)

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プレイランド池袋ラスベガス(東京都)

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オレンジハットとなみ店(富山県

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ゲームセンター大野プレイランド(福井県

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PLAY CITY NASA杉本町店(大阪府

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タウンスポットプレイランド(大阪府

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川島玩具店兵庫県

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イーストランドファミリーガーデン(岡山県

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サブカルチュア(福岡県)

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サミーハウス(長崎県

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ゲームピアチャンス国分店(鹿児島県)

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(画像は全てゲーメスト1990年10月号より)

 

今回、埼玉のプレイランドスカイシアター、千葉の八千代プレイランドカーニバル、大阪のプレイシティNASA杉本町店、タウンスポットプレイランド、そして福岡のサブカルチュアと、90年台のハイスコアシーンを盛り上げた店舗が顔を揃えています。

 

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1990年10月号より)

 

流石に今回をもって掲載を終了した店舗はないかと思いきや、ハイテクセガ太田(群馬県)が単独掲載店舗としては終了。次号は隣町のハイテクセガ桐生と合同集計となるため、掲載終了という表現は相応しくないかもしれません。

 

また、ハイスコア欄最後にこのような囲み記事がありました。

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掲載を中止した店舗は、掲載終了ではなく休載という扱いになっていたようです。

閉店したり店長が変わって店舗運営方針が変更されるという可能性はあるものの、20店を超える店舗がほぼ同時にその状況になることは考えにくく、中には直接手を挙げた店舗もあったかもしれませんがある程度は編集部から店舗へ掲載終了への打診があったのではないでしょうか。どのような基準で該当店舗が選ばれたのかは今となってはあまり追及する必要はないのかもしれませんが、気になるところではあります。

上記囲み記事は、掲載終了店舗へのフォロー的意味合いが多分に含まれていたのではないかと思われます。

 

トピック店舗へ移ります。場所を愛知県へ移します。

初期ゲーメスト掲載店舗から、高浜市の「グランドハウスマキ」をピックアップします。

ゲーメスト 1987年1月号より)

2021年5月3日撮影

所在地である愛知県高浜市は旧三河国に属するに人口5万弱の小さな街で、三州瓦の産地として有名です。近隣の衣浦湾は臨海部に大規模なプラントが林立し、またトヨタ自動車やその関連工場が立地する地域に含まれることから工業地帯、及びその衛星都市としての役割が大きくなっています。

 

店舗の前の道は衣浦方面へと続いている交通量の多い県道で、道路に面した駐車場を構えておりドライブイン的店舗であったと思われます。近くに名鉄三河線の線路がありますが最寄駅の吉浜へは徒歩だと20分以上は掛かります。

ゼンリン住宅地図 高浜市1987年より)

1987年の住宅地図に「ゲームコーナーマキ」の表記があります。隣接した喫茶店や敷地内の画廊にも「マキ(真樹)」の表記があるためオーナーが同一だったのかもしれません。

現在は写真のようにカラオケ喫茶となっています。隣接している建物2階の「麻雀 大吉」の文字が残っていたため場所の特定に至っています。

 

誌面への掲載ですが、1987年1月号のゲーメスト初回掲載時は店名が「東海アミューズメント」となっていました。これは運営会社の名称だったようで、翌3月号から「グランドハウス マキ」に店名欄が変更されています。

ゲーメスト 1987年3月号より)

 

店名が変更になった反面住所も本社住所へ変更されており、高浜市の住所にて記載されたのは初回のみでした。

 

そしてこの「名古屋市瑞穂区豊岡通3丁目34-3」という(株)東海アミューズメント本社住所ですが、以前その場所にもゲームセンターがあったことが確認されています。その店名も「グランドハウス」であり高浜と共通していました。

以下営業時の光景がアップされているサイトがありました。

geolog.mydns.jp

「グランドハウス」は名古屋市内に複数の店舗を運営していたことが確認されており、高浜の店舗もそのうちの一つであったと想定されます。ただハイスコア掲載を実施したのは高浜の店舗のみでした。その掲載も1987年11月号にて終了しています。また(株)東海アミューズメントにて検索すると豊岡通の住所がヒットしますが2022年時点では既に「ランニングショップステップ」というスポーツ用品店となっており、企業として活動が継続されているのかは不明となっています。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年9月号

