ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1990年4月号)
ゲーメスト1990年4月号(第5巻第4号)のハイスコア集計店マップとなります。
総掲載店舗数は先月から変化なく98のまま、今月は新規掲載もありません。
以下スコア欄を掲載します。
【めざせハイスコア 1990年4月】
(ゲーメスト 1990年4月号より)
80年台後半のアーケードゲームシーンを語るにおいて外すことが出来ない横スクロールシューティング御三家の後継3作がいずれも期待値以下の結果となってしまった中、ヒットゲームのトップに躍り出たのはカプコンの「ファイナルファイト」です。
1989年がテトリスの年であるならば、1990年はファイナルファイトの年となりました。
また、テトリスの長期に渡ってのヒット継続、そして一時代を作ったシューティングゲーム代表作の後継タイトルが全てファイナルファイトの人気に敵わなかったことは、80年台においてゲームセンターの花形機種であったシューティングゲームがその座を譲る時が来たことの証左でもありました。
一方、動向が少なかったスコア掲載店について今号から動きがあります。
(ゲーメスト 1990年4月号より)
この頃はゲーメスト、ベーマガ共にほぼ掲載店の枠が一杯となっており、新たに掲載を希望する店舗は多数あったようですがいずれも要望には応えられない状況となっていたようです。
新規掲載希望店舗に対して特段の動きを示さなかったベーマガに対し、ゲーメストは集計店の入れ替えを予め誌面上で告知する方法を取ります。
実際に50号でかなりの数の新規掲載店が現れるのですが、この改定計画についてはその内容を追跡して行きたいと思います。
トピック店舗:ダイエーレジャーランド十和田店
続いてトピック店舗へ移ります。
青森県における初のゲーメストスコア掲載店となる「ダイエーレジャーランド十和田店」を取り上げます。
(ゲーメスト 1986年9月号より)
2022年10月22日撮影
青森県十和田市は青森県南部地方に位置しており、青森、八戸、弘前に次いで県下第4位である約6万の人口を擁しています。
2012年まで「十和田観光電鉄」という鉄道路線が隣の三沢から市中心部の十和田市駅まで伸びており、終点である十和田市駅にダイエーのフランチャイズである「ダイエーとうてつ駅ビル店」が併設されていましたが、そのダイエー内に店舗は存在していました。
1987年の住宅地図に「FCとうてつビル(ダイエーとうてつ駅ビル店)」の記載が確認出来ます。電車はここが終点でホームは駅ビルと隣接していましたが、1987年時点では駅ビルの先に線路が続いており、1985年に駅ビルが出来る以前はそちらに駅舎が存在していたようです。
住宅地図にはテナント一覧も付属していますが、その中にダイエーレジャーランドの文字はありません。恐らく一覧はダイエー以外の入居テナントとなっており、ダイエー子会社であったダイエーレジャーランドはダイエー本体と同一の扱いをされていたのではないかと推察します。
そして前述のように2012年に十和田観光電鉄は路線廃止、直後に駅ビルの使用も停止されます。その後再開発計画の紆余曲折を経て2016年に現在の「ユニバース十和田東ショッピングセンター」となり現在に至っています。そのため駅ビルの形跡は全くなく、線路も廃線から10年以上経過し柵が僅かに残っているだけとなっています。
線路や駅ビルの建屋がまだ残っている時の写真が掲載されているブログがありました。
そしてゲーメストへの掲載は本格的にスコア集計が開始された1986年9月号からスタート。青森県の掲載店第一号となりました。同じ号ではダイエーレジャーランド郡山店が掲載開始、追って岩手県の一関店、秋田県の秋田店もゲーメスト掲載店となり、東北地方のダイエーレジャーランドから積極的に誌面掲載が展開されていたことが伺えます。
初回掲載時には当時の店内写真もアップされていました。
(ゲーメスト 1986年9月号より)
昔のショッピングセンター内ゲームコーナーはどこもこれに近い光景だったように思います。
誌面への掲載終了は1989年5月号となり、掲載期間は2年半程度とショッピングセンター内店舗としては長続きした部類だったのではないかと思います。閉店時期は判明していませんが、2000年頃にダイエーがとうてつビルとのFC契約を終了し撤退しているため、その前後で店舗は存在しなかったのではないかと予想しています。
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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1990年3月号
ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1990年4月号
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