小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年5月号/トピック店舗:弘前ハイローザスペースランド(青森県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1990年5月号)

ゲーメスト1990年5月号(第5巻第5号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店舗数は96で先月比-2。先月に引き続き今月も新規掲載無しとなっています。

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1990年5月】

ゲーメスト 1990年5月号より)

 

集計店舗にスポットを当てているためあまりハイスコアそのものについてコメントすることが少ない当ブログですが、あれだけの人気を誇りながら集計開始から3か月を経過してもまだファイナルファイト/ハガ―のクリア者が現れていません。

 

攻略される前はどのキャラでもクリアすることすら厳しかったことに加え、シューティングゲームでスコアを出すことへの特別感が強かったこともあってハイスコア的に当初はプレイヤーのマークが比較的甘かったのでは?という印象があります。

 

そして先月に引き続きハイスコア掲載店改訂計画の告知がされています。

ゲーメスト 1990年5月号より)

 

先月は告知のみでしたが、今月は参加における具体的要件が記されています。これまでの掲載店募集時における要件から特に大きな変化は無く、最低条件が提示されたのみとなっています。

 

トピック店舗:弘前ハイローザスペースランド

続いてトピック店舗です。

 

前回に引き続き青森県弘前市の「弘前ハイローザスペースランド」をピックアップします。

ゲーメスト 1987年1月号より)

2021年10月23日撮影

津軽平野の中心都市弘前市

桜の花弁がお濠を埋め尽くすことで有名な弘前城の城下町で、城址公園と弘前駅の間に古くからの市街地が広がっていますが、そこにかつて「ハイローザ」というファッションビルが存在し、テナントとしてナムコがロケーション運営を行っていました。

 

ゼンリン住宅地図 弘前市1989年より)

 

1989年の住宅地図にて存在を確認しています。

中央を横切る主要地方道弘前・岳・鯵ヶ沢線(県道3号、中土手町商店街)が目抜き通りで、建物前の通りを更に西方向に進むと弘前公園となります。JR弘前駅からは若干距離が離れており徒歩だと15分程度は掛かります。弘南鉄道中央弘前駅の方が場所的には近くなります。

 

ビルのオープンは1980年、キーテナントを持たない運営形態でナムコは5階に存在したようです。施設は1998年まで営業されていたようですが、現在は写真のように中心市街地の商業ビルが撤退した後の典型であるマンションが建っています。

 

弘前市のホームページにて「ハイローザの思い出」募集がされており、当時の建物外観や思い出コメントを閲覧することが出来ます。

 

www.city.hirosaki.aomori.jp

 

ちなみに「ハイローザ」という名称は、「弘前→HIROSAKI→HI-ROSA」というのが由来ということは今回調査して初めて知ることとなりました。

 

そしてハイスコアの掲載はゲーメスト1987年1月号からスタート、前回紹介したダイエーレジャーランド十和田店に次いで青森県2番目のゲーメスト掲載店となります。

掲載後は度々全国トップスコアも輩出され、店舗トップ数のカウントである☆獲得は最終的に16個を数えています。東北地方の有力店という印象がありました。

 

ナムコ直営店ではあったものの永らくゲーメスト単独掲載を貫いていたのですが、4年以上経過した1991年になって初めてベーマガにも店舗欄が登場しました。

マイコンベーシックマガジン 1991年5月号より)

 

しかしベーマガへのスコア掲載は僅か5か月後の1991年9月をもって終了、ゲーメストは継続されたものの2か月後の同年11月号が最後の掲載となりました。ゲーメストにおいては約5年の長期掲載店となっています。ビルとしては前述のように1998年まで営業されていたものの、ナムコがいつまで営業されていたのかは判明していません。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年5月号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年6月号