マイコンベーシックマガジン1990年9月号(第9巻第9号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は100ちょうどとなり、先月比-7と今月も大きく数字を減らしています。2ヵ月前の113から2ヵ月で一気に約1割が減少したことになります。また新規掲載は今月も無しとなっています。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1990年9月号より)

 

チャレハイ通信欄に「UFOキャッチャー入荷」のコメントがあります。最初のUFOキャッチャーブームはセガの「NEW UFO CATCHER」が販売された1991年以降と認識しているので、この頃はまだ本格的なブーム前であり設置機種は初代UFO CATCHERであろうと思われます。

大型筐体ものに目新しさが無くなり、テトリスのブームも沈静化したこの頃のビデオゲーム市場は少々頭打ちな感もあり、ビデオゲーム以外の収益を確保するためにプライズゲームが着目され始めた時期です。

当時のプライズゲームは店頭に1,2台設置されるだけで、まだビデオゲームがゲームセンターの主流であることに変わりはありませんでしたが、高い収益とメーカーのゲームセンター客層転換の意向も絡んでプライズゲームに店舗は着々と浸食されていくことになります。最もこれが無ければもっと早くにゲームセンターは滅んでいたのかもしれませんが。

 

トピック店舗へ移ります。

静岡県タイトー系掲載店から「ビデオインパズル」及び「ウィルトークタイトー三島店」の2店を取り上げます。

 

・ビデオインパズル

(スーパーソフトマガジン⦅マイコンベーシックマガジン別冊⦆1984年9月号より)

2021年2月20日撮影

 

・ウィルトークタイトー三島店

マイコンベーシックマガジン 1987年8月号より)

2021年5月2日撮影

 

「ビデオインパズル」は浜松市郊外にある佐鳴湖に面した高台に開発された新興住宅地を横切る道路沿いに位置します。店舗前の道路を南下すると前回紹介している「ナムコランド浜松西店」のある現在の「イオン浜松西店」に突き当たります。

ゼンリン住宅地図 浜松市1986年より)

 

1986年の住宅地図に存在を確認しています。周囲は殆どが住宅で、正面道路は片側2車線ありますが郊外幹線道路沿いによく見られるロードサイド型チェーン店の姿はほぼ無く、非常に閑静でここがゲームセンターの跡地とは想像しにくい場所です。

 

Twitterに営業当時の店舗外観写真がアップされていました。

店舗名称からはタイトー系の店舗と判別出来ないのですが、上記資料から店舗をタイトー系として分類することにしています。

「ゲーム&スナック」の看板もあるようにオープン時は軽食コーナーも設置されており、ドライブイン型の店舗を指向してしたようです。資料は見つかっていませんが、新風営法施行前は24時間営業が実施されていたのかもしれません。

現在は「グリーンジャケット」というゴルフ用品ショップとなっていますが、写真を比較するとパズル時代の建屋ではなく建て替えられているようです。

 

ハイスコアの掲載はベーマガ1984年8月号から開始されました。タイトー系の店舗が同時に多数エントリーされたタイミングです。ナムコ系ロケーション以外の初期掲載店が着々と店舗欄から姿を消す中で1987年2月号まで掲載は継続しました。閉店時期は不明です。

 

そしてもう一方の「ウィルトークタイトー三島店」は静岡県東部地域、三島駅前に面する商店街内に位置した都市型店舗となります。

ゼンリン住宅地図 三島市1989年より)

 

三島駅前から三島市中心市街地である旧東海道沿いの三島本町方面へ伸びる通り沿いに商店街が掲載されており、その途中にある現在の「第2コウワビル」が跡地となります。1989年当時の名称は「第二富士見ビル」となっておりの住宅地図では1階に「ゲームコーナー タイトー」の文字があります。

 

正面から見た建屋正面は写真を見て頂けるとわかりやすいですがかなり複雑な構造となっており、雑然と取り付けられた多数の看板が飲食店やスナックを中心とした駅前雑居ビルの雰囲気を醸し出しています。建物1階の奥へ伸びる通路がありますが、ゲームセンターが入れるような大きな容積の店舗が奥にはなさそうなので、恐らく正面左手の居酒屋「三ツ星マート」の場所に元々存在したのではないでしょうか。

 

誌面への掲載はベーマガ1987年8月号からスタート、87年11月号では初代ストリートファイターの全国トップを輩出する実績もありましたが、翌88年5月号までの短期の掲載に留まっています。三島市は同じ通り沿いに後日再びハイスコア掲載店が現れるのですが、少々間隔が空き90年台中盤まで待つことになります。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年9月号

