小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年5月号/トピック店舗:ウィルトークタイトー高松店→タイトーイン高松店(香川県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1991年5月号)

ゲーメスト1991年5月号(第6巻第5号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店数は91で先月比-1。

新規店はありませんが、相模原市の「ゲームセンターUFO」が今号から町田市へ住所が変更となっています。ベーマガ1991年4月号と同様です。

ゲーメスト 1991年4月号より)

 

ゲーメスト 1991年5月号より)

 

ベーマガゲーメスト共に合同集計開始の表記はありませんが、ゲーメストでは備考欄に本店、町田店、八王子の記載があるため実際には合同集計化していたようです。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1991年5月】

ゲーメスト 1991年5月号より)

 

今号で最も眼を引くのは「ハイスコア通信」欄なのではないでしょうか。

80年台におけるスコアラーの聖地であった「プレイシティキャロット巣鴨店」がスコア掲載をストップする旨の告知がされています。

ゲーメスト 1991年5月号より)

 

90年秋に店舗改装を実施していた巣鴨店ですが、その後91年1月号のハイスコア通信欄に「ハイスコア集計は今後とも続行いたします」と少々思わせぶりなコメントが掲載されていました。そこから僅か4か月で掲載ストップに至ることになります。

 

ただベーマガへの掲載は継続されました。

そのためスコア掲載そのものが中止されたわけではなく、ゲーメスト編集部と巣鴨店の間で何らかの軋轢が発生したことが原因と後に聞き及びます。

 

ゲーメスト 1991年3月号より)

ゲーメスト 1991年4月号より)

ゲーメスト 1991年5月号より)

そして掲載中止と前後して、かつてゲーメスト編集長を務めた植村伴北氏による全盛期のプレイシティキャロット巣鴨店を回想する記事が3回に渡って掲載されるのですが、記事の冒頭に「巣鴨店が新しい方針の下に大きく変貌した。私たちのとどまるべき場所はない。さらば巣鴨キャロット」と綴られており、この記事が両者を分かつ決定打となったのではないかと推察されます。

 

トピック店舗:ウィルトークタイトー高松店→タイトーイン高松店

 

トピック店舗となります。

香川県タイトー系店舗から「ウィルトークタイトー高松店→タイトーイン高松店」をピックアップします。

ゲーメスト 1987年9月号より)

 

2023年5月2日撮影

ナムコ系キャロット店舗が中心部に3軒存在した高松市ですが、タイトー系店舗も掲載店としてノミネートされています。

場所は「プレイシティキャロット常盤店」と同じくことでん瓦町駅前から延びる常磐町商店街内で、キャロットは商店街から折れた先に位置しているのに対しこちらは駅からも近い好立地でした。

ゼンリン住宅地図 高松市1988年より)

 

1988年の住宅地図ですが、隣接してパチンコ店の建屋があるもののパチンコ店のテナントという訳ではなさそうです。常盤キャロットは地図の左上ぎりぎりの位置にあり、歩いても2分程度の距離となります。

 

店舗から3軒隣に位置している「都まん本舗(地図上では「都まん」)」が健在のため、都まん本舗の場所から起算すると現在は隣接した「パチンコ トキワホール」同様に更地となっていることになります。上記写真3枚目が該当します。

 

ただ取り壊されたのはトキワホールのみで、住宅地図上で隣接している「リトルマーメイド さくらんぼ」と同一の建屋ということであれば4,5枚目写真のOVERS(古着屋)の場所が該当するのではないかと思われます。そのため地図と現地確認では正確な場所を特定できていないため、御存知の方がいらっしゃればコメントを頂きたくお願い申し上げます。

 

誌面への掲載はゲーメスト1987年9月号から開始されました。

時折休載を挟みつつ1989年1月号まで掲載が続いた後、8か月の長期休載を経て10月号にて復活するのですが、翌11月号のハイスコア通信欄に以下のコメントが掲載されます。

ゲーメスト 1989年11月号より)

 

「初めまして」のコメントがありますが、既に掲載履歴があるため初登場ではありません。一度掲載を終了したものの店舗管理者が変わり再開されたという所でしょうか。

 

そしてビデオ90台に加えメダル36台を設置していたとなると、5枚目写真のOVERSの場所では収まりきらないような気がします。

 

こうして復活掲載を遂げたにも関わらず、1990年4月号を最後としてゲーメスト誌上からは姿を消すのですが、店舗営業は継続しており3年後の1993年8月号から、今度はベーマガにて3回目のスコア掲載が開始されます。

マイコンベーシックマガジン 1993年8月号より)

 

そして1994年2月号からは店名が「タイトーイン高松店」に変更となりました。

ウィルトークという店舗名称が急激に姿を消しつつあった時期です。

マイコンベーシックマガジン 1994年2月号より)

 

そしてベーマガへの掲載は1995年5月にて終了しました。途中に複数回掲載中止期間が存在したものの、7年以上に渡りスコア集計を行っていたことになります。

ゼンリン住宅地図 高松市2000年より)

 

掲載終了後ですが2000年の住宅地図では存在を確認しています。隣接しているパチンコ店もまだ健在、向かいのダイエーはイオン系のファッションビルOPAとなっていますが、更に20年以上を経過した2024年現在ではOPAの跡地にマンション建設中、トキワホールの場所は更地となっており常磐町商店街の商業地としての地盤沈下が浮き彫りになっています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年5月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1991年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1991年6月号