小人閑居して不善を為す chapter3

一介のプレイヤーからハイスコアラー、そしてゲームセンターの中の人を経てアーケードゲームと関わること40年以上、その普通とはかなり異なるゲーマー人生を回顧するべく記事を綴っております。

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1988年5月号/トピック店舗:小野塚商店/インベーダーハウストップ(神奈川県)

ハイスコア集計店マップ(ゲーメスト1988年5月号)

ゲーメスト1988年5月号(第3巻第5号)のハイスコア集計店マップとなります。

 

掲載店総数は100店ちょうどで前月比+4。今月も新規掲載店は無く、既存掲載店内での増減に留まっています。

 

以下スコア欄を掲載します。

 

【めざせハイスコア 1988年5月】

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ゲーメスト 1988年5月号より)

 

トピック店舗とは別になりますが、岩手県大船渡市に「ファミリーランドアルパ」という集計店が有ります。(1988年5月では掲載が無いお店です。1988年6月号を最後に掲載店から姿を消してしましますが…)

 

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ゲーメスト 1987年6月号より)

 

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ゲーメスト 1987年7月号より)

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1987年6月号が初掲載で、その時の住所を「盛字町8‐16」にてプロットしていたのですが、初回の住所は「盛字町10-11」が正であり、1987年7月号から住所が変更されていたことを確認しました。マップについても訂正をいたしております。


「盛字町10-11」では現在でもサンリアというショッピングセンターがプロットされるため、ショッピングセンター内のゲームコーナーが集計店という80年代には比較的良く見られる構図ですが、「盛字町8-16」では盛駅前の場所を指し示します。(上記マップの駅前のマーク位置が該当します。)

 

「ショッピングセンターの改装期間だけ駅前の仮店舗で2,3か月営業した」ような原因が考えられるのですが、そこは誤植で名を馳せたゲーメスト。数店同様の事例が見られるため、「単なる誤植」だけの可能性も十分にあり悩ましい所です。

 

一応、店舗名が同一で住所が異なる場合は、異なる場所についても地図上にプロットする方針で進めておりますが、あまりに不自然な場所の場合は誤植と判断して無視する場合もあることをご承知願います。

 

(実際に、1989年に入って千葉県の「サンペデックナムコランド」が、それまでのショッピングセンター内から2か月だけ住宅街ど真ん中の住所になっている事例があり、あまりにあり得ないため誤植と判断しています。)

 

トピック店舗:小野塚商店/インベーダーハウストップ

続いてトピック店舗へ移ります。

神奈川県の初期掲載店から「小野塚商店」及び「インベーダーハウストップ」の2店をピックアップします。

 

【小野塚商店】

ゲーメスト 1986年9月号より)

2022年7月31日撮影

 

【インベーダーハウストップ】

ゲーメスト 1987年1月号より)

2022年3月10日撮影

 

80年台にアーケードゲームをプレイしていた方々にとって、雑貨店や駄菓子屋の店先にゲーム機が設置されていたいわゆる「駄菓子屋ゲーセン」は非常にポピュラーだったと思います。

 

その殆どはお店の軒先に数台設定されたアップライト筐体や、多くとも10台未満のゲーム機が設置されているというものでしたが、儲かったからなのか店内の一部をゲーム機設置スペースとして専業ゲームセンターに近い形にしていたお店もありました。

 

横浜市磯子区の「小野塚商店」もそのような店舗の一つだったようですが、ハイスコア集計店として誌面に店舗名を掲載する所まで至った稀有な事例です。

 

付近に駅は無く、最も近い根岸線根岸駅からでも徒歩で20分以上は掛かると思われます。高校以上の学校施設も付近に無いことから完全に地元志向で、店の向かいに市営プールがあることから夏場はプールとセットで遊びに来るお子様が多かったのかもしれません。

ゼンリン住宅地図 横浜市磯子区1987年より)

 

地図上の場所は残念ながら現在は更地となっていました。

残されているポストに記載されている住所が店舗と一致したため、場所は間違いないと思われますが、住宅地図の建物の形と現在の跡地の形状が一致しないようにも見えます。

 

残っているコンクリートやブロック塀の雰囲気から、写真で車が3台止まっている箇所に店舗があったのではないかと推察します。

ゲーメスト 1987年1月号より)

 

早い段階から誌面にスコアを掲載していたこともあってかゲーメストとの関係が深いお店だったようで、誌面の横浜シールハイクでも店舗が取り上げられており僅かですが当時の店舗外観や様子を窺い知ることが出来ます。また別の号では店長のインタビュー記事が掲載されたこともありました。

 

1988年まではコンスタントに誌面にスコアが掲載されていましたが、1989年になると掲載される機会が大幅に減っていきます。この頃になると街の駄菓子屋がスコア掲載を続ける意義が乏しくなってきたのかもしれません。それでも1990年5月号まで掲載は継続されました。

 

もう一方の「インベーダーハウストップ」は藤沢市湘南台駅が最寄です。もともと通っていた小田急江ノ島線に加えて現在は横浜市営地下鉄相鉄いずみ野線が開通し、慶応大学SFCキャンパスも立地して藤沢市北部のターミナルを形成していますが、1987年当時は小田急しか通っておらず現在とは全く光景が異なっていたのではないかと思われます。

 

跡地は駅東口を出て徒歩10分程度の場所となります。

当時の住宅地図でも存在が確認出来ました。

ゼンリン住宅地図 藤沢市北部1987年より)

 

周囲は住宅地で、当時の住宅地図においてもお店は単独ではなく店舗兼住宅のように表記されています。現在も写真のように住宅となっていますが、1階の道路に面したシャッター上部に不自然な看板跡のようなものが存在するため、この場所で営業がされていたものの営業終了後に看板だけがそのまま残されているなのではないかと推察します。

 

掲載は1987年1月からスタートしますが、3月号掲載後に4,5月号と抜け、同年6月号の掲載を最後に姿を消しています。

 

【前記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1988年4月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1988年5月号

【次記事】

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト ゲーメスト1988年6月号

ハイスコア集計店マッピングプロジェクト マイコンベーシックマガジン1988年6月号