ゲーメスト1990年9月号(通算第49号)のハイスコア集計店マップとなります。

翌50号の掲載店大幅入れ替えを控え、また7,8月号にて掲載を終了した店舗が多数発生した影響で、総掲載店数は82と前月比-9まで落ち込みました。

 

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1990年9月号より)

 

流石に今号の新規掲載店は0。

そして先々月、先月からさらに引き続いて以下の店舗が今号を最後に掲載店から姿を消しています。

 

ナムコ

サンペディックナムコランド(千葉県)

プレイシティキャロット琴似店(北海道)

プレイシティキャロット佐世保店(北海道)

プレイシティキャロット仙台店(宮城県

秋田キャロットハウス(秋田県

プレイシティキャロット島大前店(島根県

 

タイトー

ウィルトークタイトー高崎2号店(群馬県

 

・その他

アミューズメントマリオ(岡山県

 

ナムコ系ロケーションの大量離脱が目立ちます。

しかもサンペデックナムコランドやプレイシティキャロット琴似、仙台といった一時は地域の代表格だった店舗が含まれています。

琴似店はコーナー末尾の「ハイスコア通信」に店舗改装のコメントを入れている位なので、とても今号で掲載が終了するという雰囲気ではありません。

 

そして今回ゲーメストへの掲載は停止したものの、ベーシックマガジンには引き続き掲載を継続していた店舗がいくつか含まれているため、主にベーマガと重複掲載となっているナムコ系店舗に対して店舗枠確保のために掲載終了依頼がされたのではないかと推測しています。

 

またこの頃はナムコ黄金時代が終焉しつつあり、加えて当時のナムコロケーションは小規模店舗の整理(特に都市部及びその周辺のキャロット系店舗)とゲームファン向け店舗からの業態変化(平たく言えばゲームマニアの排除)を図っていたこともあって、スコアの掲載終了に店舗が同意しやすい時期だったのかもしれません。

 

続いてトピック店舗となります。

引き続き長野県の店舗から「ゲームタウンファンタジー」をピックアップします。

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ゲーメスト 1989年2月号より)

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2020年7月25日撮影

トピックはなるべく古い掲載店舗から取り上げることを心掛けておりますが、これまでの店舗と比べると掲載開始は少々遅れて1989年2月号からとなっています。

 

場所は丁度茅野市諏訪市の境目付近で、国道20号のバイパスが付近を通過しているものの川べりという場所も手伝い他の店舗はあまり周囲にありません。道路を挟んだ向かいにある山下清の記念館が異彩を放っています。

 

集計店としては相当な期間継続しており、確認している時点では1998年のゲーメスト末期においても集計が続けられています。

私が長野県に赴任していた2000年台初頭にも店舗は存在し、一度目の前を通った際に立ち寄ったのですが、パカパカパッションの曲が大音響で鳴り響いていた以外は閑散とした店内だった記憶が蘇ります。また3枚目写真のドラえもんのオブジェはその頃から置いてあったため、20年近く雨風に晒され続けていることになります。

麻雀クラブ「タッチ」の看板や外装が残っていることからもわかるように以前は雀荘が併設されていたようなのですが、私が店舗を覗いた際には麻雀卓は見当たらず、1階フロアは全てゲーム機だった覚えがあるため、2階が雀荘となっていた可能性が高いと思います。

 

そんな閑散としている状況が災いしたのか、麻雀格闘俱楽部がブームとなった頃に1階のゲームセンターを麻雀格闘俱楽部専門に模様替えし、店舗外装も併せて変更しているのですが、それも長続きはしなかったようで、現在は外装は当時のままサバイバルゲームグッズの専門店へとなっていました。

 

そのためドラえもんのオブジェ以外はゲームセンターだった形跡は残っていないのかと思いきや、3枚目写真の店舗看板にゲームセンター時代の唯一の形跡を発見しました。

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3枚目写真の看板部分の拡大ですが、上部ピエロのネオンサインに「GAME TOWN」の文字が残されています。建物自体が取り壊されるまで残り続けそうな雰囲気が漂ってますね…

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年8月号

マイコンベーシックマガジン1990年8月号(第9巻第8号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は107となり先月比-6と大きく減少。先月に5店追加されたこともあってか今月は新規掲載店はありません。

