小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年2月号/トピック店舗:サンレジャー荒川沖店(茨城県)/Pit Inn湖北台店→ゲームセンターPit Inn(千葉県)

ハイスコア集計店マップ(マイコンベーシックマガジン1993年2月号)

マイコンベーシックマガジン1993年2月号(第12巻第2号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は87で先月比-4、再び90を割り込んでしまいました。

 

新規掲載店、というよりも新規掲載枠が1つあります。

 

・その他

ICチェーン船橋&経堂店(東京都)

マイコンベーシックマガジン 1993年2月号より)

 

1991年3月号から掲載が開始された「ゲームセンターIC砧店&千歳船橋店」ですが、1992年6月から経堂店及び狛江店の2店を追加し「ICチェーン4店」として掲載されます。

マイコンベーシックマガジン 1993年1月号より)

 

先月号のコーナー末尾に掲載された広告の4店ですね。

 

この4店が今月から「砧店&狛江店」と「経堂店&(千歳)船橋店」に分割され2枠を使用するようになっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【チャレンジハイスコア 1993年2月】

マイコンベーシックマガジン 1993年2月号より)

 

スコアネームの欄で遊ぶことは往々にして見られましたが、今回目に付いたのはハイテクセガ高崎で、ネーム欄が全て「マニア廃除」で占められています。

 

ネームから鑑みるに掲載が中止されるため捨て台詞的に使われたのかと思いきや、翌月以降も普通に掲載は続きます。また「廃除」という表現は単純に「排除」と間違えたのか、それとも何か別の意味を持ち合わせているのか…

 

トピック店舗:サンレジャー荒川沖店/Pit Inn湖北台店→ゲームセンターPit Inn

トピック店舗は茨城県、及び千葉県の常磐線沿線の店舗から、「サンレジャー荒川沖店」「Pit Inn湖北台店」の2店をピックアップします。

 

【サンレジャー荒川沖店】

マイコンベーシックマガジン 1985年3月号より)

2025年1月3日撮影

 

Pit Inn湖北台店→ゲームセンターPit Inn

マイコンベーシックマガジン 1986年4月号より)

2025年1月3日撮影


「サンレジャー荒川沖店」は茨城県土浦市土浦駅一つ手前の常磐線荒川沖駅東口にかつて存在した「長崎屋荒川沖店」のインストア店舗です。

ゼンリン住宅地図 土浦市1985年より)

 

1985年の住宅地図です。施設開業は1981年とのことです。

 

地図を見ると開業当初から駅東口と直結する連絡通路が設けられていたようです。

 

住宅地図にはテナント一覧も存在したのですが、こちらは長崎屋と同一の建屋にある荒川沖商業協同組合の専門店街「さんぱる」のものでゲームセンターらしき表記はありません。専門店街ではなく長崎屋本体側に存在していた模様です。

 

(ゲームマシン 1984年1月15日号より)

 

なお長崎屋はかつてダイエーにおけるダイエーレジャーランド同様に自社店舗内にてアミューズメント施設を展開する関連会社「(株)サンレジャー」を所有しており、店舗名称から荒川沖店もサンレジャーにより運営されていたと思われます。上記画像は荒川沖ではなく八王子のものですが、長崎屋店内においてサンレジャーがプレイランドの運営を行っていたことの証拠として引用します。

 

またサンレジャーでは荒川沖店以外にスコア掲載を行う店舗は出現していません。

 

唯一の掲載店となった荒川沖店もその期間は1985年3月~1986年3月までの僅か1年間に留まっています。

 

そして2024年時点で建屋の場所は駐車場及びフットサルコートと化していました。

 

2010年に長崎屋としては閉店の後にメガ・ドンキホーテへ業態変換を行ったものの2015年にドンキ及び専門店街も閉店、2017年に建物も撤去され駅から延びていた連絡通路だけが取り残された形となっています。連絡通路末端からは上下に階段が分かれる構造になっており、建屋が存在した時には2階と3階にそれぞれ接続されていたようです。

 

どの時点まで建屋内にゲームセンターが存在していたのかは判明しませんでした。

 

そしてもう一方の「Pit Inn 湖北台店→ゲームセンターPit Inn」は土浦から常磐線を南下した千葉県我孫子市が所在です。住所は我孫子市ですが最寄駅は我孫子から分岐する成田線湖北駅となります。

ゼンリン住宅地図 我孫子市1986年より)

 

1986年の住宅地図にて「ゲームコーナーピットイン」の名称にて所在を確認しています。

 

湖北駅は湖北台団地の最寄駅であることから駅付近に商店街が形成されており、その中の1件です。近隣には「ゲームコーナー湖北」の文字もあり、この規模の駅付近に複数のゲームセンターが存在できたことに団地の影響力の大きさを窺い知ることが出来ます。

 

現地ですが建屋は恐らく当時のものが残っているようです。

 

現在はリサイクルショップ、美容室、空き店舗と並んでいる3軒で、住宅地図と比較すると空き店舗の場所がピットインの跡地になると思われます。隣接する交差点に面した「満月」は営業はされていないものの店舗サインが確認出来ています。

2025年1月3日撮影

 

ちなみに湖北駅前に商工会案内図があり、丁度右上隅付近が店舗跡地になるのですが該当箇所には「オオツカクリーナース 一丁目店」の表記があります。

直前ではクリーニング店だったようで2023年7月時点のストリートビューで見るとまだ店舗の外観が確認出来るのですが、現地調査時は外装が撤去された状態だったため2023年7月以降にクリーニング店としても閉店している模様です。

 

誌面への掲載はベーマガ1986年4月号から開始されますが、5,6月号といきなり休載となり次の掲載は7月号。その後も9,12月と休載を挟み不穏な状況のまま1987年3月号を最後に掲載はストップしました。閉店時期は不明です。

マイコンベーシックマガジン 1987年2月号より)

 

ただ掲載期間こそ短期の1年で終了してしまったものの、ハイスコアの歴史においては欠かせない出来事で登場します。

 

当時ゲーメスト編集部員で沙羅曼蛇攻略ビデオのプレイヤーでもあった「すぱいきっど大和」氏はこちらをホームゲーセンとされていたようで、沙羅曼蛇全国初1,000万点達成目前にして届かなかった同氏のスコアはこちらで輩出されています。上記はその際のチャレハイトップスコア一覧と店舗欄です。

 

その「全国初1,000万点目前にして届かなかった」という噂話は当時名古屋で一介のプレイヤーだった自分の耳にも入る程でした。それだけ当時は沙羅曼蛇というタイトルが全国的にプレイヤーの注目を浴びていたことを象徴する出来事だったと思います。

2025年1月3日撮影

 

ちなみに近隣に所在が確認された「ゲームコーナー湖北」の跡地も見てみましたが、該当箇所は写真のように駐車場と化していました。

 

またこの湖北駅前は追って別のハイスコア掲載店が登場するのですがそれはまた改めて紹介する機会を設けたいと思います。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年1月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年1月号

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ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1993年3月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1993年2月号