小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年6月号/トピック店舗:ハイテクセガ青森&新町/ハイテクセガ弘前(青森県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1990年6月号)

ゲーメスト1990年6月号(第5巻第6号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店舗数は91となりで先月比-5と大きく数を減らしています。掲載店改訂計画の影響が徐々に出始めて来たようです。今月も新規掲載はありません。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1990年6月】

ゲーメスト 1990年6月号より)

 

そしてハイスコア掲載店改訂計画のインフォも3回目。

前回は応募における最低条件の提示程度でしたが、より具体的な条件が掲載されています。

ゲーメスト 1990年6月号より)

 

自身が過去に出入りしていたハイスコア集計店は、どこも店員が常駐し管理も行き届いている店舗が殆どで、それが当たり前と思っていたのですが、現実にはその当たり前が出来ていなかった店舗が多数存在したようです。

 

例えばスコア確認の連絡を店舗に入れたりすると、対応が高齢の店番従業員で話が全く通じなかったとか。管理が行き届いていないため申請されたスコアに対してのチェックも甘く嘘や真偽不明なスコアの温床となってしまい、では確認しようと店舗へ連絡すればけんもほろろな対応をされるという悪循環では、審査を厳しくするのはやむを得ないことと思われます。

 

また、このブログのトピックで店舗跡地を訪ねると、「本当にこの場所で間違いないのか?」という疑念が生まれることが有るのですが、郵送した集計用紙が宛先不明で返送されるということはそもそも店舗から連絡された住所そのものが間違っていたという可能性もあり、誤植の影響も含めて跡地探索を困難にしている要因にもなっています。

 

トピック店舗:ハイテクセガ青森&新町/ハイテクセガ弘前

トピック店舗へ移ります。

 

青森県セガ系列店舗から、「ハイテクセガ青森&新町」「ハイテクセガ弘前」の2店をまとめてピックアップします。

 

【ハイテクセガ青森】

ゲーメスト 1987年6月号より)

2022年10月23日撮影

 

【ハイテクセガ弘前

ゲーメスト 1987年7月号より)

2022年10月23日撮影

 

青森県のハイスコア掲載店はベーマガ八戸市からスタート、ゲーメストでは十和田市そして弘前市と掲載店が登場しますが、県庁所在地の青森市ゲーメスト1987年6月号から掲載開始されるハイテクセガ青森まで待つこととなります。

 

青森市の中心街は青森駅正面から延びる新町商店街沿いに展開されており、その新町通を駅から徒歩5分程進んだ場所にある「青森東映ビル」地下が跡地です。

ゼンリン住宅地図 青森市1990年より)

東映ビルの名の通り、90年時点ではビルの4階より上は映画館となっていました。ゲームセンターは映画館の付帯施設が多かった時代ですが、セガは特にその傾向が強かったのではないかと思います。

 

そして地下1階には「ゲームイン青森」の記載があります。

その店名は店舗欄が初登場してから一月の空白を置いたゲーメスト1987年8、9月号にて誌面でも確認されています。

ゲーメスト 1987年8月号より)

 

ただこの店名で誌面に登場するのは2か月間に留まり、以後はハイテクセガの表記に戻るのですが、1990年10月号から店名が「ハイテクセガ青森&新町」へと変更になります。

ゲーメスト 1990年10月号より)

 

文字だけで判断すればそれまで掲載されていた「ハイテクセガ青森」に加え「ハイテクセガ新町」と合同集計になったと解釈できるのですがその旨の表記はなく、記載されている住所も変更はありません。東映ビルの店舗がハイテクセガ青森とすれば、ハイテクセガ新町も同じ新町内に存在したと思われますが店舗欄の住所は最後まで変更はなく、1990年の住宅地図では場所を特定出来ませんでした。

 

現状では2店の合同集計だったという根拠が無く、また「ゲームイン青森」がハイテクセガ青森とハイテクセガ新町どちらを指しているのかはっきりしていません。事情をご存じの方は是非コメントをお寄せ下さい。

 

誌面への掲載はメーカー系の掲載店が着々と数を減らす中で1995年2月28日号まで8年近く継続しました。セガ系店舗では最も長い部類になります。掲載最終号のハイスコア通信欄に以下コメントが掲載されています。

ゲーメスト 1995年2月28日号より)

この時点ではスコア掲載を中止したのみで閉店ではなく、調査した結果2005年まで店舗は存在しており20年近く営業が続いた長寿店だったようです。

 

そしてゲーメストに掲載された青森県のもう一軒のセガ系店舗が「ハイテクセガ弘前」となります。こちらはハイテクセガ青森に遅れること1か月の1987年7月号に初回掲載を迎えますが同号には青森店の掲載が無く、また弘前店は次回の掲載が半年空いてしまったため、1988年1月号にて初めて両店が揃って掲載されることになります。

 

店舗の場所は以前紹介した「弘前ハイローザスペースランド」よりは弘前駅に近く、イトーヨーカドー弘前店から程近い駅前通り沿いにありました。

ゼンリン住宅地図 弘前市1989年より)

 

1989年の住宅地図で、菱上ビルの場所に「セガ弘前」の文字を確認。写真のようにビルは現存しておりセガのあったであろう場所は手芸店となっています。89年当時はビルに隣接してショッピングセンター兼ボウリング場が立地していますが2004年で営業中止、その後2013年に取り壊され区画整理されたため、ビル横には89年当時は存在しなかった道路が出来ています。菱上ビルは区画整理に伴う退去は免れたようです。

ビルの定礎には1986年11月の文字があり、誌面掲載開始時期を考えるとビル竣工と合わせてテナントとしてセガが入居したと想像されます。

 

弘前ハイローザスペースランドと場所も比較的近く、プレイヤーはかなり被っていた印象があります。ナムコセガで入荷タイトルにより使い分けがされていたのでしょうか。

しかし店舗の寿命は短く1990年4月10日をもって閉店、1990年6月号において閉店の告知が掲載されています。

ゲーメスト 1990年6月号より)

 

1986年末にオープンしたと仮定しても営業期間は僅か3年半程度に留まったことになります。弘前駅イトーヨーカドーが近かったとはいえ、弘前市の商業中心はハイローザのあった土手町エリアのためこの場所は若干外れた場所となり、営業的には厳しかったのかもしれません。中心街に位置し20年以上営業の続いた青森とは対照的になっています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年5月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年6月号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年7月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年7月号