 

以下スコア欄となります。

マイコンベーシックマガジン 1990年8月号より)

 

チャレハイ通信欄に「NEOGEO入荷しました」コメントがちらほらとありますが、NEOGEO発売当初は6タイトル選択の筐体販売だけだっと記憶しているので小規模ロケーションにとっては結構な初期投資だったのではと推察されます。正直餓狼伝説がリリースされるまでのNEOGEOはヒットと言えるタイトルに乏しかったため、入荷当初の店舗での光景が何となく思い浮かんでしまいます。

 

また、「チャレハイ担当者の名を語りデマを流していた者がいる」との担当者からのコメントがあります。

SNSや携帯電話すら無い当時は、プレイヤー間の情報伝達と言えば直接店舗に出向いて設置されているコミュニケーションノートを用いることがポピュラーでしたが、ことハイスコアの状況確認においては店舗に直接電話を掛けることが普通に行われていました。内容から察するに「特定の地域の店舗にチャレハイ担当者の名前を騙って電話連絡を入れ、ハイスコアに関するデマ情報を流布する」といった行為があったようです。

 

ただ、上述のようにスコアの状況を確認するために電話連絡を入れるということであれば理解出来るのですが、チャレハイ担当者の名を騙ってどのようなデマ情報を流すのかが今一つピンときません。文面からは「担当者がスコアを改竄している」という情報を流していたと推察されますが、それを行うことでデマ情報を流した当人にどのようなメリットがあったのかが理解できないのです。自店のスコアが他店に敗北したので、「他店のスコアは嘘スコアで、特定の店舗(プレイヤー)にトップを取らせるために担当者が便宜を図った」あるいは「自店のスコアが担当者に嘘スコア認定され、トップに掲載されなかった」といった所なのでしょうか。

 

トピック店舗へ移ります。

静岡県浜松市の「ナムコランド浜松西店」をピックアップします。

マイコンベーシックマガジン 1986年12月号より)

2021年7月24日撮影

 

浜松市の中心街から西へ数キロほど進むと、写真の「イオン浜松西ショッピングセンター」があります。現在の建屋は2002年に建築されたものですが、それ以前は「ジャスコ浜松西店」として営業されており、ナムコがテナントとして展開されていました。最寄駅はJR東海道線の高坂駅ですが駅からは徒歩で30分程度離れています。新幹線に乗っていると下りの進行方向右手に店舗が見えるため、場所を認識している方もいらっしゃるのではないかと思います。

 

ゼンリン住宅地図 浜松市1986年より)

1986年の住宅地図ではテナント表記が2階までとなっています。前述のように2001年に一旦建物は閉鎖され、周辺の土地も合わせて拡幅の上2002年に再開業しているため、現在の建屋は当時の建屋とは異なっています。

 

2000年8月時点では店舗は存続しており、当時のナムコ広報誌「NOURS」にも店舗情報が掲載されています。そして現在も隣の敷地に「イオンスポーツクラブ浜松西店」が存在していますが、かつてはここにボーリング場「ピンポップ・レーン」が存在しており、併設ゲームコーナー「PRID'S浜松西店」と併せてナムコにて運営されていました。

(NOURSバックナンバー No.30 2000年9月号「全国ナムコ店舗ガイド 神奈川・静岡編」より)

 

この「PRID'S浜松西店」ですが、古のナムコフリークであれば誰もが聴いていたと思われるナムコ提供のラジオ番組「ラジオはアメリカン」にて、リスナーとの交流イベントとして行われた「ふれ愛キャンペーン」の舞台の一つとなった場所です。

www.webzakki.com

 

上記サイトで紹介されている「ラジアメ」の本「モアイの鼻血」によれば、1989年11月3日に浜松でのイベントが開催されています。当時愛知県にいた私はこのイベントに出向いているのですが、その前年に東京都の聖蹟桜ヶ丘にて開催されたイベントにも参加しており、その時の記憶とごっちゃになってしまっていてあまり浜松の印象が残っていません。帰りに薄暗い中高坂の駅まで歩いたことだけは何となく記憶しているんですが…

 

肝心のハイスコア掲載についてですが、結局ベーマガ1986年12月号に1回掲載されたのみに留まりました。2000年9月時点で営業されていたことから、2001年の施設閉鎖まで営業は続いていたことと思われます。隣接するPRID'S浜松西店はハイスコア掲載店としてエントリーされたことはありませんでした。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年8月号

ゲーメスト1990年8月号(通算第48号)のハイスコア集計店マップとなります。

総掲載店舗数は91となり先月比-1。先月に大量の掲載終了があったにも関わらずほぼ横這いとなっています。

そして今月も先月に続き、1店の新規掲載店舗があります。

 

セガ

ハイテクセガ長岡(新潟県

ゲーメスト 1990年8月号より)

前にも述べましたが、1989年6月号(33号)から1990年10月(50号)にかけての期間は新規掲載店舗が少ない時期なのですが、セガ系店舗だけが新規掲載を増やしています。まだセガ系店舗がスコアラーにも比較的寛容だった最後の時期だったように思えます。

 

一方で今月にて掲載を終了する店舗については先月同様に大量に存在します。

 

ナムコ

プレイシティキャロットIN甲府甲府周辺集計)(山梨県

プレイシティキャロット久留米店(福岡県)

 

セガ

ハイテクセガ平岸(北海道)

 

・その他

ゲームセンターニューチャンピオン(岡山県

ニューゲームビッグ(京都府

TVプレイハウス ミッキーハウス(岡山県

アビニョン宮城県

プレイランドファンタジー宮城県

ゲームプラザサンシャイン(千葉県)

 

 「スーパーハングオンセガ/1987)」のハイスコア争いで名を馳せた「ハイテクセガ平岸」と「ゲームセンターニューチャンピオン」の両店が同時にスコア集計店から姿を消すという事態が発生しています。

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ゲーメスト 1988年5月号より)

上記のスーパーハングオン集計打ち切り(ミニライドオンタイプのみスコアラーからの申し入れで翌月から集計続行)以降、ハイテクセガ平岸はどことなくハイスコア熱がトーンダウンしてしまった感がありましたが、ハイスコア集計初回から掲載され特に目立った休載期間も存在せず、コンスタントに全国トップスコアも輩出し続けていたゲームセンターニューチャンピオンは、今号で突如と掲載を中止した形となってしまいました。

 

以下スコア欄となります。

ゲーメスト 1990年8月号より)

 

また、「ハイスコア掲載店改訂計画のお知らせ」については先月の第4弾が最後の掲載となっており、今号には特段の記載はありませんでした。

 

続いてトピック店舗です。

ゲーメスト長野県掲載店も第4回目、伊那市の「がらん3」を取り上げます。

 

ゲーメスト 1987年10月号より)

2022年9月10日撮影

 

長野県伊那市中心市街地は、飯田線伊那市駅から隣の伊那北駅の間に広がっていますが、「がらん3」は伊那北の駅前にありました。名前を見ればお分かりいただけるようにゲーメスト1990年5月号のトピック店舗にて紹介した「がらんがらん」の姉妹店となります。

 

(J.P.A.住宅詳細図 伊那市1990年より)

 

1990年の住宅地図ですが、駅前ロータリーを出て正面左手直ぐの「伊那北ビル」1階に「ガラン3」の記載が確認出来ます。

ただ住宅地図では建物正面に信号はなく、隣接して「シナノヤ・ビル」という建屋も存在しており写真の現況と一致しないのですが、現在の「伊那市道二条線」が整備された際に信号を移設かつ隣接した建屋は取り壊され、現在のように伊那北ビルの側面が露出するようになったと思われます。

1階は現在スナックとなっていますが、入口扉が沿道から少々奥まった位置にあります。スナックとして改装する際に壁と扉が設けられたのではないかと想像します。スナックになる前に使用されていたと思われる電飾看板の跡がそのままになっていますが、かつてはこの電飾に「がらん3」の文字が入っていたのかどうかが気になります。

入口の間口は狭いですが写真のように奥行は比較的深いため、そこまで狭い店舗ではなかったのではないでしょうか。

 

掲載はゲーメストからスタートしていますが、がらんがらん同様にベーマガへも遅れて掲載が開始されています。

マイコンベーシックマガジン 1989年9月号より)

 

そして掲載はゲーメストが1991年1月、ベーマガは1991年5月号までとなっており、ゲーメストの方が先に終了しています。1993年までゲーメストへの掲載を継続したがらんがらんとは対象的です。閉店時期は不明です。